第4話【問題用務員と休暇】
そんな訳で、終業式の場に大量のホウセキゼミを解き放った馬鹿野郎どもが雁首揃えて学院長室に集合した。
「…………何か、言うことは?」
暴れ回るホウセキゼミに体当たりされまくってボサボサになった髪を整えながら、グローリアは学院長室の床に寝そべる5人の馬鹿野郎どもを睨みつける。
その5人の馬鹿野郎どもは言わずもがな、ユフィーリアたち問題児である。
でもってその寝転がった体勢が、片方の肘だけで身体を支える『休日のお父さんスタイル』だった。新聞を読みながら屁でもこき始めたら完璧に酷似している。ちなみにアイゼルネとショウだけは横向きに寝そべっているだけなのに、何故かヨガの体勢のように見えてくる。
そんなふざけていると受け取られてもおかしくない体勢のまま、問題児どもはお怒り気味の学院長に謝罪をする。
「えー、この度はぁ」
「大変!!」
「申し訳ありませんでしタ♪」
「お許しください、学院長様」
「許さなきゃ目玉をほじくりますよ」
「最後だけ暴力的なのは何でかな? 本気で謝ろうという心は持ってるの?」
グローリアは深々とため息を吐くと、
「しかも休日のお父さんみたいな体勢で謝られても申し訳なさが欠片も感じられないよ。やり直し」
「じゃあ『恋する乙女のスタイル』にするか?」
ユフィーリアはそう言うと、片方の肘だけで体を支える『休日のお父さんスタイル』からうつ伏せになった状態で身体を両肘で支える『恋する乙女スタイル』に変えた。パタパタと両足を振るおまけ付きである。
上司の体勢に倣い、エドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウも真似をし始める。可愛く顎の下で握り拳なんて作ってぶりっ子しているのだが、アイゼルネやショウならまだしもエドワードとハルアの馬鹿コンビがやれば病気の時に見る悪夢と同じぐらいの破壊力を宿す。
案の定と言うべきだろうか。グローリアはドン引きの視線をエドワードとハルアにやり、
「頭、大丈夫?」
「だいぶ茹だってるよぉ」
「それは大変だ」
グローリアがパチンと指を鳴らすと、エドワードとハルアの頭上に一抱えほどもある氷塊が叩き落とされた。
しかし残念、問題児は問題児であっても身体能力がずば抜けて高い問題児を狙ったのが間違いだった。
脳天を狙って叩き落とされた氷塊を弾かれたように起き上がったことで回避したエドワードとハルアは、学院長室の床に転がる氷塊を見下ろして瞳をキラッキラと輝かせた。自分の命を狙った凶器に対する反応ではない。
「氷だぁ!!」
「氷だ!!」
「何で喜ぶんだ」
しかも2人揃って何の味もしない氷の表面に歯を立てて、ガリガリと削りながら食べている始末である。本当に夏の暑さで正気ではなくなっている。
「おいエド、ハル。お前ら何してんだよ」
「そうだよね、ユフィーリア。僕の頭がおかしいんじゃないよね。君だけはまだ常識を持ち合わせているって信じていたよ」
可愛らしい『恋する乙女のスタイル』を中断したユフィーリアが無味の氷をガリガリと前歯で削りながら食べるエドワードとハルアを注意し、グローリアが期待の眼差しを寄越してくる。
ところがやはり問題児、一筋縄ではいかない。
この場に於いて最も『常識』からかけ離れた存在こそが問題児である。何でだ。
「かき氷するなら氷を齧るんじゃなくて、ちゃんと削れよな」
「氷蜜も用意しなキャ♪」
「食料保管庫で保存しておいた果物も乗せよう」
「僕が間違ってた!! こうなることは簡単に予想できたのに問題児へ期待した僕が馬鹿だった!!!!」
用務員室から転送した氷蜜や果物などを用意し始め、ついにかき氷祭りを開催してしまう問題児にグローリアは執務机へ突っ伏して叫んだ。
魔法で氷を削ってもいいのだが、それだとかき氷として味気がないのでユフィーリアが雪の結晶の刻まれた煙管を銀製の鋏に変形させてゴリゴリと削り出した。しかもその鋏はユフィーリアが第七席【世界終焉】の際に用いる神聖な魔道具である。
硝子製の器にこんもりと削られた氷の山が形成され、各々好きな氷蜜をかけてかき氷祭りが開催されてしまった。問題児はいつでも自由人である。たとえ今が説教真っ只中でも、食べたい時に食べたいものを食べたいだけ食べるという欲望に忠実な生き方をしていた。
呑気にかき氷を食べ始めてしまった馬鹿野郎どもを前に、グローリアはこめかみをグリグリと親指で揉み込みながら言う。
「ユフィーリアさ」
「ンだよ」
しゃくしゃくと真っ赤な氷蜜をかけたかき氷を頬張るユフィーリアは、何気なくグローリアの呼びかけに応じた。
「ちょっとしばらくどこかに行っててくれない?」
「え?」
かき氷を食べる手を止めたユフィーリアは、静かにお札程度の大きさがある羊皮紙を取り出した。
「ユフィーリア、待って。何それ?」
「爆破魔法を織り込んだ呪符」
「何でそんな危険物を用意し始めたの」
「クビって言われたから……」
「誰もクビって言ってないでしょ!! その呪符をしまって!!」
グローリアは「違うからね!?」と大きな声で否定し、
「夏休みだよ、君たちの夏休み。お休みをあげるから、大体2週間ぐらいどこかに行っててくれると嬉しいな」
「何だ、クビじゃなかったのかよ。紛らわしい言い方をしやがって」
ユフィーリアは爆破魔法を織り込んだ呪符をしまい込むと、
「今年も2週間ぐらい貰っていいのか?」
「うん。学院で大規模な魔法の実験もしたいし、2学期の授業準備もあるし、学院内の大掃除もしたいからね。全部終わるのが大体2週間程度だから、その間に君たちは学院にいないでほしいんだ」
「そっちが本音か」
毎年のことだが、ユフィーリアたち用務員は夏休みが最初の方に始まって大体2週間ぐらい続くのだ。長期間の休みを貰うと大抵旅行など学外のどこか遠い街に出かけてしまう習性を利用され、その隙を見計らって2学期の授業準備やら学院内の大掃除に励むのだ。
まあ学院にいたところでやることもなく、ユフィーリアたちにとっては2週間も休みを貰えることに文句はない。お望み通り学院から消えようではないか。
2杯目のかき氷を作り始めたユフィーリアは、
「じゃあ今年も旅行するかな」
「今年はどこに行くぅ?」
「楽しいところがいいな!!」
「去年は海に行ったものネ♪ 今年は違うところがいいワ♪」
「旅行……!!」
「何でおかわりを平然と作り出すんだよ君たちは!! 帰れ!!」
魔法で快適な温度の学院長室でかき氷のおかわりをしていた問題児だが、グローリアの一喝によって学院長室から追い出されることとなった。
☆
用務員室へ戻ると、閉ざされた扉の前で右に左にヒョコヒョコと歩き回る女子生徒の姿を発見した。
「あれ、リタ嬢?」
「あ、皆さん」
赤いおさげ髪が特徴的な女子生徒――リタ・アロットは、ようやく目的の人物が帰ってきたとばかりに安堵の表情を見せた。
「リタ嬢も実家に帰るのか?」
「はい。夏休みは両親の研究に付き添って、魔法動物の勉強に励みたいと思います」
魔法動物を研究する両親の背中を見て成長しただけあって、魔法動物に対する愛情が凄まじいリタである。両親と共に魔法動物の研究に勤しみ、夏休み明けの勉強成果が楽しみだ。
気合十分な様子のリタに、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を吹かしながら「お、頑張れよ」と返す。近頃は熱心に魔法動物関連の資格取得も励んでいるようだし、普段の勉強が両親の研究に活かせる日が来るのも近いかもしれない。
そういえば終業式でホウセキゼミの大群を解き放ったが、リタは平気だっただろうか。魔法動物と魔法昆虫では少しばかり勝手が違ってくるので、魔法動物は平気でも昆虫はダメと言う魔法使いや魔女はザラにいる。
「ところでリタ嬢、魔法昆虫の類は平気か?」
「もちろんです」
リタは照れ臭そうに笑うと、
「大講堂で皆さんが解き放ったホウセキゼミなんですが、私って鈍臭くて……2匹しか捕まえられなかったんです」
ほら、とリタは夏服仕様となった薄い生地のスカートから赤と青のホウセキゼミを取り出す。
魔法で昏睡状態にしているのか、足を丸めて眠っている状態だ。身体がチカチカと明滅しているのが証拠である。ぶんぶんと魔力砲と見紛う速度で飛び回っていた連中を2匹も捕まえるとは、さすがに鈍臭いという評価には値しない。
リタの手のひらに転がる2匹のホウセキゼミを見下ろして、ハルアが「あ!!」と用務員室にいるホウセキゼミの存在を思い出したらしい。
「そうだ、リタに渡すものがあったんだった!!」
「私にですか?」
「うん!! ちょっと待ってて!!」
元気よく頷いたハルアは「行こ、ショウちゃん!!」とショウを連れて用務員室に飛び込んでしまう。それからすぐに、大量のホウセキゼミを入れた虫籠を片手に廊下へ飛び出してきた。
虫籠にはハルアとショウで厳選したらしい色とりどりのホウセキゼミが、ガサガサと元気よく動き回っている。赤色や青色だけではなく黒色、紫色、7色に輝く翅を持った蝉など様々だ。
ハルアはリタに大量のホウセキゼミが詰まった虫籠を渡し、
「あげる!!」
「いいんですか? 皆さんが捕まえた蝉じゃ……」
「今日だけでたくさん捕まえたから、リタさんにお裾分けだ」
虫籠を受け取ったリタは、嬉しそうに眼鏡の奥へ秘められた緑色の瞳を輝かせる。
「凄いです……!! あ、あの、出来れば標本にしたいんですが、いいですか?」
「標本なんて出来るんですか?」
「あ、あの、もしよかったらお手紙とかで標本の作り方を教えますが」
「いいの!? じゃあ夏休み明けたら見せ合いっこだね!!」
「はい、ぜひ!!」
どうやら年齢が近いこともあって、ハルア、ショウ、リタの意気投合ぶりは目に眩しかった。若いって素晴らしい。
すでに標本を作ることでホウセキゼミの行く末は決定されているようで、意外と虫が平気なリタから「この蝉は……」とホウセキゼミに関する知識をハルアとショウは熱心に聞いていた。仲が良さそうで何よりである。
ユフィーリアとエドワードは微笑ましそうに未成年組を眺める側で、とある人物の精神状態を心配していた。
「……大丈夫か、アイゼ」
「おねーさん、先に用務員室へ戻っていてもいいかしラ♪」
エドワードの背中にしがみついて蝉から全力で視線を逸らすアイゼルネに、ユフィーリアは事実を突きつけてやった。
「部屋に戻ったら3号がいるけど」
「♪」
「あ、離れなくなった」
エドワードの背中に背後霊の如く張り付いて離れなくなったアイゼルネを指差して笑うユフィーリアだが、張り付かれているエドワードは何とも言えないモニョモニョした表情で「揶揄うのは止めなよぉ」と困ったように言っていた。
《登場人物》
【ユフィーリア】クビって言われたような気がしたから爆破魔法を発動させようと思ったけど、実は夏休みを貰えただけだった。かき氷はブルーハワイ派。
【エドワード】今年も2週間のお休みを貰えて嬉しい。かき氷はメロン派。
【ハルア】今年はショウちゃんもいるので楽しい夏休みにしたい。かき氷はレモン派。
【アイゼルネ】今年の夏休みは用務員室にホウセキゼミがいるのでしばらく帰りたくない。かき氷はメロン派。
【ショウ】いつもは同級生の夏休みが楽しかった思い出話を聞いていただけだが、今年は思い切り楽しめる夏休みにしたい。かき氷はイチゴ派。
【グローリア】今年も夏休みという名目で用務員どもを追い出した。かき氷は小豆派。
【リタ】夏休みの予定は両親の魔法動物の研究として様々な地方を旅する。かき氷はマンゴー派。