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第9話【問題用務員と夜空のダンス】

「酷え目に遭った……」



 舞踏会から逃げ出した問題児たちは、王城のテラスに避難した。


 手摺に身体を預けて、ユフィーリアは深々とため息を吐く。

 学院長のグローリアだけならまだ対応できるが、副学院長のスカイも問題行動の餌食にしてしまったら命がいくつあっても足りない。下手をすれば彼の組み上げた魔法兵器エクスマキナによって丸焦げになる可能性だってある。


 ただし、今回は場所が場所なので「エロトラップダンジョンが云々」と騒げば切り抜けられた。次回もこんな話題で切り抜けられる保証がない。



「お前ら、副学院長には手を出すなよ。せめてグローリアだけにしろ」


「ええ?」



 エドワードはどこか納得していないような表情で、



「だってぇ、副学院長に相談したらノリノリで性転換薬を頭から被ってたよぉ?」


「『仕方ないッスね』とか言いながら、年末の仮装大会で使った修道服を着てお化粧まで張り切ってたよ!!」


「全部が全部、問題児の責任にしないでほしい」


「嘘だろ、副学院長」



 事の顛末を聞かされたユフィーリアは頭を抱えた。


 何が「ボクも学院長に同意見ッス」などと主張しておきながら、自分も性転換薬を利用して舞踏会に乗り込む気満々だったのではないか。あの説教する雰囲気は一体何だったのか。

 酷い責任転嫁のやり方である。やはり恥辱の刑に処して正解だったが、その刑罰はエロトラップダンジョンの設計・開発を依頼してきた運送会社の社長様が背負う羽目になっていた。窓から舞踏会の様子を覗き込めば、小太りのオッサンは舞踏会の隅で縮こまり、修道女の格好をした副学院長はやり切ったと言わんばかりの表情で額の汗を拭っている。


 問題児の問題行動を利用されるのは癪に触る。これからは積極的に問題行動へ関わってもらおう。



「お」



 すると、会場全体に響き渡っていた音楽が変わる。


 荘厳な音楽から、リズム感のある愉快な音楽に切り替わったのだ。舞踏会用のダンスを嗜んでいなくても、多少なら自由に踊っても許されるような雰囲気の音楽である。

 窓の向こう側にいたヴァラール魔法学院の若き魔女たちも、ちょっと楽しそうにリズムを取っていた。ダンスに参加するにはまだ勇気が必要だが、リズムに乗る行為は楽しいのだろう。


 音楽は会場の外側にも聞こえてくるので、テラスに逃げ込んだ問題児たちもノリノリだった。



「ふっふぅ♪」


「ふぅーッ♪」


「いえーい!!」


「おほほほホ♪」


「あははははは!!」



 全員揃ってお上品にダンスなど出来ないので、弾むような楽しい音楽に乗せて思い思いに身体を動かしていた。


 硝子の靴を履きながら華麗にステップを踏むユフィーリアは、夜空のようなドレスのスカートを翻して夜の闇に沈む世界で踊る。エドワードもアイゼルネと手を取り合って楽しそうに踊っているし、ハルアとショウは互いに手を握ってぐるぐる回っていた。

 いや、ハルアとショウの場合は体重の軽いショウの方がハルアに振り回されていた。もう身体が宙に浮いてしまっている。ショウ本人は非常に楽しそうで、ケタケタと哄笑こうしょうを夜空に響かせていた。



「あ」


「あッ!!」



 ぐるぐる振り回されていたショウが、ハルアに手を離されたことで夜空に放り出されてしまう。



「ショウ坊!!」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管キセルを一振りし、即座に浮遊魔法を発動する。


 ふわりと重力の枷から解き放たれ、ユフィーリアの身体が自然と浮かび上がる。放物線を描いて吹っ飛ばされていくショウめがけて手を伸ばし、落下する前に受け止めようとする。

 助けを求めるようにこちらに向けて伸ばされたショウの指先に触れると、彼は悪戯が成功した子供のような笑みを見せる。



「捕まえた」



 身体が引っ張られたと思えば、ユフィーリアはショウの胸に抱き止められる。


 ハルアに投げ飛ばされ、あとは落下するだけだったショウは何事もなかったかのように空中で留まっている。よく見れば彼の背後に歪んだ白い三日月が控えていて、それがショウを重力の枷から解き放っていた。

 冥砲めいほうルナ・フェルノ――元は月の女神システィが使う強力な神造兵器だが、女神が冥府へ落ちた際に無傷で冥府から解放する見返りとして差し出された魔弓だ。冥砲ルナ・フェルノに付与された飛行の加護のおかげで、ショウは空中に放り出されても落ちずに済んだのだ。


 ユフィーリアを抱きしめて満足げに微笑むショウは、



「ユフィーリアなら助けてくれるかなと思ったんだ」


「お前って奴は、いつのまにそんな悪戯っ子になったんだ?」


「ユフィーリアに影響されたんだと思う」



 どこか嬉しそうに言うショウに、ユフィーリアはため息を吐いて彼の額を指で弾く。



「本気で落ちるんじゃねえかって心配したぞ」


「ごめんなさい」


「まあ、お前の可愛い顔が間近で見られるのは役得だけどな」



 ショウの頬を撫でてやれば、彼はユフィーリアの手のひらに頬を寄せて嬉しそうに赤い瞳を細めた。猫のように甘えてくる最愛の嫁が今夜も非常に可愛い。



「わ」


「どうした、ショウ坊」


「凄く綺麗な時計塔がある」



 ほら、とショウが指を示した先には、夜空を貫かん勢いでそびえ立つ時計塔があった。最上部に設置された巨大な時計は盤面がいくつも重なっているようで、時刻の他に年月日や星座などが確認できる壮大な仕様となっていた。黄金の針が現在の時刻を告げており、深夜の12時近くで針が止まっている。

 巨大な時計の下部には同じく巨大な砂時計が埋め込まれており、青色の砂がサラサラと重力に従って落ちていた。時計塔独特の仕掛けとなっており、1時間が経過すると時計の針が進むのと同時に砂時計が自動的にひっくり返るのだ。


 時計塔と王城は離れているので砂時計までしか認識できないが、さらにその下には1時間ごとに歌って踊る人形の仕掛けがある。世界で最も有名な時計塔だ。



「ああ、世界標準時刻塔ワールド・ホルダーだな」


「世界標準時刻塔?」


「あの時計塔の時間が、エリシアの標準時刻を示してるんだよ。時差を計算する時は、あの時計塔の時間と自分の持ってる時計の時間の差を出すんだ」



 エリシア全体で流通している時計は、太陽や磁場などから現在位置を検索して自動的に時間を合わせてくれる魔法がかけられている。特に据え置き型の時計に見られる形式で、持ち運びを可能とした小型の時計などは自分の手で合わせるものが主流だ。

 世界標準時刻塔ワールド・ホルダーは、絶対に狂わない時計塔として有名だ。世界標準時刻塔の時間と、自分が所持する据え置き型の時計を見比べて時差を計算するのが常識となっている。どこの国にも時計塔は必ず設置されているので、据え置き型時計を持っていない人でも時差の計算はしやすい。


 時刻は12時近いので、もうそろそろ舞踏会もお開きになる頃合いだろう。帰る支度をした方がよさそうだ。



「そろそろ帰ろうぜ。眠くなってきたし」


「そうだな」



 ショウを引き連れてテラスに戻ると、エドワードとアイゼルネが「お帰りぃ」「お帰りなさイ♪」と出迎えてくれる。だが、1番喧しいハルアがエドワードの腕にしがみついたまま動こうとしなかった。



「ユーリとショウちゃんがお空でイチャイチャしているうちにねぇ、ハルちゃんが眠たくなっちゃったみたいでねぇ」


「あー、健康優良児……」



 よく見れば、ハルアは白目を剥いた状態で「ぐー」と微かな寝息まで聞こえてくる。完璧に眠っていた。

 暴走機関車野郎と名高いハルアだが、早寝早起きを信条とする健康優良児なのだ。さすがに深夜の12時近くまで起きていられなかったらしい。


 ユフィーリアはエドワードの腕からハルアを引き剥がすと、



「ショウ坊、悪いけど冥砲ルナ・フェルノにハルを乗せてやってくれ」


「分かった」



 冥砲めいほうルナ・フェルノを操るショウにハルアの運搬を任せ、ユフィーリアはエドワードとアイゼルネへ振り返る。



「お前らも、12時近いからもう帰るぞ」


「はいよぉ」


「楽しかったワ♪」


「楽しめたようで何よりだよ」



 舞踏会からヴァラール魔法学院へ帰る際は、あらかじめもらった招待状に帰還用の魔法陣が仕組まれているので、それを使用して帰還するように言い渡されている。レティシア王国と学院はかなり距離があるので、座標の計算をしないで済むのはいいことだ。


 ユフィーリアは懐に忍ばせた招待状を探す。

 探すが、何故かしまっていたはずの招待状が見当たらない。「あれ?」とドレスのスカートや手紙を隠せそうな場所を探してみるが、やはり招待状が消えていた。



「招待状がねえや」


「じゃあおねーさんの招待状を使うかしラ♪」



 アイゼルネが自分自身の封筒を掲げて言う。



「ンにゃ、どうせすぐに見つかるだろ。庭園を探してくるわ」


「そうかしラ♪」


「お前らは玄関で待っててくれ。すぐに追いつくわ」



 風で飛んでいったという選択肢は考えられず、可能性があるならばテラスの向こう側に広がる庭園に落ちたのだろう。

 探査魔法を使えばすぐに見つけられるだろうし、招待状に仕込まれた魔法陣が複数人を想定して運用すると弾けてしまう可能性だって十分に考えられるのだ。ここは自分の招待状を使った方が、弾けて爆発を引き起こした際に他人が怪我をしなくて済む。


 ひらひらと手を振るユフィーリアは、



「アイゼ、リタ嬢とリリアに声をかけておいてくれ」


「あら、ルージュ先生はどうするノ♪」


「知らねえ。どうせ酔っ払ってるだろうから、捨てておけ。面倒臭え」



 ルージュは酒に酔っ払うと他人に絡み始めるので、素面の場合は近づかない方が吉である。対処はレティシア王国の連中か、ヴァラール魔法学院の女性職員にぶん投げよう。


 アイゼルネは「分かったワ♪」と頷き、舞踏会の会場へ戻っていった。エドワードや冥砲ルナ・フェルノにハルアを乗せたショウも、普段とは違った仮面の美人についていく。

 さて、とっとと招待状を見つけてしまおう。


 雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして探査魔法を発動させたユフィーリアは、



「ふあぁ……ねむ……」



 呑気に大きな欠伸をし、夜の闇を切り裂くように駆け巡る探査魔法の青い光を追いかけて庭園に足を踏み入れた。

《登場人物》


【ユフィーリア】愛しのお嫁さんが随分と悪戯っ子に成長した様子で嬉しい。しっかり可愛いので悪戯されても許される。実はちゃんと踊れるし何なら舞踏会用のダンスよりも自由に踊るクラブ的なダンスは得意。

【エドワード】社交ダンスも踊れるっちゃ踊れるけど、ユフィーリアと同じく自由に踊れるクラブ的なダンスが好き。基本的に一緒に踊るのはアイゼルネ。

【ハルア】踊れるけどふざける。よくショウに可愛い系の振り付けを教えてもらって遊んでいる時は可愛いが、すぐにふざけだす。

【アイゼルネ】社交ダンスも踊れるけど、自由に踊れる楽しいダンスが好き。義足でまともに踊れなかったが、ユフィーリアの靴のおかげで自由に飛んだり跳ねたり出来るから嬉しい。

【ショウ】実はちゃんと踊れる。ハルアに振り付けを教えたら完璧に踊れるので、今度は『踊ってみた』の動画の振り付けも教えてみようか画策中。

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[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 日本全国で台風の被害が大変なことになっていますが、どうかお身体にはお気をつけて、ご自愛くださいませ。 >問題…
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