第1話【問題用務員と設計書】
無人の学院長室に問題児が降臨である。
「お前ら、何か小難しい図形とか文章が書かれてる羊皮紙を片っ端から探せ!!」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
「分かったワ♪」
「了解した」
学院長室の壁沿いに設置された本棚から魔導書を引っ張り出しながら、ユフィーリアは言う。
執務机の上に積まれた魔導書を床に広げて『聖歌絶唱』の設計書を探すが、やはりどこにも見つからない。本棚の隙間に突っ込まれているのかと思って本棚から次々と魔導書を引っ張り出して床に放り捨てていくのだが、羊皮紙の1枚だって挟まっていない。
同じくエドワードやアイゼルネも魔導書を1冊ずつ確かめていくのだが、魔法の設計書らしきブツは見つからない様子で互いに難しい表情で首を捻っていた。頁にも挟まっていないようだ。
一方で執務机の引き出しや戸棚を確認していた未成年組だが、
「ユフィーリア」
「見つかったか?」
「3年前の日付になった生菓子が引き出しから発掘された……」
死んだ魚のような目で紙に包まれた小さなお菓子を差し出すショウ。埃に塗れた小さなお菓子は、何か緑っぽいものが生えているような気配があった。
試しに小さなお菓子の包み紙を受け取ったユフィーリアが、包み紙を開いてみる。白い饅頭の表面には緑色の模様が綺麗にびっしりと生えており――。
次の瞬間、ユフィーリアはゴミ箱の中に小さなお菓子を叩きつけていた。
「黴びてんじゃねえかあのクソ野郎が!!」
「学院長はお菓子を消費期限切れで殺すんだからぁ!!」
ユフィーリアが叫ぶと同時にエドワードも絶叫していた。食べ物を消費期限どころか黴によって殺すことを彼は許せなかったのだ。
「おい他に消費期限切れのお菓子とかねえよな!?」
「こっちにお菓子見つけたよ!!」
戸棚から立派な包装紙が特徴的な箱を引っ張り出してきたハルアは、
「これ凄え有名なところの焼き菓子詰め合わせだよ!! オレ知ってる!!」
「賞味期限が切れそうだな……ギリギリか」
箱に記載された日付を確認して、ユフィーリアは「よし貰おう」と迷いなく判断する。有名店の焼き菓子を消費期限切れで殺害した挙句、黴によって更なる処刑をするのは居た堪れない。
転送魔法で用務員室に焼き菓子の詰め合わせを転送し、次なるお茶菓子を探す。すでに魔法の設計書から賞味期限が切れそうなお菓子を探す方向に移行していた。
ガサガサと戸棚を漁るユフィーリアは、
「ッたく、何でアイツは食わねえのにこんなお菓子を溜め込むんだよ」
「本当だよぉ、もったいないじゃんねぇ」
まだ食べられそうなお茶菓子を次々と確保していくエドワードは、不満そうに唇を尖らせて言う。
「ご飯を無駄にする奴は1番嫌いだよぉ。顔を見かけたら頭から齧り付いてやる」
「…………半殺し程度で終わっとけよ?」
犬歯を剥き出しにして唸るエドワードに、ユフィーリアは生温かい眼差しで忠告するのだった。
さて、お茶菓子の物色が終わったところで『聖歌絶唱』の設計書である。
部屋中を探しても見当たらず、魔導書の隙間に挟まっているというオチにもない。学院長室に存在しないとすれば、魔法の実験をしている教室か何かに保管しているのだろうか。
首を捻るユフィーリアは、
「まさか燃やしたとかねえよな?」
「ユフィーリア」
「今度はどうした、ショウ坊」
設計書を燃やして処分したことを疑うユフィーリアに、ショウがゴミ箱を突き出してくる。中身を覗き込んでみれば、ユフィーリアがゴミ箱の底に叩きつけた黴びた饅頭の他に、ぐしゃぐしゃに丸まった紙が放り込まれていた。
慎重にゴミ箱の底からぐしゃぐしゃの状態となった紙を拾い上げ、丁寧に広げてみる。羊皮紙の上から下までビッシリと魔法式が書き込まれ、実験の条件なども隅の方に記載があった。かなり作り込まれた魔法の設計書である。
羊皮紙を埋め尽くす魔法式に視線を走らせるユフィーリアは、
「ああ、これだな」
「これが『聖歌絶唱』の設計書なのか?」
ユフィーリアの手にした羊皮紙を横から覗き込むショウは、難しそうに顔を顰める。
「読めない……」
「魔法式は難しいな、ショウ坊。あとで一緒にお勉強しような」
どこか不満そうな最愛の嫁の頭を撫でてやれば、ショウは赤い瞳を細めてユフィーリアの手のひらに擦り付いた。この可愛さは極みの証である。
改めてぐしゃぐしゃの羊皮紙を眺めるのだが、魔法式自体はそれほど困難なものではない。歌唱魔法を扱うことが出来れば、実現可能と呼べる範囲だろう。
ただ魔法が及ぼす適用範囲が馬鹿の数値だった。「え、グローリア? お前は何徹したらこの馬鹿みたいな魔法を編み出すの?」と言えるぐらいである。
「魔法の適用範囲が世界中ってどういうことだよ……」
「魔力がいくらあっても足りないね!!」
狂気的な笑顔で痛いところを突いてくるハルア。魔法を使えない馬鹿野郎に言われちゃおしまいである。
アイゼルネも「不可能ネ♪」とお手上げ状態だし、エドワードやショウもさすがに魔法の適用範囲が途方もなく広いことに白目を剥きそうになっていた。馬鹿が考えた最強の魔法である、誰がこんなモンを実現できるのか。
冥王ザァトが言ったことは本当である。ユフィーリアもこの魔法をしっかり確認した上で「こんな魔法を実現できる奴は実現してほしいもんだ」と思ったほどだ。
執務机の上に転がっていた羽根ペンを手に取ったユフィーリアは、深々とため息を吐いてペン先を羊皮紙に走らせ始めた。
「色々と訂正を入れなきゃ成り立たねえだろ。興奮状態の子供が考えた『ぼくのかんがえたさいきょーのまほう』じゃねえんだから」
「あの人もいい年齢だよねぇ?」
「23歳って言い続けて1000年ぐらいは経ってるぞ」
「もう23歳の年齢じゃないでしょうがよぉ」
「馬鹿野郎、魔法を極めて年齢を超越すると200歳を超えた辺りから適当に年齢を言って誤魔化しておけって暗黙の了解があるんだよ」
呆れた様子のエドワードに、ユフィーリアは魔法の設計書を手直ししながら返す。
「じゃあユーリが28歳って言い続けているのはどうなのヨ♪ 学院長が23歳って適当な年齢を言っているなら、ユーリだって22歳って言えば通じるでショ♪」
「28歳って言っておいた方が『うそー、見えなーい』みたいな反応があって面白いから」
「ユーリらしいワ♪」
「あと22歳とか23歳って言うとマイナス5歳ぐらいに見られるから、高確率で酒を売ってもらえねえんだよ。1番売ってもらえる確率が高かったのは28歳だった」
アイゼルネの指摘を、ユフィーリアはどこか遠い目をしながら答えていた。酒飲みにとってお酒が買えないという事態は最も辛いことである。
逆にグローリアが23歳と主張しているのは、そうすれば酒を高確率で売られることはないので口にすることがなくなるのだ。酔っ払えば他人に暴力を振るうような酔い方をしてしまう彼に酒を買わせるのはまずい。
喋りながら器用に羽根ペンを動かしていたユフィーリアは、
「こんなもんかな」
余計な魔法式を削除し、適用範囲もヴァラール魔法学院内に限定して魔力の消費をだいぶ抑えたつもりだ。それでもまだ最高難易度の魔法の域は脱することは出来ず、この魔法を実現するには歌唱魔法を使える魔女や魔法使いを100人単位で用意しなければならない。
まあ、魔法の適用範囲をヴァラール魔法学院内に限定できたのは重畳と言えよう。そもそもが世界規模の魔法を想定されていたので、あっちをいじればこっちが崩壊するというような事象が発生したのだ。馬鹿の魔法でも意外とちゃんとしていたようである。
さて、問題はこの魔法をどこでお披露目するかだが。
「本祭を乗っ取るか」
「歌姫に選ばれた生徒が歌うって祭りか?」
「元々は『歌姫が星を降らせる』って触れ込みなんだから、星を降らすことが出来ねえ歌姫なんて必要ねえだろ?」
果たしてこの『聖歌絶唱』の魔法で星を降らせることが出来るのか甚だ疑問だが、学院長が「この魔法が成功すれば空から星が降る」と主張するのだからやる以外に方法はない。
歌姫に選ばれた生徒も、知らず知らずのうちにそんな重要な役割を負わされる羽目になるのも嫌だろう。それなら最初から星を降らせることが出来る方法に賭けた方がいい。舞台で活躍できるという夢は潰えるだろうが、そこはそれ、気合と根性と時の運でどうにかすればいい。
だってここにいるのは問題児だ。他人に迷惑をかけてナンボの馬鹿野郎どもである。
「まずは衣装を揃えるところから」
「今から衣装を作るのぉ?」
「せっかくの晴れ舞台だぞ? 綺麗な衣装で歌って踊って楽しみたいだろうが」
今から衣装作成に着手すると宣言したユフィーリアにエドワードは難しげな表情をするのだが、こちとら魔法を使えばどうとでもなるのだ。
問題と言えば、星屑祭りの本祭を乗っ取った際に披露する歌や踊りである。歌唱魔法の発動に適した歌はゆったりとした曲調のものが多いのだが、さてどんな歌が星を降らせるのに適しているのだろう。
考えれば考えるほど楽しくなってきた。もう色々と忙しないのだ。
「俺ちゃん、どうせなら格好いいのが着たいなぁ」
「スーツみたいなの着たい!!」
「ダンスも頑張っちゃおうかしラ♪」
「ちゃんと上手に歌えるかな……」
「ノリノリなご様子でアタシは大変にっこりしております、こンの愛すべき馬鹿野郎ども」
文句が出てくるどころか全力で本祭を乗っ取る気満々である。彼らが部下で本当に、心の底から本当によかった。
本祭を乗っ取るなんて問題行動に及べば夏の賞与に響いてきそうなものだが、減給なんていつものことだ。もう何も怖くないのである。
すでに本祭を乗っ取る気満々のユフィーリアは、
「そうだ、ショウ坊」
「何だ、ユフィーリア?」
最愛の嫁へ振り返れば、彼はちょうど先輩のハルアから「一緒に歌おう!!」と誘われていた。そのお誘いを笑顔で引き受けていたショウだが、ユフィーリアに名前を呼ばれたことで視線がこちらに向く。
「アタシのこと好きか?」
「愛しているが?」
「即答」
「当然だ。俺がユフィーリアに対する好意を誤るはずがない」
自信満々に胸を張るショウに、ユフィーリアは更なる質問を重ねた。
「じゃあ、アタシの為に身体を張ってくれるか?」
「何をすればいいんだ?」
迷いなく答えてくれた最愛の嫁に要望を伝えれば、彼は満面の笑みで頷いてくれた。
「貴女が求めるのであれば、それに応えない訳にはいかない。全力で挑ませてもらおう」
「優しい嫁さんを持ったな、アタシは」
「えへへ」
照れ臭そうに笑うショウの頭を撫で、ユフィーリアはあまりの可愛さに思わず昇天しかけるのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】魔法の設計書を見てもちゃんと理解できる魔法の天才。基本的に自分では設計書を作らずに感覚で魔法を編み出して使うので、使えた時にはもう覚えていない。
【エドワード】日曜大工の設計書ならちゃんと理解できるし、何なら家具など手作りできるほどの手先の器用さも持ち合わせる。
【ハルア】設計書なんか作れる訳がない。エドワードの日曜大工を大体邪魔する。
【アイゼルネ】紅茶の淹れ方を記した設計書ノートを鋭意作成中。すっごい細かい。
【ショウ】魔法にも設計書があるとは驚いた。ただし魔法式は読めない。あとで教えてもらおう。