第3話【問題用務員と本祭】
――星屑祭り『本祭』開始の30分前。
「凄くいい感じじゃんねぇ」
「凄えね!!」
完成した舞台用の衣装を身につけたエドワードとハルアは、己の格好を姿見で確認して称賛の言葉を口にする。
彼らが身につけている衣装は、さながらサーカス団を想起させる奇抜で色鮮やかなものだ。
背の高いエドワードは縦縞が特徴的な襯衣とクラバット、紫色のベストと黒色の上着を羽織ってサーカス団の座長という印象を与える服装である。頭に乗せた山高帽、縁のない片眼鏡、身長に合わせて誂えた杖がさらにサーカス団座長らしさを後押しする。
逆に身軽なハルアはフリル付きの襯衣と蝶ネクタイ、飾りベルトのついたベストというエドワードよりも若干簡易的な服装だ。大きなリボンが巻かれた山高帽を頭に乗せ、頬には涙を思わせる黒色の化粧が施されていた。玩具のナイフを括り付けたベルトを腰に巻いた姿は、サーカス団で勤務するナイフ投げのようである。
「舞台衣装だから派手に行かないとな、派手に」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管をくるくると回しながら、自分用の衣装をどうしようかと頭を悩ませていた。
単に礼装の形式を変更すればいいだけの話なのだが、自分用の衣装となると何が最適解なのか分からなくなってしまうのが難点である。自分自身を疎かにし続けた過ちだ。
ちなみにエドワードたちの衣装を仕立てた時はあっという間に終わった。ちょうど被服室に衣装用の素材が揃っていたことが幸いした。またいつものように勝手に占拠して勝手に素材を使用したが、これでもう怒られても鼻で笑えるぐらいへっちゃらである。
衣装の形式でうんうんと頭を悩ませていたその時、被服室の隅に設けた簡易的な更衣室から「出来たワ♪」とアイゼルネの声が上がる。
「会心の出来ヨ♪」
更衣室から顔を覗かせたアイゼルネは、キャッキャと嬉しそうに宣言する。
彼女の格好は、真紅のレオタードに腰回りがひらひらとしたスカートで覆われた露出度高めの舞台衣装である。大きく開かれた胸元にはくっきりと谷間が刻み込まれ、細い腰は胴着によって強調される。今回はサーカス団が衣装テーマということもあって、普段は露出しない球体関節が特徴的な義足も大胆に晒していた。いつもの踵が高い靴に合わせて、黒いリボンが彼女の義足に巻き付いてお洒落さを演出する。
興奮気味なアイゼルネが更衣室から引っ張り出してきたのは、
「あの、その、似合っているだろうか……?」
可愛らしい衣装に身を包んだショウが、どこか恥ずかしげな口調で問いかける。
赤と白のチェック柄が特徴的なワンピースとフリルがあしらわれたサロンエプロン、ワンピースの裾から伸びる華奢な足は派手な星柄の長靴下で覆われている。足元は磨き抜かれた革靴で守られ、真紅のヘッドドレスには大きめのリボンが括り付けられてメルヘンチックな印象があった。
彼が自慢する艶やかな黒髪は毛先がくるくると巻かれており、なおかつ内側だけ真っ赤に染められていた。色替え魔法によって髪の毛に色を施したのだ。少女めいた儚げな顔立ちも舞台映えする濃いめの化粧をされているが、衣装の可愛らしさを損なわない絶妙な均衡を保っていた。
どこからどう見ても100点以上の点数をあげたいぐらい可愛い。衣装を作成したユフィーリアも会心の出来を確信した。
「がん゛わ゛い゛い゛」
「ユーリぃ、気持ち悪い声になってるよぉ」
「おっと」
エドワードに濁声を指摘され、ユフィーリアは取り繕うように咳払いした。
「似合ってるぞ、ショウ坊。今日も最高に可愛い」
「ユフィーリアは着替えないのか?」
首を傾げるショウは、
「未だに浴衣のままだが……いや、その、もちろん浴衣も似合っているのだが」
「いやー、もう思いつかなくてな」
ユフィーリアは肩を竦めた。
自分の衣装が決まらないとは問題児筆頭として情けない話である。いつぞやの舞踏会の時もそうだったが、どうしてもユフィーリアが自分で衣装を選ぶとなったら黒だけという喪服と言ってもいいようなものになってしまうのだ。
そのことを思い出したショウは、ポンと手を叩くと「ではこれならどうだろうか?」と提案してくる。
「舞踏会で着たドレスと同じような形式で、黒だけで構成されていても宝石か水晶を散らせば夜空みたいになるのではないか? 今回は硝子の靴ではなく、膝丈以上のブーツにするとか」
「お、いいな。採用」
最愛の嫁による提案を躊躇いもなく採用し、ユフィーリアは早速とばかりに自分の着ている礼装を浴衣の形式から変更する。
浴衣が黒い霧状となり、それから一瞬で形が変わる。
首から腹にかけて覆う黒い布は前掛けのような形で、ユフィーリアの白い背中を大胆に晒す。ひらひらとしたスカートは前後で長さが違い、さながら魚の鰭のようだ。全体的に黒のみで構成されたドレスだが、雪の結晶が刻まれた煙管を一振りすれば硝子のような透明な水晶がドレスの随所に散らされる。
履いていた下駄はブーツの形を取り、スカートの裾から伸びるユフィーリアの華奢な足を覆い隠す。光沢感のある黒いブーツは太腿まで届く長さとなり、ちょっとサービスで踵の高さも付け足しておいた。
「どう?」
「いいじゃんねぇ」
「ブランコのお姉さんみたい!!」
「素敵だワ♪」
「とても綺麗だ」
エドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウからもお墨付きをもらったので、ユフィーリアの衣装はこれにて決定である。
「そう言えばぁ、どうやって星屑祭りの『本祭』を乗っ取るつもりなのぉ?」
「ああ、簡単だよ」
アイゼルネに椅子へ誘導され、化粧を施されるユフィーリアはエドワードの質問にあっけらかんとした調子で答えた。
「罠魔法で歌姫を強制退場させる」
☆
――そんな訳で、星屑祭りの『本祭』乗っ取り大成功である。
雛壇の形状をした観客席の中心に設置された丸型の舞台は、全方位を見渡すことが出来る開けたものだ。上空を飛び回る照明用の魔法兵器は、ちょっと魔法で乗っ取ってしまえば自在に操ることが可能である。
舞台の周りに配置された管弦楽団から楽器を奪い、まとめて魔法で操る。音楽系の魔法の中にはたった1人の指揮者が魔法で何種類もの楽器を操って演奏をする魔法もあるので、魔法の天才と呼ばれるユフィーリアであれば造作もないことだ。
唖然とした観客たちの視線が集中する中、舞台用に誂えた靴の踵を打ち鳴らし、朗々と歌声を響かせる。
歓声御礼 拍手喝采 芸が決まれば迷いなく
響かせ 歌声 綺麗に果てなく
今宵の舞台は 特別なもの
今日この時だけ 貴方に届け
ナイフ投げの格好をしたハルアと赤と白のピエロ服を想起させるメイド服に身を包んだショウが手を取り合い、何故かぐるぐると盛大に振り回されながら踊っている。ハルアも楽しそうだし、ショウも「あははははははは」と楽しそうに笑っているのでいいのだろうか。
ぐるぐると振り回されているショウだったが、唐突にハルアが手を離したことで白銀の星々が瞬く夜空に投げ飛ばされた。スカートをはためかせ、砲弾の如く打ち出された様は危険極まりない。
案の定、最も近くで見ていた管弦楽団の演奏者や観客たちが一斉にざわめいた。座席から立ち上がり、夜空へぶん投げられたショウの無事を案じる。
「ええ!?」
「何してんだ!?」
「ショウ!?」
何か聞き覚えのある悲鳴も上がった気がする。
少女を乗せた 空中ブランコ
三日月のお船が 星空を泳ぐ
優雅に笑顔を 振り撒く彼女
誘え星旅 演奏終わる その時まで
空中で器用に体勢を変えたショウが呼び出したものは、歪んだ白い三日月――冥砲ルナ・フェルノである。
神造兵器に与えられた飛行の加護が発動し、ショウの身体は重力から解き放たれて夜空を自在に舞う。それまで可愛らしいメイドさんが痛い目を見るのではないかと不安そうにしていた観客から「おお」「凄い」などの感嘆の声が聞こえてくる。
白い三日月に乗って優雅に夜空を踊る最愛の嫁を見上げ、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を指揮棒よろしく振りながら歌声を響かせる。
1、2の3で弾ける夢 ステップ踏んで楽しく踊ろう
杖を一振り 楽器と共に
星屑彩る オーケストラ
夢の舞台は 夜が更けても 終わらない
白い三日月から華麗に舞台へ舞い戻ったショウが、再びハルアと手を取り合って楽しそうに踊る。今度はハルアも後輩をぐるぐると振り回すような真似はしないように気をつけているのか、軽やかにステップを踏んでショウをエスコートしている。
幾重にもなって響く楽器の演奏に合わせて、エドワードとアイゼルネが息のピッタリ合った社交ダンスを踊っていた。特にアイゼルネの球体関節が目立つ義足が器用に動くものだから、さながらエドワードがアイゼルネという人形を操っているように見えるだろう。観客のお子様たちも興奮気味である。
もう彼らは歌姫のことなど忘れていた。のど自慢大会で選ばれたはずの歌姫は問題児によって強制的に舞台上から引き摺り下ろされ、代わりに問題児どもが歌って踊って星屑祭りの『本祭』を乗っ取ってしまった。
しかも多種多様な楽器や照明用の魔法兵器を魔法で操りながら、笑顔を振り撒いて歌っているのである。同時並行するような作業ではなく、一般の魔女や魔法使いならば魔力欠乏症でぶっ倒れていることだろう。
魔法の天才であるユフィーリア・エイクトベルだからこそ成せる技なのだ。
耳を澄まして 音を聞いて
ほら 君を誘う音がする
此方へどうぞ 楽しんで
悪いことなんて忘れて 幻想の世界へご招待
自由に靴を踏み鳴らして踊りながら、ユフィーリアは歌う。
あとでどれほど批判されようと、物事を『面白い』か『面白くない』かで判断する問題児に常識が通用するとは思わないことだ。
それまで見過ごしていた『本祭』の乗っ取りも、面白そうだと思ってしまえば全力で邪魔をするのがユフィーリアたち問題児である。
《登場人物》
【ユフィーリア】サーカス団の歌姫という設定。素晴らしい歌声で演目を盛り上げるが、歌う他に楽器や照明器具なども魔法で同時に操る多彩さを見せつける。
【エドワード】サーカス団の団長。しっかり者だし背が高いということもあって配役が決定。意外と長い杖が似合う。
【ハルア】サーカス団のナイフ投げ。正確無比なナイフ投げの技術を誇るが見た目が馬鹿っぽそうなので信用できない。
【アイゼルネ】サーカス団のお人形。球体関節が特徴的な義足をフル活用してお人形を演じる南瓜頭の元娼婦。義足が生きる状況になるとは思わなかったが、自分のコンプレックスがこんなに素晴らしい武器になって嬉しい。
【ショウ】サーカス団のピエロ。道化師風のメイド服と色替え魔法による髪の染色が新鮮な気分で楽しい。空中ブランコ乗りのお姉さんということで、冥砲ルナ・フェルノに乗って浮いていたら子供たちから羨望の眼差しで見られた。