第1話【問題用務員と星屑祭り】
「いらっしゃいませ」
訪れた客はゴクリと生唾を飲み込んだ。
相対するのはヴァラール魔法学院最大の問題児と名高い銀髪碧眼で黒衣の魔女――ユフィーリア・エイクトベルである。
普段は肩だけが剥き出しとなった特殊な形の黒装束を身につけているが、今日ばかりは真っ黒な浴衣に礼装を変形させてお洒落をしている。浴衣の袖や裾には雪の結晶の模様が描かれ、白い帯には雪の結晶の形をした帯留めが飾られている。夏らしい涼しげな格好と言えた。
惚れ惚れするような微笑で客を出迎えたユフィーリアは、
「契約書はお持ちですか?」
「あ、は、はい」
上擦った声で肯定した客は、懐から古めかしい羊皮紙を取り出した。巻かれた状態の上から紐で縛られており、ユフィーリアは羊皮紙の内容を確認する。
下部にある空欄に客の名前がしっかり明記されていることを確認してから、ユフィーリアは背後に積まれている紙袋の山から1つの紙袋だけを手に取る。同じように箱へ収納された白い封筒から適当に1つを選び抜いて、客と再び向かい合った。
契約書と呼ばれた羊皮紙を渡した客は、緊張した面持ちでユフィーリアの行動を待っている。「ご確認をお願いします」と言えば、相手はビクリと肩を大きく震わせた。
「こちら写真集と、白い封筒が購入特典のブロマイドです。ブロマイドの方は完全にランダムとなっておりますので、交換等はお控えください」
「は、はい」
「写真集の方、現物を確認されますか?」
「お願いします」
客からの要望に応え、ユフィーリアは「かしこまりました」と慇懃に答える。
紙袋の封を丁寧に剥がし、中身の冊子を確認する。厚みはそこそこあり、表紙も立派なものである。
中身は黒髪紫眼の青年が全面的に映し出された写真集であり、青年が妖艶な眼差しを読者相手に向けていた。白いベッドに寝転がっている姿は何があったか想像力が掻き立てられてしまう。
題名は『ヴァラール魔法学院が学院長、グローリア・イーストエンド非公式写真集』である。副題として『学院長のぜ・ん・ぶ』と掲げられている。別にいやらしい本ではない。
「こちらにあります見本と同じ内容となっております」
ユフィーリアは脇に掲げられた見本を示し、
「契約書に従い、転売行為・無理な布教行為・勝手な増刷はお止めください。契約書へ記載したことに違反すると、もれなく死にます」
「死にます……」
「はい、死にます」
綺麗な笑顔で不穏なことを言ってのけるユフィーリア。普通ならその言葉を浴びせられれば写真集の購入を断念しそうなものだが、客はそれでもと詰め寄ってきた。
「か、買います。だから契約書にも署名したので」
「勇気ある行動を称賛します」
ユフィーリアは写真集を紙袋にしまうと、白い封筒と一緒に客へ手渡した。
「どうぞお楽しみください」
「あ、ありがとうございます……!!」
写真集が収まった紙袋と白い封筒を胸の前に抱えると、客はその場から全速力で離れた。早く写真集の内容を確認したくて仕方がなかったのだろう。
事前に宣伝していたが、写真集の内容は自信がある。老若男女を満足させることが出来るだろう。一部の狂信的な信者からすれば聖典にも等しい1冊だ。
ユフィーリアは立ち去った客を見送り、笑顔で「次のお客様」と呼びかける。
「やあ、ユフィーリア」
次の客として目の前に立ったのは、黒髪紫眼の青年――学院長のグローリア・イーストエンドだった。
「閉店です、ありがとうございました!!」
ユフィーリアは素早く『閉店』の立て看板を設置し、積み上げられた紙袋の山を回収する。白い封筒が収まった箱は小脇に抱えられるが、紙袋の山だけは転送魔法で用務員室に叩き込むしかあるまい。
上司の焦燥感を悟った優秀な4人の部下も、早々に店仕舞いの作業に徹していた。台座を片付けて、写真集と引き換えに受け取った羊皮紙の数々を適当な箱に詰め込むと、学院長が何かをしてくるより先に逃げ出そうとする。
しかし、残念ながらグローリアの拘束が早かった。
「そこに正座して、ユフィーリア!! お説教の時間だよ!!」
「ぎゃーッ!! 魔法トリモチは反則だーッ!!」
青色の液状生物みたいな見た目をした拘束用の魔法兵器、魔法トリモチに拘束されたユフィーリアたち問題児は学院長から逃亡すること敵わず正座で説教を受ける羽目になった。
☆
7月7日はヴァラール魔法学院の星屑祭りである。
毎年、この日だけは空気中に混ざる魔法の源『魔素』が澄み、空に浮かぶ星がより綺麗に見えることから天体観測を始めたことがきっかけである。星の観測は占星術などの授業にも用いられるので、勉強目的で開催されたのが始まりだ。
ところが、とある一部の馬鹿タレどもが屋台など出したものだから生徒たちの目的が完全にそちら側へ移行してしまい、天体観測どころではなくなってしまった。今ではすっかり天体観測の意味合いはなくし、100店以上にも及ぶ多種多様な屋台とのど自慢大会が中心となって開催されるようになってしまったのだ。
そんな訳で、天体観測の意味合いがすっかり消失した7月7日の行事を『星屑祭り』に改めて、ヴァラール魔法学院が受け継ぐ伝統行事となったのだ。
「毎年毎年さ、申請もなく屋台を勝手に出店してさぁ」
ヴァラール魔法学院が学院長、グローリア・イーストエンドは呆れた様子で言う。
烏の濡れ羽色をした長い髪を簪で涼しげに纏め、紫色の双眸には呆れや怒りなどの感情が浮かぶ。普段は襯衣と洋袴、長衣という魔法使いらしい清潔感のある格好をしているのだが、今日は星屑祭りということもあって濃い紫色の浴衣を着用している。渋めな色合いと言えよう。
魔法トリモチに拘束された状態で正座させられるユフィーリアは、不満げに唇を尖らせた。
「いいじゃねえか、別に。稼ぎ時なんだよ」
「まあ勝手に屋台を出店するのは100歩譲っていいとしても、問題は商品の方だよ!!」
グローリアが「何これ!!」と言いながら示したのは、問題児どもの屋台に見本として掲げられている写真集である。
どこからどう見てもグローリア・イーストエンド本人だ。しかも当本人が絶対にやらないだろう艶やかな格好までしている。自分の知らない場所で自分の写真集が売られていたとなれば、怒りたくなる気持ちも分かる。むしろクビにしたい気持ちが高まる。
ユフィーリアは自信満々に胸を張り、
「いいだろ、それ。副学院長にも協力してもらって作った」
「スカーイ!!」
グローリアは頭を抱えた。
この問題児どもに協力しちまったのが、ヴァラール魔法学院の副学院長であるスカイ・エルクラシスとはもうどうすりゃよかったのか。
実際、ユフィーリアたちが写真集の発行を提案したら、喜んで撮影機材を貸し出してくれた。何なら副学院長権限で様々な場所にも撮影許可を取ってくれて、挙句の果てにポージングの指定までしてくる始末である。『監修:副学院長』の文字を入れるか最後まで悩んだぐらいだ。
「え、まさか強制操作魔法で寝てる隙に……?」
「いンや、アイゼの変身魔法」
「はぁイ♪」
南瓜頭の娼婦――アイゼルネが「頑張っちゃったワ♪」といらんことを報告した。
橙色の南瓜で頭部を覆った美人なのだが、やはり星屑祭りということもあって黒と橙色が特徴的な浴衣を身につけていた。浴衣の裾や袖には蝙蝠の模様が描かれており、手のひらも黒いレース細工が施された手袋に覆われている。星屑祭りなのにどこか収穫祭を想起させる出立ちだ。
幻惑魔法を得意とするアイゼルネは、変身魔法も飛び抜けて上手いのだ。その為、学院長であるグローリアに変身してもらって写真集の撮影を敢行したのである。妖艶な写真が多いのはその為だ。
「小道具とか使ったから大変だったんだよぉ」
強面の巨漢――エドワード・ヴォルスラムも主張する。
迷彩柄の野戦服が彼の通常装備だが、星屑祭りという状況なので濃紺の浴衣を身につけていた。襟元から覗く鍛えられた胸筋が美しく、同時に艶かしくもあった。
撮影の際には機材を運んだり、小道具を用意したりと大活躍だった。鍛えているだけあって重たい荷物を運ぶ時は重宝する。
「オレも手伝ったよ!!」
暴走機関車野郎ことハルア・アナスタシスもわざわざ挙手して言う。
星屑祭りなので、彼は黒色の甚平を着ていた。袖や裾から伸びる手足は健康的で、程よく鍛えられているので先程からうら若き魔女たちによる熱視線が止まない。
力加減を間違えて小道具などを破壊するかと思いきや、写真集作成に協力してあまり壊れにくい大道具の運搬などを担当していた。彼なりに色々と努力はしていたらしい。
「結構自信作なのですが……」
不服そうに言うのはユフィーリアの最愛の嫁、アズマ・ショウである。
雪の結晶が刺繍された古風なメイド服が通常装備だが、現在の彼は濃い赤色の浴衣の上からエプロンドレスを身につけた着物メイドちゃん状態である。帯は花の形に整えられ、頭頂部に装着したホワイトブリムには大きめの赤いリボンが縫い付けられている。リボンはちょうどショウのこめかみ辺りに配置され、可愛らしさを後押ししていた。
赤色の花があしらわれた簪も使って艶やかな黒髪を涼しげに纏めているので、可愛さの中に妖艶さも孕んでいる。今日も今日とて100点満点の可愛さだ。
「俺は一緒に写真撮影にも写りましたが」
「うわ本当だ」
写真集の最後の頁を確認するグローリアが「何で……?」と首を傾げる。
後半の頁にはたまにショウも写り込み、一緒になって撮影されていた。写真上では学院長と最愛の嫁によるイチャイチャ写真だが、実際にはアイゼルネとのイチャイチャである。ちょっと羨ましいと思ったり、思わなかったり。
ユフィーリアは「仕方ねえ」と言い、
「写真集をお買い求めのお客様、学院長にバレたので発売は後日ということにいたします。星屑祭り終了後、用務員室までお越しください!!」
「あ、こらユフィーリア!! まだ話は終わってないんだけど!!」
ユフィーリアは魔法トリモチの拘束を強制的に解除すると、黒い浴衣の袖から雪の結晶が刻まれた煙管を取り出す。煙管を一振りすればユフィーリアたちが勝手に出店した屋台が瞬く間に片付けられ、商品の山や看板などがあっという間に消え失せる。
魔法を使えば片付けも屋台の出店も可能である。屋台に並んでいたお客様たちは「えー」「金払ったのに」などと文句を垂れていたが、写真集に許可を出していない学院長本人に見つかってしまったので仕方がないのだ。
清々しいほどの笑顔を浮かべたユフィーリアたち問題児は、
「じゃあな、グローリア。祭りを楽しめよ!!」
「ばいばぁい」
「じゃあね!!」
「また会いましょうネ♪」
「暗がりに引っ張り込まれないように気をつけてくださいね」
「逃げるな、問題児!!」
人混みの中に逃げ込む問題児の背中に、グローリアの絶叫が叩きつけられる。
「星降り祭りを荒らすなーッ!!」
《登場人物》
【ユフィーリア】浴衣も礼装を変形させた魔女。星屑祭りでは無断で屋台を出店して金を稼いでいる。屋台を始めたのもコイツが原因。今回の商品である非公式写真集では撮影と編集作業を手掛けた。
【エドワード】和装なんてあんまりしないけど、意外と着やすいんだねぇとしみじみ感じる巨漢。小道具の運搬や大道具の支える役目などを写真集作業では担当。ちょっと編集作業も手伝った。
【ハルア】甚平って意外と動きやすんだね、と思っている。写真集作業では大道具の運搬などを担当した。自分なりに写真撮影を邪魔しないように頑張っていた。
【アイゼルネ】今回の写真集の要。グローリアに変身して写真撮影をされまくった。衣装の用意や化粧品も取り揃えた。今回の浴衣は意外とお気に入り。
【ショウ】今日も可愛い女装メイドちゃん、今夜は着物でお洒落。写真集ではグローリアに変身したアイゼルネと一緒に写真撮影。ブロマイド撮影も頑張った。
【グローリア】勝手に自分の写真集が発売されていることに驚いた。毎年勝手に屋台を出店する問題児に辟易する学院長。