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第2話【問題用務員と採寸】

「何でこんなことになるかな……」


「黙っていなさい。正確な数値が測れないですの」


「魔法でやれよそんなの」


「魔法を使ってもよろしいですが、貴女の場合は正確な数値が出るのかしら? 貴女が着ている礼装のせいで魔法なんて意味ないですの」



 布製の巻尺をユフィーリアの豊満な胸に巻き付け、ルージュが容赦なく正論を突き刺してくる。


 ユフィーリアとアイゼルネが引っ張り込まれた先は、正面玄関にいつのまにか開設されていた採寸会場である。ユフィーリアやアイゼルネの他にも多くの女子生徒・女性教師が下着1枚の姿になって胸元や腰回りの採寸をさせられていた。

 採寸会場は衝立を組み上げられて作られた簡易的なもので、天井までご丁寧に用意されているので覗きなどの行為に対策が施されている。正面玄関なので上の階層から見られたら終わる、ということなのだろう。ちゃんとした気遣いは嬉しい限りだが、居心地が非常に悪い。


 採寸されている生徒や教職員たちと同じく下着1枚の姿で突っ立っているユフィーリアは、うんざりした表情で言った。



「大体、何で舞踏会に参加することが決定されてんだよ。ドレスは自腹だってのに」


「あら、聞いておりませんの?」


「何がだよ」



 巻尺の目盛りを眺めるルージュは、



「今回の舞踏会、ドレスや装飾品など諸々の経費は全て開催国が負担してくださるんですの。だからこうして全女子生徒・女性職員が色めき立っているんですの」


「ふぅん、豪勢なこった」



 1着のドレスを仕立てる費用さえ目玉が飛び出すほど高額なのに、全女子生徒・女性教職員のドレス費用を負担するとは太っ腹なことをする。西側諸国で最大の王国だから金も腐るほどあるのだろう。


 羊皮紙に目盛りの数値を書き込んでいくルージュが「もう終わりですの」と採寸終了を告げた。意外と早く終わったものである。

 ようやく自由を得たユフィーリアは、足元に置かれた籠から黒い布の塊を拾い上げる。広げると前掛けのような黒い上衣トップスで、首の部分と腰の部分に留め具があるものだ。着用すれば背中が大きく開いた大胆な衣装となる。


 ため息を吐きながら雪の結晶が刻まれた煙管キセルで黒い布地を叩くと、黒い霧となってユフィーリアの上半身を覆う。首から腹までを覆う黒い布地は心許ないほど薄く、艶かしい肩甲骨を露わにした。



「貴女、そんな心許ない格好をしておりましたの?」


「あ?」



 洋袴ズボンを穿きながら、ユフィーリアはジロジロと観察してくるルージュを見やった。



「何が」


「背中が開きすぎですの。前掛けみたいな格好ですと、横からおっぱいが見えませんの?」



 ユフィーリアの黒装束の上半身は、首と腰の留め具があるぐらいで背中が大胆に開いた状態である。布地は身体の前面しか覆っていないので、下手をすれば横から胸元が見えてしまう危険な衣装だ。

 加えて黒い布地は肌にピッタリと張り付くほど薄く、ユフィーリアの身体の線を浮き彫りにしている。普段は袖のない外套コートを羽織っているので背中の状態まで分からなかったが、外套がなければ痴女と呼ばれてもおかしくない服装である。


 袖のない外套を羽織るユフィーリアは、



「別に分かんねえだろ」


「確かに分かりませんけども」


外套コートは『面隠しの薄布』だし、アタシの黒装束は裁縫妖精に作ってもらった『黒蝶の貴婦人』って礼装だ。体型維持の加護とか体型隠匿の加護、その他諸々の加護が織り込まれてる」


「ああ、なるほどですの」



 ポン、とルージュは納得したように手を叩いた。


 裁縫妖精とは裁縫を得意とする妖精のことだ。ドレスや礼装などを作成することが主な仕事であり、裁縫妖精が仕立てる礼装は非常に高価と有名だ。魔法に対する高い強度を誇り、経年劣化せずに長持ちするので、高名な魔女や魔法使いは裁縫妖精に礼装の作成を依頼することが多い。

 ユフィーリアの着ている『黒蝶の貴婦人』は、世界中でたった1着しかない礼装だ。高い魔法耐性や長持ちする部分はもちろんのこと、身につけている間は体型が固定されている『体型維持の加護』や身体の線を曖昧にさせる『体型隠匿の加護』、礼装をあらゆる形態に変えることが出来る『形状変化の加護』など様々な加護が付与されている。


 ちなみに、それほど優秀な礼装となれば城が建つほどの値段がする。



「そんな高価な礼装、一体どこで買いましたの?」


「裁縫妖精の頭領ボスと仲良くなったから作ってもらった。昔の話だよ」


「貴女は本当に人誑ひとたらしというか、問題行動を起こさなければ誰とでも仲良くなれる部分を含めて尊敬されるでしょうに。何故そういう生き方をしないんですの」


「つまんねえ」


「貴女って魔女は……」



 はあー、と深々とため息を吐くルージュ。


 その時、唐突に人が勢いよく倒れる音が採寸会場に響き渡った。

 音の発生源はユフィーリアとルージュのペアの近くからである。何事かと思って振り返った先には、



「あ、あば、あばばばば」


「あらあら、リリア先生ってばどうしちゃったノ♪」


「あばばばばばばば」



 何故か仰向けにひっくり返ったリリアンティアが、巻尺を握りしめたままガタガタと震えていた。まるで死にかけの蝉である。

 彼女はアイゼルネの採寸を任されていたはずだ。それなのに、どうして白目を剥いた状態でビクンビクンと痙攣しているのだろうか。採寸されていたアイゼルネは下着と胴着コルセットを身につけた状態のまま呆然と立ち尽くし、困ったように南瓜のハリボテに手を添えている。


 ドン引きするユフィーリアをよそに、ルージュは「またですの」と呆れた様子で言った。



「また?」


「リリアさんは豊満なおっぱいに拒否反応アレルギーを示すんですの。自分が持たざる者だからですの」


「ああ、なるほど」


「――なるほどではありません!!」



 がばあ!! と飛び起きたリリアンティアは、新緑色の双眸に敵意の光を宿して叫ぶ。



「こんな凶器をぶら下げておいて平然としているとは、恥ずかしくないのですか!? 神は慎ましやかで繊細な胸部を好むもの、豊満な胸部は悪魔に魂を売った証拠です!!」


「と、申しておりますが毎晩おっぱいを大きくさせる運動やマッサージを試されているようですけれど、その平坦なおっぱいを見るからに効果は今ひとつというところですのね」


「き、貴殿という魔女は!! 淑女なのにお、おぱ、おぱぱ」


「おっぱいすら言えないとは情けない聖女様ですの」



 顔を真っ赤に染め上げてぐるぐるお目目できゃんきゃん叫ぶリリアンティアに、ルージュは余裕の表情である。じゃれてくる子猫を見ているような眼差しだ。



「ではいいことを教えてあげますの、リリアさん」


「な、何ですかこれ以上何かあるんですか!!」


「ユフィーリアさんのおっぱい、学院にある記録より幾分か成長しておりますの」


「――は?」



 リリアンティアの絶対零度の瞳が、ぐるんとユフィーリアに向けられた。何も悪いことをしていないのに、何故か妙に恐ろしい雰囲気がある。



「え? 成長? はい?」


「怖い怖い怖い怖い」


「何故成長するのです? 身共は血の滲むような努力をしておりますが、何も努力をしていらっしゃらない貴殿の胸が成長するのです?」


「知らねえ知らねえ知らねえ!!」



 光の差さない瞳をしたリリアンティアに詰め寄られ、ユフィーリアは泣きたくなった。

 礼装は伸縮自在なので胸が成長したことなど実感が湧かないし、そもそも胸囲を測ったのは随分と前のことなので成長していてもおかしくはない。そういえば風呂上がりのマッサージをアイゼルネにやってもらっているが、果たしてそれが原因だろうか。


 リリアンティアは「羨ましいですねぇ!!」とユフィーリアの胸を鷲掴みにするが、



「…………?」


「何だよ、おい。離せ」


「ユフィーリア様、あの、僭越ながら申し上げますが」


「あ?」


「下着はどうされました? あの、触れた感覚だと着けておられない様子ですが……?」


「揉むなよお前、金取るぞ」



 もにゅもにゅと鷲掴みにされた胸を揉まれながら、ユフィーリアはリリアンティアの疑問を解消してやる。



「礼装のおかげだよ。『体型維持の加護』があるから、着ている間は胸の位置はずっと固定だ。だから胴着コルセットを身につけなくても揺れねえし、垂れねえよ。『体型隠匿の加護』もあるから透けるようなことはねえし」


「反則じゃないですか!! うわーん!!」


「だから揉むなって言ってんだろうが!!」



 なおも揉む行為を止めないリリアンティアを、ユフィーリアは無理やり引き剥がす。これ以上、聖女様を変態に仕立て上げるのはまずい。



「『体型維持の加護』や『体型隠匿の加護』は裁縫魔法を学ぶ上で高等技術に属しますの。礼装を仕立てるのが仕事である『裁縫魔法師マギアテイラー』なら普通に必須ですの」


「おねーさんもその加護が付与されたドレスをいくつか持ってるわヨ♪ 胴着コルセットを身につけるのは加護が付与されていないドレスを着る時だけヨ♪」


「うわーん!!」


「だからってアタシに襲いかかってくるんじゃねえよ、一体どうしろってんだよ!!」



 おいおいと涙を流しながら抱きついてくるリリアンティアの扱いに、ユフィーリアは辟易する。「豊満な胸は悪魔に魂を売った証拠だ」と叫んでおきながら、何故か真っ白い聖女様はユフィーリアの豊満な胸元にぐりぐりと顔を押し付けてくる始末である。華奢な腕のどこからそんな力が出るのか不明だが、腰骨を折る勢いで抱きしめてきた。

 もうこれはどうすればいいのだろう。リリアンティアに抱きつかれながら、ユフィーリアは白目を剥きかけた。聖女様の扱いに頭を悩ませるのが理由だが、そろそろ腰骨が悲鳴を上げている。


 頭巾に覆われたリリアンティアの頭を軽く撫でたユフィーリアは、



「いいじゃねえか、慎ましやかでも。アタシはどっちかって言ったら慎ましい方が好きだぜ?」


「ゆ、ユフィーリア様……」


「リリア、慎ましいのは清純な証拠だ。穢れのない天使が持つべきものだ。お前はそれを誇れ」


「はい……!!」



 ずびずびと鼻水まで垂らす聖女様の説得に成功し、とりあえずユフィーリアの腰骨は無事で済んだ。



「……とか申しておりますけど、あれは本当ですの?」


「本当ヨ♪ ほら、だってショウちゃんはおっぱいないもノ♪」


「ああ、なるほど」



 リリアンティアが使い物にならなくなってしまったので、アイゼルネの採寸作業はルージュが代行することで問題なく終了した。

《登場人物》


【ユフィーリア】この度FからGにランクアップした魔女。昔は胸の大きさにこだわりはなかったが、ショウに出会ってから慎ましやかな胸に惹かれるようになった。無限大の可能性があるのだ。

【アイゼルネ】問題児の中で1番大きなHカップ元娼婦。スタイルの良さは日々の運動や食事制限、良質な睡眠の他にあらゆる美容・健康の勉強もしっかりしている。大きさよりも形を重視しているので、どちらかと言えばルージュの胸が好み。


【ルージュ】ユフィーリアよりも少し小さいFカップな赤い淑女様。下品な話題にも余裕で返せるぐらい羞恥心はない。胸に対するこだわりよりも筋肉フェチなので、エドワードのような屈強な男を侍らせたい。

【リリアンティア】永遠のAカップな聖女様。大きな胸に憧れを抱くあまり、拒否反応を起こすようになった。陰ながらに努力しているがそれほど効果はない。下ネタの耐性がないので、怪我や病気の対応をする以外は顔を真っ赤にする。赤ん坊を授かるルートはコウノトリに固定。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんばんは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! リリアンティア先生が大暴走しまくっている姿がすごく可愛いです!!表情の変化や行動がとても純粋で自分の感情を素…
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