第12話【問題用務員と求婚】
レティシア王国の舞踏会に招待されてから、僅か2日後のことである。
「何だこれ」
昼食後、たまたま正面玄関を通りかかったユフィーリアたち問題児が目の当たりにしたのは、大勢の女子生徒と女性職員だった。
レティシア王国主催の舞踏会があると知らされた時と同じように、うら若き魔女の卵たちは期待で胸を膨らませている様子だ。「素敵な展開だわ」とか「おとぎ話みたい」とか弾んだ声で話し合っている。
中にはガックリと肩を落とした様子の女子生徒や女性職員もいるのだが、あれは一体何故だろうか。周りの雰囲気と真逆である。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、不思議そうに首を傾げた。
「どうなってんだ? 誰か有名人でも来たかな」
「レティシア王国の第二王子、アレス殿下が来訪したんだよ」
「うおおッ!?」
背後から急に学院長のグローリアが現れて、ユフィーリアは思わず拳を握りしめてしまう。エドワードはアイゼルネを即座に抱えて逃げる体勢を整え、ハルアは自分の後輩であるショウを守るように立ち塞がった。素晴らしい連携である。拍手を送りたいほどだ。
問題児を驚かせた自覚のないご様子なグローリアは、不思議そうに首を傾げて「何してるのさ」などと言ってくる。何もクソもない。背後から唐突に話しかけられれば、誰だって驚くし拳を握りたくもなる。
ジト目でグローリアを睨みつけるユフィーリアは、
「驚かせんなよ、グローリア」
「ただ話しかけただけじゃないか」
「次に背後から話しかけたら殺してやるからな」
「いつのまに殺し屋へ転職したの?」
グローリアはやれやれとばかりに肩を竦め、
「昨日の朝からいきなり『ヴァラール魔法学院へ訪問したい』なんて要請を受けたからさぁ。許可を出すのに手間取っちゃったよね」
「何で第二王子様がこんな辺鄙な場所にやってくるんだよ」
「2日前の舞踏会で運命の人を見つけたんだってさ」
何気ない口調で言い放つグローリアに、ユフィーリアは「ぶッ」と噴き出していた。
2日前の舞踏会で招待されたのは、ヴァラール魔法学院の女子生徒・女性職員である。その他はレティシア王国に籍を置く企業の社長や政治家などが多かったが、大半が男性だった。まともな女性はヴァラール魔法学院の生徒と教職員ぐらいのものだろう。
その中に、用務員であるユフィーリアとアイゼルネも参加させられていた。特にユフィーリアは第二王子に関して殴ったり発破をかけたり色々とやらかしたのだ。心当たりがありまくりである。
全力で嫌な予感がしたが、ユフィーリアは聞かずにはいられなかった。
「その、第二王子様はどういう人物が運命の相手だって?」
「銀髪碧眼で、硝子の靴を履いてた女の人だってさ」
あっけらかんと答えるグローリアに、ユフィーリアは頭を抱えてしまった。
条件として当てはまる人物は限られてくる。銀髪碧眼という組み合わせはヴァラール魔法学院でも珍しくない容姿だが、硝子の靴という特殊な装備品を身につけていたのはユフィーリアだけだろう。他にもいたかもしれないが、少なくとも第二王子様と面識がある上で『銀髪碧眼』『硝子の靴を履いていた』という条件に当てはまるのはユフィーリアぐらいだ。
まさかここまで求婚に来たのか。王族はしつこく結婚を迫ると聞くから、きっとそうかもしれない。
「ユフィーリア、どうしたの? 凄い汗だよ?」
「…………いやー、ちょっと昼飯食ったあとで腹が痛くなってな。急で悪いんだけど保健室に行くわ、うん」
ダラダラと冷や汗を全身から噴き出すユフィーリアは、心配するグローリアへ適当な理由をつけてその場から離脱を図る。
2日も経過していれば顔など曖昧になっているだろうし、ユフィーリアは第二王子様へ名乗っていないのだ。名前を知らない人物を大勢の女性から見つけるのは至難の業である。唯一の手がかりである硝子製の靴を回避できれば、王族からのしつこい求婚を受けずに済む。
くるりと踵を返すユフィーリアだが、
「そこの黒装束の魔女様、お待ちください!!」
「ひぎぃッ!?」
急に呼び止められて、ユフィーリアの口から変な声が漏れてしまった。
女子生徒及び女性職員の群れを掻き分けて進んできたのは、見覚えのある金髪の青年だった。王子様らしい煌びやかな装飾品が特徴の衣装を身につけ、気品漂う青い瞳は真っ直ぐにユフィーリアへ向けられている。
精悍な顔立ちは、ヴァラール魔法学院の女子生徒や女性職員が軒並み骨抜きにされるほどだから格好いいのだろう。ユフィーリアの好みはショウだけなので、全然興味などないのだが。
レティシア王国の第二王子、アレスである。ああ、ついに見つかってしまった。
「突然呼び止めてしまって失礼致します、少しだけお時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
「よろしくありません、ユフィーリアから離れてください」
ユフィーリアとアレスの間に割って入ったのは、最愛の嫁であるショウだ。今日も可愛いメイド服姿が眼福である。世界中の少女たちにも勝る可愛さだ。
少しばかり独占欲が強めのショウは、夕焼け空を流し込んだかのような瞳で第二王子であるアレスを睨みつける。まだ相手が王族であると理解している為か、普段なら迷わず冥砲ルナ・フェルノで衣類をひん剥く程度の暴行ならお手のものだが、今日ばかりは睨みつけるだけに留まっている。ただ、今にも襲いかかりそうな気配であることは間違いない。
まさに一触即発の空気である。ユフィーリアからすれば何度も断ったし、拒否の意味を込めて目の前から逃亡を図ったのに、執念深く追いかけてくる第二王子様なんぞ誰が好きになるか。
アレスは「警戒しないでください」とショウに呼びかけ、
「私はそこの魔女様に用事が」
「近づかないでください、と言ったはずですが」
ショウが右手を掲げれば、紅蓮の炎と共に歪んだ白い三日月――冥砲ルナ・フェルノが出現する。彼の足元が床から離れ、数セメル(センチ)ほど浮かび上がった。
冥砲ルナ・フェルノが与える飛行の加護である。冥砲ルナ・フェルノが出現している間は地面に降りることが叶わず、最低でも数セメル(センチ)は浮かんでいなければならないのだ。
絶対零度の眼差しをアレスに突き刺すショウは、
「ユフィーリアに近づく奴は誰であろうと裸にひん剥いて社会的にぶっ殺した上で肉体的にも死を与えます。まずはそのお綺麗な顔面を火傷だらけにしてあげましょうか? それとも、そのよく回る口に炎でもぶち込んで喉でも焼きましょうか?」
「――王子に何て無礼な態度だ!!」
第二王子の護衛として付き添っていたらしい数名の兵士が、一斉に腰へ差した片手剣を抜き放つ。第二王子であるアレスを守ろうとするその志は褒められて然るべきだろうが、学院最大級の問題児を相手にやる行動ではない。
普通なら武器を向けられて怯えてもいいのだが、最愛のお嫁さんは異世界にやってきて随分と成長したようだ。側に寄り添う冥砲ルナ・フェルノを右手で撫でると、歪んだ白い三日月に紅蓮の炎が矢として番られる。
ごうごうと燃え盛る炎の矢を受ければ、いくら片手剣という武器があってもタダでは済まない。よくて全裸にひん剥かれて社会的な死、悪くてそのまま冥府に叩き込まれて肉体的な死を示す。そもそも神々が使う兵器である神造兵器を操る人物に、片手剣だけで挑もうとするのが間違いなのだ。
「コラ、ショウ君!! 相手は第二王子様だよ!?」
「だから何ですか、相手が王子様だろうと殺しますが?」
「それがダメなんだよ!!」
グローリアは瞳孔がかっ開いた状態のショウに、臆せず注意する。
「第二王子にいつものような問題行動を起こせば、僕たちは寄付を絶たれて全員揃って路等に迷うことになるよ!? 最悪の場合、打首になる可能性だって」
「死なば諸共」
「ユフィーリアもまとめて処刑されてもいいのかな!?」
「え」
いきなり話題に巻き込まれたユフィーリアは、寝耳に水だと言わんばかりにグローリアへ振り返る。
予想できていたことだが、本当にそんな展開を迎えるのだけは御免である。ユフィーリアだってまだ死にたくない。国家反逆罪で死ねば、絶対に冥府の底でショウの父親からお説教される。
ショウもさすがにユフィーリアを巻き込むことだけは嫌なのか、冥砲ルナ・フェルノを消した。ストンと床に降り立つと、やはり絶対零度の眼差しをアレスに向けたまま言う。
「命拾いしましたね、色男」
「…………」
アレスはどう反応していいのか分からず、ただ苦笑していた。
「ユフィーリア、と呼ばれていましたね? 用務員のユフィーリア・エイクトベル様で間違いないですか?」
「あー……まあ……」
もう言い逃れは出来ないので、ユフィーリアは観念したように頷く。
アレスが片手剣を構える兵士へ向き直れば、護衛の1人がユフィーリアの前に台座を持ってくる。
真紅の天鵞絨が張られた台座には、硝子で作られた靴が鎮座していた。色合いの影響で薄青に見えるそれは、冷たい印象ながらも職人たちによる高い技術が織り込まれているようだった。
「こちらをお履きになっていただけませんか?」
「えー……いやー……」
ユフィーリアは視線を彷徨わせる。
この硝子製の靴は、元々ユフィーリアのものなのだ。巡り巡って持ち主の元へ帰ってきた次第である。
ただ、この硝子の靴を履けば絶対に求婚される。それだけは避けなければならない。ユフィーリアにはショウという心に決めた人物がいるのだ。
「ちょっと昼飯を食べ過ぎて、足が大きくなってるから……」
「履けなかったらそれで構いません」
「…………」
「さあ」
どう足掻いても免れることは出来なさそうだ。
ユフィーリアは泣きそうになりながらも、雪の結晶が刻まれた煙管を一振りする。
足元を覆う真っ黒で頑丈な長靴が黒い霧状になって消え、綺麗な白い足がヴァラール魔法学院の廊下を踏む。ペタペタと裸足で硝子の靴が置かれた台座に歩み寄ると、冷たい質感を伝えてくる硝子の靴に足を突っ込んだ。
履けない、という展開はなかった。むしろユフィーリアの為に誂えたかのようにピッタリだった。
「…………やはり、貴女だったのですね」
アレスは僅かに声を震わせながら、ユフィーリアの手を取る。
「あの日、無知な私に言葉をかけてくださった聡明で気高い魔女様は、やはり貴女だった」
「あー……はは……」
「ユフィーリア様――いいえ、ユフィーリア」
アレスは花が咲くような綺麗な笑みを見せると、
「どうか私と、結婚してください」
――――――――ぶちッ、と頭の奥で音がした。
「調子こいてんじゃねえぞ、気障野郎がよおおおおおお!!」
ユフィーリアの絶叫がヴァラール魔法学院全体を揺るがし、突き出された拳がアレスの顔面を的確に捉え、第二王子様をいとも容易く吹き飛ばした。
《登場人物》
【ユフィーリア】嫁がいる身で王子様から求婚されちゃった問題児筆頭。求婚は断ったはずなのだが、どうしてこうなった。
【エドワード】上司が王子様から求婚されて二度見した。
【ハルア】上司が王子様から求婚されて「絵本みたい」と思ってしまった。
【アイゼルネ】上司が王子様から求婚されて我が耳を疑った。
【ショウ】最愛の旦那様が求婚されて「(´◉ᾥ◉`)」となった。
【グローリア】ユフィーリアが王子様の求婚? 何かの間違いじゃないの?
【アレス】こともあろうにヴァラール魔法学院最大級の問題児筆頭に求婚をした王子様。案の定、殴られていた。多分性癖はドM寄り。