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第3話【問題用務員と腕相撲屋】

「あれぇ?」



 真っ白い巨大なフランクフルトを食べていたエドワードが、唐突に声を上げる。



「あれって副学院長じゃんねぇ」


「え?」


「本当?」


「あの人がいるのかしラ♪」


「見えない……」



 エドワードが示した先は浴衣姿の客でひしめく道がどこまでも伸びるばかりだが、人混みに紛れて鮮血を想起させる毒々しい色合いの赤髪を持つ姿勢の悪い魔法使いが足を引き摺りながらトボトボと歩いていた。

 星屑祭りということもあり、厚ぼったい長衣ローブではなく灰色の浴衣を身につけている。目元を覆う黒い目隠しが妙に浴衣姿と合致しておらず、どこかちぐはぐな印象を与えた。姿勢が悪いので浴衣がやや乱れてしまっているし、足取りから判断して何かあったことは間違いない。


 ヴァラール魔法学院の副学院長、スカイ・エルクラシスを見つけたユフィーリアは「おーい」と呼びかける。



「副学院長、せっかくの祭りなのにそんな浮かない顔をしてどうした?」


「…………」



 副学院長のスカイはユフィーリアに呼び止められ、ゆっくりと周囲を見渡してから両手いっぱいに屋台の食べ物を抱えて立ち食い中の問題児どもを発見する。

 発見したところまではいいが、何故か彼の表情が徐々に明るくなっていった。それまで足を引き摺りながら歩いていた元気のなさはどこへやら、大股で問題児まで詰め寄ってくるとユフィーリアの肩をぐわし!! と掴んでくる。


 驚きのあまり固まるユフィーリアをよそに、スカイはユフィーリアの肩や腕をモミモミと何かを確かめるように揉んでから言う。



「へ、へへ、お姉さんちょっと、ちょっと時間あるッスか?」


「危険を察知、ちぇすと」


「へぶんッ!?」



 ユフィーリアを愛してやまないショウが、変態寸前の馬鹿みたいなことを宣った副学院長の横っ面めがけて張り手をぶちかました。



「ユフィーリアに触らないでいただけますか」


「ちょ、理由も聞かずにぶん殴るなんて聞いてねえんスけど!?」


「先程の気味悪い言葉を聞けば妥当な判断だと思いますが?」



 ショウからのゴミを見るような冷たい視線を受けるスカイは「わ、悪かったッスよ……」と謝罪する。一応、自分が変なことを言ったという自覚はあるようだ。



「実はッスね、ユフィーリアとエドワード君にご協力してほしいことがありまして」


「え?」


「ユーリはともかくぅ、俺ちゃんもぉ?」



 あっという間に白いフランクフルトを完食してしまったエドワードは、ガジガジと木の棒を齧りながら首を傾げる。



「俺ちゃんが副学院長に協力できるのはぁ、せいぜい魔法兵器エクスマキナの実験台ぐらいだけどぉ」


「腕相撲をやってほしいんスよ」



 そんな副学院長のお言葉に、ユフィーリアたち問題児の視線が彼の腕に集中する。


 お世辞というか、すでに分かりきっていることだが副学院長の腕は細い。ハルアがちょっと力を込めれば折れてしまいそうな勢いで細いのだ。筋肉など皆無に等しく、ガリガリな細枝と表現した方が早い。

 そんな彼に腕相撲とは、実に似合わない。魔法で筋力の底上げをしてもユフィーリアにさえ勝てないだろう。むしろ問題児に腕相撲を挑めば、ボッコボコに負かされて腕を骨折しそうだ。


 問題児の言わんとすることを察知したのか、スカイは「違うッスよ」と否定する。



「僕とやるんじゃなくて、腕相撲屋の店長さんとやってほしいんスよ」


「腕相撲屋?」



 首を傾げるショウに、スカイが「そうッス」と頷く。



「この先に腕相撲屋があるんスけど、そこの店長さんがなかなかお強い人でして。景品を目当てにボクも参加したんスけど、見事に惨敗でしたわ」


「だろうな」



 ユフィーリアは真剣な表情で返した。何度も言うが、副学院長には無理な話である。


 腕相撲屋とは単純に、腕相撲で店主に勝利することが出来れば豪華景品を獲得できる男性に人気の屋台である。子供から大人、または腕に覚えのある女性でも気軽に参加できるのだ。主に男性人気が高いので、ヴァラール魔法学院の男子生徒も毎年この腕相撲屋の出店を楽しみにしているようだ。

 実際、腕相撲屋は何店か見かけた。どこも腕自慢の男性客で賑わっているのだが、まさか学院長よりもガリガリ疑惑が酷いスカイが腕相撲屋に挑戦するとは余程のことである。


 雪の結晶が刻まれた煙管を吹かすユフィーリアは、



「まあ、それぐらいなら協力してやるよ。副学院長には非公式写真集の監修とか、機材も貸してもらったし」


「あ、結局あれってどうなったんスか?」


「グローリアに見つかって後日販売になった」


「あちゃー……」



 スカイは苦い顔を浮かべると、



「じゃあ写真集の販売は半数をルージュさんに委託しますかね。図書館に見本でも置いて、気に入れば購入的な流れを作ればいいッスよ」


「ルージュが協力してくれるか?」


「ボクから頼んでおくッスよ、上手いこと言いくるめてやりますわ」



 悪い魔女のような「ヒッヒッヒ」と笑うスカイは、



「ささッ、ボクについてきてほしいッスよ勇者様。あの憎き腕相撲屋の魔王様を倒してほしいッス」


「勇者て」


「いやもう本当に魔王って言った方がいいッスもん」



 問題児を腕相撲屋に誘導するスカイは、本当に何か悪事を企む悪い魔法使いにしか見えなかった。本当は真逆の存在なのに、今ばかりは景品に目が眩んで威厳が崩壊しつつあった。



 ☆



 件の腕相撲屋は、大勢の男性客で賑わっていた。


 順番待ちをしている客かと思えば、大半は店主に挑む勇者の野次馬である。屋台周辺を取り囲んでいるので、まるで壁のような圧迫感があった。

 野次馬の向こうで、挑戦者の悔しそうな呻き声が聞こえる。声の調子から判断して無様に敗北を喫したようだ。


 腕相撲屋まで問題児を連れてきたスカイは、



「すいませーん、次はこの人たちが挑戦しまーす」



 屋台を取り囲んでいた人の壁がザッと割れ、野次馬たちの視線がユフィーリアたち問題児に集中する。「大丈夫か?」「いやでも今度こそ勝てるかも……」という小さな声が耳朶に触れる。


 腕相撲屋の屋台は他の屋台と変わらない規模だ。分厚いタオルが敷かれた机は腕相撲の土俵なのだろう。机の両脇には突起が伸びていて、あれを掴んで腕に力を込めるのだ。

 屋台の奥に掲げられた台座には玩具やぬいぐるみ、魔導書など多種多様な景品が展示されている。どれも副学院長のスカイが腕相撲屋に挑むような商品ではないが、隅の方に宝石を収納した箱が展示されていた。


 よく見れば、あの宝石は魔石である。黄緑色の魔石は握り拳程度の大きさがあり、色鮮やかさから判断してかなり高濃度の魔力を有している様子だ。なるほど、あの魔石が副学院長の目当てだろう。



「ん? 何だい、次の挑戦者は随分と別嬪さんじゃないかい」



 机の前に座っていた腕相撲屋の店主は、金髪褐色肌の女性だった。

 豊かな金色の髪に健康的に焼けた褐色の肌、炯々と輝く赤い瞳がユフィーリアを品定めするように動く。勝ち気な印象を与える顔立ちは大胆不敵な笑みを浮かべ、次の挑戦者であるユフィーリアを歓迎している様子だった。


 ユフィーリアは屋台周辺を見回すと、



「腕相撲屋の店主ってお前?」


「そうともさ」



 金髪褐色肌の女性はサラシに覆われた豊満な胸を張り、



「イキのいい野郎どもは軒並みやられちまってねェ、退屈していたところなのさ。アンタは見たところ手練れのような気配があって楽しめそうだね」


「そりゃ嬉しいな」



 好戦的な美女に歓迎されて、ユフィーリアは肩を竦める。


 腕相撲屋の店主は基本的に筋骨隆々とした男性であることが多いのだが、女性で腕相撲屋の屋台を出店するとは相当な自信家である。しかも次々と自分よりも力の強い男性客を打ち負かしているようだ。副学院長の場合は――まあ、負けて当然だろう。だって細いし。

 何かイカサマがありそうなことは判断できる。ただ、そのイカサマを「イカサマだ!!」と叫んだところで怪しまれるだけだ。ここはそう、穏便にだ。


 参加料を美人な腕相撲屋の店主に渡したユフィーリアは、



「多少は加減してくれよ」


「ははッ、面白いことを言うじゃないかい」



 タオルが敷かれた机の上に肘を置き、ユフィーリアは褐色肌の美女と手を握る。

 程よく鍛えられているものの、やはり握った感触は女の手である。華奢で柔らかな手のひらは今にも握り潰してしまいそうだが、この手で何人も屈強な男性客を腕相撲で屠ってきたとは考えられない。


 感覚を確認するように手を何度かニギニギと握るユフィーリアに、腕相撲屋の女主人が言う。



「アンタ、魔法を使うのはなしだよ」


「え?」


「身体強化系の魔法を使うのは反則さ。いいかい?」


「なるほど、確かにそうだ」



 ユフィーリアは納得したように頷く。


 腕相撲の対決で魔法を使うとは無粋なことを企む輩がいたものだ。腕力と腕力のぶつかり合いでこそ腕相撲は映えるというものである。

 魔法の天才と自他共に認めるユフィーリアであれば身体強化系の魔法で相手に勝利するのも可能だが、魔法が禁止されているのであれば仕方がない。こう言った勝負事にズルやイカサマはよくないという訳だ。



「じゃあ〈魔力看破ブレイク〉」


「えッ」



 パキンッ、とまるで硝子が割れるような音が響く。


 金髪褐色肌の女主人が、驚いたように赤い瞳を見開いた。

 どうしてバレた、と言わんばかりの反応である。魔法の天才であるユフィーリアが、彼女の使うイカサマを見破れない訳がなかった。


 冷や汗を流す女主人に、ユフィーリアは綺麗な笑顔で言う。



「ズルはよくねえよな、ズルは」


「あ……あ……」


「反射魔法だっけ、よくもまあ上手く設定したな。相手がかけてきた力を反射して、なおかつ自分の力も上乗せすれば身体強化系の魔法を使わなくても簡単に勝てるわな」



 しかも魔法の痕跡を断つ隠匿系の魔法も同時に展開されていたので、目の前の女主人は高い魔法の実力を持った魔女である。イカサマ師に成り下げるのはよくない。


 顔中に冷や汗を噴き出し、手を引っ込めようとする女主人の腕を引っ張って腕力だけで土俵に縫い留める。手を握ったまま試合を開始しないユフィーリアと女主人に異変を感じたのか、野次馬たちが怪訝な表情を見せ始めた。

 やり取りが長引けば長引くほど不利になる。怪しまれたら楽しくなくなってしまう。営業妨害としてしょっ引かれるのは御免だ。


 ユフィーリアは「まあ、そんな話は置いといて!!」と明るく話題を切り替える。



「さあ、やろうぜ? 試合開始の合図は店主さんがやるのか?」



 泣きそうな表情と細々とした声で「し、試合開始……」と女主人が告げた瞬間、ユフィーリアは女主人の腕を簡単に倒してしまった。普段から問題行動で鍛えている問題児筆頭に勝てると思ったら大間違いである。

 屈強な男をバタバタと自信満々に倒していた女主人に打ち勝った途端、屋台を取り囲んでいた野次馬たちが割れんばかりの拍手をユフィーリアに送った。


 ちなみに余談ではあるが、腕相撲屋の女主人はすっかり戦意を喪失して店を閉めてしまった。問題児どもに見つかるとは運の尽きである。

《登場人物》


【ユフィーリア】身体能力や筋力もあるので、割と腕相撲には自信がある方。女性ではよほどの事情がなければ負けない。

【エドワード】鍛え抜かれた鋼の肉体と目を見張る怪力のおかげで腕相撲無敗の男。おかげで腕相撲禁止令が出ているし、本人は別に腕相撲に興味はない。ただ学院の男子生徒どもはいつかリベンジを目論んでいるらしい。

【ハルア】筋力はあるが、怪力ではないので腕相撲の実力もそこそこ強い程度。ただし腕相撲よりも先に手が出る。

【アイゼルネ】女性に腕相撲をやらせるとは何を考えているのかしラ♪

【ショウ】問題児の中でアイゼルネと同率で弱い。そもそも貧弱なので両手を使っても勝てない。この前ユフィーリアに両手で腕相撲を挑んだら、ちょっと遊ばれた後に瞬殺されて悔しい。


【スカイ】腕相撲最弱王決定戦でもやったら優勝できるんじゃないかってぐらい細い。それなのに腕相撲屋に挑んだのは景品の魔石に目が眩んだから。実はこの時、ちょっと肩が痛かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 今回のお話も、楽しく読ませていただきました!! 腕相撲屋というのは面白いですね。腕相撲をして、勝ったら賞品がもらえるというのは現実にあった盛り上がりそうな…
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