第3話【問題用務員と強制操作魔法】
学院内で不倫現場に遭遇したらどーする?
こうする。
「殺すか」
「証拠隠滅だねぇ」
「学校でしっぽりとかふざけてんじゃない!?」
「逢引宿と勘違いしちゃってるのかしラ♪」
「去勢しよう」
男子トイレに転がる趣味の悪い氷像を見下ろして、ユフィーリアたち問題児は死んだ魚のような目で氷像の処分方法について議論を交わしていた。
ヴァラール魔法学院は魔法を学ぶ教育機関であり、世界で唯一無二の魔女・魔法使いを養成する名門学校だ。決して教師同士がイチャイチャと不倫するような場所ではないのだ。
よく見れば女の方は最近結婚したばかりと言われている人物で、薬指にはお嫁さんの証である銀色の指輪が嵌められていた。夫と愛を誓っておきながら堂々の不倫である。問題児より先に学院を追放処分にされてもおかしくない。
氷像を頭からゴリゴリと削ってやろうかなと考えたユフィーリアは、
「おい、コイツよく見たら今日の妖精学で講義をするとか言ってなかったか?」
「え?」
「そうだっけ!?」
「本当だワ♪」
「髭がくるんっとなったおじさんですね」
ユフィーリアの疑問に対してエドワードとハルアは首を傾げ、アイゼルネとショウは納得したように頷いていた。
男子トイレに寝転がる男の方は、くるんっとなったお髭が特徴的な妖精学の教授様である。まさかこんな場所で講義前に火遊びをしているとは誰が思うだろうか。この事件が明るみに出れば、確実にこの教授様の立場は最悪なものに転じることとなる。
見た目で言えば金持ちそうなので、強請りネタが出来たと思えばまだ生かす価値はあるのだろうか。揃って趣味の悪い氷像にしてしまったので、もし氷像の状態を解除しても簡単に起きることはないだろうが。
問題児は揃って互いの顔を見合わせると、
「ジャンプさせたらいくらの金額が転がり落ちてくるかな」
「とりあえず、お財布は没収しようねぇ」
「現場も残しておこうよ!!」
「転写機を持ってこないト♪」
「俺も手伝います」
アイゼルネとショウは現場の風景を収める為に、用務員室へ転写機を取りに戻った。ちなみに転写機とは、ショウに言わせるところの『カメラ』みたいなものらしい。
設置した紙に現在の風景を転写する魔法がかけられているので、時間を戻す魔法や物体の記憶を読み取る魔法などを使わずとも現場の様子をすぐに伝えることが出来る優れものだ。ただし人物画などは転写した相手がどこかに立ち去ってしまったり変な顔をしたりするのが難点で、動いてもらわないようにする為に固定化する魔法も重ねがけしなければならないのだ。
箱へ硝子製の円筒を括り付けたような形の転写機を持ってきたアイゼルネとショウは、パシャパシャと明かりを焚いて不倫現場を撮影する。
「念の為に固着化魔法をかけておきまショ♪」
「あとでこの馬鹿たちが起きたら掃除させましょうか」
「汚いもんね!!」
「床が舐められるくらいピカピカに磨いてもらわないとねぇ」
「自分が出したモンは自分で片を付けてもらわねえとなァ」
最後の最後まで問題児は問題児である。
その時、ピリリリリリリリという聞き慣れない音が男子トイレに響き渡った。
音源はユフィーリアの外套の衣嚢である。引っ張り出せば、副学院長であるスカイ・エルクラシスが開発した通信魔法専用端末――魔フォーンが通信魔法を受信していた。通信魔法の相手は学院長のグローリア・イーストエンドだ。
何故か堪らなく嫌な予感がしてならない。
「…………出た方がいいかな?」
「出ない方が賢明だが、出た方が減給の道を進まなくて済みそうだ」
「だよな」
最愛の嫁であるショウの鋭い指摘に、ユフィーリアはため息を吐きながら魔フォーンの表面に指先を触れさせた。
「あい」
『ユフィーリア、ちょっと聞きたいんだけど』
「何だよ」
『サミュエル・ニコル氏を知らない? もう講義が始まる時間なんだけど、君と一緒にいるのは魔法で確認済みなんだ』
魔フォーンから聞こえてくる学院長の声は、明らかにユフィーリアたちを疑いにかかっていた。
『まさかと思うけど、サミュエル・ニコル氏に何もしてないよね?』
「えー、いやー」
『早く連れてきて』
ぶつッと一方的に通信魔法が切断され、ユフィーリアは沈黙する。
どうしたものだろうか。
確かにサミュエル・ニコル氏はすぐ近くにいるのだが、氷漬けの状態から回復していない。氷漬けの状態を解除しても気絶から起き上がることはないので、しばらく時間が必要になってくる。
しかし、彼には妖精学の講義がある。しかも間もなく開始ときたものだ。サミュエル・ニコル氏に何があったか説明する時間は残されているのか。
「ユーリぃ、どうしたのぉ?」
「……この馬鹿を講義に叩き出さなきゃいけなくなった」
ユフィーリアは頭を抱えると、
「え、気絶させちゃったんだけど。殴れば起きるかな?」
「だとしても間に合わないかと思うわヨ♪」
アイゼルネが男子トイレに設置した時計を示す。
男子トイレに設置された時計は2時30分を指そうとしていた。講義開始は2時30分であり、本当にすぐ向かわなければ間に合わない。
ユフィーリアとサミュエル・ニコル氏が一緒にいることは判明しているので、ここで講義にサミュエル・ニコル氏が出てこなければ間違いなくユフィーリアたち問題児に嫌疑が向かう。今回は完全に問題児が悪くないのに、やっぱり問題児が悪い雰囲気になってしまうのだ。
うんうんと頭を悩ませるユフィーリアは、
「よし、操ろう」
「操る?」
「魔法で操るんだよ」
疑問に満ちた眼差しを向けてくるショウに、ユフィーリアは簡潔に答えた。
「強制操作魔法ってのがあってな、気絶した人間を強制的に操作することが出来る魔法だよ。操り人形みたいって言えばいいか?」
「なるほど、そうすればサミュエル・ニコル氏の講義は問題なく執り行われるな」
ショウは「さすがユフィーリアだ」と手放しで称賛してくれる。
だか気を抜くのは早い。強制操作魔法には、魔法をかける相手とそれを操作する人間が必要なのだ。つまりこの魔法には最低でも3人が必要になってくる。
強制操作魔法で操る対象はサミュエル・ニコル氏、そして強制操作魔法をかけて動きを同期させる作業に徹するのはユフィーリアだ。あと1人、魔法で操るサミュエル・ニコル氏の行動の元となる人物がいるのだ。
ユフィーリアは早々に検討がついていた。コイツしかいない。
「エド、お前が強制操作魔法の根幹だ」
「俺ちゃんがぁ?」
「お前が蛙の被り物を被ってるからな」
そう、エドワードは蛙の被り物をしていた。現在も窓の向こう側では雷がゴロゴロと鳴っており、この被り物を脱げば無様なお饅頭になるしかないのだ。
強制操作魔法は、魔法で操る人物と行動の元となる人物の服装が一致している方がより動かしやすいのだ。この場合、サミュエル・ニコル氏とエドワードの服装が似ていれば、同期の作業もしやすい。
そんな訳で、
「おい、カエルスーツにこの馬鹿タレを詰め込め。氷像の状態は解除してやるから、そのままでいい」
「あいあい!!」
即座に応じたハルアが「ショウちゃん脱がして!!」とショウに後ろのファスナーを開けてもらうように要求する。カエルスーツは後ろに着脱用のファスナーがある方式なので、魔法を使えない場合は物理的に着替える他はない。
「俺ちゃんの分はぁ?」
「用務員室に用意してあるから着替えてこい。アイゼはエドの着替えを手伝ってやってくれ」
「分かったワ♪」
元から5人でやる予定だったので、エドワードの分もあらかじめ購入済みである。しかもエドワードの為に誂えたかのような超特大サイズだ。誰が買うんだあんなモン。
蛙の被り物にかけられた魔法によって雷を排除したので、エドワードに怖いものなどない。あの雷でガタガタ怯えていたお饅頭状態の彼とは違うのだ。
さて、問題はこのサミュエル・ニコル氏である。
「入るかな」
「入るかな!?」
「俺が着ていたものの方が入りそうだが」
「ダメだよ、ショウちゃん。学院で不倫するぐらいだから、ショウちゃんの汗が染み込んだカエルスーツなんて着たら興奮させちゃうよ」
「そうだろうか……」
「ショウちゃんはそろそろ自分の可愛さを自覚した方がいいと思う」
氷像の状態から元の生身の状態に戻ったはいいが、相変わらず気絶しているサミュエル・ニコル氏をハルアが着ていたカエルスーツに詰め込んでいく。白目を剥いて気絶をしているくりくりちょび髭のおじさまが、どんどん蛙に変身していっている。
自分のカエルスーツを譲り渡したことで、ハルアは下着1枚の姿だった。元より全裸に対して抵抗がない馬鹿野郎である。下着1枚など彼にとっては誤差の範囲だ。
ようやくサミュエル・ニコル氏をカエルスーツに詰め込み終わり、蛙の頭を被せようとした瞬間である。
「ん、ん゛……ん?」
蛙の頭を被せようとした時、サミュエル・ニコル氏が気絶から回復してしまった。
身じろぎをして瞳を開くちょび髭のおじさまが認識したのは、今まさに蛙の頭を被せようとしたショウである。いつものメイド服ではないにしても可愛いお顔を晒した状態なので、バッチリ目と目が合ってしまった。
サミュエル・ニコル氏は「おお……」と掠れた声を漏らし、
「これは美しい天使様だ……ここは楽園かね」
「えいや」
ショウは問答無用でサミュエル・ニコル氏に蛙の頭を被せると、
「ハルさん」
「あい!!」
ハルアが素早くサミュエル・ニコル氏の背後に回り、蛙の頭を取ろうともがくちょび髭のおじさまに組み付く。首を腕で絞め上げ、あっという間に再び意識を刈り取った。
流れるような作業だった。ユフィーリアでなければ見逃してしまうほど、鮮やかな手捌きだった。
ぐったりと蛙の姿で男子トイレの床に寝転がるサミュエル・ニコル氏を踏みつけたショウは、
「不倫野郎が俺を見ないでください、汚れたらどうするんですか」
「汚れちゃったの!?」
「世の中には視線だけで汚れてしまうこともあるんだ」
「そうなんだ!?」
驚くハルアをよそに、ショウは綺麗な笑顔を見せてユフィーリアに両腕を広げてくる。
「そんな訳で、不倫野郎の視線に汚れた俺をユフィーリアの『ぎゅー』でどうか浄化してくれないだろうか?」
「よし来た、おいでショウ坊」
ユフィーリアが両腕を広げれば、ショウは迷いなく胸に飛び込んできてぎゅうぎゅうと背骨が折れる勢いで抱き締めてきた。これぞ不倫など縁遠い、ヴァラール魔法学院のおしどり夫婦の姿である。
あと何故かハルアも混ざりたそうにしていたので、2人揃ってまとめてぎゅーしてやった。それぐらいの度量はあるのだ。
《登場人物》
【ユフィーリア】氷漬けにした不倫野郎を講義に叩き出さなければならなくなったので、強制操作魔法をすることになった魔女。手先が器用なので人形を操ることは得意だが、本当は人形劇の脚本を書きたい。
【エドワード】人形劇はパペット系の人形を扱うことがいいのだが、まず大きな図体が舞台裏に隠れない。
【ハルア】人形劇は見ていたい派。ハッピーエンドの話が好き。
【アイゼルネ】人形劇ももちろん得意だが、舞台女優のように演じることも得意。だって道化師って呼ばれていたもノ♪
【ショウ】人形劇は見ているしか出来なかったけど、この世界なら多分人形劇も出来そう。元の世界にあったおとぎ話を教えればユフィーリアは脚本を書いてくれるだろうか?