第4話【問題用務員と聖歌絶唱】
「皆さーん、こんばんはーッ!! ヴァラール魔法学院で問題児と有名な用務員でーす!!」
1曲目を歌い終わったので、まずは挨拶と簡単な自己紹介からである。
観客たちは舞台を堂々と乗っ取り続ける問題児どもに対して呆気に取られており、批判どころか歓声すら湧かなかった。
それはそうだろう。星屑祭りの『本祭』にて美声を披露するはずだった歌姫は罠魔法によって強制退場を命じられ、代わりにヴァラール魔法学院最大級の問題児が舞台を占拠して歌って踊るなんて馬鹿なことをしたのだ。急に今夜の歌姫が変われば唖然とするのも無理はない。
ぼんやりと舞台上の問題児どもを眺める観客たちに向けて笑顔を振り撒くユフィーリアは、
「名残惜しいですが、次の曲が最後となります。本祭の終わりまで楽しんでいきましょう!!」
「馬鹿じゃないの!?」
「あん?」
観客席から拡声魔法を使った爆音が届けられる。
ふと視線を上げれば、照明用の魔法兵器のせいであまり見えないのだが、学院長のグローリア・イーストエンドが舞台上の問題児どもを睨みつけていた。
彼からすれば、せっかくの星屑祭りを台無しにされたのだ。その怒りは順当なものだろう。それに歌姫へと選ばれた生徒たちの両親も見ている前で娘の晴れ舞台を横から掻っ攫えば、歌姫も歌姫の両親も怒ることは間違いない。
ユフィーリアは「よう、グローリア」などと笑い、
「さっきの曲はどうだった? 音楽魔法の教科書にも載ってる有名な楽曲なんだけどよ、今のはどこかの歌劇で聴いたものをアタシなりに改造したものだな」
「今すぐ会場から出て行って!!」
「やなこった」
グローリアの命令に、ユフィーリアは舌を出して拒否をした。
「別にいいじゃねえか。今年の歌姫も舞台で歌うだけだろ? 今年はせっかくの1000回目っていう節目の時なんだから、星屑祭りも盛大にやろうぜ」
「ふざけないで。その大事な1000回目をぶち壊しておいて、何を言っているのさ」
「何が『ぶち壊した』だ。まだこれからだろうが」
ユフィーリアはエドワードたちに目配せをすれば、彼らは1度だけ頷くと舞台上から撤退していく。円型の舞台に取り残されたのはユフィーリアだけだ。
雪の結晶が刻まれた煙管を一振りすると、ユフィーリアが今まで身につけていた衣装が切り替わる。水晶が散りばめられた綺麗な黒いドレスのスカートが伸びて足元を完全に覆い隠し、腰回りには真っ黒な薔薇の造花があしらわれる。頭頂部の王冠に見立てた装飾品から真っ黒い薄布がユフィーリアの顔面を隠した。
華奢な両腕は真っ黒な長手袋に覆われ、色彩や目立った装飾品がない黒いドレスはまるで喪服を想起させる。煌びやかな舞台には相応しくない衣装と言えようか。
「これから本当の魔法を見せてやる」
薄布の下で大胆不敵に笑ったユフィーリアは、静かに歌声を紡ぎ始めた。
窓の向こう 雨上がりの世界
濡れた大地が 輝いて
青空にかかる 虹の橋
期待と不安 胸に秘め 今日も始まる朝
先程まで奏でていた愉快な楽曲とは打って変わり、静かで穏やかな曲調である。歌声と同時に楽器を操る魔法も展開していて、夜の世界に磨き抜かれた楽器たちが各々の最高に綺麗な音で楽曲を彩る。
それまで文句を言おうとしていたグローリアも、唐突に次の曲が始まってしまい何も言えなくなってしまった。歌う問題児の邪魔をするのはよくないとでも思ったのだろう。意外と甘いところがある。
意識を空気中に混ぜ込まれた魔素に向け、ユフィーリアは慎重に歌声へ慎重に魔力を流し込んでいく。
悲しみ乗り越え いざ行こう
新しい世界 未知なる明日
怖がらなくていい 勇気さえあれば
どこまでも飛び越えていけるから
誰もが息を呑んでユフィーリアを見守る中で、世界に変化が訪れた。
――星が、降ってくる。
☆
ヴァラール魔法学院創立以来の問題児が静かに歌声を響かせると、紺碧の空に星が流れた。
夜空を彩る白銀の星が続々と流れ落ちていき、それは流星群となる。夜の空を雨の如く星が流れていく様は壮観だ。
変化はそれだけではなかった。
「え」
ポツン、と。
空を流れる星の動きに合わせて、何かが落ちてきた。
地面に叩きつけられたものは、薄青に輝く小さな粒である。見た目こそ雹か何かと思うだろうが、今のこの状況で降るようなものではない。
地面に落ちた薄青の粒を拾い上げたグローリアは、
「魔力の結晶だ……」
指先から伝わってくる温度は冷たく、まるで氷を触っているかのようだ。力を込めれば小さな粒は光の粒子となって弾け飛び、空中に解けて消えていく。
魔力の結晶と呼ばれるものだ。特に澄んだ魔素が満ちている時に起こりやすい現象で、魔素に魔力を流し込むと綺麗な魔力の結晶が完成するのだ。
そんなものが、どうして突然起きたのか。
「見て!!」
誰かが叫ぶ。
「星が降ってくるよ!!」
弾かれたように夜空を見上げれば、流星群に混じって魔力の結晶が雨のように降り注いでいた。1粒、2粒どころの話ではない。ポツポツと無数の魔力の結晶が地表に降り注ぎ始めたのだ。
その光景は、まさに星が降ると表現しても過言ではない。観客席の足元を埋め尽くす薄青の魔力の結晶に子供たちははしゃぎ、生徒や教職員ですら感嘆の声を上げて瞳を輝かせる。
幻想的な景色を前に、グローリアは呆然と呟いた。
「聖歌絶唱……」
この光景は、グローリアが幾度となく夢を見たものと同じだった。
歌姫が展開する大規模な歌唱魔法によって空気中に満たされた魔素と歌姫の魔力が結びつき、魔力の結晶となって地表に降り注ぐ。グローリアが発案した『聖歌絶唱』は魔力の消費が激しすぎるので、並大抵の魔女や魔法使いでは実現不可能だと言われていた。
最高難易度どころか、未知なる領域に存在する魔法である。何度も夢を見て、何度も理想を抱いて、自分でも「実現は不可能だから諦めよう」と決めたのに。
「何スか、これ。だって、こんな……あり得ないッスよ。本当に星が降るなんて……!!」
「うん、本当だね」
驚愕するスカイの隣で、グローリアは小さく微笑んで応じる。
理想は打ち砕かれるものだった。
夢を抱いても、周囲の人間がグローリアを現実に引き戻す。果てのない夢を見て、理想を語るグローリアを誰もが否定した。
『誰もが魔法を使えるようになる時代なんて来ないッスよ』
『魔法を学ぶ為の学校を作る? そんなものに意味などありますの? 魔法は高等教育、一般家庭のお人は絶対に敬遠しますの』
『学校を作ったところで運営は誰がするのかね? 資金は? 理想を語るだけ語っておいて、実現不可能なことを宣うのはもはや妄想と言わざるを得ない訳だが』
『いい加減に現実を見るのじゃ、第一席。魔法の存在を世に知らしめようとしても、本当に誰もが「魔法を使ってみたい」と思うことなのかえ?』
『魔法の教育は難しく、なおかつ才能に依存します。生まれ持った魔力量が少なかった場合、たとえ魔法の知識があろうと魔法など使えません』
世界で唯一の魔法学校を作ろうと提案し、世の中に魔法の存在を広めようとしても反応はよくなかった。「出来ない」と否定して、挑戦することすらなかった。
誰もがグローリアの理想を否定する中で、たった1人だけが話に乗ってくれた。
現実をよく見据えて、なおも彼女だけは「面白そうだ」というくだらない理由だけでグローリアの差し出した手を取ったのだ。
『現実だけを見て「やらない」と立ち止まるより、どれだけ理想が高くても「世界を変えよう」という意思の方が面白いだろ』
見慣れた大胆不敵な笑みを見せ、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは言う。
『作ってみようぜ、魔法学校。世間がお前の夢を否定するなら、アタシはお前の夢を肯定してやる』
その一言で、グローリアは救われたような気がしたのだ。
「本当に、君は馬鹿だなぁ」
朗々と星が降り注ぐ中で歌声を響かせるユフィーリアを眺めながら、グローリアは呟いた。
魔法学校を作る時も、実現不可能と言われた『聖歌絶唱』を発案した時も、誰もが否定するのに「面白そうだ」という理由だけで話に乗ってきた。彼女だって現実ぐらいは認識しているはずなのに、グローリアの夢を実現させる為に何度も背中を押してくれた。
周りと同じように否定してくれれば、グローリアだって諦めはついたのだ。こればかりは実現不可能だと夢を諦めることも出来た。夢を諦めきれなかったのは、高い理想を知ってもなお協力を惜しまない魔法の天才の存在があったからだ。
夢を諦めて立ち止まる姿よりも、夢を肯定して無茶をやらかす方が「面白いのだ」とユフィーリアは主張していた。他が否定しても、世界が理想を潰しても、ユフィーリア・エイクトベルだけは理想を叶えてくれると淡い期待を抱いていたのだ。
「君は最高の問題児だよ、ユフィーリア」
舞台を陣取る黒衣の歌姫は、綺麗な歌声を響かせる。
なくした夢を 取り戻して
諦めないで 恐れないで
未来は君が 決めるもの
さあ 歩き出そう
魔法で操られた楽器たちが荘厳な音を奏で、余韻を残しながら演奏が終わる。
照明用の魔法兵器が煌々と照らす舞台の中心で、星を降らせるという大役を見事に果たし切った黒衣の歌姫は、綺麗に微笑んでからドレスの裾を摘んで優雅にお辞儀をした。その所作は、普段のガサツさから考えられないほど美しかった。
歌姫への称賛はグローリアが送った拍手を皮切りに、万雷の喝采が与えられた。
《登場人物》
【ユフィーリア】かつて「魔法学校を作りたい」とグローリアから相談された時に「面白そう」という理由で話に乗っかった。その際に周辺の説得をし、協力させた実績も持つ。ヴァラール魔法学院創立には一応それなりの努力をした。
【グローリア】高い理想を抱くが、周辺からことごとくダメ出しされる。魔法学校を作りたいと言った際にもそうだったが、唯一賛同したユフィーリアが周辺の人物を丸め込んだのは素直に凄いと思った。