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第4話【問題用務員と獣王国】

『間もなくビーストウッズ、ビーストウッズに到着します』



 魔法列車の車内に、次の町に到着することを知らせる声が魔法によって届けられた。



「あらぁ、次の町ね」


「じゃあここでお別れっすね」



 老夫婦のご婦人が「楽しかったわぁ」と笑い、ユフィーリアも笑顔で対応する。



「色々と話が聞けて楽しかったです」


「こっちこそ、魔法学院のことを色々聞いちゃってごめんなさいねぇ。とても楽しい列車の旅だったわ」



 ご婦人は最後にショウへウインクすると、



「こんなに格好いい旦那様を捕まえるなんて、貴方も幸せ者ね。大事にしてもらいなさい」


「はい、ありがとうございます」



 最初はユフィーリアと楽しく会話をするご婦人に対して嫉妬心を抱いていたショウだが、今ではすっかり仲良くなってしまった。逆にユフィーリアが嫉妬しそうである。


 魔法列車の車窓に広がる景色が一瞬で切り替わり、背の低い草木が生えた荒野地帯になる。水平線が見える広大な大地に敷かれた線路を駆け抜け、魔法列車は土壁が特徴的な駅構内に滑り込んだ。

 ゆっくりと速度を落としていき、やがて魔法列車は停止する。窓の向こうから幾重にもなって人の話し声が聞こえてきて、まだ列車を降りていないのに町の賑やかさが伝わってくる。


 乗客が次々と降車準備を進める中、車掌の声が車内全体に拡声魔法で届けられた。



『ビーストウッズに到着です。お降りの際はお忘れ物にお気をつけください。魔法列車のご利用、誠にありがとうございました』



 ☆



 愉快な老夫婦と惜しくも別れ、ユフィーリアたちはとうとう獣王国『ビーストウッズ』の大地に降り立った。


 吸い込む空気はどこか乾燥しており、肌を焼く陽の光は暖かいを通り越してもはや暑い。駅構内を飛び交う声には溌剌さがあり、忙しなく人が行き交っている。

 魔法列車から降りてきた旅行者を狙うのは、動物の耳や尻尾が特徴的な子供たち――半獣人デミ・アニマである。生花が詰め込まれた籠や飲み物の箱を抱えて、旅行者を相手に「お飲み物はいかがですか?」「お花はいかがですか?」と商売をする。見た目が愛らしいので、旅行者はデレデレとした表情で財布を取り出していた。


 そして、もれなくユフィーリアたちにも半獣人の子供たちが近寄ってくる。つぶらな瞳をキラキラと輝かせ、生花や温くなった飲み物などを売りつけようと企んでいた。



「お姉さんもお花いかが――ひッ」


「お飲み物は――ひえッ」



 半獣人デミ・アニマの子供たちは、ユフィーリアの顔を見るなり脱兎の如く逃げ出した。特にユフィーリアたちは何もしていないのだが、何故か物凄い勢いで怖がられたような気がする。

 ヴァラール魔法学院では毎日のように問題行動を起こすものだから生徒や教職員から警戒されているが、学外に出た時は問題行動を起こさないように努力しているのだ。出かけるそのものの行為が楽しいので問題行動を起こす暇がないというのが正解である。


 首を傾げるユフィーリアはふと背後を振り返り、



「エド、お前の顔で怖がられたんじゃねえのか?」


「ええ?」



 エドワードは心外なと言わんばかりに眉根を寄せ、



「俺ちゃんは何もしてないんだけどぉ」


「やっぱり強面って罪だな」


「風評被害なんだけどぉ」



 ガックリと肩を落とすエドワードの背中を叩くアイゼルネは、



「いいじゃなイ♪ もしあそこでお財布を出していたらスリに遭っていたかもしれないわヨ♪」


「確かにそうだな」



 ユフィーリアは納得したように頷く。


 獣王国『ビーストウッズ』の治安は稀に見るほど悪く、スリや強盗などの犯罪が起きるのは日常茶飯事だ。貧困街の住民も生きる為に罪を犯さなければならないので、彼らの生活事情を鑑みると可哀想なことだ。

 駅構内で生花や飲み物を売る半獣人の子供たちも、よく見れば衣類や靴がボロボロの状態だ。襯衣シャツ洋袴ズボンの裾は擦り切れ、何度も修復したのはツギハギだらけである。靴も大きさが合っておらず、引き摺るようにして歩いている。


 可哀想なことだが、これが現実だ。魔法を使ったってどうにも出来ないことはある。



「それよりもお前ら、とっととホテルに移動するぞ。荷物が邪魔すぎる」


「はいよぉ」


「あいあい!!」


「分かったワ♪」


「了解した」



 とりあえず2週間分の荷物を詰め込んだ旅行鞄を片手に、ユフィーリアたち5人は固まって駅構内を歩く。

 5人で固まらなければ、獣王国『ビーストウッズ』で誘拐される危険性があるのだ。特にアイゼルネとショウは見目麗しいので、誘拐に気をつけなければならない。


 駅の改札を潜ると、



「うわあ……」



 初めて見る獣王国『ビーストウッズ』の光景に、ショウの口から簡単の声が漏れた。


 土や石造りの背の低い建物がいくつも連なり、軒先には果物や肉類などの食材を売る個人商店が並ぶ。空を覆うように張り巡らされた糸には洗濯物が吊るされて、生活感溢れる異国の光景が広がっていた。

 綺麗に整備された石畳の道を行き交うのは、馬の獣人が引く馬車である。獣人は身体能力や膂力に於いて他の種族の追随を許さず、飛び抜けて力持ちで運動神経に優れた種族なのだ。なので、大勢の旅行者を乗せた馬車でもたった1人で引くことが出来る。


 馬の獣人が引く馬車を目の当たりにしたショウは、



「あれは人力車と呼ぶべきか、それとも馬車と呼ぶべきか……」


「悩んでるところ悪いけど、ショウ坊。ビーストウッズではあれを馬車と呼んでるぞ」


「そうなのか。馬車の方はやっぱり馬として数えられるんだな」



 ショウが真面目なことに「感慨深いな……」などと呟いているので、楽しくて仕方がなかった。獣人を相手にここまで考えられるとは、さすが異世界人である。



「きゃあああッ!!」



 その時、甲高い悲鳴が耳を劈いた。


 獣王国『ビーストウッズ』の駅前で風船を旅行者相手に販売していた猫耳を持つ半獣人デミ・アニマの少女が、その手に握っていた大量の風船を手放してしまったらしい。自由を得たと言わんばかりに色とりどりの風船は、風に乗って青空へと旅立ってしまう。

 半獣人の少女は頭頂部で揺れる猫耳をペタンと伏せ、泣きそうな表情で「親方に怒られる……!!」と嘆いていた。少女に風船を売るよう命じた人物が烈火の如く怒る様が恐ろしいのだろう。風船を追いかける訳でもなく、ただ地面に座り込んでガタガタと震えていた。


 ユフィーリアは空に散らばる風船を見上げ、



「ショウ坊、アタシが魔法で風船を集めてやるから取ってきてやってくれ」


「分かった」



 最愛の嫁はユフィーリアのなすべきことを理解したようで、小さく頷くと右手を軽く掲げる。


 網膜を焼かんばかりの炎が噴き出ると同時に、歪んだ三日月が炎の中から出現する。それと同時にショウの足元がふわりと浮かび上がり、重力から彼の身体が解放された。

 冥砲めいほうルナ・フェルノ――元々は月の女神システィが持つ月砲ルナ・サリアだったのだが、女神本人が冥府へ落ちた際に代償として差し出されたものだ。冥王の手によっていくらか改造を施されたそれは、超高火力と自由自在に空を飛ぶことが出来る加護を誇る強力な神造兵器となった。


 準備を整えたショウを確認してから、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を空に突きつける。



「〈風よ起これ〉」



 魔法が発動し、柔らかな風がユフィーリアの頬を撫でた。


 空を漂う風船が風の動きに従って流され、1ヶ所に集められる。ユフィーリアが風の魔法を器用に操作して風船をまとめているのだ。

 魔法の大天才と呼ばれるユフィーリアであれば、この程度の魔法の操作など朝飯前である。この程度の精密操作が出来なければ、学院長であるグローリアを欺けるような悪戯など不可能なのだ。



「ショウ坊、今」


「ああ」



 ショウは軽く空中を蹴飛ばして、歪んだ三日月と共に青空へ飛び立つ。


 魔法で風船が集まっていく様を見ていた周囲の通行人は、ショウがふわりと青空に飛び立ったことで「おお」「何だ?」とどよめく。魔法や神造兵器に馴染みのない人間がいれば、まさに奇跡か何かだと思うだろう。

 自由に空を泳ぐショウは空の1か所に集められた風船たちに手を伸ばし、垂れ下がる紐をまとめて掴む。掴み忘れた風船がないか、他に空を漂っている風船はないかと周辺を見渡してから、大量の風船と共にゆっくりと降下してくる。


 黒いスカートの裾をはためかせて地面に降り立ったショウは、地面に座り込んだままポカンとする半獣人の少女に大量の風船を渡した。



「もう離しちゃダメですよ」


「は、はい……」



 半獣人の少女は「ありがとうございます!!」と土下座しない勢いでお礼を述べた。



「姉ちゃん、アンタ凄いな!!」


「あの三日月の奴は一体何だい?」


「風船が集まったのは魔法か?」


「そこの銀髪のねーちゃんは魔女か!!」



 風船売りの少女を助けたユフィーリアとショウに、通行人から称賛の言葉が次々と投げかけられた。パラパラと拍手も起きる。

 褒められて悪い気はしない。いつも問題行動ばかりを起こして怒られてばかりなので、たまには褒められるような善行を重ねるのもいいだろう。


 通行人からの称賛の言葉に照れ臭そうな表情を見せるショウは、ユフィーリアの背後に隠れてしまう。



「ちょっと恥ずかしい……」


「いいことをしたんだから、堂々と胸を張れって」



 ショウの頭を撫でるユフィーリアは、



「お前ら、ホテル行くぞ」


「ユーリはあんなことがサラッと出来ちゃうんだから凄いねぇ」


「魔法が使えるって便利!!」


「技術も1級品だワ♪」


「褒めて一体何を企んでるんだ、お前ら」



 何故か知らないが、口々に褒め出したエドワード、ハルア、アイゼルネの思惑にユフィーリアは疑問を抱くのだった。











「――――――――」



 視線があった。



「…………?」


「ハルさん?」



 ハルアは周囲を見渡す。


 唐突な先輩の異常な行動に、ショウは首を傾げた。

 何かを探すような素振りを見せるが、怪しいものは見つからなかったようですぐにパッと明るい表情を見せる。



「何でもない!!」


「そ、そうか……?」


「珍しいものが見えたんだけど、気のせいだったみたい!!」



 ショウの手を引くハルアは、何かを隠しているような気配さえあった。

《登場人物》


【ユフィーリア】過去に一度だけスリに遭ったが、探査魔法で財布の場所を特定して盗んだスリ師を半殺しにした影響で獣王国のスリ師リストみたいなものにブラックリスト入りを果たした。子供だろうが容赦はしない。

【エドワード】顔が怖いのと屈強な肉体のせいでスリの被害は皆無だが、柄の悪いお兄ちゃんによく絡まれる。半泣きしながら殴ってる。

【ハルア】獣王国のあらゆる犯罪者からブラックリスト入りを果たしている。スリも第六感で回避するし、イチャモンをつければ手加減できずに墓へ直葬することになる。

【アイゼルネ】基本的に問題児のお姫様的扱いを受けているのでスリなどの犯罪からも巻き込まれない。快適。

【ショウ】アイゼルネと同様、問題児のお姫様的扱いを受けているので犯罪には巻き込まれない。大体ハルアと一緒。


【老夫婦】獣王国には過去何度か行ったことあるが、奇跡的に犯罪には巻き込まれていない。おそらく庇護すべき老人だと思われていた。

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