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第6話【問題用務員と暴露】

 本日2度目のお説教である。



「教授を気絶させた挙句、強制操作魔法で操るとか何考えてるの!?」


「うるせえ」


「態度が太々しいな!?」



 説教を受ける姿勢として定着してしまった正座のまま、ユフィーリアは呑気に耳掃除なんてしていた。


 狭くて薄暗い舞台袖は見事に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 ユフィーリアは正座しているものの説教を受ける気配がまるでなく、エドワードは外で猛威を振るう雷の影響で巨大な饅頭化してしまい話を聞くどころではない。ハルアとショウは蛙の被り物を装備して学院長をおちょくり、アイゼルネに至っては南瓜のハリボテを撫でながら「あらー♪」などと呑気に笑っていた。説教を受ける姿勢など皆無である。


 カンカンに怒るグローリアは、



「強制操作魔法は犯罪にも扱われる魔法で、規制する内容の法律も制定されているんだよ?」


「まあ、気絶している人間を強制的に操作するって魔法だから悪用されるよなァ」


「そう思うなら使わないでよ!!」



 グローリアは「全くもう!!」と怒り、



「すみません、サミュエル・ニコルさん。この馬鹿野郎どもにはよく言って聞かせますので」


「全くだ」



 くるんッと巻かれたちょび髭が特徴のいけ好かないクソおやじ――サミュエル・ニコル氏はフンと鼻を鳴らす。



「こんな連中が用務員とは世も末だな。まさか犯罪の魔法にまで手を出すとは」


「いや本当に、面白いと思ったことは何でもやってしまう性格でして」


「魔女として品格もなっていなければ礼儀もなっていない」



 憤慨するサミュエル・ニコル氏に、グローリアは「本当にすみません」と非常に申し訳なさそうに謝罪する。見ていて実に滑稽である。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、悠々と煙を燻らせる。もちろん反省の『は』の文字もない。

 だって今回、問題児はちょっとしか悪くないのだ。気絶したサミュエル・ニコル氏を強制操作魔法で操ったことは完全に問題児が悪いのだが、妖精学の講義も適当だけど代行したし、そこまでぷりぷりと怒られるような真似はしたつもりなんてない。


 サミュエル・ニコル氏はギロリとユフィーリアを睨みつけ、



「君のような魔女がいるとはヴァラール魔法学院の品位も地に落ちたな」



 そんな嫌味に対して、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を悠々と吹かせながら応じる。



「へえ、そんなこと言っちゃうんだ?」


「何が言いたい?」


「ウチの女性職員と不倫関係になるようなお前が、品位だ何だと言っちゃうんだ?」


「ッ!!」



 サミュエル・ニコル氏の頬が赤く染まる。


 ぐたぐだとご高説を垂れていた様子だが、サミュエル・ニコル氏の立場よりもユフィーリアたち問題児の立場が完璧に上だ。

 何故なら、ユフィーリアたち問題児はサミュエル・ニコル氏の浮気現場を見ているのだ。ガッツリと【自主規制】の瞬間も目撃しちゃっているのだ。今までの強気な態度は構わないのだが、急所を完全に掌握しているユフィーリアたちによくもまあぬけぬけと言えたものである。


 全身から冷や汗を流すサミュエル・ニコル氏は、



「な、何のことかね」


「いやー、あれは生活魔法を担当するアリッサ・テレン先生だったかな。今はまだ用務員室のトイレに転がっていると思うけど」


「あ、あれはあの魔女から誘惑されて……!!」


「おやおや教授様、嘘は良くないな嘘は」



 ユフィーリアは綺麗に微笑んだ。誰もが惚れ惚れするような綺麗な笑みだったが、見る相手によれば恐怖を与えるものでしかない凄みのあるものだった。


 気品のある青い瞳が、徐々に極光色オーロラの輝きを放ち始める。常人には認識できない代物が、今のユフィーリアには認識できていた。

 すなわち、サミュエル・ニコルという脳内まで【自主規制】が詰まっていそうな男を構成する全ての事象である。能力や知識、魔力に加えて記憶や過去などもバッチリ把握済みだ。



「あらまあ、23人とお付き合いを。そのうち4人がウチの学校の教職員かァ、随分とまあ食い散らかしてくれたモンで。風紀的に乱れているのはお前の方なんじゃねえの?」


「出鱈目だ!!」



 サミュエル・ニコル氏は絶叫すると、



「貴様は嘘吐き魔女だ、私を貶めたいが為にそんなことを言うんだな!?」


「まあね、言葉だけじゃ信用するに値しないわな」



 ユフィーリアは「よっこいせ」と立ち上がると、唖然とした様子のグローリアへ振り返る。



「グローリア、物体記憶何ちゃら魔法だっけ。あの魔法、用務員室のトイレにかけてくれない?」


「ッ!!」


「証拠はそれで揃うと思うよォ。そこの教授様が火遊びだぁい好きって証拠が」


「や、止めろ!!」



 サミュエル・ニコル氏がユフィーリアに飛びつこうとするが、それよりも先にハルアがサミュエル・ニコル氏を床に押し倒した。

 ジタバタと暴れるサミュエル・ニコル氏の両腕を膝で押さえつけ、ハルアは狂気的な笑顔で彼の冷や汗に塗れた顔を覗き込む。いつもの頭の螺子が3個ぐらい吹っ飛んだような、ただ恐怖を与える怖い笑みを浮かべてサミュエル・ニコル氏をじっと見つめていた。


 何も言えなくなったサミュエル・ニコル氏へ、ユフィーリアは追い打ちをかけるように言う。



「嘘吐き魔女だ何だって言うけど、じゃあお前の反応は何なんだよって訳だよな。明らかに臭すぎるだろ、何かあったとしか思えねえわァ」


「う、うるさい、黙れ!!」


「あ? 今の状況をご理解していない様子だな。そのまま腕の骨をへし折ってもいいんだぞ」


「ふざけ――ぎゃあああああああああッ!!」



 サミュエル・ニコル氏の両腕を押し潰すハルアの両膝に体重がかけられたのか、情けない悲鳴が舞台袖に響き渡る。おそらく大講堂で妖精学の講座を今か今かと待っている生徒たちにも聞こえているはずだ。

 その証拠に、大講堂は妙にざわめいていた。生徒たちはヒソヒソと声を顰めて会話をし、舞台上に冷ややかな視線を投げかけている。


 すると、舞台袖へ教職員の1人が駆け込んできた。



「が、学院長!! 先程の、先程の話は本当ですかッ!?」


「…………ごめん、どの話?」


「不倫がどうとか、女性職員が食い散らかされているとか、その他諸々の話です!!」



 グローリアの視線と、サミュエル・ニコル氏による視線がユフィーリアに集中する。


 綺麗な笑顔を浮かべたまま、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を南瓜頭の娼婦に向ける。この場で最も注目されない彼女だ。

 収穫祭で見かける橙色の南瓜を被った妖艶な美女は、その豊満な胸元から1枚のトランプカードをスッと抜き取った。そのカードの表面には数字や絵柄が描かれている訳ではなく、魔法陣のようなものが描かれているのみだった。


 その魔法陣は拡声魔法を示している。範囲は大講堂全体を覆う程度のものだが、生徒にとっては刺激的な会話の内容の数々が大公開されていたのだ。



「もう妖精学の講座じゃなくて、不倫講座でもしたらいいんじゃねえのかな」


「――――――――」



 サミュエル・ニコル氏は声にならない悲鳴を上げ、真っ白な灰と成り果てた。ハルアが「静かになっちゃった!!」と言いながらサミュエル・ニコル氏にビンタを数発ほど叩き込んでいたが、それでも起きることはなかった。


 こんな面白そうな話題を共有しないなんて、問題児にはあり得ないことである。傷つくのは自分ではないし、ましてや生徒たちも傷つかない。傷つくと言えばこの頭の中がお花畑まっしぐらの不倫野郎と、あとせいぜいこんな奴の正体を見抜けずに学院へ招待してしまった学院長程度のものだろうか。

 完全に暴露大会である。もう色々と楽しくて仕方がない。外では雷がゴロゴロと鳴り、エドワードがそのたびにショウへ抱きついて「シクシクシク……」と静かに涙を流しているが、ユフィーリアの心は晴れ模様である。


 グローリアはこめかみを親指で揉み込みながら、



「中止」


「ん?」


「妖精学の講座は中止だよ、こんな不倫野郎に教鞭を取らせるなんて馬鹿みたいだ」



 グローリアはサミュエル・ニコル氏の上にのしかかるハルアを退かすと、



「誰か、その脳味噌が下半身に直結しているようなおっさんを学院の外に放り出して」


「今、外は雷雨ですが」


「縄でふん縛って放り出しておいて。その馬鹿には亀甲縛りがお似合いさ」



 教職員にサミュエル・ニコル氏の処遇を任せたグローリアは、



「あと浮気相手の教職員に事情聴取をしないと……何で魔法の授業や実験が関係ないのにこんな忙しくなるんだ……」



 ぶつくさと文句を垂れながら、グローリアは転移魔法で姿を消した。サミュエル・ニコル氏の浮気相手とやらに話を聞きに行ったのだろう。学院長も学院長で忙しそうだ。


 ユフィーリアはやれやれと肩を竦める。

 今回は、サミュエル・ニコル氏が完全に悪いのだ。彼がヴァラール魔法学院で粗相をしでかさなければ、妖精学の講座もおじゃんになることはなかった。これでは生徒たちの学びの場が失われることになる。



「しゃあねえなァ、あとで賃上げ交渉するか」



 くるん、とペン回しの要領で雪の結晶が刻まれた煙管を弄ぶユフィーリアは、大股で舞台上を突っ切る。


 生徒たちの視線が、壇上のユフィーリアに集中した。

 ちょうど生徒たちは教室に戻ろうとしていたらしい。教材と本日の講義に必要な書類をまとめており、大講堂に並べられた椅子から立ち上がった生徒が数名ほど確認できた。舞台袖でのやり取りが拡声魔法によって大講堂中に届けられたので、学院長の「中止」という言葉を信じたのだろう。


 ユフィーリアは拡声魔法を発動させると、



「妖精って存在を簡単に見ようとするな、知ろうとするな。アイツらの文化や常識は独自のもので、妖精によって常識が違っていたりする。雨妖精に通じていた挨拶が、裁縫妖精には通じなかったりするのが常だ」



 生徒たちが興味を引くような言葉を選びながら、ユフィーリアは壇上にて大胆不敵な笑みを見せる。



「妖精と仲良くなるには失敗と挑戦が必要だ。これからやる話を聞きたい奴はお行儀よく席に座れ、興味がねえ奴はとっとと帰れ」



 今まさに帰ろうとしていた生徒たちは顔を見合わせるや否や、やはり好奇心が勝ったのかそのまま自分たちの座席に戻っていった。



 そうして問題児筆頭による妖精学の講座は、意外にも意外で大好評だった。何せ大半の魔女や魔法使いが才能がない限りは絶対に仲良くなることなど不可能な妖精と、真っ向から喧嘩をしながら妖精と仲良くなったものだから話は聞きたくなる。

 なお、この講座のあとに問題児筆頭へ講座の要請が定期的に届いたのは言うまでもない。余計なところで才能を見せつけちゃった運命である。

《登場人物》


【ユフィーリア】不倫野郎にデカい態度を取られたので、お返しに抱えていた秘密を盛大に暴露してやった。身内の深刻な秘密は墓場まで持っていくが、面白そうな内容だったらどんどん暴露する。

【エドワード】雷のせいでそれどころではない。意外と口は固いので秘密は守れる方である。

【ハルア】お髭がくるんとなった浮気野郎からユフィーリアを守った魔女の騎士様。他人の秘密はすぐに喋っちゃうので内緒話は向いていないが、最近は後輩のショウのおかげで黙っていられるようになった。

【アイゼルネ】暴露の際に拡声魔法を密かに使用した影の立役者。娼館で働いていた時代は秘密や陰謀のパレードだったので、意外と情報通。必要な人に必要な情報をお届け。

【ショウ】泣いているケロケロ長男を慰めていたケロケロ三男。秘密はちゃんと守れるのだが、もっぱら内緒話の相談相手はハルア。


【グローリア】このあと不倫野郎とイチャラブしていた女性職員を解雇することになる学院長。色々と秘密な事情を抱えているが、他人の秘密には興味ないのですぐに忘れる方。

【サミュエル】このあと亀甲縛りにされて雷雨の中に放置された。雷に打たれて感電死しかけたところでリリアンティアに助けられて、口説いたところで今度は副学院長からエロトラップダンジョンに放り込まれた。性癖魔改造。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 火遊び野郎に強烈なまでのざまぁな展開、メチャクチャ、スッキリしました!! 学院長先生とユフィーリアさんが手を…
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