第3話【問題用務員と魔法列車の旅】
ヴァラール魔法学院から飛び出すと、目の前にある無人の駅舎に魔法列車がすでに待機していた。
「お客様、もう間もなく魔法列車が出発しますよ」
「待て待て待て!! 乗るから乗るから!!」
慌てて無人の駅構内に滑り込むと、ユフィーリアは魔法列車からわざわざ出てきてお迎えしてくれた車掌に切符を渡す。
若い青年の車掌は「はい、確かに」と切符鋏で手早く処理を済ませた。
普段の魔法列車で見かける車掌は、舞踏会で装着する華美な仮面が特徴的な表情の見えない謎多き人物である。無言で手を差し出して切符を求めてくるので、無愛想ここに極まれりみたいな態度で勤務しているのだ。
ところが、今回の魔法列車の車掌は20代前半ぐらいの青年である。夏らしく半袖の制服に身を包み、綺麗な笑顔で「どうぞ!!」と明るく乗車を促してきた。
「いつもの魔法列車じゃないのぉ?」
「いつもの魔法列車は個室車両だから料金が高いんだよ。今回は一般車両だから料金が安い」
不思議そうに首を傾げるエドワードに、ユフィーリアが軽い調子で言う。
いつも使用する魔法列車は個室のみで構成された『個室車両』と呼ばれる代物で、料金は高いが質の良いサービスが受けられるので人気が高い。客席が個室だけしか存在しないので他の乗客ともいざこざが起きにくく、安全面も配慮されている。
今回の一般車両は個室車両と違って、他の乗客と一緒に座席を利用する形だ。座席数も多く値段も安いので、お金がない学生の身であっても気軽に魔法列車を利用することが出来る。
ちなみに、一般車両で魔法列車の座席を予約した理由は1つだけだ。
「その方が旅気分を味わえるからな」
「いいねぇ」
「一般車両も久々に乗るね!!」
「素敵だワ♪」
「楽しみだ」
清々しい笑顔でユフィーリアが親指をグッと立て、他の4人も同じように返す。大切なものは旅行を楽しむ心である。
車掌に「置いて行きますよ」と辛辣な呼びかけをされ、慌ててユフィーリアたちは魔法列車に乗り込んだ。
車両の扉を開けた途端、他の乗客による話し声が津波のようになって押し寄せてきた。扉付近の席を利用する子供たちからの好奇心に満ちた視線が寄越される。窓の向こうに広がるヴァラール魔法学院の建物が相当珍しいのだろう。
魔法列車の車両は個室車両と比べるとだいぶ狭いが、対面するように配置された座席の数が多いので数え切れないほどの乗客を運んでいる。ほとんどの乗客は車窓の向こうにあるヴァラール魔法学院の景観に夢中で、口々に「初めて見た」「とても綺麗な学校だなぁ」と感心したように呟いている。
「発車しますのでお席にお座りくださいね」
「はいはい、分かってるっての」
「発車した衝撃で転がっても、我々は一切の責任を負いませんからね」
「回復魔法ぐらいは学んでるよ、こっちは」
いつまで経っても座らないユフィーリアたちに痺れを切らしたのか、若い車掌が遠慮なくズケズケと言ってくる。ヴァラール魔法学院に勤務する優秀な用務員なのだから、回復魔法ぐらい使えなければお話にならない。
まあ、そもそもまともに働かないのだが。給料を減額どころかクビにされたっておかしくない問題行動の数々を毎日のように起こしている問題児なので、勤務している用務員というのはおかしな気がする。
切符に書かれた席番号を探すユフィーリアは、
「お、ここじゃねえのか?」
「ボックス席だ」
向かい合うように配置された座席に、ショウは目を輝かせる。
「ユフィーリア、ユフィーリア。俺は窓際に座りたいのだがいいだろうか?」
「おう、いいぞ」
「オレも窓際がいい!!」
「ちゃんと大人しく座ってろよ。『列車と並走したい』って叫び出した途端にお前を氷漬けにするからな」
いつもとは違う車両に興奮気味な未成年組を窓際に座らせて、大人組は通路側である。景色が見える座席の方が魔法列車に乗ると必ずと言っていいほど暴走するハルアを抑制できそうだ。
加えて、今回の夏休みから最年少用務員であるショウがいる。先輩としてハルアはショウを結構気にかけているので、唐突に「魔法列車と並走したい!!」などと言い出さないかもしれない。ハルアには悪いが、後輩の前ではお兄ちゃんぶるその性格を利用させてもらうことにしよう。
ユフィーリアたちも席に座ったところで、魔法列車全体に車掌からの声が拡声魔法によって響き渡る。
『発車します。座席をお立ちにならないでください』
ゆっくりと魔法列車が動き始めた。
遠ざかるヴァラール魔法学院の校舎。車窓の向こう側に広がる景色が一瞬にして切り替わり、どこかの深い森に敷かれた線路を走り出す。
世界でもあまりお目にかかれないヴァラール魔法学院の前からあっという間に出発してしまい、乗客たちから「残念だわ」「もう少し見ていたかった」などという残念がる言葉があちこちで上がる。そんなに珍しいものでもないだろうに。
「ねえ、貴方がた。ヴァラール魔法学院から出てきたということは、勤務していらっしゃる先生方なのかしら?」
「はは、勤務しているけど教職員じゃねえですよ」
通路を挟んで隣の座席を利用する老夫婦が、興味津々といったような雰囲気でユフィーリアに話しかけてくる。
普段こそ問題行動ばかりしているユフィーリアだが、さすがに初対面の相手には悪戯など仕掛けない。特に心臓発作を起こして死にそうな老人を相手には絶対に悪戯など仕掛けない。悪戯を仕掛けて死んでしまったら責任問題になりかねないのだ。
愛想よく老夫婦の質問に応じるユフィーリアだが、
「むぅ」
「ショウ坊?」
隣に座るショウが、膨れっ面でユフィーリアの腕にしがみついてきた。視線は老夫婦に固定され、ジト目で睨みつけている。
「俺の旦那様です、取らないでください」
「あら」
どうやらユフィーリアと談笑する老夫婦に対する可愛い嫉妬をしていたようだ。老夫婦のご婦人は「あらまあ」と微笑ましげに笑い、老紳士もまた孫を見るような穏やかな眼差しを送ってくる。
老夫婦のご婦人がいそいそと花柄の巾着を取り出すなり、そこから飴玉を2個ほど取り出した。通路を転ばないように移動すると、ユフィーリアに張り付くショウに飴玉を握らせる。
ご婦人は「ごめんなさいねぇ」と謝り、
「おばあちゃんね、ちょっとしか魔法を使えないから名門魔法学校にお勤めの旦那さんのお話を聞きたかったのよ」
「それなら仕方ないですね。この飴玉に免じて、目的地に到着するまで会話を許します」
「ありがとうねぇ」
ショウは貰った飴玉の1つをハルアに手渡して、2人仲良く包装紙を破いて口に運ぶ。美味しい飴玉だったのか、ハルアとショウは顔を綻ばせて飴玉を味わっていた。
「可愛いお嫁さんね」
「自慢の嫁です」
「あら、相思相愛。素敵だわぁ」
茶目っ気たっぷりにウインクをするご婦人に、ユフィーリアは綺麗な笑顔で密かに自慢しておくのだった。
☆
「まあまあ、ビーストウッズに? それはいいわねぇ」
「そうなんスよ」
「国王決定戦は見ないけどねぇ。新人ちゃんが旅行したことないって言うからぁ、どうせならリゾート地にしようってことになったんだよぉ」
魔法列車が草原を走っている最中、ユフィーリアたちと隣席を利用する老夫婦との会話は盛り上がりを見せていた。
どうやら老夫婦の目的地は、ユフィーリアたちの旅行先である獣王国『ビーストウッズ』の先にある砂漠の商業都市のようだ。老夫婦も旅行に出かけるようで、側には大きめの旅行鞄が置かれている。砂漠の商業都市は夏だとなかなか厳しい気候だが、この老夫婦は挑戦する心を持っている。
エドワードの言葉に、老紳士が「それなら」と言葉を続ける。
「シープリィ商店街の『ガーダック・ギャング』という店に行くといい。あそこのチーズディップが絶品だ」
「本当にぃ? 絶対行くよぉ」
エドワードは「いいことを聞いちゃったぁ」と嬉しそうだ。食べ物の情報は彼にとって宝石のようなものである。
「チーズディップ?」
「溶けたチーズへサイコロ状に切った肉をつけて食べる料理だよ。めちゃくちゃ美味えぞ」
不思議そうに首を傾げるショウにチーズディップなる料理を説明すれば、彼は赤い瞳を輝かせた。可愛らしい反応である。
チーズディップとは溶けたチーズに肉や野菜などをつけて食べる料理で、子供から大人まで人気が高い。特に食材へつけるチーズの種類にこだわる店も多く、何種類ものチーズを混ぜ合わせたり胡椒などで味付けをしたりと工夫も様々だ。
老夫婦もショウの反応を見て微笑ましそうである。可愛い子の可愛い反応は正義だ。
「――お客様、お席にお戻りください!!」
「うるせえな、黙ってろよこのタコが!!」
その時、車内に酒焼けした汚らしい声と座席に戻るよう促す車掌の声が響き渡った。
見れば、若い車掌が酔っ払った男性客を必死に押し留めている。中身がまだ残っている酒瓶を振り回し、赤ら顔で威張り散らす酔っ払いは「俺を誰だと思ってんだ!!」と叫んでいた。
他の乗客も迷惑そうである。ただ迷惑そうな表情をする割には酔っ払いを止めようとする気もないのか、巻き込まれたくない一心で視線を逸らしていた。妥当な判断である。
しかし、ユフィーリアたちには関係ない。怒声でせっかくの旅行気分が台無しである。
「おい兄ちゃん、うるせえぞ。酔っ払うなら店でやれよ」
「ああ゛?」
車掌に羽交締めされている酔っ払いは、酒精によって据わった目で果敢にも注意してきたユフィーリアを睨みつける。
「何だぁ? 女のくせに生意気なことを言いやがって」
「〈絶氷の棘山〉」
ユフィーリアが煙管を一振りすると、酔っ払いの足元から先端が丸められた氷柱が突き出す。その丸められた先端が向かった先は、酔っ払った男の尻だ。
案の定、氷柱の先端は男の尻穴と結合を果たし、男の口から「あひぃ!!」という情けない悲鳴が漏れた。白目を剥き、口をぱくぱくと開閉させ、痛みによってガタガタと震えている。
雪の結晶が刻まれた煙管で男の顎を持ち上げるユフィーリアは、綺麗な笑顔で優しく問いかけた。
「もう1回言ってみろ。女のくせに――何だって?」
「何でも、ない、れすぅ……ッ」
「そうかそうか。そうだよな。公衆の面前で気持ちよくなっちゃうお前が、アタシに『女のくせに生意気なことを言いやがって』とか言わねえよなァ?」
ユフィーリアは男の肩にポンと手を添えて、
「はい、もっと奥まで行ってみようか」
「あああああああああああああーッ!!」
グググ、と男の肩を押して氷柱を奥まで突き刺してやった。
男の口から甲高い悲鳴が迸る。無様な格好を晒すこととなり、大人たちは失笑して子供たちはキャッキャと楽しそうだった。中には「あれって本当に痛いの?」とか自分の両親に聞く勇者まで現れる始末だった。
ユフィーリアたちの隣席を利用する老夫婦も、驚いてはいたがユフィーリアの高い魔法の才能を目の当たりにして小さく拍手までしていた。魔法が少ししか使えないと言っていたので、あそこまでの魔法はさすがに使えないのだろう。
「凄いわねぇ、貴方の旦那さん」
「はい、世界で最も凄い俺の旦那様です」
ご婦人の言葉に、ショウはどこか自慢げに胸を張って答えた。
《登場人物》
【ユフィーリア】列車の中で必ずすることは、窓の外から見える建物や自然で面白い形をしたものを探すこと。
【エドワード】列車の中で必ずすることは、車内販売の食べ物全部食べられるかチャレンジ。
【ハルア】列車の中で必ずすることは、我慢できなくなって奇行に走ること。多分今年からしない。
【アイゼルネ】列車の中で必ずすることは、持ち込んだ旅行雑誌を読むこと。
【ショウ】列車の中で必ずすることは、ハルアの遊び相手。トランプの特訓に毎度付き合っている。
【老夫婦】元々、ご主人は魔法の研究所で働いていたのだがこの度老齢によって定年退職をして、現在は世界中を巡る旅行三昧の余生を謳歌中。今年は砂漠にチャレンジ。