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第3話【問題用務員とドレス選び】

 さて、問題は舞踏会に着ていくドレスである。



「生地の色とか装飾品に使う宝石まで選べんのか」



 採寸作業が終わったユフィーリアに手渡されたものは、辞典にも匹敵する分厚い型録カタログだった。


 型録にはドレスに使う生地の色や装飾品の宝石が掲載されており、多種多様の生地や宝石の中から自由に選んでいいようだ。生地の種類や靴の形まで選べるようになっており、選択肢は無数に存在する。

 しかもこれらの費用は全てレティシア王国が負担することになっている。随分と太っ腹なことをしてくれるものだ。さすがヴァラール魔法学院に多額の金を寄付してくれるだけある。


 鼻歌混じりにユフィーリアは型録の頁を捲り、



「何色にしようかなァ、やっぱり無難に黒かな」


「ちぇいさー」


「あだァ!?」



 唐突に型録がユフィーリアの脳天を直撃した。


 誰かと思えば、一足先に型録からドレスの生地を選んでいたルージュである。赤い瞳はゴミでも見るような冷たい光が宿され、両手に握られた辞典並みの分厚さを誇る型録は鈍器の如き物々しい雰囲気を漂わせている。

 1発ならまだ致命打で済んだ。2発目が脳天に叩き込まれれば記憶喪失か、あるいは本当に馬鹿と成り果てるかもしれない。とにかく2発目は命の危機が迫っている。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管をルージュに突きつけ、



「何すんだ、ルージュ!! 別に悪いことは言ってねえだろ!!」


「いいえ、言いましたの」


「嘘だろ!? どこに地雷が転がってたんだ!?」



 自分の発言を振り返るが、ルージュに脳天へ分厚い型録を叩き落とされる理由が皆目見当もつかない。



「貴女、ドレスの色を『黒』になさるおつもりでしたの?」


「え? まあ、そりゃ無難な色だし」


「それはもちろん、黒を差し色に使ったドレスですのよね? 具体的に言えばグラデーションなどを取り入れた舞踏会の場に相応しいドレスを選ぶおつもりですのよねえ?」


「いや、普通に黒だけを選ぼうと思ったけど」



 今更、ルージュは何を言っているのだろう。ユフィーリアが黒以外の衣装を着る時は、最愛の嫁とデートする時ぐらいである。

 黒と言ったらユフィーリア、ユフィーリアと言ったら黒という方程式がすでに完成しているのだ。黒以外のドレスなどユフィーリアの常識にはない。七魔法王セブンズ・マギアスとして式典へ参加する際だって真っ黒なドレスで参加しても文句を言われなかったのだから、今回の舞踏会だって黒いドレスで参加するつもり満々だった。


 ルージュは重々しいため息を吐くと、



「お馬鹿なんですの? それとも、脳味噌を真っ黒に支配されていらっしゃるのかしら?」


「誰が腹黒だって?」


「そこまで言ってねえですの、この真っ黒魔女」



 何故だろう、ドレスの色を選んだだけで散々な言われようである。黒いドレスの何が舞踏会に相応しくないのだろうか。



「貴女、最愛のお嫁さんがデートの際にお葬式へ出席するみたいな黒い衣装でやってきたらどうお思いですの?」


「お揃いだなって思う」


「質問をしたわたくしが間違いでしたの」



 わざとらしくため息を吐いたルージュは、



「では質問を変えますの。貴女は舞踏会で最愛のお嫁さんに着せるドレスも黒をお選びになさるおつもりですの?」


「そんな訳ねえだろ」



 ルージュの嫌味にも受け取れる言葉に、ユフィーリアは即座に否定した。


 最愛の嫁であるショウに、舞踏会という煌びやかな場所で黒いドレスなどという地味な格好を許す訳がなかった。そんなものを舞踏会の場で着れば確実に笑われることは間違いない。最悪の場合は第七席【世界終焉セカイシュウエン】の信者と認識され、ドン引きされて終わるだけだ。

 やはりショウに相応しいドレスというと、色鮮やかな赤い色だろうか。ルージュのドレスと被ってしまうのは惜しいところだが、差し色とドレスの形で差をつければいい。何枚もペティコートを重ねてスカートはふんわりと膨らませ、お姫様のように飾り立てるのだ。


 うん、絶対に可愛い。まさに社交界に咲いた1輪の薔薇である。似合うことはすでに確定されている。



「もしもし? もしもし、ユフィーリアさん? お聞きですの?」


「話しかけんじゃねえ。今、ショウ坊に似合うドレスの色を考えてるんだから」


「お嫁さんは招待状を持っていないので参加できませんの。それよりもご自分のドレスをお選びになりなさい」



 ルージュに自分のドレスを選ぶように忠告されるが、ユフィーリアの頭の中は舞踏会に着ていく自分のドレスよりもショウに着せるドレスのことでいっぱいである。自然と型録を捲る手も、黒系の布地をまとめたページから赤系の布地を多く掲載した頁に移行する。

 赤色の布地だけでも数種類ほど存在し、生地の種類も選べる。薄桃から葡萄酒ワインを想起させるような濃度の高い赤色など豊富な数の布地が頁を占拠しており、どの色を選ぶか迷ってしまう。もう完璧に自分自身のことなど頭にはなかった。


 頭を抱えるルージュが、



「何で招待状を受け取っていないお嫁さんのことで頭を悩ませるんですの……」


「無駄ヨ♪ ルージュ先生♪」



 同じように型録を広げるアイゼルネが、呆れたような口振りで言う。



「ユーリってば、自分のことに関して疎いのヨ♪ 髪のお手入れは魔力を蓄積させる為にこだわっているけれど、お肌のお手入れとか全然やらないんだかラ♪」


「ああ、貴女が管理していると仰っていましたの……」


「おねーさんやショウちゃんが着るようなドレスだったら本気で選んでくれるんだけど、自分が着るってなるとやっぱり黒に支配されちゃうのよネ♪」



 アイゼルネは「困っちゃうワ♪」と肩を竦めていた。


 ルージュとアイゼルネのやり取りなど全く聞いていないユフィーリアは、すでにドレスの形まで決め終わっていた。何度も言うが自分のドレスではなく、最愛の嫁であるショウに着せる為のドレスである。

 装飾品に使える宝石は、一般的な宝石から魔力が込められた魔石まで幅広い種類が取り揃えられていた。大小様々な宝石を組み合わせて装飾品に使えるようだ。首飾りから腕輪、指輪まで土台から選択できる仕組みになっている。


 やはりここは銀色だろうか。金色の指輪を選んで赤い魔石をあしらうのも捨てがたいが、彼は青色が好きだと言っていた。銀色の土台に青色の宝石を数種類使うのもいいのではないか?



「だからご自分のドレスをお選びになりなさいと言っていますの、この嫁馬鹿」


「あだァ!?!!」



 ゴンッ、とユフィーリアの脳天に本日2発目のドレス型録爆撃が起きた。

 頭が凹んでいないか確認するが、ちゃんと頭蓋骨は無事のようだ。首の骨も問題ない。目の前で星が散っているような気がしてならないのだが、そのうち治る程度の傷だろう。


 分厚いドレス型録でぶん殴ってきたルージュを睨みつけるユフィーリアは、



「何するんだ、ルージュ」


「没収ですの」


「あッ」



 ルージュはユフィーリアの手からドレス型録を取り上げる。



「貴女、ご自分のドレスを選びなさいと何度も言ったではありませんの。わたくしの忠告を無視してお嫁さんのドレスを見繕うなど、ぶん殴られてもおかしくないと思いませんの?」


「思いません」


「思ってくださいまし!! この馬鹿タレ!!」


「そこまで言うか!?」



 優雅な口調で罵倒され、ユフィーリアは「分かったよ」と不満げに唇を尖らせる。



「自分のドレスを選べばいいんだろ」


「…………」



 ドレスの型録を取り上げたルージュから、怪しむような視線を寄越される。手を差し出しても辞典並みの分厚さがあるドレス型録が返却されることはない。



「おい、その型録を返せ」


「ではこの中からお好きな色の布地を選んでくださいまし」



 ルージュはそう言って、型録の生地の頁をユフィーリアの眼前に突き出した。

 開かれた型録の頁には、黒系の布地がずらりと並んでいた。濃度がほんの僅かに違うだけの、他は特に何も変わらない真っ黒な頁である。


 ユフィーリアは「どれにしようかな」と迷う素振りを見せるが、



「迷ってんじゃねえですの。迷わず『黒色だけじゃねえか』とツッコミなさい、3発目がほしいんですの!?」


「止めろ、3発目は本当に死ぬ!!」


「2発目も3発目も変わらないですの!!」



 どうやらルージュによる姑息な罠だったらしい。黒色の生地を選ばせてもらえるかと思ったのに。


 深々とため息を吐いたルージュは、ドレスの型録をとある人物に渡す。

 ユフィーリアではない。そして同じくドレス選びをしていたアイゼルネと、頭から煙を噴き出す勢いでドレスの布地選びに手間取っているリリアンティアでもない。少し外れた場所でなおも学院長に拷問をしていた、可憐な女装メイド少年である。


 つまり、ユフィーリアの嫁であるショウだった。



「お嫁さん、少しよろしいですの?」


「? はい」



 ハルアによる学院長卍固めの刑に声援を送っていたショウだが、ルージュに呼ばれて不思議そうに振り返る。



「こちらを差し上げますの」


「何ですか、この分厚い型録は。これで学院長を殴ってもいいんですか」


「いい訳ねえですの」



 ルージュはショウに分厚いドレス型録を手渡すと、



「ユフィーリアさんはどう足掻いても黒いドレスしか選びやがらねえですの、だから貴方が選んであげるんですの」


「黒いドレスでもいいではないですか、ユフィーリアが選んだんだから」


「よくご覧なさい、お嫁さん」



 真っ赤な手袋に覆われた指先をユフィーリアに突きつけてくるルージュは、



「銀髪碧眼、お人形さんのような美貌。そんな誰もが振り返る美しさを持った貴方の最高の旦那様を飾り立てる栄誉が得られるんですの。今なら好き放題に飾って、代金は全て他人負担。とても最高の状況ではございませんの?」


「好き放題に着飾る……」


「そうですの。貴方がユフィーリアさんのドレスを選んであげるんですの、貴方の最高の旦那様を輝かせる最高の1着を」


「はい、頑張ります!!」



 即答だった。迷いなく答えていた。


 ショウは早速ドレスの型録を開くと、黒い生地をすっ飛ばして様々な色の布地を吟味していく。パッと見て何種類かの素敵な布地を見つけた様子で、仕立て屋の女性に「あの、すみません」と積極的に相談していた。

 夕焼け空を溶かし込んだかのような赤い瞳がキラッキラと輝いているので、それほどユフィーリアを自分の手で飾り立てることが嬉しいのだろう。無難なドレスにはならなさそうだ。


 ルージュは仕事をやり切ったと言わんばかりの態度で、



「最初からこうしていればよかったですの」


「ショウ坊を使うなんて反則だろうが、アタシが断れねえの知ってんだろ」


「さて何のことですの?」



 恨みがましそうなユフィーリアの視線から逃げるように、ルージュは明後日の方向を見上げるのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】ドレス選びにはやっぱり黒を選んでしまう喪服な馬鹿野郎。舞踏会だって言ってんだろうが。

【アイゼルネ】ドレス選びはやっぱり胸元が開いたデザインのドレスがいいなと思っている。仮面はどうしようかしラ♪

【ルージュ】赤が好きなので、舞踏会のドレスもやっぱり赤色。別名を『真紅の淑女』である。

【リリアンティア】ドレス選びのやり方が分からないので、アイゼルネに手取り足取り教えてもらいながら選んだ。真っ白くて可愛いドレスである。


【ショウ】最高の旦那様を最高に美しく飾り立てる為に、ドレス選びには真剣。自分が着るならメイド服っぽくなりそう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! ルージュ先生とユフィーリアさんのやり取りが最高の面白かったです。ドレス選びをしているはずなのに、なぜ…
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