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第1話【問題用務員とカエルスーツ】

 その日は豪雨だった。


 どんよりと灰色の雲が空を埋め尽くし、大粒の雨が窓に叩きつけられる。ゴロゴロと落雷も酷いもので、窓の向こうで白い光が地面に向かって迸った直後に雷鳴が轟くのだ。雷が苦手な人物であれば、現在のような状況は布団を被って過ごす他はない。

 まあ中には豪雨が降れば喜ぶ馬鹿みたいな人種も存在するので、この状況を楽しむことが出来る輩は少ない。『雷が苦手』という人間は一定数いるものの、逆に『雷が大好き』と宣う人間は研究家気質な物好きぐらいだ。



「ああ、忙しいな」



 酷い雷雨の中、ヴァラール魔法学院の学院長である青年――グローリア・イーストエンドは忙しなさそうな足取りで廊下を歩く。

 魔法使いを想起させる長衣ローブの裾を翻し、不思議な色合いの魔石を使ったループタイが胸元で揺れている。紫色の瞳が見つめるものは、手元に握られた企画書だ。『妖精と人間と私〜妖精学の権威サミュエル・ニコル氏による講座〜』という題名が大きく並べられていた。


 烏の濡れ羽色の髪を指先で弄るグローリアは、



「まずは会場の準備をして、それから資料の用意……」



 生徒に向けて企画されたこの講座には、妖精学と呼ばれる妖精に関する知識を専門的に学ぶ研究者を招いて『妖精と交流するにはどうするべきか』ということを学ぶのだ。

 妖精に関して、まだ判明されていない部分が多い。気まぐれで悪戯好きと有名な妖精たちを手名付けることが難しく、妖精学を専攻している生徒も少ない傾向にある。それでも妖精との交流は魔女や魔法使いに大切なこととなってくるので、このような講座は受けておいた方が将来に役立つ。


 企画書の確認作業に夢中で完全に前を向いて歩いていなかったグローリアは、ちょうど廊下を歩いていた誰かに肩をぶつけてしまった。



「あ、ごめんなさい。前方不注意で――」



 言葉が消えた。それから、グローリアの顔から表情が消えた。



「え?」



 それで、我が目を疑うような発言である。



「ケロケロ」


「ケロケロ」


「ケロケロ」


「ケロケロ」



 グローリアが肩をぶつけてしまった相手は、二足歩行する蛙の集団である。

 もう1度言おう、蛙の集団である。頭部だけはやたら詳細な蛙だが、首から下の構成はまるで人間そのものだ。窓の向こうで迸る稲光に照らされて、4匹の不気味な蛙集団がグローリアと対峙を果たした。


 先頭に立っていた小柄な蛙が、グローリアに手を伸ばす。



「ケロケロ」


「わあ!?」



 グローリアの腕をガシィ!! と掴んだ蛙は、気持ち悪い蛙の頭をグリグリとグローリアの頬に押し付けて可愛く鳴いてくる。



「ケロケロ」


「ちょ、何、力強いな!?」



 腕をグイグイと容赦なく引っ張ってくる蛙に、グローリアは懸命に抵抗する。気持ち悪いを通り越して恐怖でしかない。悪夢に出てきそうな光景である。


 無感情な黒い眼球でグローリアを見上げてくる蛙は、なおも「ケロケロ」と鳴きながらグローリアの腕を引っ張った。それどころかグローリアを横抱きにすると、ポンと空中に放り投げてくる。

 感覚は胴上げだ。4匹の蛙が一斉にグローリアを囲い、何故か知らないが胴上げをし始めたのだ。「ケロケロ」「ケロケロ」「ケロケロ」「ケロケロ」とリズミカルである。



「ちょっと待、やめ、ちょっと!!」



 ポンポンと胴上げされるグローリアは、



「問題児でしょ、これ!? ねえ、絶対に問題児がやってるよね!?」


「ケロケロ」


「ケロケロ」


「ケロケロ」


「ケロケロ」


「止めて、僕をどうする気なの!? 本当に勘弁して!!」



 蛙集団に胴上げされるグローリアは、副学院長のスカイに助けられるまで悲鳴を上げ続けるのだった。



 ☆



 さて、毎度恒例のお説教タイムである。



「えー、この度はぁ」


「大変!!」


「申し訳ございませんでしタ♪」


「蛙に潰されて死ぬ夢でも見ればいいのに、学院長」


「謝る気はないみたいだね?」



 廊下に並んで正座する問題児――ユフィーリア、ハルア、アイゼルネ、そしてショウを睨みつけてグローリアは低い声で唸る。



「本気で怖かったんだけど?」


「そりゃ何よりだ」



 銀髪碧眼の魔女、ユフィーリア・エイクトベルは豊満な胸を張って「ふふん」と楽しそうである。



「購買部で『カエルスーツ』なるものを購入したからな。ちょっと面白そうだから着て、学院の中を徘徊してた」


「本当に怖かったんだけど!!」



 グローリアは本気の恐怖心を訴えてくる。膝はガクガクと震えているし、紫色の瞳にも涙が滲んでいる様子だった。

 確かにあんなものが校舎内を「ケロケロ」と鳴きながら徘徊していれば、悪夢に出てきてもおかしくはない。現にこの姿の問題児を目撃した生徒は、悲鳴を上げながら一目散に逃げ出した始末である。胴上げなど以ての外だ。


 暴走機関車野郎の名前をほしいままにする少年、ハルア・アナスタシスは「何泣いてんの!?」と叫ぶ。



「蛙が怖いの!?」


「頭は蛙で身体が人間っぽい怪物に囲まれた時の僕の気持ちが君には分からないよ」



 ハルアを睨みつけて吐き捨てるグローリアは、



「アイゼルネちゃんはまだ蛙の頭を脱がないし」


「だっておねーさん、すっぴんは許せないのヨ♪」



 未だに蛙の頭部を脱がない元娼婦、アイゼルネは「仕方がないじゃなイ♪」などと言う。

 他の問題児は蛙の頭を脱いで顔を露わにしているが、普段から南瓜のハリボテを被っているアイゼルネにとってすっぴんを見られるのは死活問題だ。全裸よりもすっぴんである。もしすっぴんが大公開されようものなら「アナタを殺しておねーさんも死ぬワ♪」と言いかねない。


 グローリアもそのことを分かっているのか、小さな声で「まあいいか」などと呟く。



「あとはショウ君なんだけど」


「ケロケロ」


「止めろって言ってんの!!」



 再び頭を蛙の被り物で覆った少年、アズマ・ショウは「何ですか」とくぐもった声を紡ぐ。



「何が悪いんですか」


「全体的に悪いんだよ、脱げ!!」


「えっち」


「頭だよ!!」



 半ギレのグローリアに命令され、ショウは舌打ちをしてから仕方なしに蛙の頭部を脱ぐ。


 ふわりと落ちる漆黒の髪、夕焼けのような赤い瞳。儚げな顔立ちを後押しするように頭頂部で2つ作られたお団子の髪型が非常に可愛らしい。

 カエルスーツを身につけているので、本日はメイド服を着用していない。ただしメイド服らしさを演出する為に蛙の被り物の頭にはホワイトブリムを乗せている。蛙になっても最上級の可愛さだ。


 カエルスーツを身につけた問題児の面々を見渡し、グローリアは首を傾げる。



「あれ、エドワード君は?」



 そう、問題児は全員で5人だ。

 ユフィーリアの次に勤続年数が長く、最も身長の高い強面の巨漢――エドワード・ヴォルスラムの存在がないのだ。どこかに隠れている気配もなさそうである。


 ユフィーリアはキョトンとした表情で、窓の外を指差した。



「雷鳴ってるだろ?」


「そうだね」


「エドの奴、雷が嫌いだろ?」


「まあ、そうだね。そう聞いているよ」


「布団でまんまるのお団子みたいになって閉じこもってるけど」


「大体予想できた」



 グローリアは納得する。彼でも簡単に想像できるほど、エドワードの雷嫌いは有名だ。



「じゃあ君たちも大人しくしてなよ」


「雷雨って楽しいよな」


「君の感覚は死んでるのかな?」



 グローリアがジト目でユフィーリアを睨みつけてくる。


 雨に打たれて踊るなどという馬鹿行為は、問題児たちにとって常識である。雨妖精が活躍する普通の雨ならばエドワードも布団に閉じこもらずに済んだだろうが、今回大活躍なのは嵐妖精である。

 嵐妖精は雨妖精と違って、豪雨と雷を引き起こすことが仕事だ。まさしく嵐を呼ぶのだ。雨妖精の降らせる雨よりも酷いので、下手をすれば屋根が吹き飛んだり建物が倒壊したり被害が甚大なものとなる。


 雷が鳴るとエドワードは活動できずにベショベショと泣きながら布団に閉じこもるので、彼を置いてカエルスーツを身につけて校内を徘徊していたのだ。雨ではなかったら絶対に参加していたと思う。



「大体、何で購買部でそんな気味の悪い衣服を売ってるのさ」


「知らねえよ、黒猫店長に言えよ」


「あの店長もお嫁さんが関わらなければ途端にポンコツになるからなぁ……」



 グローリアは遠い目をしながら言った。経験があるのだろうか。



「確かにこのカエルスーツは店長が直々に仕入れたみたいですが」


「カエルスーツいいじゃん!! 面白いよ!?」


「男子生徒たちがお手軽に悲鳴を上げてくれるのは素敵だワ♪」


「上司がトチ狂ってると部下もトチ狂うんだね。勉強になるね」



 ユフィーリアと同じく感覚の死んだハルア、アイゼルネ、ショウの言葉を受けてグローリアは深々とため息を吐いていた。



収穫祭ハロウィンの仮装にしてはタチが悪いし、君たちって問題児は本当によく分かんないよ」


「お褒めに預かりどうも」


「褒めてない」


「ウィッス」



 バッサリと切り捨てられてしまい、ユフィーリアはしょんぼりと肩を落とした。そこまで切れ味のいい答えを返さないでもいいではないか。



「とにかく、カエルスーツを身につけて校内を徘徊するのはいいけど他人に迷惑をかけないでね。今日は妖精学の教授が来るんだから」


「あー、何か掲示板に貼ってあったな」



 そういえば、とユフィーリアは購買部に行く前の時間帯を思い出す。


 正面玄関に張り出されたチラシの中に、今日の妖精学講座についてのチラシもあったのだ。別に興味をそそられるような内容ではないので、無視を決め込んだ次第である。

 この講座をぶち壊したところで、第2第3の講座開催が待ち受けているなら今ここでぶち壊してやる必要はない。興味のある内容なら無理やり講座へ突撃したのだが、チラシに写っているサミュエル・ニコルとやらの顔が気に食わない。


 何かくるんと巻いた髭が生えているのだ。ぶん殴りたくなる顔面である。



「言われなくても邪魔しねえよ。殴りたくなる顔だもん」


「校内で見かけても殴らないでね」


「無理だな、絶対に殴るわ」


「殴るなって言ってんの!!」



 金切り声を上げるグローリアから逃げるように、ユフィーリアは蛙の被り物で頭を覆って「ケロケロ」と鳴いて誤魔化した。


 その直後、グローリアの拳骨がユフィーリアの脳天に叩き落とされたのは言うまでもない。

 最近、学院長も暴力に目覚めてしまったような気がする。暴力は正義と言うが、やっぱり受ける側はちょっと痛いのだ。

《登場人物》


【ユフィーリア】カエル人間1号。別に蛙が出ても平気だが、毛がないのであまり好きではない。

【ハルア】カエル人間2号。蛙と一緒に大合唱をして怒られたことがある。

【アイゼルネ】カエル人間3号。蛙よりも鴉が嫌い。

【ショウ】カエル人間4号。蛙の解剖が綺麗に出来たので褒められたことがある。この世界で蛙の解剖はあるのだろうか?


【グローリア】ヴァラール魔法学院の学院長。蛙は魔女や魔法使いの使い魔として有名なので、別に蛙は慣れている。蛙は水の魔法と親和性が高いので、実験では積極的に取り入れている。

【エドワード】今回、雷苦手でお留守番中。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! カエルスーツを着込んで、学院の中を徘徊して、生徒や学院長先生を驚かせるというイタズラを想像すると、ものすごく…
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