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第4話【南瓜の娼婦と舞踏会の準備】

 ドレスも完成し、舞踏会当日が到来した。



「完成♪」



 化粧道具を鏡台に置き、アイゼルネは弾んだ声で言う。


 南瓜のハリボテを脱ぎ捨て、現在は仮面舞踏会でよく見かける煌びやかな仮面で顔全体を覆い隠している。金色の縁取りが施された目元から見る角度によって色が変わる瞳が覗き、鏡の向こうにいる自分自身へ妖しげな色香を伝えていた。

 色鮮やかな緑色の髪はコテを使って巻き、銀色の鎖のみで構成された髪飾りを髪の毛に絡み付かせて完成である。紫を基調としたドレスは胸元に大胆な切れ込みが刻まれ、人魚の尾鰭おびれのようなスカートには細かな金色の糸が混ざっていてキラキラと輝いていた。


 踵の高い靴を鳴らして椅子から立ち上がるアイゼルネは、



「リタちゃんもありがとうネ♪」


「こちらこそ、ありがとうございます」



 コテを片付ける少女――1学年のリタ・アロットは、綺麗に微笑んでお礼を述べる。


 彼女も招待状を受け取り、今夜の舞踏会の為に身支度が整えられていた。薄桃色のドレスはスカートの裾がふわふわと膨らんで可愛らしく、胸元にあしらわれた花飾りが乙女の印象を見る者に与える。

 華奢な足は白い長靴下によって覆われ、真っ白なストラップ付きの革靴が花を添える。普段は魔女らしい長衣に身を包んでいるが、今日ばかりはお人形のような愛らしさがある。


 赤色の髪を白薔薇の造花が特徴的なリボンでまとめたリタは、くるくると巻かれた髪を指先で弄りながら言う。



「お化粧までしてもらえるなんて思ってなかったです」


「いいのヨ♪ リタちゃんにはウチの魔女様がお世話になったんだかラ♪」



 リタには、アイゼルネの上司であるユフィーリアの危機を救ってもらった恩がある。お化粧程度でこの恩義を返せると思わないのだが、可愛い女の子をさらに可愛くできて光栄だ。

 普段は地味な格好をしているリタだが、ドレスの魅力も相まって垢抜けた雰囲気である。これなら王子様のハートも射止めることが出来そうだ。レティシア王国は優秀な魔女や魔法使いには目がないので、玉の輿に乗ることも夢ではない。


 謙遜したように「私も助けられたので」と言うリタは、



「えっと、その魔女様は?」


「実はネ♪」



 アイゼルネは「あっちヨ♪」と指差す。


 舞踏会当日ということで、ヴァラール魔法学院の各教室は女子生徒・女性職員の更衣室となっていた。全ての女子生徒と女性職員のおめかしを手助けする為にレティシア王国から侍女が大量に派遣され、ドレスの着付けや化粧などを手伝っていた。

 全員揃って煌びやかなドレスに着替える中、未だにドレスへ着替えることなく普段着で棒立ち状態の魔女が1人いる。銀髪碧眼で人形のような絶世の美貌を誇り、肩だけを剥き出しにした黒装束の魔女だ。


 ユフィーリア・エイクトベル――問題児筆頭と名高いヴァラール魔法学院の主任用務員だ。



「大変申し訳ございません……!!」



 そんな彼女に、仕立て屋の女性が泣きそうな表情で何度も頭を下げて謝罪をしていた。



「職人たち総出でドレスを仕立てておりますが、ドレスの構造が複雑すぎて作業に手間取っておりまして……」


「舞踏会の終わりまでには間に合いそうか?」


「はい、それは問題ありません。ただ開始時刻には大幅に遅れてしまいますが……」


「終わるまでにドレスが完成すりゃいいさ。どうせ移動は転移魔法を使うことになるし」



 懸命に謝罪を繰り返す仕立て屋の女性に、ユフィーリアは特に責め立てることもなく普通に応じていた。


 会話から判断して、ユフィーリアのドレスが未完成の状態だから舞踏会の開始時刻に間に合わないということなのだろう。だからユフィーリアも普段着のまま突っ立っている以外にやることはなく、ただ退屈そうに雪の結晶が刻まれた煙管を吹かしていた。

 ユフィーリアのドレスは彼女自身が選んだものではなく、彼女を愛して止まないお嫁さんのショウが選んだものだ。どんなドレスになったのか、アイゼルネには分からない。何度聞いても彼は「当日のお楽しみ」としか答えなかったのだ。


 事情を察知して苦笑するリタに、アイゼルネは肩を竦めた。



「ドレスが完成していないから着替えたくても着替えられないのヨ♪」


「それは……仕方ないですね」


「ドレスの構造が複雑って、一体どんなドレスにしたのかしラ♪」



 仕立て屋が作業を後回しにするほど複雑な構造をしたドレスだったら、さぞ着替えるのも大変だろう。魔法でどうにか出来る問題なのか。



「ユーリ、大丈夫かしラ♪」


「まあな」



 雪の結晶が刻まれた煙管キセルを咥えるユフィーリアは、



「似合ってんじゃねえか。身長が高いから細めのスカートがよく似合う」


「ありがと、ユーリ♪」



 嘘偽りのない褒め言葉を受けて、アイゼルネは素直に喜びを感じた。スカートはドレス選びの際にこだわった部分だ。自分のこだわりを認めてもらえたような気分になる。



「リタ嬢もよく似合ってる。悪い大人に騙されないように、アイゼと一緒にいろよ」


「わ、分かりました」


「アイゼもルージュやリリアと一緒にいろ。社交界にはハイエナが多いからな、予防線を張っておくに越したことはねえ」


「おねーさんのことを子供扱いしないでちょうだイ♪」



 子供扱いに不満を覚えるアイゼルネだが、思えば単独行動を許されたことはない。普段から5人で固まって行動し、離れる時はエドワードかハルアなど単独で行動するような場面はない。購買部へ出かける時もユフィーリアやエドワードがついてくるぐらいだ。

 幻惑魔法を達人並みに使うことが出来るとはいえ、アイゼルネの魔法の腕前はユフィーリアの足元にも及ばない。苦手とする男性に詰め寄られれば固まって行動できなくなってしまうし、魔法も上手く使うことが出来なくなる可能性だって考えられる。それを見越しての発言なのだ。


 アイゼルネは「分かったわヨ♪」と応じ、



「じゃあリタちゃん、もうすぐ集合時間だから行きまショ♪」


「は、はい」


「ユーリはおサボりしちゃ嫌ヨ♪」


「分かってるっての」



 更衣室の代わりとなっている教室に残るユフィーリアに見送られ、アイゼルネはリタを連れて教室をあとにした。



 ☆



 舞踏会に参加する女性たちは、正面玄関に集合して転移魔法で移動する手筈になっている。


 支度が終わった女子生徒や女性職員は続々と正面玄関に集合しており、舞踏会の開始を今か今かと待っていた。生徒らしい生真面目な雰囲気や子供っぽい仕草は化粧の薄布に覆い隠されているものの、態度から滲み出る好奇心は隠しきれていない。職員たちは社交界にいくらか慣れているのか、平然とした様子ではしゃぐ生徒たちを窘めていた。

 赤や青、黄色に緑色、桃色に紫色などの色とりどりのドレスの花が咲く。汚い大人の参謀が渦巻く社交界を華々しく飾りそうなものだが、その悪意で彼女たちが汚れないことを祈るしかない。


 アイゼルネに寄り添うリタが、少しばかり不安げな表情で小さく呟く。



「だ、大丈夫かな。ちゃんと淑女として振る舞えるかな……」


「あら、少しの失敗くらいなら許してくれるわヨ♪」



 アイゼルネは小さな淑女に微笑み、



「舞踏会は初めてかしラ♪」


「は、はい。だから、ちょっと緊張してます」


「おねーさんがついてるから大丈夫ヨ♪」



 整髪剤で固められたリタの赤毛を撫でてやれば、彼女はどこか安堵したような表情を見せて「はい」と頷いてくれた。


 アイゼルネは大人として、リタを守らなければならない。魔法の技術では上司であるユフィーリアに敵わないだろうが、この少女を守る為ならばどんな手段も使うことさえ厭わない。

 いざとなれば第七席【世界終焉セカイシュウエン】の名前も出してやる所存だ。アイゼルネは第七席【世界終焉】に仕える魔女の従者なのだ。手首に巻き付いた雪の結晶のモチーフをあしらった腕輪がその証である。



「はい、皆様。出発の時間になりましたの」



 号令をかけたのは魔導書図書館の司書にして第三席【世界法律セカイホウリツ】――ルージュ・ロックハートだ。今日の舞踏会にも独特の真っ赤なドレスで参加するらしい。ふんわりと裾の広がった赤いドレスは誰よりも目立っていた。



「これから転移魔法で飛びますの。全員、招待状はお持ちですの?」



 ルージュの問いかけに対して、生徒や職員は「はーい」とお行儀のいい返事で応じる。



「よろしいですの。招待状は舞踏会が終わるまでなくさないようにするんですの。招待状には帰還の魔法陣が仕込まれておりますので、ヴァラール魔法学院に戻る際に必要になりますの。なくした場合は職員の方や我々にご相談してくださいまし」



 アイゼルネは懐に忍ばせた招待状の封筒に指先を触れさせる。


 ユフィーリアはあとから来ると言っていたし、アイゼルネが招待状をなくしてもユフィーリアについて帰還すれば問題はない。星の数ほど存在する魔法を操ることが出来るのだ、遠く離れたレティシア王国からヴァラール魔法学院に戻ることだって可能だろう。

 腰にしがみつくリタも、くしゃくしゃになった封筒を大切そうに握りしめていた。絶対になくさない、という強い意思が見て取れる。



「大丈夫ヨ♪ いざとなったらユーリに連れて帰ってもらいまショ♪」


「そ、それはちゃんと帰れますか……? いきなり深海とかに飛びませんかね?」


「そうする時は先に提案してくれるわヨ♪」



 そもそも、いきなり問題行動を企てればアイゼルネが注意するので問題ない。身内の話なら通じるのだ、あの問題児は。



「それでは飛びますの。怖い方は目を瞑っていなさいな」



 ルージュはそう言って、右手を軽く掲げた。


 正面玄関の大理石の床から赤い光が放たれる。見れば、集合していた舞踏会の参加者の足元に巨大な魔法陣が広がっていた。

 赤い光を放つ魔法陣は徐々にその光を強めていき、視界が赤色に埋め尽くされる。それからほんの僅かな浮遊感のあとに、ザワザワと騒がしい雑踏と話し声が耳朶に触れる。


 移動時間は一瞬だった。辺境にあるヴァラール魔法学院から、目の前にはいつのまにか煌びやかな明かりが灯るおとぎ話に出てくるような白亜の王城が鎮座していた。



「綺麗ネ♪」


「あばばばばば、き、来ちゃった、来ちゃった、舞踏会……」


「リタちゃん、深呼吸ヨ♪」



 背中に隠れてガタガタと震えているリタに深呼吸をするように促し、アイゼルネは舞踏会の会場へ足を踏み入れた。

《登場人物》


【アイゼルネ】普段は南瓜のハリボテで頭を覆っているが、今夜は舞踏会に合わせて仮面を用意。身長175セメル(センチ)もあるのでマーメイドラインのドレスでバッチリ決めた。身長の高さは義足のおかげである。

【リタ】魔法動物に詳しい1学年の少女。友達に手伝ってもらいながらドレスを選んだが、肝心の化粧技術は底辺を這いずっていたので困っていたところ、アイゼルネに声をかけてもらった。初めての舞踏会に緊張気味。


【ユフィーリア】まだドレスが完成していない魔女。どんなドレスを依頼したんだ、と最愛のお嫁様に頭を抱えていた。店員の不手際が問題でもクレームを入れない広い心の持ち主。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 今回はこれまでの作品で初めてアイゼルネさんが一人になって行動する珍しい展開だったので、読んでみて新鮮な気分を…
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