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第2話【問題用務員と屋台】

 ぴーひゃらら、と祭囃子が耳朶に触れる。



夜蜜林檎よみつりんごを使ったりんご飴はどうだい?」


「いらっしゃい!! 焦がし醤油蕎麦、今出来上がったよ!!」


「射的の1等、大当たり!!」


「削り氷はいかがですか? 砂糖などの調味料がかけ放題ですよ」



 多種多様の屋台が、客を呼び込もうと声を張り上げる。


 ヴァラール魔法学院の校庭には、100店舗を超す屋台が揃っていた。食べ歩きを主体とした食料品系の屋台から射的や輪投げなどのゲーム系の屋台まで多岐に渡り、行き交う浴衣姿の客たちを魅了して止まない。

 ひしめく浴衣姿の客は、ヴァラール魔法学院の生徒や教職員ばかりである。本日は星屑祭りということもあって、生徒や教職員の親族類も祭りに招待されていた。愉快な祭囃子も相まってヴァラール魔法学院はいつもより賑わっていた。


 怒れる学院長の説教から逃げ出した問題児は、賑やかな雰囲気とは対照的にどこか沈んだ表情で人混みの中を歩いていた。



「惜しかったなァ」


「そうだねぇ」


「残念!!」


「せっかく準備したのにネ♪」


「邪魔をした学院長が恨めしい……」



 はあ、と5人揃ってため息を吐く。


 せっかくの星屑祭りなので、特別な商品を売り捌いて大儲けしようという計画が台無しである。学院長の非公式写真集を作成する為に副学院長を始めとした様々な人間が関わっているのに、何もかも潰されてしまった。

 まあ、写真集は後日販売という形式でも問題なく売れることだろう。その際は写真集の増刷と、購入特典であるブロマイドの種類も増やした方がよさそうだ。すでに購入してしまったお客様に関しては、別の対応を考える必要がありそうだが。


 不満げに雪の結晶が刻まれた煙管を吹かすユフィーリアは、



「せっかくの星屑祭りなんだから見逃してくれてもいいのによォ」


「運がなかったと思うしかないだろうな……」



 漆塗りの下駄をカラコロと鳴らしながらユフィーリアの隣を歩くショウは、励ますように微笑みかけた。



「ユフィーリア、またブロマイド撮影を頑張ろう。俺も頑張るから」


「お前は本当にいいお嫁さんだな!!」



 ショウの海よりも深い優しさに感動するユフィーリアは、彼の綺麗に整えられた髪型を乱さない程度の力加減で頭を撫でた。星屑祭りの為に可愛く整えた髪型を全力で頭ナデナデによって乱すのは忍びない。

 頭を撫でられたことで、ショウは「ふにゃあ」と表情が蕩けきっていた。もう反応がいちいち可愛らしすぎるのだ。世界で1番嫁が可愛い、異論は認めない。


 そんなやり取りをしている最中、不意に横から声が飛んでくる。



「お、随分な別嬪さんだな。ウチのりんご飴はどうだい?」


「ん?」



 話しかけてきたのはりんご飴の屋台を運営する中年の男だった。禿頭とくとうに捻り鉢巻を装備し、気合十分な様子である。

 屋台には巨大な氷塊が設置され、いくつかの窪みがある。その窪みへ収まるように並べられているのは、小ぶりな黒い林檎だった。表面が飴に包まれており、太い木の棒が黒い林檎の中心に突き刺さっている。


 お手製の看板には『夜蜜林檎を使用!!』とある。だからこんな不安になるほど真っ黒い林檎が並んでいるのか。



「真っ黒い林檎だ……」


夜蜜林檎よみつりんごって種類の林檎を使ってんのさ」


「よみつ……?」



 聞き覚えのない種類の林檎に首を傾げるショウへ、捻り鉢巻の男はりんご飴を1つ手に取って差し出してくる。



「まあまあ、悩むより先に1個どうだい? 美味いよ」


「…………」



 ショウは男の差し出すりんご飴を受け取るか躊躇っている様子だった。渡し方がまるで白雪姫に毒林檎を差し出す魔女みたいな口振りだったので、躊躇してしまう気持ちも分かる。



「おっちゃん、1個くれ」


「毎度!!」



 白い歯を見せて笑う男に提示された金銭を支払い、ユフィーリアは男の差し出す真っ黒いりんご飴を受け取った。艶やかな飴に包まれた林檎はとても甘そうである。



「お嬢ちゃんも美人だから、もう1個おまけだ」


「お、太っ腹だな」


「美人には弱いんだよ、オレァ」



 捻り鉢巻装備の男は照れ臭そうに笑うと、ユフィーリアにりんご飴をもう1個渡してきた。見る目がある男である。


 ユフィーリアは両手にりんご飴の棒を握りしめ、1つをショウに手渡す。真っ黒いりんご飴をおっかなびっくり受け取ったショウは、矯めつ眇めつ飴に覆われた黒い林檎を観察していた。

 いつまで経ってもりんご飴に食らいつく様子がないので、ユフィーリアが見本として黒いりんご飴へ齧り付く。カリッといい音が鼓膜を僅かに揺らし、口の中に甘い林檎の破片が転がり込んできた。


 甘酸っぱい林檎の味に混ざって、飴による甘さが口いっぱいに広がっていく。林檎と飴の相性は抜群と言えた。



「美味しいのか?」


夜蜜林檎よみつりんごは夜にしか収穫できない真っ黒な林檎で、表面に星みたいな模様があるのが特徴だ」



 林檎に注目してみると、銀色の模様が散らされている。まるで夜空に瞬く白銀の星々のようだ。

 これぞ夜蜜林檎の特徴である。さらに林檎の中には甘い蜜がたっぷりと入っているので、りんご飴にすれば甘い蜜も楽しめるお得な種類の林檎だ。なかなかいい商品である。


 黒色の林檎なので警戒心は解けないのか、ショウは恐る恐る黒いりんご飴に齧り付く。



「ッ!!」



 りんご飴の甘さを理解したのか、キラッキラと赤い瞳を輝かせる。ポコポコと小さな花がいくつも咲く幻覚まで見え始めた。



「美味いか?」


「ああ、甘くて美味しい」



 小さな口でりんご飴を食べすすめていくショウは、夜蜜林檎に仕込まれた黄金色の蜜まで到達したようで瞳がさらに輝いた。蜜を零さないように舐め取るのに必死な様子だが、甘いりんご飴を幸せそうに頬張る最愛の嫁が可愛くて仕方がない。


 ユフィーリアもまたりんご飴を齧る。真っ黒い夜空を想起させる林檎から黄金色の蜜が溢れ出し、それを舌で舐め取れば優しい甘さが広がっていった。

 この夜蜜林檎の蜜は、調味料である『天の蜂蜜(ミルキィハニー)』に使われるのだ。希少な調味料をたっぷりと味わえるこのりんご飴は贅沢な1品である。



「あれぇ? ユーリは珍しいねぇ、いつもはりんご飴なんて甘いの食べないのにぃ」


「お前はいつのまに焦がし醤油蕎麦を買ってきてんだよ」


「だってお腹減っちゃったんだもんねぇ」



 どこかの屋台で買ってきたものらしく、エドワードは紙製の容器にたっぷりと盛られた焦茶色の麺を啜る。香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、空腹感を刺激してきた。

 焦がし醤油蕎麦は食の宝庫とも名高い極東地域で食べられる伝統的な料理で、星屑祭りの屋台では定番の商品となっていた。ガッツリ食べられるので、腹を満たすのに最適である。


 ユフィーリアは「まあサービスされたし」と返し、



「ハルとアイゼは?」


「ここだよ!!」


「ここにいるワ♪」


「わッ!?」



 りんご飴に夢中だったショウの背後から、ハルアとアイゼルネが揃って現れた。コップを模した紙製の容器には薄く削られた氷が大量に詰め込まれている。

 削り氷と呼ばれる代物で、薄く削った氷に粉砂糖などの調味料をかけて食べるのだ。ハルアの削り氷には黄みがかった粉が振りかけられ、アイゼルネの削り氷は真っ黒い蜜がたっぷりとかけられていた。


 竹串を使って薄く削った氷を口に運ぶアイゼルネは、



「ユーリは夜蜜林檎よみつりんごのりんご飴を買ったのネ♪ 甘いものが苦手なのに珍しいワ♪」


「いいだろ、たまには」



 黄金色の蜜を全部舐め取ったユフィーリアは、残った林檎の部分を齧って淡々と消費していた。そろそろ口の中が甘くなってきたのでどうにかしたい。



「ハルさんは氷を食べているのか?」


「食べてみる!? オレね、いつもこの味なの!!」


「いいのか?」


「何事も経験だよ!!」



 りんご飴を消費している最中だったショウは、ハルアが突き出してくる削り氷を1枚だけ指で摘む。黄色い粉がかかった氷を口に運んだ瞬間、口を窄めて「酸っぱい」と訴えた。

 ハルアが好んで食べる削り氷の味は、強檸檬きょうれもんと呼ばれる非常に酸っぱい果実を粉末状にした調味料だ。その名も『酸っぱい魔法の粉』である。どうやら氷と酸味の相性が好きらしい。


 あまりの酸っぱさに震え上がるショウは、



「こ、こんな酸っぱいものを食べているのか……?」


「美味しくなかった!?」


「ちょっと分かり合えない……」


「残念!!」



 ハルアは気にせず強烈な酸っぱさが特徴的な粉がかけられた氷をぼりしゃりと口に運び、琥珀色の瞳を輝かせて「美味え!!」と叫ぶ。


 強烈な酸っぱさに白旗を上げてしまったショウは、口直しと言わんばかりに夜蜜林檎のりんご飴をカリカリと消費し始めた。酸味には強いのだろうが、やはり限度はある。あとでいくつかの甘いものを提供する屋台を巡ろう。

 今日はせっかくの星屑祭りだ。屋台もたくさん出店している。最後の最後まで余すところなく楽しんでこそ問題児だ。


 りんご飴を全て食べ終えたユフィーリアは、木の棒を近くにあったゴミ箱に投げ入れる。



「よし、次はどこ行こうか」


「腹拵えしてからゲーム系の屋台かねぇ」


「籤引きやりたい!!」


「魔法を使った型抜きなんてものもあったワ♪」


「むぐーぐ、ぐー」


「ショウ坊は落ち着いて食え、誰も取らねえから」



 口いっぱいにりんご飴を詰め込むショウが何かを訴えてきたが、モゴモゴと喋っているので言葉が不明瞭である。誰も取らないので安心してほしいところだ。

 急いで食べている影響か、彼の口周りにはベッタリと夜蜜林檎の蜜が大量に付着してしまっていた。誰も彼のりんご飴など取らないのに、慌てすぎである。


 ユフィーリアは浴衣の袖から手巾ハンカチを取り出すと、



「慌てて食い過ぎだって。口の周り汚れてるぞ」


「んむ……ごめんなさい、ユフィーリア。手間をかけさせてしまった」


「いいや、ウチの嫁さんの可愛いところが見れて役得だけど」


「もにゅ……」



 頬を林檎の如く真っ赤に染めたショウは、恥ずかしさのあまりハルアの後ろに隠れてしまった。彼の良き先輩を演じるハルアは「ちょっと旦那さん、あんまり恥ずかしいことを言わないでくれますぅ!?」などと抗議してくる。

 反応が何度見ても可愛い。今の格好が浴衣でなければ可愛さのあまり膝から崩れ落ちて悶絶していたかもしれない。だって可愛すぎるのだもの。


 ユフィーリアはまだ昼間の空を見上げて、



「可愛い……今日も嫁が可愛い……」


「ユーリぃ、惚気はいいから屋台巡るよぉ」


「惚気じゃねえ!! アタシは事実を述べてるだけだ!!」


「そういうのを惚気って言うんだよぉ、知ってたぁ?」



 エドワードに首根っこを掴まれて、ユフィーリアはずるずると強制的に引き摺られることとなった。

《登場人物》


【ユフィーリア】夏祭りの屋台で必ず買うのはかき氷。氷系のお菓子は大好きだし、蜜をドバドバかけすぎて氷がジャバジャバになって後悔する。

【エドワード】夏祭りの屋台で必ず買うのは焼きそば。腹に溜まるお手軽な食べ物だよね。

【ハルア】夏祭りの屋台で必ず買うのは、ユフィーリアと同じくかき氷。蜜かけ放題で3種類ぐらいブレンドして不味くて吐き出すまでがセット。

【アイゼルネ】夏祭りの屋台で必ず買うのは綿飴。綿菓子みたいで素敵でショ♪

【ショウ】夏祭りが初体験の異世界出身の女装少年。テレビなどで事前の知識は仕入れていたが、やはりいざ経験してみると楽しくて仕方がない。現在、りんご飴に夢中。

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