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第2話【問題用務員と天使の喫茶店】

「お馬鹿ですか」



 磨き抜かれた透明度の高い硝子ガラスの床の上で、ユフィーリアたちは並んで正座していた。


 分かりやすく反省の態度を見せる問題児の前には、純白の翼を4枚も広げた綺麗な天使が仁王立ちをしている。

 艶やかな金色の髪に生命の息吹を想起させる新緑色の双眸、スッと通った鼻梁と桜色の唇から織りなす美貌は神々しささえ感じる。可愛らしい焦茶色のワンピースの上から純白のエプロンドレスを装備し、足元は翼を象った装飾品が特徴の真っ白い革靴を合わせていた。


 清楚さと可憐さを兼ね備えた制服を身につける天使は、



「当店がご用意した魔法陣を改造するだけではなく、その魔法陣を詰まらせるとは一体どういう了見です?」


「えー、この度はぁ」


「大変!!」


「申し訳ありませんでしタ♪」


「お許しください、天使様」



 問題児と名高い4名の馬鹿は、学院長に披露した時と同じように綺麗な五体投地で謝罪の言葉を述べる。


 いやもう完全にこちらの不手際だった。

 魔法陣を用いて行う転移魔法の場合、入り口と出口に同じ魔法陣を設置する必要がある。ユフィーリアが改造したのは入り口部分だけで、出口に相当する魔法陣には何も手を加えなかったのだ。


 そのせいで入ることは出来たが、出ることは叶わなかったという事件が発生したのである。恥ずかしい限りだ。



「五体投地で謝罪をされても困ります。まず宗教が違いますので」


「あ、五体投地は知ってるんだな店長」


「せめて天使長と呼んでください」



 4枚の翼を広げる天使は、深々とため息を吐くと「顔を上げてください」と言う。



「あなた方の謝罪の精神は伝わりました」


「あ、じゃあもういっすか」


「よくありません、正座の体勢を崩さないように」



 五体投地から起き上がったユフィーリアたちは、再び正座の姿勢に戻った。彼らの隣に控えていたショウは、流れるように説教を受ける姿勢を見せたユフィーリアたちに「ええ……」と困惑気味な視線を向けた。



「以前、あなた方が召し上がった料理の代金をまだ頂戴しておりません。代金をお支払いしてくだされば、お客様としてお迎えします」


「え、この前の代金は学院長にツケておいてって言ったんだけど」


「当店はツケの制度を導入しておりません。今ここでお支払いください」



 店長――いや、天使長の圧が強すぎて、冗談さえ言えるような空気感ではない。これは本当に代金を支払わなければ、即座に門前払いをされる可能性が非常に高い。


 とはいえ、困ったことにユフィーリアたちは持ち合わせがなかった。

 給料の7割減額を言い渡された影響で収入が減り、日々の飲み代や生活費を確保することに苦労する未来が確定されている。その上、毎日の昼食代が加算されるとなれば、本格的に終わりだ。


 正座をしたまま両腕を組むユフィーリアは、



「くそう……なけなしの金が……」



 懐からあまりにも薄すぎる財布を取り出して、前に飲み食いした代金を払うことにした。ここで門前払いは嫌だし、何より可愛い新人であるショウの前で情けない真似をしたくない。


 上司が渋々と代金を支払う姿に倣って、部下であるエドワードたちも自分たちの飲み食いした分は支払うことにしたようだ。同じようにペラッペラな財布を取り出して、仁王立ちする天使長に飲食代を支払う。

 クシャクシャになったお札を何枚か受け取って、天使長はエプロンの衣嚢ポケットから小銭をそれぞれ返却する。このことを見越していつも持っていたのだろうか。



「代金の精算を確認いたしました」



 それから天使長はにこやかな笑みを浮かべて、問題児4名と新人1名をお客様として喫茶店内に迎え入れる。



「いらっしゃいませ、お客様。5名様でよろしいでしょうか?」


「え、天使長の目には5人以上に見えてるの?」


「そういう訳ではございません、お客様。確認作業として皆様にも聞いています、お客様」


「ああ、何だ。ついに人数も数えられなくなるほどボケたのかと」


「引っ叩きますよ、お客様」



 一悶着あったものの、無事に入店である。


 問題児が店内に姿を見せた途端、他の従業員や利用客が揃って顔をしかめた。特に何もしていないのに、随分と嫌われたものである。

 残念ながら、問題児たちは自分自身に対する好感度などクソほども興味がない。毎日を楽しく過ごす為に精一杯なので、好感度を気にしている余裕はないのだ。


 天使長に「こちらの席をどうぞ」と案内された座席は、大きな窓が近く見晴らしのいい場所だった。

 晴れ渡った青空が透明な窓の向こうに広がり、果てしなくどこまでも続いている。足元が硝子張りの床となっていることも相まって、魔法を使っていないのに空を飛んでいるような気分になる。



「メニューはこちらです。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」



 天使長はにこやかな笑顔でユフィーリアに冊子を渡して、優雅な足取りで立ち去った。さすが天使長である。



「さてと、今日はどうするかなっと」



 ユフィーリアが冊子を開くと、紅茶などの飲み物が記載されたページがまず目に飛び込んでくる。両手どころか両足の指を入れても足りないほど豊富な種類の紅茶が頁いっぱいに並んでおり、紅茶を選ぶだけでも目移りしてしまいそうだ。


 食事が記載された頁は次に続いていた。

 頁を捲れば、写実的な絵の横に説明文が添えられている。喫茶店でよく見られるお洒落な食事が多く、真っ白な皿に料理がチョコンと盛り付けられているだけなので、食べ盛りの男子からすればカフェ・ド・アンジュの食事は物足りなく感じることだろう。


 ここで問題になってくるのは、エドワードだ。

 昨日の入学式後に控えた懇親会の料理を皿までペロリと平らげてしまうほど彼は大食いであり、カフェ・ド・アンジュの料理が似合わない人物の代表格とも言えるだろう。


 いわおのような顔面に真剣さを滲ませながら今日の昼食を悩む彼は、



「やっぱりパンクックかねぇ、名物だしぃ」


「お? 足りんのか、お前。大飯食らいのくせに」


「パンクック50人前ぐらいかなぁ」


「桁数がおかしいだろ、明らかに」



 ユフィーリアはサラリと目玉が飛び出るような量の注文をしようとするエドワードに待ったをかけ、



「エド、自重してやれ。50人前もここの天使が作れる訳ねえだろ」


「ええー? 甘ちゃんだねぇ。50人前も500人前も変わんないじゃんねぇ」


「桁数が増えてんのはアタシの耳がおかしくなった証拠か?」



 とりあえずエドワードには「あとで購買部で何か買ってこい」と言い渡して、パンクック50人前という狂気の注文は諦めさせた。

 彼の後ろを通りがかった天使は青褪めた表情でこちらを見ていたが、注文を諦めたことで安堵の息を吐いていた。まさか50人前も作る羽目になるところだったとは思うまい。諦めてくれてよかった。


 同じく冊子を覗き込むショウは、やけに真剣な表情で「むむむ……」と唸る。



「掲示板にあった期間限定のパンクックとやらも美味しそうだが、初めてだからやはり奇抜なものは避けて基本的なものにするべきなのだろうか。いやしかし、それだと期間限定だからいつか終わりが……」


「ショウ坊、ショウ坊。悩みすぎだから」



 頭から煙が出る勢いで昼食の内容に悩むショウに、ユフィーリアは「軽く考えようぜ」と言う。



「普通のパンクックは常時置いてあるし、何なら持ち帰りも出来る商品だ。食べたい時に食えるぞ」


「そうか……」


「期間限定のパンクックはその時しか食べられねえぞ。また季節が巡れば食べられるだろうけど、その時には別の商品に入れ替わるかもしれねえ。後悔のない選択の方がいいだろ?」


「うむ……」



 眉間に皺が寄せられて、可愛いお顔が台無しになるほど悩み抜いてからショウは「やはり期間限定のものにする」と回答を導き出した。注文は決まった様子だ。


 やれやれと肩を竦めたユフィーリアは「すいませーん」と店員を呼ぶ。

 近くを通りがかった天使があからさまに嫌な顔をしたが、それも一瞬のことですぐに営業用の笑顔を張り付けて注文を伺いにくる。何故そんなに嫌そうな顔をするのか、まだ魔法陣を詰まらせるぐらいしか悪いことはしていないのだが。



「アタシは跳ね豚の焼きサンド、弾け辛子をつけて」


「おねーさんは天野菜のサラダ♪ ルビーソースがいいワ♪」


「俺ちゃんは天使のパンクックねぇ。お化け苺と紫水晶アメジストのベリーの奴ねぇ」


「オレも!! 目玉焼きと溶けたチーズのあれがいい!!」


「俺も同じもので……えっと、期間限定のものをお願いします」


「はぁい、かしこまりましたぁ」



 店員の少女は愛らしい笑みで、



「全員帰れセットでよろしかったでしょうか?」


「そうそう、お前の羽根を毟り取るぞセットな」


「ひいッ!? 暴力反対です!! 営業妨害で訴えますよ!?」


「この前の代金も含めてちゃんと精算した客に対する態度じゃねえんだよなァ。おい、右の翼と左の翼だったらどっちがいらねえ? ご希望の方を丸ごといただくぞ」


「や、止めてください止めてください!! ちゃんと注文は承りましたので!! しばらくそのまま大人しくお待ちくださいぃ!!」



 店員の少女から売ってきた喧嘩だと言うのに、口だけであっさり屈してしまうとは情けない天使である。ざまあねえ。


 店員とちょっとした口論にも目敏く反応を示した他の利用客がヒソヒソと声を潜め、冷たい視線をユフィーリアたちに浴びせてくる。居心地が悪いったらない。別に冷たい視線には慣れているのだが。

 懸念すべき部分は新人のショウだ。彼は底冷えのするような周囲の視線にも慣れていないだろうし、やはり問題児と共に行動するのは間違っていたのではないだろうかと思ってしまう。


 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを手持ち無沙汰に回すユフィーリアは、チラと対面に座るショウを見やる。



「おお……おおお……」



 彼は何故か瞳をキラキラと輝かせて、周囲に視線を巡らせていた。


 ショウが目線で追いかけている先には、真面目に働いている天使の少女たちがいた。焦茶色のワンピースと純白のエプロンを合わせた清楚さと可憐さを併せ持つ制服に身を包み、料理や飲み物を載せた銀盆を手にしてくるくると喫茶店内を駆け回っている。

 彼女たちの背中には穢れのない真っ白な一対の翼が生えていて、どこか神々しい燐光も放っていた。よほど天使が珍しいのだろう、反応が子供のそれだ。


 ニヤリと口の端を持ち上げて笑うユフィーリアは、



「可愛い子はいたか?」


「うえッ、べ、別にそういう意味で見ていた訳では……!!」



 頬を赤く染めて恥ずかしがる素振りを見せるショウは、



「ただ、天使という存在を見たことがないから……」


「ここで働いてる店員は、ほとんど下級天使エンジェルだ。店長は上級天使ハイ・エンジェルだけどな」


「階級があるのか?」


「翼の枚数を見れば簡単だぞ」



 翼が2枚の店員は下級天使エンジェルの少女たちで、喫茶店で真面目に働いている天使のほとんどが該当していた。魔法陣の改造をした際に説教してきたのが上級天使ハイ・エンジェルであり、この喫茶店の店長職を担っていることが多い。

 天使の階級は翼の枚数で決まり、翼の枚数が増えれば増えるほど位の高い天使であると証明されるのだ。


 ユフィーリアはすぐ側を足早に通り過ぎた天使を一瞥し、



「天使の仕事は純粋無垢な魂を天界に連れて行くことだ。下級天使エンジェルが基本的に魂を連れて行き、上級天使ハイ・エンジェルが魂の質を見定める。その上の天使が下の奴らの仕事を見張るって感じだな」


「そうなのか。天使の仕事も大変そうだ」


「お前は純粋そうだから、天使様のお眼鏡に叶いそうだけどな」


「そうだろうか……」



 料理が到着するまでの間、ユフィーリアはショウに天使についての説明をする。

 コロコロと変わる彼の反応は見ていて楽しく、説明することも苦にならなかった。いい反応をしてくれる相手は面白い。


 ちなみにユフィーリアによる天使講話だが、利用客も何故か静かに耳を傾けていた。問題児だとしても相手は多種多様の魔法に明るい天才肌である、吸収したい知識は吸収しておきたいところなのだろう。

《登場人物》


【ユフィーリア】喫茶店メニューではサンドイッチが好き。

【エドワード】強面だけど意外と甘党。

【ハルア】しょっぱいもの大好き。

【アイゼルネ】美容と健康には気を使うのでサラダばかり。

【ショウ】初めての喫茶店にドキドキワクワク。


【天使長】翼を4枚も持つ上級天使。本名はファウエル。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 天使たちが働く喫茶店! 素敵ですね~(*´ω`*) 皆が注文したものも、それぞれこちらの世界のものだとアレだな……って想像ができるのが嬉しい!
[良い点] やましゅーさん、こんにちは! 新作、今回も楽しく読ませていただきました! 前回の感想では、エドワードさんからパンクックの差し入れをいただき、本当にありがとうございます! 斗真「エドさん、…
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