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第4話【問題用務員と射的】

「大勝利」


「俺ちゃんは不完全燃焼だけどねぇ」



 清々しい笑顔で拳を掲げるユフィーリアとは対照的に、エドワードはちょっと不満げだった。彼も腕相撲屋に挑むつもりだったので、ユフィーリアが挑戦してから腕相撲屋が早々に店仕舞いをしてしまい不完全燃焼気味だった。

 件の腕相撲屋は魔法でイカサマしていたことが白日の元に晒され、大勢の敗北者からボコボコにされる前に姿を眩ませた。「身体能力系の魔法は使ってなかっただろう!?」などと言い訳じみた捨て台詞を吐いていたが、どんな魔法であれ反則である。


 ご機嫌な様子で雪の結晶が刻まれた煙管キセルを吹かすユフィーリアは、



「次はどこで遊ぶか」


「みんなで遊べるところがいい!!」



 いつのまに購入したのか、イカ焼きをガジガジと噛みながらハルアが主張する。



「副学院長、景品の魔石を手に入れた途端にどっか行っちゃったし!!」


「あー、まあ副学院長も何だかんだ忙しいんだろ」



 腕相撲屋に挑戦するよう問題児へ依頼してきた副学院長のスカイは、目当てにしていた景品を手に入れた途端に「あざーッス、じゃ!!」と速攻で姿を消した。大勢の客でひしめく中を風のように走り抜けていったので、誰かに魔石を取られないうちに自室へ保管しようと考えたのだろう。

 箱に収納されていた魔石はかなりの大きさであり、高濃度の魔力を有しているので換金すればかなりいいお値段となる。この客で犇めく星屑祭りでスリにでもあったら悔やみきれない。安全な場所で保管しようという副学院長の判断は正しい。


 ユフィーリアの隣を歩くショウは、



「腕相撲だと、どうしても俺やアイゼさんが不利になってしまうから……せめて他に楽しいところがあればいいのだが」


「じゃあ射的はどうかしラ♪」



 アイゼルネが示した先にあった屋台は、雛壇型の台座にいくつもの景品を並べた射的屋だった。腕相撲屋と比べてそれほど混んでいないのか、店主は退屈そうに持ち込んでいたらしい新聞を読み耽っている。

 景品は小さめの玩具やぬいぐるみが中心となっており、子供向けの屋台である。お菓子の詰め合わせなど狙いやすい景品は雛壇の下に置かれ、雛壇の上段には大きめのぬいぐるみがいくつか展示されていた。雛壇から少し離れた位置には玩具の狙撃銃が置かれ、あれに偽物の弾丸を詰め込んで景品を撃ち落とすのだ。


 確かに、射的であれば5人で遊べそうである。ただしユフィーリアには不利な遊びだが。



「おい、ノーコンのアタシに射的をやれってのか?」


「さっきは格好良く腕相撲屋を店仕舞いに追い込んだからねぇ、恥を掻かせてやりたいよねぇ」


「意地汚ねえ!!」



 悪い笑みを見せるエドワードに首根っこを掴まれ、ユフィーリアは強制的に射的屋へ連れて行かれることとなった。



 ☆



 惨敗である。



「ちくしょう」


「ざまあ」



 景品に1発も弾丸が当たらずに落ち込むユフィーリアを、エドワードが指を差して嘲笑う。彼の腕には長靴に詰め込まれたお菓子の山が抱えられており、弾丸を2発ほど使用してあのお菓子の詰め合わせを撃ち落としたのだ。

 おかしなものである。ユフィーリアはちゃんと狙って撃ったはずなのに、あらぬ方向に弾丸が飛んでいくのだ。納得いかねえ。


 ユフィーリアはエドワードをジト目で睨みつけると、



「ふんッ」


「いたあッ!?」



 下駄で彼の足を思い切り踏みつけてやった。

 普段とは違って、エドワードの足は剥き出しの状態である。防御力最悪の下駄を履いているので、足を踏みつけられれば激痛が容赦なく襲い掛かる。


 踏まれた足を押さえて蹲るエドワードは、



「こ、こンの白髪頭ァ……!!」


「ははッ、ざまあみろ殺し屋モドキ」


「言わないでよぉ!! 気にしてるんだからぁ!!」



 涙目で訴えてくるエドワードを指差して笑うユフィーリア。程度の低い争いである。


 先程の射的屋で、玩具の狙撃銃を構えるエドワードの立ち姿がまるで殺し屋そのものだったのだ。元より歩いただけで職務質問をされるような人相の悪さも相まって、景品ではなく他人の眉間を狙っているのかとヒソヒソされたものだ。射的屋の店主もガクガクと震えていた。

 だが、エドワードの殺し屋人相なんてまだマシな方である。ハルアは玩具の狙撃銃で店主のおっちゃんを狙って「おっちゃんに弾を当てれば貰えるの!?」とか狂ったことを宣い、アイゼルネは通行人で気に入らない男性客を狙撃銃で狙うという馬鹿なことをやってのけた。玩具とはいえ、銃を握らせると碌なことが起こらない。


 そして問題児唯一の常識人であるショウは、



「ショウ坊は凄え量の景品だな」


「えへへ」



 台車に積まれた景品の山に、ショウは照れ臭そうに笑った。


 ショウの場合、雛壇に展示された景品を片っ端から撃ち落としていたのだ。弾丸の数は5発だったのに、何故か雛壇に当たった玩具の弾丸が跳ね返って別の景品を撃ち落とし、さらに跳ね返って別の景品を撃ち落とし――ということを繰り返していたら景品が全て棚から落ちていた。

 もはや魔法である。大きめの景品から小さなお菓子の詰め合わせまで落として落として落としまくっていた。最愛の嫁が射的の世界で最強になってしまった。



「計算が上手くいってよかった」


「計算だけでどうにか出来るものなんだなァ、知らなかったよ」


「俺の元の世界でも射的はあったのだが、経験をしたことなくて。いつもシミュレーションだけはしていたのだが」



 ショウは嬉しそうな笑顔で、



「叔父さんと叔母さんの首を台座に置いたら、まずはどこから撃ち落としてやろうかな。目かな、鼻かな」


「案外、歯からいく手段もあると思うぞ」


「歯は狙いにくいが挑戦する価値はありそうだ」



 唐突にとんでもねーことを言い始めた最愛の嫁に、ユフィーリアは困惑しながらもちょっとした提案をするのだった。



「それはイカサマではないのかね」


「だぁからイカサマなんてしてねえって言ってんだろ!! 兄ちゃんが下手くそなだけだっての!!」



 その時、喧騒を掻き消す勢いで響き渡る声を聞いた。しかも片方は聞き覚えのある声である。


 周囲に視線を巡らせれば、射的屋の店主が客と揉めている様子だった。ユフィーリアたちが荒らした射的屋とはまた別の屋台で、違う景品が雛壇に飾られている。

 狐のような顔をした店主と言い争っているのは、装飾品のない神父服を身につけた長身痩躯の男性である。艶やかな黒髪は足元まで届くほど長く、頭の上には見慣れた髑髏どくろのお面が乗せられていた。胸元では錆びた十字架が揺れており、聖職者のように見えるが漂う雰囲気はどこか禍々しいものである。


 射的屋の店主は呆れたような口振りで、



「兄ちゃん、聖職者だか何だか知らねえけどさぁ。イチャモンをつけていいモンかい? 神様とやらが見てるんじゃねえのか?」


「冥府の役人である私に意見すると? 君が冥府の法廷にやってきた際には存分にもてなしてやろうではないか、罪は常に記録されて白日の元に晒される訳だが」


「何の冗談だい」


「冗談で言っていると思うのかね?」



 どこからどう見ても知り合いである、本当にありがとうございました。



「親父さん、何してんだ」


「ああ、ユフィーリア君。それから全員、息災な様子で何よりな訳だが」



 玩具の狙撃銃を抱えて振り返る不気味な聖職者の格好をした男――ショウの実父にして冥王第一補佐官を務めるアズマ・キクガは「少しな」と肩を竦める。



「ここの射的、明らかにおかしい訳だが」


「おかしい?」


「景品を落とせる位置に弾丸を当てたはずなのに、何故か落ちる気配が全くない訳だが。これをおかしいと言わずにどうする?」



 キクガの主張に、射的屋の店主は「だからイカサマしてねえって言ってんだろ」と怒り気味な口調で言う。



「兄ちゃんが下手くそなだけで、ウチは何もしてねえっての」



 射的屋の店主が示す雛壇は、別に何の細工もされている気配はなかった。お菓子の詰め合わせやぬいぐるみなどが展示されているだけで、怪しいところはない。

 キクガが狙ったのは雛壇の1番上に乗せられた白猫のぬいぐるみと黒猫のぬいぐるみだろうか。なかなかな大きさだが、いくつか玩具の弾丸が付近に散らばっているところを見ると、相当な回数を挑戦したようだ。


 ユフィーリアは「ふむ」と頷き、



「よし、ショウ坊。親父さんの為に取ってあげなさい」


「了解した」



 射的の世界に彗星の如く現れた名狙撃手、ショウを射的屋に送り込む。本人も父親の役に立てることを望んで、いそいそと1回分の料金を射的屋の店主に渡していた。

 弾丸の跳ね返りなどで景品をバカスカと撃ち落とす名狙撃手に、果たして店主は打ち勝つことが出来るだろうか。慣れた手つきで弾丸を詰め込んでいくショウの背中を眺め、ユフィーリアは勝利を確信する。


 息子の射的の腕前を知らないキクガは、



「ユフィーリア君、ショウに任せて大丈夫なのかね?」


「まあまあ見ててくださいよ、親父さん」



 ユフィーリアは大胆不敵に笑い、



「ショウ坊の腕前、凄えから」



 ――ところが、である。



「むう……」


「残念だったな、坊ちゃん」



 ショウの弾丸は全て命中していたのだが、不思議なことにぬいぐるみは台座からピクリとも動かなかった。動く気配すらなかったのだ。


 納得していない様子のショウは、頬を膨らませて玩具の狙撃銃を元の位置に戻す。父親の敵討ちは果たせなかった。

 あれだけバカスカと弾丸を受けておきながら、ぬいぐるみがピクリとも動かないのはおかしい。まるで台座に縫い止められているような雰囲気があるのだ。


 もう1度挑戦しようとするショウの手を制し、ユフィーリアは意地の悪い笑みを見せる射的屋の店主を見やる。



「お、何だ? 次はお嬢ちゃんが挑戦すんのか?」


「…………そうだな」



 ユフィーリアはエドワード、ハルア、アイゼルネへ振り返り、



「お前ら、射的屋勝負リベンジマッチだ!! 全額奢ってやらァ!!」


「いいねぇ、次も負かしてやるよぉ」


「ガッテンだ!!」


「あら素敵♪」



 射的屋の店主に5人分の代金を支払い、ユフィーリアたち問題児は射的用の狙撃銃を手に取る。配られた玩具の弾丸を詰め込んで、準備完了だ。



「次は的が大きいから狙いやすいな」


「でも動くよねぇ」


「暴れるよ!!」


「よく狙えばいいのヨ♪」


「そうだな、よく狙えばいいな」



 ――ガッチャン、と。



 問題児どもが銃口を向けたのは、何と射的屋の店主だった。


 5人同時に玩具の狙撃銃を向け、迷いなく引き金に指をかける。

 射的屋の店主は両手を上げて「お、おい、何してんだ?」などと問いかけてきた。顔中に冷や汗を浮かび上がらせ、口元を引き攣らせる。



「おっちゃんも景品だろ?」



 玩具の狙撃銃を構えるユフィーリアは、清々しいほどの笑顔で言う。



「弾ァ当たったら言うこと聞けよ」



 そして射的屋の店主に、問題児どもの放つ弾丸が容赦なく襲い掛かった。

《登場人物》


【ユフィーリア】圧倒的ノーコン。射的とか輪投げなどの類のゲームは1番苦手。

【エドワード】射的用に使われる玩具の狙撃銃を使うと殺し屋に見られるのが難点。

【ハルア】玩具でも拳銃を握ると人間を狙ってしまうのは癖である。

【アイゼルネ】玩具の狙撃銃を握ると自分の嫌いな男を狙うのはもはや癖である。

【ショウ】超人的な計算能力を駆使して跳弾を使い、棚から景品を全て撃ち落とすという才能を発揮した。


【キクガ】冥王第一補佐官にしてショウの実父。射的の腕前はピカイチで、その実力はショウにも受け継がれていた。

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[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 次回でついに200回目になりますね、本当におめでとうございます!! やましゅーさんのこれからのご活躍、心から…
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