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第6話【問題用務員とのど自慢大会】

『会場のお客様にご案内いたします。間もなくのど自慢大会が始まります。参加者の皆様はのど自慢大会の会場までお集まりください』



 賑やかな祭囃子を掻き消す勢いで拡声魔法が響き渡る。


 晴れ渡った青空に赤みが差し、夕刻が迫ろうという頃合いである。浴衣姿で数々の屋台を渡り歩いていた浴衣姿の客たちは、待っていましたと言わんばかりに移動を開始する。

 のど自慢大会は星屑祭りの『本祭』に関わる大事な催し事なのだ。のど自慢大会で優勝した生徒を歌姫として、本祭で美声を披露するという重要な役目を負うことになる。歌姫の役割は歌自慢の生徒の間でも極めて重要な才能とされており、毎年熾烈な争いが繰り広げられるのだ。


 ちょうど購入したばかりの削り氷を摘んでいたユフィーリアは、



「お、今年も始まるな」


「もう恒例行事だもんねぇ」



 骨付き肉に齧り付いていたエドワードが「今年は誰なんだろうねぇ」と呟く。



「前情報だとぉ、音楽系の魔法が得意な家系の子が大勢出てくるみたいだけどぉ」


「のど自慢大会で優勝すると、何かあるのか?」



 氷漬けにされた果物がたくさん浮かぶ炭酸水をチュウチュウと吸っていたショウが、ユフィーリアに疑問の眼差しを向けてくる。



「星屑祭りの『本祭』で、今年の歌姫として歌うんだよ。そうすると、音楽系の魔法が得意な有名どころからお呼びがかかったりするんだよな」


「有名どころ?」


「劇団とかヨ♪」



 同じく凍った果物がたくさん浮かぶ炭酸水を啜っていたアイゼルネが、



「歴代の歌姫ちゃんたちは、みーんな有名な劇団の舞台役者として活躍していたワ♪ のど自慢大会は、その登竜門みたいなものなのヨ♪」


「そんなにレベルが高いのか……」



 アイゼルネの話だけでは想像が出来ないのか、ショウが期待するような視線を寄越してくる。同じように小豆を平たく伸ばした小麦粉で包んだお菓子『小判焼き』なるものをむしゃむしゃと頬張っていたハルアも、琥珀色の双眸をキラキラと輝かせる。

 未成年組はのど自慢大会に興味津々である。まあ確かに、舞台上で繰り広げられる生徒同士の歌声による熾烈な争いは見応えがある。誰も彼もめちゃくちゃ上手いのだ。


 ユフィーリアは削り氷を一気に口の中へ流し入れ、



「よし、じゃあのど自慢大会の会場に行くか」


「やったあ」


「やったあ!!」


「ハルは毎年行ってんだろうが」



 ショウとハルアは「のど自慢大会だ!!」「楽しみだな、ハルさん」と仲が良さそうである。本当に素晴らしい先輩と後輩の間柄だ。



「親父さんはどうする? のど自慢大会に行くか?」


「ぜひ同行させていただこう。冥王ザァト様も会場にいらっしゃる訳だが」



 氷漬けとなった鉄砲金魚の群れをずるずると引き摺るキクガは、ちょっと邪魔そうな視線を視線を足元に向ける。当然ながら視線の先は、あの金魚掬いの屋台で丸ごと手に入れた鉄砲金魚の群れだ。

 先程からずるずると縄に括り付けて引き摺っている状態だが、通行人も引き摺るキクガ本人も邪魔そうな視線を寄越してくる。この状態で大勢の客が詰めかけるのど自慢大会の会場に向かえば、どうなるかなど手に取るように分かってしまう。


 ユフィーリアは「あー……」と色々と察した様子で、



「その鉄砲金魚の群れ、用務員室に転送しておいてやるから祭りが終わったら取りに来いよ」


「助かる」


「主張ぐらいしてくれ、親父さん」



 食い気味に頼んできたキクガに苦言を呈しながら、ユフィーリアは転送魔法で鉄砲金魚の氷漬けを用務員室に送り込むのだった。床が水浸しにならないように、送り込んだ先はすでに湯船が抜かれて状態の風呂桶である。



 ☆



 のど自慢大会の会場では、すでに生徒たちが舞台上で歌声を披露していた。

 まだ始まったばかりなのか、美声を奏でる生徒の胸元に飾られた番号札は桁数が小さい。これから一体何人が舞台上で歌声を聞かせてくれることになるのだろうか。


 仮設の舞台で歌声を披露する生徒に注目する問題児に、見覚えのない人物が馴れ馴れしく声をかけてきた。



「おお、キクガ。其方そなたもようやっと来たか」



 会場を訪れたキクガの腕にしがみついてきたのは、白い髪と褐色肌が特徴的な美人である。雪のように白い髪を彼岸花を模したかんざしで飾り、勝ち気な印象のある整った顔立ちは異性を魅了して止まない。猫のように吊り上がった双眸は白眼の部分が黒く染まり、虹彩は金色に輝いているという独特の色合いだった。

 褐色肌を映えさせる白色の浴衣は涼しげで、裾や袖の部分に金魚などの模様が描かれている。浴衣の布地を押し上げる胸元はしっかり存在し、キクガの腕にグイグイと遠慮なく押し付けられていた。「キクガ、キクガ」と甘えたような声で名前を呼ぶたびに、キクガの表情が死んでいく。


 そんな父の姿を目の当たりにした息子のショウは、



「父さん、再婚するのか?」


「違う、断じて違う訳だが」


「だって随分と仲が良さそうで……」


「この方は揶揄っているだけだ」



 キクガは遠慮なく褐色美人を引き剥がすと、



「冥王様、息子の前で不謹慎な行動はお控えください」


「何だ、つまらん。少しは面白い反応を期待していたのだがな」


「ぶん殴るぞ」


「ハアハア」


「何故『殴る』と宣言した途端に息が荒くなるのかね、この変態が」


「ありがとうございますッ!!」



 褐色美人は恍惚とした表情で90度の綺麗なお辞儀をしてみせた。気持ち悪いことこの上ない。見た目は非常に美人なのにとても残念だ。



「というか親父さん、この変態が冥王ザァトか!?」


「そうだが」


「アタシらが見た時は気持ち悪い姿だったじゃねえか!!」



 ユフィーリアはキクガの足にしがみつく褐色美人を指差して叫ぶ。


 記憶にある冥王ザァトの姿は、ボロボロの布を被った黒いもやで色とりどりの眼球が20個ぐらい浮かんでいるという奇妙なものだった。その姿を初めて見た時は「気持ち悪い」と言ってしまったほどだ。

 そんな冥府の最高統治者が、人間の姿になると褐色肌が特徴的な美人になるとは誰が想定するだろうか。腕に抱きつかれれば、ほぼ間違いなく男性なら鼻の下を伸ばしそうな勢いのある美人である。記憶にある姿形とかけ離れすぎて頭がおかしくなりそうだ。


 褐色美人――冥王ザァトはユフィーリアの存在に気づくと、



「おお、何だ。いつぞやの素晴らしき拳を持つ魔女ではないか。其方でもいい、さあ我を殴れ」


「気持ち悪い気持ち悪い近づくなよォ!!」



 ハアハアと興奮気味に距離を詰めてくる冥王ザァトから逃げるユフィーリアだが、



「危険を察知、ちぇすと」


「あぶぅッ、ありがとうございます!!」



 ショウによる冷酷無慈悲な目潰しが冥王ザァトの眼球に突き刺さり、褐色美人は浴衣の裾を盛大に捲れさせながら地面をのたうち回っていた。下着が見えそうで見えないのだが、あれはもしかして穿いていないというオチではなかろうか?

 陸に打ち上げられた魚よろしくビチビチと跳ね回る冥王ザァトに冷たい視線を突き刺すショウは、浴衣の袖から取り出した手巾ハンカチで指先についた真っ赤な血を拭っていた。本当に冥王ザァトの眼球を失明させない勢いである。


 世界で誰より旦那様を愛するお嫁さんの鑑であるショウは、暴れ回る冥王ザァトの腹を踏みつけて言う。



「ユフィーリアに近づく輩は誰であろうと許しません。次は眼球を抉り出します」


「次があるのかッ!? ぜひ!!」


「気持ち悪い」


「褒め言葉ですッ!!」



 自分でも手を出した相手が間違えていたと判断したのか、ショウは非常に嫌そうな表情で冥王ザァトから離れた。ヤンデレでもさすがに被虐趣味が相手では分が悪いらしい。



「それで、其方らも星降り祭りを楽しみに来たのか?」


「星屑祭りだろ?」


「いいや、違うとも」



 首を傾げるユフィーリアに、急に正気を取り戻した冥王ザァトが乱れた浴衣を直しながら否定する。



「本来は星降り祭りという祭りだ。今日は魔力が澄んでおり、星が降りやすい日となっているからな」


「星が降るのぉ?」



 エドワードは茜色に染まる空を見上げるが、星が瞬く気配はまだない。空から星が降ったら大惨事だと思うのだが、果たしてそんな事態が引き起こってもいいのか。

 それこそ世界が終わる時である。七魔法王セブンズ・マギアスが第七席【世界終焉セカイシュウエン】として世界に引導を渡してやらなければならない。


 冥王ザァトは「ああ、違う違う」と否定し、



「歌姫がいるだろう」


「歌姫って、本祭で歌声を披露するだけじゃねえか」


「歌姫の本当の役割は、本祭で歌声を披露する訳ではない。歌姫の役割は」



 冥王ザァトが歌姫の役割を説明しようとしたその時だ。



「――――いい加減にしろッ!!」



 のど自慢大会の会場全体を揺るがすように怒号が響き渡った。

 舞台上で美声を披露していた生徒は言葉を喉に詰まらせ、ただ音楽が流れるだけで終わる。会場でのど自慢大会に出場する生徒たちを応援していた客たちもまた、怒号の主を探してざわめいていた。


 怒号の主は、審査員席からである。


 灰色の着物を身につけた赤い髪の青年が、濃い紫色の浴衣を着た青年の胸倉を掴んでいた。珍しいことに、学院長のグローリアが副学院長のスカイに怒られているのだ。

 そもそも副学院長のスカイがあそこまで声を荒げるのはあまりお目にかかれない。グローリアが何をしても「いい加減にしろ!!」と怒鳴ることなどなかったはずなのに、どうしたのだろうか。



「毎年毎年、夢物語を当たり前のように語るんじゃねえッスよ!! アンタの理想は幻想と同じだ!!」


「でも理論上は可能なんだ!! 今年こそ、本当の歌姫が生まれるかもしれないのに!!」


「何が理論上だ!! 実現不可能なことをグダグダと、何百年も垂れてるんじゃねえッスよ!!」



 スカイはグローリアの頬に平手打ちを叩き込み、



「いい加減に目を覚ませ、グローリア。アンタの理想は、誰も叶えられないおとぎ話でしかないんスよ」



 その辛辣な言葉に、グローリアはついに何も言えずに「……ごめん」と言葉を絞り出した。


 スカイは何事もなかったかのように審査員席へ座り直し、大会運営の生徒や教職員に一通り謝罪してから「すみませんッス、やり直してください」と告げる。それまで流れっぱなしになっていた音楽は1度止まり、再び最初から奏でられ始めた。

 一方のグローリアはしばらくそのまま立ち尽くしていたが、思い詰めた表情で足早にその場から立ち去った。会場から姿を消す学院長を、誰も止めることはなかった。


 学院長と副学院長の激しいやり取りに、会場全体は騒然としていた。歌声を披露する生徒も先程の言葉の数々が耳に残っているのか、歌声に力が入っていない様子である。



「彼奴は、ずっと夢を見ているのだ。星が空から降る夢を」



 冥王ザァトは憐れみを孕んだ眼差しで遠くなる学院長の背中を眺め、



「奴の言う『聖歌絶唱グランド・アリア』とやらを成功させれば叶うだろうが、運用された試しがない未発表の魔法を完成させるのは無理な話だ。理想を見過ぎて現実が見えておらん」

《登場人物》


【ユフィーリア】音楽系の魔法も得意な魔法の天才。意外と歌は上手いと有名。代表曲である『ごめんなさいの歌』は70番を突破した。

【エドワード】ド低音で色気のある歌声が特徴。あまり歌わないのだが、たまに聞こえる鼻歌は上手。

【ハルア】溌剌とした声はショウ曰く「男性アイドル系」らしい。元気一杯のエネルギッシュな歌声だが、歌詞を覚える気がないので大体ふにゃふにゃ歌ってる。

【アイゼルネ】どちらかと言えば地声よりも物真似で歌う方が好き。物真似を封印されると可愛い声で歌う。

【ショウ】涼やかなテノールボイスから女性らしい高音まで綺麗に出せる。幅広い音域を持っているのだが、暗い雰囲氣の歌を歌わせると感情が入りすぎて寒気がする。


【キクガ】テノールボイスからバリトンボイスの間ぐらいの低い声で綺麗に歌う。父親の影響で演歌は得意だったが、本人がよく口ずさむのは元の世界でよく聞いていたCMソング。

【冥王ザァト】人型になれば女性にも男性にもなれる。今回は女性で参加した変態。歌はあまり上手くなく、微妙に音程がズレる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 学院長先生と副学院長先生の喧嘩する展開は珍しかったので、一体何がそこまで副学院長先生を怒らせてしまったのか…
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