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第4話【問題用務員とてるてる坊主】

 問題児な用務員ども、てるてる坊主になったってよ。



「下ろせー」


「下ろしてぇ」


「下ろして!!」


「下ろしテ♪」


「下ろさないと寝ている間に燻します。学院長の燻製を作ります」


「うるさいよ!!」



 ずぶ濡れになった学院長に一喝されて、ユフィーリアたち問題児どもは憮然とした表情で口を噤んだ。


 雨妖精に青銅林檎を食べさせて校舎内に豪雨を降らせ、挙句の果てに魔法で津波を起こして自爆したという事件を起こしたので怒られるのは当然だ。

 残念ながら、いつもの正座で説教という結末には至らなかった。雨にまつわる事件なので、雨にまつわる方法でお説教である。


 つまり全員を縄で縛り、中庭の木にぶら下げるという拷問に処されていた。問題児5人中3人が雨合羽レインコート装備なので、遠目から見ればてるてる坊主に見えなくもない。



「本当に君たちって問題児は、いらないことばっかりやるんだから」



 グローリアは両腕を組んで、怒りの表情で宙ぶらりん状態の問題児を睨みつける。



「中庭で雨に濡れて楽しんでおけばよかったじゃない。問題行動を起こさなければ僕だって怒らないんだよ? 減給もしないし、こうして君たちをてるてる坊主みたいに宙ぶらりんの状態にすることもないんだからね」


「やめッ、馬鹿おい揺らすな内臓が出る!!」


「本当に内臓が出たら魔法の実験に使ってあげるよ。家畜の餌にするよりも有意義じゃないか」



 ニコニコの笑顔で問題児を蹴飛ばしてくる学院長は、随分と鬼みたいなことをしてくるものである。彼に人の心はないようだ。

 縄できつく縛られているので、少し揺らされただけでも圧迫された内臓がうっかり口から飛び出してきそうである。早急に解放を要求したいところだが、しばらくてるてる坊主の気分を味わわなければならない雰囲気だ。


 その証拠として、副学院長のスカイがご用意した獅子型魔法兵器(エクスマキナ)が大きなお口を開けてユフィーリアの足元にスタンバイしているのだ。これは本当に食われる、本気で食われる。



「ちょ、話し合おう? 話し合おうぜ副学院長。これは本気で洒落にならねえから。アタシの足は美味しくないから」


「知ってるッスよ」



 グローリアの少し後ろでのんびり待機していた副学院長のスカイ・エルクラシスは、のほほんとした口調で応じた。

 彼の鳥の巣を想起させる赤い蓬髪ほうはつは濡れた影響でペッタンコになっているし、引き摺るほど裾の長い真っ黒な長衣はグショグショに濡れそぼっている。どこもかしこも濡れ鼠だ。「通り雨にやられた」と説明を受けても納得できる濡れ具合である。


 真っ黒な目隠しさえも濡れて不快感を露わにするスカイは、



「でもまあ、校舎内をずぶ濡れにしたのは馬鹿のやることッスよね。よって死刑」


「重すぎるんだよぉ!! お前もヤンデレってのに覚醒したか!?」


「いやいや、ボクの行動は常識的なものッスよ」



 あははははは、と笑うスカイ。笑い声が平坦である。これは確実に怒っている証拠だ。



「大体、今回の事件は雨妖精の仕業だから!! アタシらは無実だ!!」


「雨妖精に青銅林檎を食わせてドーピングしたのはどこの誰ッスかね」


「…………」



 副学院長に指摘され、ユフィーリアは明後日の方角を見上げた。


 妖精が持つ能力は強力なので、制限が設けられるのは当然のことだ。嵐妖精が家屋を倒壊させた話などよく聞くし、晴れ妖精が日照りを引き起こして農作物をダメにしたという記録も残されている。青銅林檎というドーピング方法を使わないでも、妖精の能力は危険な代物ばかりだ。

 青銅林檎は、その強大すぎる能力の制限を解除してしまい、妖精の能力をより凶悪なものとしてしまう。今回の雨妖精もただ雨を降らせるだけという能力の制限を外して、豪雨を降らせて校内を水浸しにしたのだ。下手をすれば学院の生徒たちが溺死していたかもしれない。


 まあそんなこと、普段から問題行動ばかり起こしているユフィーリアたちには関係ないことである。長く生きた魔女は倫理観もクソもないのだ。



「じゃあ雨妖精も説教しろよ。『豪雨を降らせたい』って望んだのはアイツらだぞ」


「妖精相手に説教をして聞くと思ってるの? あの子たちは人間の話を聞かないことで有名なんだよ」



 グローリアは深々とため息を吐き、



「大体ね、僕は雨が好きじゃないの。ジメジメするし、気圧の影響で頭痛もするしね。自然にとっては恵みの雨かもしれないけど、僕にはいいことなんて全くないんだよ」


「あ」


「あ」



 グローリアの「雨が嫌いだ」という言葉に、ユフィーリアとスカイが揃って声を上げた。

 別に雨の批判はどうでもいいのだが、未だ校舎内には雨妖精の存在があるのだ。天候を司る妖精は自分の引き起こす天気に誇りを持っているので、批判を受けた場合は全力で好きにさせようと行動するのだ。


 つまり、こうなることは必然である。



「……学院長様は雨がお嫌いなのですね」


「あ゛」



 しょんぼりとした様子のレニーに、グローリアは自分の発言を思い出した。

 雨妖精の前で「雨は嫌い」などと発言すること自体が愚行である。そんなことをすれば、雨妖精たちはグローリアに雨を好きになってもらおうと様々な力技を使ってくるに違いない。


 青銅林檎の効果が抜けてしまった現在、大雨を降らせるような能力は持っていない雨妖精が出来ることと言えばこれだろう。



「分かりました、学院長様が雨を好きになってくれるように学院長室へ雨を降らせましょう!!」


「待って待って!? 何でそんな思考回路に至るの!?」


「ご安心ください、雨に打たれれば学院長様もきっと雨を好きになってくれると思いますので!!」


「そんなことないそんなことない、雨好きだよ僕は雨好きだよ!?」


「ご無理なさらずに!! 我々が必ずや雨を好きにさせてみせますのでーッ!!」


「いやああああああ!? 待ってお願いだから学院長室に雨を降らせることだけは止めてえ!!」



 雨妖精が人間の話を聞かない、という理論が確立された。全力で「ざまあみろ」と言いたい。


 レニーは100人を超える雨妖精を引き連れ、ぴょんこぴょんこと飛び跳ねながら校舎内に姿を消した。これから「雨が嫌い」などと馬鹿なことを宣った学院長を雨好きにさせようと、学院長室に雨を降らせるようだ。本当に面白いことになってきた。

 望むなら学院長室が雨妖精によってビチャビチャに濡らされる瞬間を目撃したかったが、問題児はてるてる坊主として中庭の木にぶら下げられている状態である。しかも足元では獅子型魔法兵器(エクスマキナ)が「ガオガオ」と牙を剥き出しにして主張してくる。いつ齧り付かれるのか気が気ではない。


 残された副学院長のスカイは「あららー」と雨妖精を追いかけて校舎内に引き返したグローリアを見送り、



「じゃあ、ボクが学院長の亡き意思を継いで」


「死んでねえけどな」


「些事ッスよ、そんなの」



 朗らかに笑う副学院長は、



「じゃあリコリス、ちょっと銀髪のおねーさんの足を甘噛みしましょうか。どんな悲鳴を上げてくれるッスかね?」


「ガウガウ」



 ご主人様である副学院長の命令を受け、獅子型魔法兵器(エクスマキナ)が大きなお口を開けてくる。金属製の尖った牙が生え揃い、口を開閉させるたびにカチカチと音がした。


 これはまずい、非常にまずい。

 ユフィーリアたち問題児は現在、縄に縛られて絶賛てるてる坊主ごっこの真っ最中である。獅子型魔法兵器の甘噛みがどれほどの威力を有しているのか不明だが、とりあえず足が無事で済む気配が全くしない。


 ユフィーリアは恐怖から来る涙を瞳に浮かべ、副学院長に情けなく命乞いをした。



「いやあああーッ!? 止めて本当にお願いします2度としないって約束するからあーッ!!」


「アンタの『2度と』はもう1回ぐらいあるんスよね」



 この副学院長、分かっていらっしゃる。



「さあ、いい悲鳴を聞かせてもらったところでユフィーリアの足を味見させてもらおうッスかね」





「――――ほう?」





 絶対零度の声が、やたら大きく中庭に響き渡った。


 からん、と下駄特有の足音が耳朶に触れる。

 雨に濡れた中庭の小道をゆったりとした足取りで歩いてくるのは、薄紅色の着物を身につけた黒髪赤眼の美丈夫である。桃色の花があしらわれたかんざしを挿し、頭の上に髑髏どくろの仮面を乗せた笑顔の綺麗な女装男性だ。


 艶やかな黒髪、夕焼け空を想起させる赤い瞳はユフィーリアの愛するお嫁さんのショウと瓜二つだが、彼の年齢を幾許か重ねれば目の前の女装男性みたいになるだろうか。これだけ書けば分かるだろうが、彼はショウの血縁である。



「それは義娘の綺麗な足を故意に傷つける、という認識で間違いない訳かね?」


「ああ、冥王第一補佐官様。こんにちはッス」


「はい、こんにちは。挨拶が出来る副学院長で素晴らしい訳だが」



 誰もが見惚れるような美しい微笑を浮かべる着物姿の女装男性――アズマ・キクガは「ところで」と口を開く。



「息子と義娘、それから可愛い我が子たちがてるてる坊主のように吊られているのは何故かね? 私の納得できる理由をお聞かせ願えるかね?」


「そりゃもう予想できる通りッスけど」



 こちらに一切の非はないので、スカイは事情を説明する。



「問題児がまた問題行動を起こしたんスよ。校舎内に雨雲を発生させて、豪雨を降らせて校内を水浸しにしたんスわ」


「なるほど」



 納得したように頷いたキクガは、



「たかが水浸し程度でぎゃーぎゃー騒ぐとは随分と心が狭量な訳だが。校内を歩いてきたが、修復の難しい魔導書や壁の絵画などは雨除けの加護が施されていたから無事に見えたがね」


「いや、まあ、魔法兵器エクスマキナも無事だったし授業道具も問題なかったッスけど常識の問題ッスよね常識の」


「常識も何も、息子たちは反省している様子な訳だが。君は反省の姿勢を示している人間に対して過剰な罰を与えるような鬼畜外道な男かね?」



 キクガはユフィーリアたち問題児へ振り返ると、



「そうだろう、君たち? 今回の事件はしっかり反省し、今後はこのようなことが起こらないようにと行動改善に努めるかね?」


「はい!!」


「もちろんでぇす!!」


「反省してます!!」


「もうしないワ♪」


「絶対にやらない」



 笑顔の圧が怖すぎて、ユフィーリアたち問題児は反射的に肯定の意を返していた。これで「嫌です」など言おうものなら命が摘まれる恐れがあるのだ。


 キクガは満足げに副学院長へ振り返り、笑顔で「彼らもこう言っている訳だし、解放してやってくれないかね」と提案した。思わぬ救世主である。足を向けて寝ることが出来ない。

 ところがスカイは納得していない表情で、



「えー、でも信用できないッスけどね」


「副学院長殿、こちらを」


「何スか?」



 キクガがそっと副学院長に紙袋を手渡し、



「『逃げるなら繋いで』という題名の小説な訳だが」


「えッ、あの絶版されて2度と手に入らない伝説のヤンデレ小説……!?」


「冥府には絶版された書籍が集まる図書館がある訳だが。金銭を払えば引き取れる仕組み故に、今回は無料でこちらの書籍を譲ろう」


「ほほほ本気ッスか、これ本気ッスかあ!?」


「本気だとも。――ただし、君がなすべきことは分かるだろう? 私が何を求めているのか」


「はいッス!! もう完全に理解しているッス!!」



 いそいそとユフィーリアたち問題児を解放しようとする副学院長の姿を確認し、闇取引を成功させた冥王第一補佐官殿は密かに親指をグッと立ててくるのだった。手口が慣れているような気がする。

《登場人物》


【ユフィーリア】獅子型魔法兵器にうっかり足を喰われそうになった問題児1号。てるてる坊主を作るなら芸術的なものを作る。

【エドワード】校内で起きた津波のせいで全身ビチョビチョな問題児2号。てるてる坊主を作るならやたら大きいものを作る。

【ハルア】てるてる坊主になりきるのも楽しいね、な問題児3号。てるてる坊主を作るなら、ショウから聞いた伝説になぞらえて人間の生首を使おうと斧片手に校舎内をうろつく。

【アイゼルネ】雨合羽を着ているので、てるてる坊主らしい問題児4号。てるてる坊主を作るなら頭だけカボチャの形にする。

【ショウ】猫耳てるてる坊主になった問題児5号。てるてる坊主を作るならみんなの顔をしたものを作る。


【グローリア】校内に起きた豪雨と津波のせいで濡れた学院長。てるてる坊主を作るなら1番普通のつまらないものを作る。

【スカイ】問題児にお仕置きする為に獅子型魔法兵器を連れてきた副学院長。てるてる坊主を作るなら全部機械化する。

【キクガ】本日たまたま有給休暇だった冥王第一補佐官。てるてる坊主を作るが、顔が怖いと泣かれる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! キクガさんとスカイ副学院長の対決が見られるとは思わなかったのですごく貴重なお話が読めて感動しました。この二人…
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