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第7話【異世界少年とプール】

 さすが超高級ホテルということもあり、とても広々としたプールが広がっていた。



「おお」


「凄いね!!」



 ショウはハルアと2人で目の前に広がる巨大な水場に瞳を輝かせる。


 競泳用として設けられた大きなプールは水深があり、大人向けの設備と言えよう。隣に設けられた子供用のプールは浅く作られているので、小さな子供でも溺れることなく安心して遊ぶことが出来た。

 他にも巨大な滑り台や人工砂場によるボール遊びなど、やれることはたくさんある。プールサイドには背もたれが倒された状態の椅子がいくつか並んでおり、こんがりと肌を焼いたり日陰で読書を楽しむ利用者が見受けられた。



「ショウちゃん、まずは何して遊ぶ!?」


「滑り台が気になるな」


「オレも!!」



 巨大な滑り台には僅かに水が流されて滑りを良くしているようで、子供から大人まで物凄い速度で滑り落ちて直結するプールに飛び込んでいた。全身をずぶ濡れにしながらも、全員楽しそうに笑っている。

 規模は小さいが、ショウの世界で言うところの『ウォータースライダー』で間違いない。元の世界では体験することが終ぞ叶わなかったが、ここで信頼に於ける先輩と一緒に遊べるのであれば体験できなくてもよかったなと思ってしまう。


 興奮気味なハルアに腕を引かれるショウだったが、



「えと、ユフィーリアたちはどうするんだ?」


「ん?」



 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、



「アタシらはプールサイドの片隅でのんびり過ごしてるよ。お前らは遊んできな」


「いいのか?」


「いいのいいの、こっちは気にすんな。遊びたかったら混ぜてもらうし」



 ユフィーリアはハルアとショウの頭を撫でると、



「こまめに水分補給はしろよ、熱中症になるぞ」


「分かった」


「ハルはちゃんとショウ坊がナンパされないように守ってやれ」


「あいあい!!」



 ビシッと敬礼したハルアに手を引かれ、ショウは気になっていた巨大滑り台に突撃した。



 ☆



「わー!!」


「わあ!!」



 巨大な滑り台を勢いよく滑り落ちていき、その先に待ち受けるプールへ飛び込む。

 冷たい水がショウとハルアの身体を受け止めてくれ、滑り台を勢いよく滑り落ちた際の衝撃以外に痛みはない。プールの深さも足がつく程度しかないので、滑り台から落ちた瞬間に溺れて死ぬなんていう最悪の状況もなかった。


 全身をずぶ濡れにしたショウは、濡れた黒髪を絞って水を落とす。



「見て、ハルさん。絞れる」


「凄え!!」



 犬みたいに首を振って水気を払うハルアは、



「もう10回ぐらい滑ってるから、次は別のところで遊ぼっか!!」


「競泳用のプールで泳ぐか?」


「売店でボールを借りるのもいいね!!」



 ほら、とハルアが示した先には様々なプール用品を取り扱う売店があった。店の横には山積みにされた浮き輪があり、よく考えれば滑り台で浮き輪に乗った利用者も何人か見かけたことを思い出す。

 売店には飲み物や軽食などの取り扱いもあり、さらにはボールや円匙スコップなどの遊び道具も貸してくれるようだ。プールサイドの隅に設けられた人工砂場でお城を作って遊ぶのも面白そうである。


 どうしよう、やりたいことが多すぎる。異世界にやってきて欲張りになってしまったかもしれない。



「ハルちゃん、ショウちゃん」


「あ、エド!!」


「エドさん」



 ちょうどプールサイドに上がると、エドワードに「お疲れ様ぁ」と迎えられる。



「もうだいぶ遊んでるからぁ、そろそろ休憩しなねぇ」


「えー」


「えー」


「えー、じゃないのぉ。ユーリも言ってたでしょぉ、こまめに休憩を取れってぇ」



 ショウとハルアの濡れた頭を撫でるエドワードは、



「俺ちゃんは売店に飲み物を買ってくるけどぉ、他に何かいるぅ?」


「ボールで遊びたいから借りといて!!」


「ボールねぇ、分かったよぉ」



 ひらひらと手を振り、エドワードは少し混雑し始めた売店に向かった。


 彼の逞しい背中を見送り、ショウは「ハルさん、行こうか」と言う。

 ユフィーリアからもこまめに休憩を取るように言われているのだから、その指示に従うべきだ。思い出したように疲労感も押し寄せてきたので、無理して遊ぶ行動を優先させるより休憩を挟んだ方がいい。


 ハルアもしっかり頷くと、



「行こっか、ショウちゃん!!」


「ああ」



 ハルアに手を引かれ、ショウは混雑するプールサイドを裸足で歩く。


 強い日差しが降り注ぐプールサイドの一角を陣取るユフィーリアとアイゼルネは、各々自由に過ごしている様子である。背もたれが倒された椅子に腰掛けたユフィーリアは自前の魔導書を読み耽っており、アイゼルネは椅子に寝転がって背中を焼いているようだった。

 いや、アイゼルネの場合はどうだろうか。先程からピクリとも動かないので、もしかしたら寝ているだけかもしれない。


 巨大滑り台で遊んできたショウとハルアの帰還に気づいたユフィーリアは、魔導書を閉じると「お帰り」と出迎えてくれる。



「楽しかったか?」


「凄く!!」


「次はボールで遊ぶ予定だ」


「元気だなァ」



 ユフィーリアはショウとハルアにタオルを差し出し、



「身体を拭いとけ。飲み物は今、エドが買いに行ってる」


「さっき会ったよ!!」


「何か必要なものがあるかと聞かれたから、ボールを頼んでおいた」


「そっか」



 ユフィーリアから受け取ったタオルで濡れた髪を丁寧に拭くショウは、



「ユフィーリアは泳がないのか?」


「あー……」



 ショウの質問に対して、ユフィーリアは視線を彷徨わせる。


 何か言いにくい事情でもあるのだろうか。カナヅチだから泳げないとか、見えてはいけないものが見えてしまう可能性があるとか。

 そういえば、ユフィーリアには普通の女性には存在しないブツが存在していたか。水着という極めて防御力の低い衣装では、下手をすれば見えてしまう可能性だって高い。


 ユフィーリアは「笑わねえか?」と小声で問いかけ、



「実はな」


「うん!!」


「ああ」


「水面が凍るんだよ」



 ユフィーリアは真剣な表情で、



「泳ぐ時は肌が出ないような水着でなけりゃ、触った途端に水が凍りついちまうんだよ。厄介だよな、冷感体質カルマ・フリーゼって」


「逆に見てみたい!!」


「馬鹿野郎、こんな場所でそんなモンやれば大騒ぎになるだろうが」



 顰めっ面で「問題児も夏休みなんだよ」と問題行動を起こさない宣言をするユフィーリア。

 それにしても、厄介な体質である。冷気が溜まってしまうだけではなく、水に肌が触れただけで水の方が凍りついてしまうとは下手をすれば面白人間まっしぐらである。夏休みどころではなくなってしまう。


 ふと思い出したショウは、



「普段は礼装があるから、雨などに打たれても凍りつかないのか?」


「お、鋭いなショウ坊。アタシの礼装は万能だから、冷感体質カルマ・フリーゼを軽減してくれてるんだよ」


「ではその水着は?」


「お洒落の為に奮発して買った」



 ユフィーリアは小さな笑みを見せると、



「ショウ坊に綺麗だって言われたくて」


「ユフィーリアはいつでも綺麗だぞ」


「お、嬉しいことを言ってくれるな。頭撫でちゃお」


「えへへ」



 ユフィーリアの柔らかな手のひらで頭をグリグリと撫でられ、ショウは思わず笑みが溢れてしまう。

 最高の旦那様が自分の為に頑張ってお洒落をしてくれたのも嬉しいし、ちゃんと想われていたことが嬉しくて仕方がない。ショウもユフィーリアに「可愛い」と言ってほしくて水着を買ったので、気持ちは同じだ。


 その時である。



「お姉さんたち、暇なの?」


「よければ一緒に遊ばない?」



 ユフィーリアとショウの甘い時間を邪魔するように、こんがりと日焼けをした若い青年の集団が無粋にも話しかけてきたのだ。身体も程よく鍛えられており、健康的な褐色肌が特徴的なイケメン軍団だ。やたらと綺麗な歯を煌めかせながら笑うので、本能的に苛立ちを覚えた。

 イケメン集団の他にも、色鮮やかなビキニ水着を身につけた綺麗な女の人も同行していた。話しかけてきたイケメンの背中からひょっこりと顔を出して愛嬌のある笑顔を向けてくる。何も可愛くない。


 ユフィーリアが何かを言うより先に、冷ややかな視線をイケメン軍団に突き刺すショウが「必要ありません」と突っぱねる。



「邪魔しないでください」


「まあまあ、いいじゃん。こういうのは大人数の方が楽しいんだよ」



 褐色肌イケメンの手が、ショウの華奢な腕を掴む。得体の知れない相手に腕を掴まれ、ぞっと肌が粟立あわだつ。

 このままどこかに連れていかれるのかと思えば、すぐに解放された。真横から伸びてきた誰かの手が、イケメンの手からショウの腕を自由にしてくれたのだ。


 いつもの快活な笑みを消し去り、無表情のハルアだった。



「何してんの」


「ッ、やだな。ちょっと腕を掴んだだけじゃん」


「誰もこの子に触っていいなんて言ってないんだよ」



 ハルアの声は淡々としていた。いつもの快活で暴走気味な雰囲気が嘘のようだ。

 その恐ろしい空気におぞましさでも感じ取ったのか、褐色肌イケメンは顔を青褪めさせる。このままハルアを相手にしていたらまずいと悟ったのだ。ハルアを狙っていたらしいビキニ姿の美女たちも泣き出しそうな表情をしていた。


 さらにそこへ追い討ちをかけるように、とある人物が戻ってくる。



「――ウチの連れに何か用か?」


「ひッ」



 褐色肌イケメンの背後からヌッと姿を見せた強面の巨漢――エドワードに睨まれ、さしものイケメン軍団も敵わないと判断したのだろう。へなへなとその場に座り込むと、寒くもないのにガタガタと震え始めたのだ。おそらく食われるとでも錯覚したようだ。


 一方でエドワードからすれば普通に話しかけたつもりだったらしい。人数分の飲み物と売店から借りてきたボールの入った網を肩から引っ掛け、不思議そうに首を傾げている。

 いやあの声はなかなかドスが利いていたような気がする。ショウだってあんな声で問われれば、間違いなく命乞いをする。


 エドワードはユフィーリアに飲み物を乗せたお盆を手渡し、



「この人たちって誰ぇ?」


「遊びたいんだとよ」



 ユフィーリアは「ちょっと持ってろ」とお盆をエドワードに押し戻すと、



「いいよ、何して遊ぼうか」


「え?」


「男なんだからちょっと刺激のある遊びがしてえよな?」



 綺麗な笑顔を見せるユフィーリアが掲げたものは、雪の結晶が刻まれた煙管である。


 ショウはそれだけで悟っていた。

 ユフィーリアは、かなり怒っていた。それはもうショウが止めても聞かないぐらいだ。イケメン軍団の命がせめて終わらないように、と静かに合掌するしか出来なかった。



「ほい」


「ぎゃあああ!?」



 ユフィーリアが煙管を一振りすると、イケメン軍団が競泳用のプールまでぶっ飛ばされた。

 顔面からプールに飛び込んだのも束の間、次いでユフィーリアが煙管を一振りするだけで競泳用プールの水が褐色肌イケメンを包み込んで球状となる。水の中に閉じ込められてもがき苦しむ褐色肌イケメンに、誰もが注目していた。


 イケメンを閉じ込めた球状の水の塊を空中に浮かばせたユフィーリアは、



「ほーれほーれ」



 まるで指揮者のように煙管を振り回す。

 その動きに合わせて水の球が上下左右に振り回され、その中に閉じ込められた褐色肌イケメンもぐるんぐるんと振り回される。巨大滑り台に匹敵する遊具である。


 高らかに笑い声を響かせるユフィーリアは、係員に注意されるまで褐色肌イケメンを魔法で振り回し続けるのだった。

《登場人物》


【ショウ】初めてのプール遊びに大はしゃぎ。波のプールとか流れるプールにも憧れはあるが、やはり1番はナイトプールに興味津々。

【ハルア】まともなプールは久しぶり。いつもはお風呂でバタ足をするぐらいだが、本人は割と本気で泳げる。何ならユフィーリア、エドワードと一緒にライフセーバーの資格も持ってる。


【ユフィーリア】最愛のお嫁さんの為にお洒落を頑張った。普段は礼装で抑えられているものの、冷気を身体に溜めた状態で水に飛び込むと水面が凍る。おいそこ、雪の女王とか言うんじゃねえ。

【エドワード】救命救急の資格はちゃんと持っているし、何なら運動神経がいいので競泳でもシンクロナイズドスイミングもお手のもの。ただしビーチバレーだけはボールが割れるので禁止令が出ている。

【アイゼルネ】朝早起きだったので椅子にうつ伏せの状態で爆睡。ナンパが面白いことになっていたなんて知らなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさんこんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! ユフィーリアさんとショウ君のイチャイチャタイムを邪魔したばかりに、地獄を見る羽目になったイケメン軍団の末路が哀…
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