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第7話【問題用務員と聖歌絶唱】

聖歌絶唱グランド・アリア?」



 聞き覚えのない魔法の名前に、ユフィーリアは首を傾げた。


 冥王ザァトの話では未発表で誰も運用した試しがない魔法なので、いくら魔法の天才と言えど知識を持ち合わせていないのは当然である。むしろ未発表なのに知識を持ち合わせていたら未発表ではなくなってしまう。

 あらゆる魔法を手足の如く操る魔法の天才のユフィーリアにとって、知らない魔法があるのは少々癪だ。魔法の腕前なら学院長のグローリア・イーストエンドにも引けを取らないはずなのに、グローリアが知っていてユフィーリアが知らない魔法の存在があることが生意気だ。



「ほう、魔法の天才と言わしめたユフィーリア・エイクトベルすら知らんとは驚きだな」


「殴られたいか?」


「本望だッ」


「やべえ地雷だった」



 期待に瞳を輝かせて詰め寄ってくる冥王ザァトを引き剥がすユフィーリアは、



「その聖歌絶唱グランド・アリアってのは一体何だよ」


歌唱魔法アリアの応用と言えば聞こえはいいが、いかんせん展開する魔法の範囲が広すぎて一般運用には向いていない。式典用の魔法を想定しているだろうが、それでもやはり何千人と魔女や魔法使いを用意しても実現は不可能だろうよ」



 冥王ザァトが肩を竦めながら説明するが、魔法に明るいユフィーリアは話を理解できても他がダメだった。最初から最後まで、エドワードたちにはまるで分かっていない。

 その証拠としてエドワードは普段の悪人ヅラが疑問によって悪人具合が加速し、ハルアは頭頂部から煙を噴き出し、アイゼルネとショウは互いに顔を見合わせてポカンとした表情を見せている。さすがにキクガも冥王ザァトの話についていけなかったのか、背後で拳を構えて「殴れば元に戻るだろうか」とご乱心の様子だった。


 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、とりあえず話に必要な基礎知識だけは説明することにした。



歌唱魔法アリアってのは歌で発動する魔法のことだ」


「歌うことで魔法を発動できるのか?」


「歌は結構重要な魔法の発動方法だぞ。特に周りの士気を高めたり怒りを鎮めたりする場合は、詠唱で発動する魔法よりも歌による魔法の方が効果が出るんだよ」


「なるほど」



 ショウは割とすんなり納得し、アイゼルネも「確かにそうネ♪」などと頷いていた。キクガも元の世界で何かそういう場面があったのか、ユフィーリアの説明を受けて冥王ザァトの後頭部に向けていた拳を静かに下ろした。

 付き合いの長いエドワードも何となく理解できた様子だが、問題はハルアである。歌で発動する魔法とやらが想像できないのか、頭から煙を噴き出さなくなった代わりに首が捩じ切れんばかりに傾けていた。まだ疑問が解消されないようだ。


 彼の為にいい例え話があるかと記憶の引き出しを開けるユフィーリアだが、



「ハルさん、絵本でよくお姫様が歌って王子様を元気づけたりするだろう」


「あるね!!」


「多分、ああいうのが歌唱魔法アリアなんだと思う」


「なるほど!!」



 最近、ハルアに絵本の読み聞かせをしているショウが上手い例え話を持ち出して説明してくれた。頭のいい嫁を持つことが出来て幸せである。



「ンで、その聖歌絶唱グランド・アリアとやらを使えば星が降るってことか?」


「いかにも」



 ユフィーリアの疑問に冥王ザァトは鷹揚と頷き、



「だがまあ、誰も運用したことのない空想の魔法に過ぎんがな。運用できる人物がいれば見てみたいものだ」



 冥王ザァトは鼻を鳴らす。


 彼女(または彼)が言う『聖歌絶唱グランド・アリア』の魔法は、どこにも発表されていないものだ。言い換えればまだ存在しない魔法である。まともな運用実験もせず、運用実績もなく、ただ「ある」と主張すれば空想の魔法と断定されてもおかしくない。

 あの魔法にご執心な学院長が編み出した魔法だから実在はするのだろうが、空想に過ぎない魔法に固執するのは彼らしくない。魔法の実験が大好きなグローリアなら『聖歌絶唱』とやらもあらゆる手段を用いて実験をしそうなものだが、実験をしていないとは珍しいことだ。


 まだ見ぬ魔法に俄然興味が湧いてきたユフィーリアは、



「え、それって原理はどうなってんだ?」


「知らん」


「魔法式とか魔法の展開範囲は? どれほどの魔力で運用されるんだ?」


「曖昧だな」


「魔法が及ぼす影響はどれぐらい?」


「分からん」


「使えねえな、冥王のくせに」



 何かいかにも知っていそうな雰囲気があったのに、あらゆる情報が曖昧すぎる。何だこの変態褐色美女、偉そうにしやがって。



「仕方がないだろう、未発表だから我も知らんことが多い」


「あれだけ批判しておいて『知らねえ』ってのは言い訳だろうが、もう少し情報を得てから言えやクソ変態野郎がよ」


「さりげなくご褒美を寄越すとは、其方はなかなかやりおるな?」


「ハル、この変態に卍固め」



 ユフィーリアはこの中で最も他人に手加減の出来ない暴走機関車野郎を派遣し、変態褐色美女の処刑を言い渡した。


 琥珀色の双眸をキラッキラと輝かせ、狂気的な笑顔を浮かべたハルアは冥王ザァトに素早く組み付くと容赦なく卍固めの刑に処す。浴衣の裾が盛大に捲れて大変なことになっているが、ハルアは冥王ザァトの関節という関節をぶち折る勢いで技をかけ続けていた。

 一方の冥王ザァトは、さすが変態の称号をほしいままにするだけはあるのか、生徒が舞台上で奏でる美しい歌声を掻き消さんばかりの恍惚とした悲鳴を響かせていた。数名の客人が怪しげな視線をこちらに寄越してくる。さながら針の筵である。



「魔法の実験が大好きな学院長に限ってねぇ、魔法の実験をやらずに『魔法はあるもん』って主張するのはおかしいよねぇ」


「多分あれだろ、実験条件が限定的なんだろ」



 首を捻るエドワードに、ユフィーリアは煙管を吹かしながら言う。


 魔法の実験には環境の条件が整わなければ出来ないものもあるので、この『聖歌絶唱グランド・アリア』の実験も環境条件が整わなければ出来ないものに該当するのだろう。そうなると実験の期間も限定的になってしまうし、多忙を極める学院長なら時間が取れないということもありそうだ。

 だがそうなると、似たような環境を私的な空間で整えてもいいぐらいだ。頭のいいグローリアならば実験に適した環境を自分で用意しそうなものだが、他に何か懸念事項でもあっただろうか?



「あ、そういやアイツって歌がクソ下手だったな」


「そうなのか?」


「おう」



 興味深げな視線を投げかけてくるショウに、ユフィーリアは自信を持って頷いた。



「この前、鼻歌でヴァラール魔法学院の校歌を歌ってたんだけどな」


「この学校に校歌ってあるのか」


「グローリアの歌声を聞いた鴉が墜落したもん」


「ええ……?」



 グローリアの歌声で鴉が墜落したという話に想像が出来ないようで、ショウは難しそうな表情で首を傾げていた。



「…………それは本当か?」


「アイツは『悪魔の歌声(スクリーム)』の持ち主って言われてるぞ。歌唱魔法アリアは歌声を聞いた相手の士気を高める効果があるのに、アイツが歌えば人が死ぬ」


「人が……」



 ユフィーリアの説明が信じられないのか、ショウはあろうことか父親のキクガに助けを求めるような視線を寄越した。


 キクガは冥王第一補佐官として冥府の法廷に勤務する優秀な役人である。もちろん冥府の法廷なので、やってくる死者がどのように死んだのか分かるのだ。

 その理由を踏まえた上でキクガが息子に対してやったことは、彼の視線から顔を逸らすだけだった。その態度で答えはもう判明したようなものである。



「毎年な、1人か2人ぐらいは死ぬとはいかなくても臨死体験するんだよ」


「『学院長は悪魔の声の持ち主だ』と言って心的外傷トラウマも負う訳だが」


「いや本当に気絶するぐらいだからショウちゃんは興味を持っても聞いちゃダメだよぉ、俺ちゃんとの約束ねぇ」


「ハルちゃんがそれで臨死体験してるのヨ♪」


「そんなに酷いのか……?」



 学院長の悪魔の歌声が想像できず、ユフィーリアやキクガの意見を聞いてショウはガタガタと震えていた。

 面白そうなことは率先してやるユフィーリアだが、自分の命を削ってまでグローリアの悪魔の歌声を悪戯に活用したくない。さすがにまだ生きていたいのだ。死因が『悪魔の歌声を聞いたことによる発狂死』とかになったら死んでも死に切れない。


 しかし、これで『聖歌絶唱グランド・アリア』の魔法実験が出来ないことが理解できた。


 歌唱魔法アリアは歌の才能に依存する魔法なので、どうしても歌の上手さが必要になってしまう。故に意外と普及していない魔法であり、使える魔女や魔法使いが限られてしまうのだ。

 これはあくまで噂だが『聖歌絶唱』の魔法に必要な魔女や魔法使いの単位は数千人規模にも上るらしい。それほど歌唱魔法が使える魔女や魔法使いを手配するのも難しく、グローリア本人は歌唱魔法が壊滅的に下手くそなので実験をしたくても出来ないのが現状だ。


 答えなんて決まったも同然だった。



「面白そうじゃん」


「星が降ったら素敵だねぇ」


「ロマンがある!!」


「最高に綺麗だと思うワ♪」


「見てみたい」



 楽しいことや面白いことを率先してやらかす問題児が、未発表の魔法に目をつけない訳がなかった。

 だって面白そうではないか。未発表の魔法を問題児の手で完成させれば、ちょっとぐらい夏の賞与に色をつけてもらえる可能性だってある。そうでなくても星が綺麗に見える夜に『聖歌絶唱』の魔法で星が降ったら、とても素敵でロマンがある。


 そうと決まれば善は急げ、行動開始である。



「学院長室を漁れば魔法の設計書みたいなのはあるかな」


「どうせ校舎には誰もいないんだから探したって怒られないでしょぉ」


「金目のものを盗むんじゃないからね!!」


「今日のおねーさんたちはとってもイイコトをするのヨ♪」


「星が降るなんて初めてだ」



 キャッキャと話し合いながらのど自慢大会などそっちのけでヴァラール魔法学院の校舎に向かってしまう問題児どもの背中を見送り、キクガはポツリと呟いた。



「途方もない規模の魔法なのだが、正気なのかね……?」


「ふひッ、ふふふひひひッ」


「冥王様、気持ち悪い笑い方は止めてください。あと地面に寝転がったままでは踏まれますよ、色々と」


「本望だッ!!」


「冥府に叩き返してやろうか、この変態」



 浴衣を乱れさせて地面に寝転がる自分の上司の恥ずかしい姿からそっと視線を逸らしたキクガは、密かに「大丈夫だろうか」と未発表の魔法に挑む問題児の身を案じるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】グローリアの歌声を聴いて悪夢を見たことがある。それほどに精神的にやばかった。

【エドワード】グローリアの歌声を聴いてしばらく幻覚に悩まされた。常に誰かが見ている気配があった。

【ハルア】グローリアの歌声を聴いてその場で発狂した。ブリッジの体勢で笑いながら廊下を爆走する珍行動に及ぶ。

【アイゼルネ】グローリアの歌声を聴いたが、カボチャのハリボテのおかげで精神的に狂うのを免れた。

【ショウ】まだグローリアの歌声を聴いていないので発狂は未経験。ちょっと興味はある。


【キクガ】かなり少ない頻度だが、グローリアの歌声を聴いた犠牲者の死者蘇生魔法の申請を受け付けている。息子の純粋無垢な瞳に耐えられなかった。

【冥王ザァト】実は魔法にも詳しい冥府を統括する王様。ただし変態。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 歌を歌うことで、星を降らせる魔法というのはロマンティックで素敵ですね。 歌が上手い魔女や魔法使いを数千人以上…
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