第5話【問題用務員と旅行先決め】
そんな訳で、旅行をするならまずは行き先を決めなければ始まらない。
「去年は海だったからな、今年は山か洞窟にするか」
「その2択だったら俺ちゃんは洞窟を推すよぉ。洞窟キャンプとかいいじゃんねぇ」
「山!!」
「おねーさんリゾート地がいいワ♪」
「わあ、選択肢がいっぱい」
本棚から旅行雑誌や地図などを広げ、ユフィーリアたち問題児は旅行先を決める。
旅行雑誌は去年の情報しか掲載されていないので、最新版は購買部で黒猫店長から取り寄せてもらう必要がありそうだ。細かい宿泊先などの擦り合わせは後日に回してもいいだろうが、行き先だけ決めておかなければ始まらない。
問題児の旅行方法は、まず行き先決めから始めるのだ。どこで何をするのか、なんてことは後回しである。決めた行き先でやりたいことを見つけるのが1番面白いのだ。
とりあえず地図を広げるユフィーリアは、
「面倒だから目隠しで決めるか」
「ダーツみたいにするのはぁ?」
エドワードが机の中からダーツを何本か取り出しながら言う。玩具のダーツが用務員室で流行し、何かを決める時には必ずダーツを取り出して決めたりしていた。
去年の旅行先も、目隠しした状態でダーツを投げて当たった場所に旅行しただけだ。たまたま海が近かった人気の観光地だったので誰もが大満足できたが、もし山や洞窟などにぶち当てれば批判は免れられない。
特に今年は懸念しなければならない事項があるのだ。迂闊にダーツを投げて決めるという安直な行動は避けたいところである。
「今年はショウ坊がいるからなァ」
「あ、そっかぁ」
エドワードは「じゃあしまっちゃお」とダーツを机の中にしまうが、
「あの、俺はダーツを当てた場所でも大丈夫ですよ?」
「だいじょばないよぉ」
「だいじょばないんだよ!!」
「ハルさんの圧が凄い」
遠慮した物言いのショウに、面倒見のいい先輩を演じるハルアが圧力をかけた。両肩を勢いよく掴むなり「ショウちゃんは初旅行でしょ!!」と叫ぶ。
彼がもう少しエリシアに慣れてくれればダーツで当たった場所に旅行という馬鹿な行動も出来るが、エリシアに慣れていないのであれば確実に楽しめる場所がいいに決まっている。まずは彼自身の心に深く刻み込まれた悪しき記憶の払拭からだ。
ショウは申し訳なさそうな表情で、
「でも、旅行にはお金もかかるし」
「遠慮すんなよ、ショウ坊」
ユフィーリアはグッと親指を立て、
「今年の賞与でアタシがいくら貰ったと思う?」
「愚問だったな」
ショウは真剣な表情で頷いた。
そう、ユフィーリアは今年の夏の賞与で目玉が飛び出るような金額を受け取ったのだ。税金もしっかり引かれてこの金額である。世の中のバグかと思ったが、学院長であるグローリア・イーストエンドの真心が隅々まで込められた上での金額らしい。
毎年のことだが、夏の賞与は大体旅行の代金で消えるのだ。貯金など苦手なダメ魔女代表のユフィーリアである。今年は結構な金額を貰えたので、少し上等な宿に泊まれそうだ。
「じゃあ、ユフィーリア」
「どうした、ショウ坊」
「旅行先を提案してもいいだろうか?」
わざわざ挙手して謙虚に申し出てくれる辺り、さすが出来た嫁である。可愛い反応で100回は血反吐を吐けるような気がする。
「おう、どこに行きたいんだ?」
「獣王国『ビーストウッズ』というところに行ってみたい」
「獣王国に?」
ユフィーリアは首を傾げる。
ショウの手には『獣王国「ビーストウッズ」で行く、国王決定戦の観戦を徹底攻略!!』と銘打たれた旅行雑誌が広げられていた。表紙には兎の耳が生えた褐色肌の特徴的な女性と虎の耳を持つ豊満な身体付きの女性が、妖艶な眼差しを読者に向けている。少しばかり露出多めの衣装を身につけているが、ショウにとってはユフィーリアが最高にして最愛の旦那様であるので見向きもしていない。
ただし、内容はちょっと気になるようだ。獣王国『ビーストウッズ』の国王決定戦という行事を観戦したい様子である。確かに初めてならば見ておいた方がいいだろう。
「表紙にいるみたいな獣人さんがたくさんいるのだろう? だから、ちょっと見てみたいんだ」
「表紙のは獣人じゃねえぞ」
「え?」
ユフィーリアの指摘を受け、ショウは旅行雑誌の表紙を閉じる。
「獣人ではないのか? 動物の耳や尻尾が生えているのに」
「姿が人間寄りだから『半獣人』って呼ばれているんだよ」
雪の結晶が刻まれた煙管を吹かすユフィーリアは、
「獣人ってのはどっちかって言うと獣寄りだな。見た目だけ言えば、八雲の爺さんみたいな感じ」
「二足歩行のもふもふ獣がたくさん歩いているのか……?」
「今じゃ純粋な獣人も減ってきてるみたいだけど、まあいるにはいるぞ」
獣人はかつて人間に迫害されてきた影響で、純粋な獣人は人間に対する恐怖や警戒心が根強く残っているのだ。毛皮目当てで殺害されたり、獣のような見た目と並外れた膂力に目をつけられて奴隷として販売されたり、人間が獣人に対して重ねてきた罪は数えきれない。
今でこそ人間と獣人も和解している様子だが、純粋な獣人や大量虐殺の時代を知っている獣人は今でも人間を警戒する。種族間の差別的な目線はいつの時代でも残っているものだ。
ショウは「そうなのか」と頷き、
「国王決定戦という行事が珍しくて……やはり人間が行ったらまずいだろうか?」
「そうでもねえけどな。アタシらも何度か行ったことあるし」
渋い顔でユフィーリアは言う。
国王決定戦とは文字通り、国王を決める為に王族同士が拳と拳で争い合う行事だ。年に1度だけ開催されるその催し事は他国からも注目度が高く、客席はほぼ満杯になるほど観客が押し寄せる。
ところが近年では、現在の国王が何度も不戦勝するものだから面白みがなくなってきている。待てど暮らせど対戦相手が来ず、自然と現在の国王が戦わずに勝利してしまうのだ。そんな面白みのない催し事を見ていたってつまらないだけである。
そのくせ裕福な獣人はこぞって現国王を支持するものだから、もう手に負えない。『見たって無駄な行事』という不名誉な烙印を押されて、観客は自国民だけで賄っている状況だ。
「獣人は弱肉強食をモットーとするのにねぇ、今の獣王様がズルして勝っちゃうからつまんなくなっちゃったんだよねぇ」
「最後に見に行ったのいつだっけ!?」
「10年ぐらい前じゃなかったかしラ♪」
エドワード、ハルア、アイゼルネも口々に「国王決定戦はつまらなくなった」と酷評を下す。別にショウの選択肢を否定する訳ではないのだが、つまらないのは事実なのだ。その事実を目の当たりにして、最愛の嫁をガッカリさせたくない。
まあ、獣王国『ビーストウッズ』は国王決定戦の他に見所もある。
広大な国土を有する獣王国『ビーストウッズ』は、エリシアでも有数のリゾート地だ。高級ホテルが多数存在し、郷土料理も美味しいものばかりだ。香辛料が効いた肉料理が多いのだが、普段は食べないものなので刺激的な味が旅行気分を増進させる。
つまらなくなってしまった国王決定戦はアホほどどうでもいいが、美味しいご飯と高級ホテルでのんびり夏休みを楽しむのも乙なものだ。ちょうどあぶく銭も手に入ったところだし、ここらで羽振りよく使った方がいい。
「よし、じゃあ今年の旅行先はビーストウッズにするか。有数のリゾート地でのんびり羽を伸ばそうぜ」
「ビーストウッズに行くなら肉料理が食べたいねぇ」
「お土産に何を買おうかな!!」
「ビーストウッズにある香水屋が素敵な商品を置いてあるのよネ♪」
「あの……」
意気揚々と獣王国『ビーストウッズ』に旅行先を決めたユフィーリアに、ショウが申し訳なさそうな表情で言う。
「その、国王決定戦はつまらないのだろう? 面白くない場所に行くのか?」
「国王決定戦はどうでもいいけど、世界有数のリゾート地だから色々と面白いものはあるぞ。少し治安は悪いかもしれねえけど、気をつければ別に問題はねえだろ」
ユフィーリアは『ビーストウッズのホテル一覧』と銘打たれた書籍を魔法で本棚から引っ張り出しつつ、
「それに、ショウ坊はエリシアに来て初めての旅行だからな。目一杯楽しもうぜ」
「…………ああ!!」
ショウは嬉しそうに笑い、
「旅行が楽しみだ」
「そうだろ、そうだろ」
ユフィーリアもまた釣られて笑う。
旅行は色々と決めるだけでも楽しいのだ。「どこに泊まろう」とか「どんなものを食べよう」とか考えるだけで、その国に旅行した気分になる。その雰囲気がとても面白くて、ユフィーリアは好きだ。
旅行を楽しみにしている様子のショウも、先輩用務員のハルアと一緒にビーストウッズの情報が記載された旅行雑誌を広げていた。郷土料理を紹介する頁を見ているようで、2人揃って涎を垂らしている。
「さてと」
ユフィーリアはホテル一覧を眺めながら、
「どこに泊まるかな」
眺めている頁に記載されているのは高級感あふれるリゾートホテルばかりで、室内もなかなか広めなものが多い。ここは5人全員が泊まれる部屋がいいだろう。
どうせならプールなどの遊び場所があれば最適だ。夏なのだから夏らしいものを楽しみたい。
鼻歌混じりにホテル一覧の頁を捲るユフィーリアは、遥か彼方にある獣人たちの王国に想いを馳せるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】海より洞窟派。鍾乳洞とか好き。
【エドワード】海も好きだがどちらかと言えば川辺でキャンプをしたい派。
【ハルア】海も好きだし山も好き。どこに行っても騒がしい。
【アイゼルネ】リゾート地で買い物をしたい派。その地域限定の化粧品や香水、民族衣装などを買う。
【ショウ】旅行とは縁遠い生活をしていたので、みんなと行けるならどこでもいい。