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第5話【問題用務員と金魚掬い】

 あの射的屋はやはりズルをしていたようだ。



「魔法を使ったらバレるから、台座に細い糸で縫い付けていたとはなァ」


「反則だ」



 悠々と雪の結晶が刻まれた煙管を吹かすユフィーリアに、ショウが憤りを露わにする。


 名門魔法学校が主催の星屑祭りで、魔法を使ってイカサマをしようという魂胆がそもそもの間違いだ。この場にいるのは将来的に優秀な魔女や魔法使いになる生徒ばかりなので、目を誤魔化す程度の魔法では簡単に気づかれてしまう。

 魔法を使っていなくても、イカサマをするのはよくないことだ。魔法は使わなかったが小細工で金儲けを企んだ射的屋の店主には、尻に玩具の狙撃銃を捻じ込んで痛い目を見てもらった。氷柱にしなかっただけありがたいと思え。


 ユフィーリアは煙管キセルを吹かしながら、後ろを歩く人物に振り返る。



「珍しいな、親父さんがぬいぐるみをほしがるなんて」


「これかね?」



 キクガの両脇には白猫と黒猫のぬいぐるみが抱えられていた。それぞれなかなかな大きさなので、キクガの顔が隠れてしまいそうな勢いがある。

 白猫のぬいぐるみは青い瞳、黒猫のぬいぐるみは赤い瞳をしている。どちらのぬいぐるみも毛並みがもふもふとしていて手触りがよさそうだ。ハルアが猫のぬいぐるみから突き出た尻尾に夢中となっていた。


 どこか満足げにはにかむキクガは、



「似ているだろう?」


「誰に?」


「ショウと、ユフィーリア君に」



 キクガは「一目惚れしてしまってな」と言い、



「これは絶対に獲得せねばといくらか注ぎ込んだのだが、どうにも棚から落ちなかった訳だが。結局、君たちに助けられて事なきを得た」


「ええー、似てる?」


「似ているだろう」



 ほら、とキクガはユフィーリアに白猫を手渡してくる。


 もふもふとした手触りが心地よいぬいぐるみだ。猫派か犬派か問われた際にはかなり熟考した上で「猫派」と答えるユフィーリアだが、さすがにぬいぐるみまでには適用されない。

 愛くるしい表情の白猫ぬいぐるみをめつすがめつ観察し、この猫が本当に自分と似ているか本気で考える。やはりどう頑張っても自分に似つかわしくないような気がしてならない。ここまで愛らしい表情だっただろうか。


 すると、白猫のぬいぐるみを抱えるユフィーリアを見たエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの4人が納得したように頷いた。



「確かに似てるねぇ」


「そっくりだね!!」


「可愛いワ♪」


「ユフィーリアそのものだ」


「本当かよ」



 疑うユフィーリアに、ショウが指摘する。



「青い目と銀髪が白猫に似ているんだと思う」


「ああ、なるほどな」



 銀髪碧眼という特徴が、この白猫に合致しているのか。それなら納得できるかもしれない。世の中にはそうやって似たような特徴を当て込むことが多い。

 その理論でいけば、黒猫のぬいぐるみがショウに似ているという主張にも合点がいった。黒い毛並みと赤い瞳が黒髪赤眼であるショウの特徴と一致したのだ。随分と可愛らしくなってしまったものだ。


 ユフィーリアはキクガに白猫のぬいぐるみを返してやると、



「あれ、じゃあ今日は有給か?」


「いいや、仕事な訳だが」



 両脇に猫のぬいぐるみを抱えるキクガは、



「冥王様も星屑祭りの会場にいらっしゃっている」


「え、あの邪神様的な見た目の気持ち悪い奴がどこにいるんだよ」


「おそらくのど自慢大会の会場で待機していらっしゃるのではないのかね。毎年、この行事だけは参加すると意気込んでおられる訳だが」


「その間、冥府の法廷ってどうなってんの?」


「昨日のうちに今日の分の裁判まで終了させた訳だが。最近では死者の数も緩やかでな、1日ぐらいなら裁判を停止しても問題ない」



 意外と冥府の法廷も緩いものだった。


 しかし、冥府を牛耳る冥王ザァトが現世に来訪するとは驚きだ。あのどこぞの新興宗教が邪神として扱いそうな見た目をしているのに、星屑祭りに参加してのど自慢大会を楽しみにしているのか。

 見上げるほど巨大な姿をしていたのは記憶にあるが、まさかあの状態でのど自慢大会の会場に待機しているのか?


 悶々とユフィーリアが考える中、ショウが「あ」と声を上げる。



「金魚掬い……?」


「ん?」



 彼の視線の先には『金魚掬い』という看板を掲げた屋台があった。


 屋台には巨大な桶が置かれ、その中を赤や白などの金魚が優雅に泳いでいる。ヨボヨボな見た目をしたおじいちゃん店主は桶を静かに眺めていて、金魚が泳ぎ回る様子を観察していた。

 あの金魚を掬うのが金魚掬いである。またちょっとした遊びが出来そうだ。



「ほう、金魚掬いか」


「親父さんはやったことあるのか?」


「もちろんだ」



 キクガはどこか自慢げに胸を張り、



「これでも『金魚掬いのきぃちゃん』と呼ばれていた訳だが」


「呼ばれたいか?」



 どんな脈絡で『金魚掬いのきぃちゃん』などと呼ばれるようになったのか知りたいところだが、異世界の文化とはなかなか意味不明な部分が多いかもしれない。



「いいねぇ、金魚掬い」


「何匹獲れるかな!?」


「また勝負ネ♪」


「今度は公平だな」



 エドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの4人もノリノリである。金魚を掬う気満々のようだ。



「じゃあ何匹掬えるか勝負だな」


「負けないよぉ」


「オレが勝つ!!」


「おねーさん、手先の器用さは自信があるわヨ♪」


「金魚掬いもシミュレーション済みだ」


「『金魚掬いのきぃちゃん』と呼ばれた私が勝つ」



 意気込みも十分なところで、早速屋台のおじいちゃん店主に歩み寄るユフィーリアたち問題児とキクガ。金魚掬いの屋台には誰もいないので、占領しても問題はないだろう。



「爺さん、1回いくら?」


「ほあ?」


「だから1回いくらだっての。見たところ値段が書いてねえんだけど」



 屋台の周辺を見渡しても、金魚掬い1回分の料金が書いていないのだ。

 耳の悪いおじいちゃん店主にそれを伝えれば、おじいちゃん店主は「ああ、はいはい。1回ね、1回」と言いながら、背後に積まれた木箱からガサガサと何かを取り出してくる。その取り出した何かをそれぞれユフィーリアたちに渡してきた。


 鉄製のヘラである。器も鉄製だった。どちらも使い込まれているのか、何故かボコボコだ。



「え、だから金は」


「いらんよ」



 おじいちゃん店主は木箱に腰掛けると、



「だぁれも掬えんからな」


「え?」



 その時である。



 ――――じッ、と。



 ユフィーリアの銀髪を何かが掠め、ハラハラと数本の髪が舞う。


 何が起きた、と思った。

 誰かの襲撃か。いいや、それにしては距離が近すぎる。


 視線をそっと金魚が優雅に泳ぎ回る桶へ投げかけると、



「…………」


「…………」



 水面から顔を出した赤い金魚が、とぷんと再び桶に戻っていく。犯人が金魚であることは明らかだった。



「なあ、爺さん。聞いてもいいか?」


「ほあ?」


「この金魚の種類って何だ?」


「ほえ?」


「引っ叩くぞ」


「確かなぁ、何と言ったっけなぁ」



 モゴモゴと口籠もりながら、おじいちゃん店主は「ああ、そうそう」と金魚の品種を思い出した。



「鉄砲金魚とか言ってたっけな」


「お前それ『指定凶暴魔法動物』じゃねえか!!」



 ユフィーリアが絶叫すると同時に、桶を優雅に泳ぎ回っていた金魚たちが一斉に水面から顔を出す。

 感情の読めない不気味な眼球でユフィーリアたち問題児とキクガを見据え、すぼまった口から勢いよく水を放ってくる。反射的に与えられた鉄製のヘラで金魚が吐き出してきた水を弾くが、勢いが凄まじすぎて手から鉄製のヘラが吹っ飛ばされた。


 その威力を例えるなら、魔力砲マギア・カノンを受けた時に匹敵する。吹き飛ばされた鉄製のヘラが無事か心配になった。



「ふざけんなよクソジジイ!!」



 ユフィーリアは耳の遠いおじいちゃん店主に悪態を吐くと、雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして防衛魔法を展開する。

 防衛魔法が展開されるとほぼ同時に、桶から顔だけを出した鉄砲金魚どもによる一斉掃射が開始された。ユフィーリアたちを守るように展開される透明な結界にズガガガガガガガガガカガガガ!! と水鉄砲が幾度となく撃ち込まれる。ぶち破られる心配はないが、水鉄砲による振動が容赦なく伝わってきて恐怖でしかない。


 おじいちゃん店主は「ほがほが」などと呟いていたが、ユフィーリアたちの惨劇など知る由もない。目の前を見ていない。もうコイツぶん殴って正気に戻せないだろうか。



「ゆ、ユフィーリア!? 金魚が襲いかかってきたのだが!?」


「鉄砲金魚って品種の金魚で、捕獲を目論む相手に襲いかかることで有名だから『指定凶暴魔法動物』って言われてる!!」



 口から吐き出す水鉄砲で襲いかかる金魚に怯えるショウへ、ユフィーリアは奴らがどれほど危険な品種の金魚であるか叫んだ。


 鉄砲金魚は捕獲や捕食を目論む相手を察知すると、身を守る為に水鉄砲で攻撃してくる非常に危険な金魚だ。当然ながら金魚を掬うことを目的とする金魚掬いには向いていない品種である。

 ちなみに鉄砲金魚の放つ水鉄砲は威力が凄まじく、年間10名ほどの死者が出ているのだ。魔力砲マギア・カノンで心臓を貫かれることと同じ威力らしい。こんな場所で味わいたくなかった。


 とにかく、この状況は危険である。防衛魔法はどこまでも展開できるが、鉄砲金魚が疲れるまで付き合ってやるつもりは毛頭ない。



「〈凍結フリーズ〉!!」


「ほあ?」



 防衛魔法を展開しながら、ユフィーリアは同時に氷の魔法で桶を氷漬けにする。桶を優雅に泳ぎ回っていた鉄砲金魚たちも丸ごと氷漬けとなり、その動きを完全に停止させていた。


 ユフィーリアの氷の魔法に反応したおじいちゃん店主は、凍りついた桶を見下ろして「おお、金魚の氷漬けじゃ」と手を叩いて笑っていた。この耄碌ジジイ。

 防衛魔法を解除し、念の為に鉄砲金魚どもが動き出さないことを確認する。氷の中で完全に動きを止めているので、魔法を解除すれば問題なく動くことだろう。厄介なことこの上ないが。



「この金魚はどうするのぉ?」


「鉄砲金魚は免許がなきゃ飼えねえからな。間違っても用務員室に水槽を置いて飼おうとするなよ」


「えッ」


「えッ」


「え?」



 用務員室で飼えないことを告げれば、何故かハルアとショウの未成年組から反応が返ってきた。彼らはどこか寂しそうな表情で、



「飼えないの!?」


「諦めろ、こんな凶暴な魚を飼える訳ねえだろ。エドの酒のつまみにもなりゃしねえ」


「きんちゃん……」


「ショウ坊、それは金魚の名前か? 諦めろっての」



 すでに鉄砲金魚を飼う気満々だった未成年組は、ガックリと肩を落としていた。可哀想だが、鉄砲金魚は非常に危険な魚なので諦めも肝心である。



「ご老人、この氷漬けになった金魚はまとめて私が引き取ろう。金はいくらほどになるかね?」


「ほあ? どうせ金になりゃしねえからタダで持ってってくれやぁ」


「親父さん、何してんだ?」



 おじいちゃん店主に鉄砲金魚の氷漬けを引き取ることを提案するキクガに、ユフィーリアはさすがに待ったをかけた。さすがに冥府の役人であるキクガでも鉄砲金魚を飼うのは無謀だ。



「鉄砲金魚は冥府の刑場で、亡者を相手に使用しようと思う。いい呵責になる」


「ああ……」



 妙に納得してしまったユフィーリアである。毎年10名は死者を出すと有名な鉄砲金魚は、冥府の呵責として働くことが今決定された。


 キクガはアイゼルネからもらった縄を器用に凍った桶へ結びつけ、そのままずるずると引き摺り始めた。持ち運び方はそれでいいのだろうか。色々と雑である。

 その様子をハルアとショウが羨ましそうに眺めていたので、ユフィーリアはダメ押しで「諦めろ」と告げるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】手先が器用なので金魚掬いは得意なのだが、さすがに水鉄砲をぶっ放してくる金魚を掬えとか無理があるんだ。

【エドワード】金魚掬いは金魚が寄ってこないのであまり得意ではないのだが、さすがに水鉄砲をぶっ放してくる金魚を食うと思われているのが心外。食わねえよ。

【ハルア】鉄砲金魚と真っ向から渡り歩ける馬鹿野郎。素早く金魚を掬って陸に打ち上げるのだが、飼えずに自然へ返している。

【アイゼルネ】手先がめちゃくちゃ器用なので金魚掬いは得意なはずなのだが、今回の鉄砲金魚を掬えっていうのは無理がある。戦闘力は問題児の中でも最弱。

【ショウ】初めての金魚掬いが鉄砲金魚となってしまったので、金魚は襲ってくるものと刷り込まれてしまった。


【キクガ】冥王第一補佐官にしてショウの父親。金魚掬いも得意で『金魚掬いのきぃちゃん』と呼ばれていた。射的よりも金魚掬いの方が得意かもしれない。

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[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 200回目記念、本当におめでとうございます!! これからも応援しております!!問題児たちの破天荒な暴走っぷりを、これからも楽しみにしております!! こん…
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