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第5話【問題用務員と高級ホテル】

「ユーリぃ、何か言うことはぁ?」


「何が?」


「惚けんじゃないよぉ」



 エドワードは目の前にそびえ立つホテルを指差して、



「まさかこの超綺麗なホテルに泊まるとか言い出さないよねぇ!?」



 エドワードが示した先にあるホテルは、超高級リゾートホテルと有名な場所だった。


 さながら宮殿を想起させる絢爛豪華な見た目もさることながら、何台もの馬車が停められて利用者が来る時を今か今かと待ち続けている。扉の前にはドアマンが待機して、利用者がやってくるたびに恭しく頭を下げながら扉を開いてやっていた。

 広大な敷地を有しており、どこもかしこも金をかけていることが嫌でも分かる。ホテルの敷地内に足を踏み入れただけでも高貴な雰囲気に飲まれてしまいそうだ。常に自分たちの普段の行動が原因で金欠状態にある問題児どもでは絶対に泊まれないような場所である。


 ユフィーリアはキョトンとした表情で、



「そうだけど」


「そうだけどぉ!?」



 エドワードは「嘘でしょ!?」と言わんばかりの口調で叫んだ。



「見てみなさいよぉ、ハルちゃんとアイゼとショウちゃんを!! こんな超綺麗なホテルを前に子鹿のようにガタガタ震えちゃってんじゃんねぇ!!」



 ビシッと指を示した先にいたハルアとアイゼルネとショウは、目の前に聳え立つ宮殿のような高級リゾートホテルを見上げてガタガタと震えていた。ハルアは顔を青褪めさせ、アイゼルネとショウは互いに抱き合って今にも泣き出しそうである。

 ついでに言えば、エドワードも膝がガタガタと震えていた。後ろから指先で膝裏を突けば崩れ落ちそうなほどまずい状況である。それほど高級ホテルが嫌か。


 ユフィーリアは「何だよ」と唇を尖らせ、



「どうせ宿泊代はアタシ持ちなんだから、どこに泊まろうが文句言うなよな」


「どこからそんな金が出てきたのぉ!?」


「お前、アタシの賞与額を忘れたとは言わせねえぞ」



 そう、ユフィーリアの今年の夏季賞与は物凄く金額が跳ね上がっていたのだ。諸々の諸費用を引かれて、手取りが何と500万ルイゼ越えである。笑っちゃうほどの大金が転がり込んできたのだ。

 そうなると、やることと言えば決まっている。夏休みを使って満喫する旅行が目前に迫っているのであれば、ちょっとお金を使って高級なホテルに宿泊してしまえばいいのだ。貯金などしない主義である。


 得た現金を貯蓄しておけば月末に泣きを見たり、減給された時に貧困で苦しむこともないのだが、収入を片っ端から使っちまうから財布も悲しいほどに薄くなるのだ。魔法に関する知識は豊富なくせに、金の使い方は学ばない馬鹿野郎である。



「ほーれ行くぞー」


「嫌ああああああ足が勝手に動くううううう!!」


「止めてユーリ!! こんな高級なところに泊まったら、備品を壊した時に目玉が飛び出るような金額を請求されちゃう!!」


「汚しただけで高額の請求書が寄越されるのヨ♪」


「思い直してくれ、ユフィーリア!! 問題児に高級ホテルは荷が重すぎる!!」


「何言ってんだお前ら」



 なおも抵抗されるエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの足を魔法で強制的に動かして、ユフィーリアはホテルの扉を潜る。


 ドアマンが恭しくお辞儀をして通してくれた先には、外観に合わせた絢爛豪華な世界が広がっていた。

 1階はホテルの受付の他に食事が出来るレストランやケーキなどを持ち帰ることが出来る専門店、珈琲や紅茶などが楽しめるラウンジなどが配置されている。ホテルの利用者もユフィーリアたちと同じように旅行者が多い中、二足歩行する犬や虎などと言った獣人の姿が散見された。


 あまりの豪華さに目を回している4人を邪魔にならない場所で待機させ、ユフィーリアはさっさと受付を済ませてしまう。



「エイクトベル様ですね、お待ちしておりました」


「予約した部屋は大丈夫か?」


「もちろんです」



 受付を務める兎の耳が特徴的な半獣人の女性は、綺麗な笑顔でユフィーリアに部屋の鍵を差し出してきた。真鍮製の札には『1号室』とある。



「行ってらっしゃいませ」



 受付の女性に見送られ、ユフィーリアは身を寄せ合ってガタガタと震えていた4人の元へ戻った。



「大丈夫か、お前ら。顔色がめちゃくちゃ悪いぞ」


「ユーリは何でこの高級な空気に慣れてるよヨ♪」



 カタカタと震えるアイゼルネに言われ、ユフィーリアは当然だとばかりに答えた。



「そりゃお前、第七席【世界終焉セカイシュウエン】として式典に参加した時はこれの比じゃねえくらいの高級なホテルに泊まったこともあるからな」


「…………じゃあおねーさんたちもその可能性があるのかしラ♪」


「今は式典とかねえけど、多分あるだろうな。そのうち慣れるぞ」



 それよりも、とユフィーリアは部屋の鍵を掲げる。



「部屋の鍵を取ってきたから行くぞ。とっとと荷物を置きてえ」


「どんな部屋なのか聞いてもいいか……?」


「ショウ坊、声がか細くねえか?」



 ハルアにしがみついたままか細い声で問いかけてくるショウに、ユフィーリアは「えーとな」と予約した時の部屋の様子を思い出す。



「確か、広かった」


「広かった」


「そんでプールもついてる」


「プール付き」


「あと覚えてねえな」


「嫌な予感しかしない」



 顔を青褪めさせ、涙目のショウはまだ見ぬ部屋の状況を嘆いていた。部屋が広くてプール付きという時点でなかなかの高級な部屋であることが理解できる。

 部屋の状況を語ってしまった影響で、4人はその場から動かなくなってしまった。意地でも高級ホテルには泊まりたくないらしい。涙目でプルプルと震える様は見ていて楽しい反応だが、そろそろ可哀想になってきた。


 もう面倒になってきたので、引導を渡してやることにしよう。



「行くぞー」


「ぎゃあああああああ何で魔法で足を動かすのユーリいいいいい!!」


「止めてユーリ!! ここの備品を壊したら今度こそオレの給料がなくなっちゃう!!」


「おねーさんたちは安宿で十分なのヨ♪」


「考え直してくれユフィーリア、問題児に高級ホテルは色々と洒落にならない!!」


「だから何言ってんだお前ら」



 ぎゃーぎゃーと喚くエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの身体を魔法で強制的に操作して、ユフィーリアは予約した部屋まで連行するのだった。



 ☆



 ユフィーリアが取った部屋は高級ホテルの1階の1号室という訳ではない。

 ホテルの敷地内にある別館の1号室である。その部屋に到着するまで3度の受付を通り過ぎ、あらかじめ提出していた宿泊者目録も確認され、ようやくユフィーリアたち5人は部屋の前に到着することが出来た。


 部屋の扉を開けると、そこには広大な部屋があった。



「お、広いな」



 ユフィーリアは部屋の中に足を踏み入れ、広い室内をぐるりと見渡す。


 大理石で構成された床にはふかふかの絨毯が敷かれ、大きな長椅子ソファと硝子製の机が鎮座する。白いカーテンが揺れる大きな窓の向こう側には陽光が燦々と降り注ぐテラスが設けられ、清潔な水で満たされたプールがあった。

 隣にある寝室も広く、5人で寝転がることが出来る巨大なベッドには薔薇の花弁が散らされていた。歓迎の為のものだろうが、どうせすぐに床へ散らされることになるだろう。調度品もリゾートホテルに相応しいもので取り揃えられ、金をかけた甲斐はありそうだ。


 旅行鞄を部屋の隅に追いやり、ユフィーリアは長椅子にドッカリと腰掛ける。足を伸ばして占拠することが出来る長椅子の存在は嬉しかった。



「ユーリぃ、本当に考え直してよぉ」


「何が」


「こんな高いところに泊まれないってぇ」



 未だに部屋へ入ることが出来ずに弱音を吐くエドワードに、ユフィーリアは「あのな」と説明する。



「これはお前らの為でもあるんだよ」


「俺ちゃんたちのぉ?」


「特にアイゼとショウ坊だな」



 ユフィーリアだって手元に転がり込んできた大金を馬鹿みたいに使おうとは思わない。高級ホテルを取った理由も、当然ながら存在するのだ。



「ビーストウッズは有数のリゾート地だけど、ホテルの警備は意外としっかりしてねえところがザラにあるんだよ。見た目は綺麗でも警備がちゃんとしてねえと、寝ている間に何かあっても困るし」


「まあ、確かにそうだけどぉ」


「ここのホテルは警備もしっかりしてるし、前払い制だからぼったくられる心配もねえし。豪華なところだからサービスも充実してるしな」



 獣王国じゅうおうこく『ビーストウッズ』の犯罪発生率は高く、旅行者を狙った誘拐事件も多発している。特に金を持っていそうな女子供を狙った誘拐事件が多いのだが、その大半はホテル宿泊中で寝ている時に襲われるのだ。

 この超高級ホテルよりも少しばかりお値段が安いホテルでも、見た目は非常に綺麗だが誘拐事件が起きたと言われている場所が多い。ホテルの警備が信用できない以上、自衛しなければならない。自衛しなければならないとなったら、せっかくの旅行なのに毎日気を張ることとなってしまう。


 どうせなら警備の面を気にすることなく、羽を伸ばすことを重視して高いけど安全面でバッチリ保証が出来る超高級ホテルに泊まることを選んだのだ。値段が高いのは警備の安全性が保証されている証左である。



「お分かりいただけた?」



 ユフィーリアが首を傾げて問いかけると、



「ユーリがおねーさんたちのことをそんなに考えてくれているなんて感激だワ♪」


「ユフィーリア、好き……」



 アイゼルネとショウがまず最初にユフィーリアへ飛びついてきた。



「さすがユーリ!!」


「まあ、アイゼやショウちゃんが誘拐される危険性を考えれば妥当だねぇ」



 エドワードとハルアからも納得の言葉が出た。どうやら高級ホテルに宿泊する理由を受け入れてくれた様子である。

 まあ、ほんのちょっぴりだけ「コイツらを驚かせてやろうかな」という魂胆もあったが、ほとんどの理由はアイゼルネとショウの安全性を金で買ったと言っていいだろう。余計なことは言わないでおく。


 ユフィーリアは「荷物を置いたら遊びに行こうぜ」と言い、



「ここの宿泊者専用のプールがめちゃくちゃ広いんだよ」


「部屋にもプールがあるじゃんねぇ」


「どうせならホテルの全部の施設を見て回った方が楽しいだろ」



 旅行鞄を部屋に運び入れる4人に、ユフィーリアは言う。



「お前ら、水着は持ってきたな?」

《登場人物》


【ユフィーリア】宿泊地を選ぶなら値段よりも安全性。セキュリティの高い場所を選びがち。

【エドワード】宿泊地を選ぶなら安全性よりも値段。襲われる心配がないから泊まるならお金をケチりがち。

【ハルア】宿泊地を選ぶことがまずないので、とりあえずベッドがあれば寝られる。

【アイゼルネ】宿泊地を選ぶなら値段よりも清潔さ。見た目が清潔ならどこでもいい。日用品が多く取り揃えられているなら最高。

【ショウ】宿泊地を選ぶ経験がないので、とりあえずみんなと一緒ならどこでもいい。

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[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! >「見てみなさいよぉ、ハルちゃんとアイゼとショウちゃんを!! こんな超綺麗なホテルを前に子鹿のように…
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