第8話【学院長と壊れる理想】
理想は否定されるものだった。
「それは無理ッスよ」
「不可能ですの」
「今の状況を鑑みれば不可能な訳だが」
「高すぎる理想じゃのう」
「神も『無謀な挑戦だ』と告げております」
どれほど夢を語ろうと、周囲は決して首を縦に振らなかった。それどころか、それが常識だとばかりに否定するだけだった。
夢は叶わないもの。
理想は否定されるもの。
挑戦することすらせずに、最初から「無理だ」と決めつけるのは世界を停滞させるだけなのに。
「どうして誰も……」
夕闇が迫る学院長室に戻ってきたグローリアは、執務机の上に放り出された羊皮紙を手に取った。
そこには一般の魔女や魔法使いでは数百年単位の年月をかけても到底理解できない高度な魔法式が並んでおり、誰も再現不可能であることを密かに示していた。羊皮紙の隅から隅まで複雑な魔法式に埋め込まれ、1人や2人で運用可能となるような魔法の内容ではない。
今日という日だけは空気中の魔素が澄んでいるので、この魔法の技術が実現できれば星を地上に降らせることが可能だ。実験した訳ではなく机上の空論に過ぎないものだが、1年を通じて実現可能となる日が星屑祭りの時だけなので『幻想』と呼ばれても仕方がないと言えば仕方がない。
それでも、挑戦しなければ実現することは出来ない。
可能性を秘めた魔女や魔法使いは山のように集まっている。あとは実現できる可能性を秘めた魔女や魔法使いを1人でも多く見つけることが出来れば、あるいは。
「どうして誰も、夢を見ないんだ……」
世界には『こうなってくれたらいいのに』という理想を現実のものにする技術はごまんとある。なければ作ればいい。
なのに、最近では夢を見ない魔女や魔法使いが増えている。現実を直視することも大切だとグローリアは理解しているが、魔法の技術を飛躍的に上昇させるには理想を追い求めた方がいいのに。
――理想を掲げるだけでは生きていけない、と頭の中で誰かが囁く。
「ッ」
グローリアは羊皮紙をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に叩きつけた。
実現不可能の烙印を押された技術など必要ない。
今やグローリアはヴァラール魔法学院の学院長なのだ。副学院長に据えたスカイ・エルクラシスの言葉が身に染みる。
いつまでも夢を見ているだけではいけない立場なのだ。
「もういいや」
思考回路を切り替えて、グローリアは学院長室をあとにした。
再び学院長室は無人となる。
遠くの方で聞こえる祭囃子と、のど自慢大会に出場中の生徒たちによる綺麗な歌声。創立から続く特別な祭りにヴァラール魔法学院の学院長として参加しなければならないのだ。
☆
無人となった学院長室の扉が、開かれる。
「しめしめ」
「しめしめぇ」
「しめしめ!!」
「しめしメ♪」
「しめしめ、だ」
扉の隙間から顔を覗かせ、学院長室に誰もいないことを確認する5人の影がいた。
《登場人物》
【グローリア】高い理想を抱きすぎて、いつも周囲から否定される。実現不可能な夢を見ては否定され、高い理想を抱けば「無茶だ」と揶揄される。そろそろ高い理想を抱きすぎる癖も治さなければならない。
【しめしめ5人衆】言わずもがな。