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第3話【問題用務員と豪雨】

「お待たせしました!!」



 レニーが連れてきた雨妖精の合計人数は、およそ100人を超えていた。

 これほど己の力を試したいと望む雨妖精がいるのも、極めて珍しいことである。意外とみんな揃って豪雨チャレンジがしたかったのか、と驚きが隠せない。


 すでに雨合羽レインコートを着用して準備万端な問題児たちは、



「じゃあ早速、校内に雨を降らせてくれ」


「お任せください!!」



 レニーは葉っぱの傘を掲げ、仲間の雨妖精たちに振り返る。



「みんな!! 雨妖精としての実力を試す時が来ましたよ!!」


「やってやるぜ!!」


「豪雨ぐらい降らせてみせるよ!!」


「楽しみだなあ!!」



 雨妖精たちは口々に意気込みを語り、それからレニーの合図に従って葉っぱの傘を掲げた。


 彼らが葉っぱの傘を掲げると同時に、ヴァラール魔法学院の廊下にモクモクと雨雲が発生する。分厚い灰色の雲が天井を覆い隠し、やがて雨粒がポツポツと降り始めた。

 雨合羽レインコートを叩く雨粒の感覚が心地いい。校舎内に漂っていた蒸し暑い空気も徐々にひんやりと冷え込んでいき、廊下を覆う赤い絨毯が雨粒によって濡れていく。さすが雨妖精だ、開始数十秒で廊下が水浸しである。


 ただ、まだ豪雨と呼べるには程遠い降水量だ。この程度なら魔法でもどうにかなる程度である。



「雨だあああああ!!」


「凄いねぇ、校舎内に雨が降ってるよぉ」



 雨合羽ではなく雨傘を装備しているエドワードとハルアは、廊下に降る雨を眺めて感心したように言う。雨傘をボツボツと叩く雨粒の音が楽しく、まるで自然が作り出す音楽だ。


 雨妖精は懸命に葉っぱの傘を掲げ、雨雲を活性化させていく。

 天井を覆う分厚い灰色の雲から降り注ぐ雨粒の量が増えていき、雨合羽や雨傘を叩く雨粒が勢いづいていく。先程まで心地いい感覚だったのが、大量の雨粒が容赦なく降り注ぐことで「痛い」と思える程度になってきた。


 ビシャビシャに濡れていた廊下に水溜りが出来ていき、浸水も近いだろう。ただ、まだ豪雨と呼ぶには程遠い降水量である。この程度なら『ちょっと激しいけどすぐ止む雨』として認識されてもおかしくない。



「レニー、嵐妖精が起こす雨の量はもっと多いぞ」


「で、でもこれが我々の精一杯です!!」



 葉っぱの傘を懸命に降りながらレニーたち雨妖精は豪雨に挑戦するものの、嵐妖精が呼び込む嵐と比べればまだまだ雨の量は少ない。豪雨を降らせて洪水を引き起こすなんて夢のまた夢だ。

 雨を降らせるだけに特化した雨妖精では、嵐妖精が引き起こす嵐ぐらいの雨を降らせるのは無理がある。これ以上の強い雨だと嵐妖精の管轄になってしまうのだろう。線引きがきちんとなされている様子である。


 ユフィーリアは「仕方ねえな」と呟き、



「レニー、ちょっと中断だ。こんな調子じゃ、いつまで経っても豪雨って呼べねえぞ」


「そ、そんな」


「だから中断しろ、中断。別の方法がある」



 レニーを通じて雨妖精の行動を一旦中止にしてもらい、ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りしてあるものを手元に転送させた。

 林檎の形をしているが、本物の林檎と比べると色が青色である。青林檎などではなく、本当に真っ青な林檎なのだ。食べ物として認識するには食欲が失せるような色合いだが、小物として部屋に置いておくなら最適だろう。


 ユフィーリアが掲げるその青い林檎を目にしたレニーたち雨妖精は、俄かに興奮し始めた。



「そ、それは!!」


「どこでそれを!!」


「まあまあ、慌てるな慌てるな。お前ら妖精が、この実を死ぬほど好きなことは知ってる」



 水浸しとなった廊下に青い林檎を置いたユフィーリアは、



「たんとお食べ」



 その言葉が引き金となって、総勢100名以上の雨妖精が青い林檎に殺到する。小さな口でむしゃむしゃと林檎に齧り付き、心の底から美味しそうに頬張っている。


 青い林檎に夢中な雨妖精を見下ろし、強い雨に興奮気味だったエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウは揃って首を傾げた。

 それもそのはず、あの青い林檎は市場で見かけなくなって久しい代物だ。希少価値のある果物だし、人間の口に入ればとびきり不味いと有名なのであまり好き好んで買う人物もいない。あの林檎を好むのは妖精だけだ。



「ユフィーリア、彼らは一体何の林檎を食べているんだ?」


「青銅林檎って言って、人間には毒みたいに不味い林檎だ」


「そんなもの食べて大丈夫なのか?」


「妖精にとっちゃご馳走みたいなモンなんだよ」



 雪の結晶が刻まれた煙管を吹かすユフィーリアは、



「青銅林檎は育てるのが難しい林檎でな、妖精以外に食う人物もいねえし育てる農家は激減してるんだよ。魔法薬の材料にも使われねえしな」


「では、あの林檎は一体どこで買ったんだ?」


「グローリアのところにあったから勝手に取ってきた」



 学院長室をたまたま訪れたら、何か知らないけど執務机に放置されていたので勝手に取ってきたのだ。どうせ使う場面など限られてくるのだから、なくなったところで何も言わないだろう。

 しれっとそんなことを言うユフィーリアに、ショウが「あははは……」と苦笑していた。問題児はやはりどこまで行っても問題児なのだ。


 青銅林檎を完食した雨妖精たちは、



「ありがとうございます!!」


「力が湧いてきます!!」


「これでもう1度、豪雨に挑戦してくれ」



 ユフィーリアの要求に、雨妖精たちはイキイキと「はい!!」「頑張ります!!」と応じた。好物の青銅林檎を食べて元気いっぱいの様子だ。



「お腹が空いていたから力が出なかったのぉ?」


「それは違うな。雨妖精に普通の飯を与えたところで、降らせる雨には限度がある」



 妖精たちの好物で代表的なのは牛乳とビスケットだが、いくら腹を満たしたところで雨妖精の力は限度がある。嵐妖精をも上回る力を出すには、彼らの限界点を超えなければならないのだ。

 青銅林檎は、妖精の力の制限を解除することが出来るのだ。ちょっとした反則である。青銅林檎を乱用してしまうと、今度は青銅林檎に含まれる薬物成分が妖精を狂わせてしまうのであまり青銅林檎をあげるのも考えなければならない。


 葉っぱの傘を掲げて懸命に雨雲を呼び寄せる雨妖精たちは、



「降れ!!」


「降れー!!」


「降れーッ!!」



 その祈りが通じたのか、はたまた青銅林檎によるドーピングが功を奏したのか。

 廊下に出現した分厚い雨雲から、ポツポツと再び雨が降り始める。徐々に勢いが増していき、雨合羽レインコートや雨傘を叩く雨粒の勢いがついていく。数秒と置かずに雨妖精が出せる限度いっぱいの雨が降り、廊下がビチャビチャに濡れていく。


 それだけでは止まらない。青銅林檎を摂取したことで雨妖精たちの能力は制限を超え、さらに雨足が強まってきたのだ。



「お」



 雨合羽を叩く雨粒の感覚が増えたことを感じ取り、ユフィーリアは思わず天井を見上げてしまう。


 分厚い雲から滝のように雨粒が降り注いだ。もう土砂降りである。目なんて開けていられない勢いだ。

 これが雨妖精たちによる豪雨か。嵐妖精が起こす嵐にも匹敵する勢いの降水量である。青銅林檎を摂取する前の雨とは大違いだ。



「うわ重ッ!!」


「押し潰されそうだよぉ」


「凄え!! 雨傘なんて意味ないよ!!」


「きゃー♪」


「あばばばばばばばば」


「ショウ坊が押し潰されてる!! やばいやばい!!」



 降り注ぐ雨の勢いに耐えられず、ショウがぺちゃりとずぶ濡れになった廊下に座り込んでしまう。数歩先の雨妖精がすでに見えなくなる勢いで降り注いでいるのだ、重さに耐えきれずに潰れてしまうのは当然の帰結である。


 豪雨に押し潰されてしまいそうになっているショウをとりあえず防衛魔法で救出し、ユフィーリアは安堵の息を吐いた。防衛魔法に守られる最愛の嫁は何が起きたのか分からず、透明な結界の内側で雨に守られながら不思議そうに赤い瞳を瞬かせていた。

 いや本当に楽しくなる豪雨である。雨妖精の能力制限を解除したことで廊下は水溜りどころか少し水が溜まってきており、大河になるのも時間の問題だ。このままいけば順調に洪水というか、校舎を浸水させることが出来そうである。



「どうです!? ワタシたちの雨は!!」


「最高だな、レニー!! お前らの能力がここまで強いとは思わなかった!!」


「そうでしょうそうでしょう!!」



 葉っぱの傘を掲げてさらに雨雲を呼び込むレニーたち雨妖精は、



「まだまだやりますよ!!」


「降らせますよ!!」


「豪雨万歳!!」


「え? いや、ちょ、待て待て待て!! これ以上強くなったらこっちまで潰れるって!?」



 ユフィーリアの制止など聞かず、雨妖精たちは豪雨の勢いを増していく。彼らにこの豪雨は関係ないのか、降り注ぐ雨粒の重たさがさらに増加した。これでは本気で潰れてしまう。

 雨傘を構えていたエドワードとハルアは重さに耐えきれずに壊れた雨傘を放り捨て、全身にのしかかってくる雨粒に「ぎゃああああああ!!」「うひょおおおおおお」と悲鳴を上げていた。多分ハルアの場合は喜んでいると思う。豪雨を望んでいたアイゼルネは、ショウを守る防衛魔法の内側に避難していた。


 その時である。



「ユフィーリア、この豪雨は君の仕業なの!?」


「げ、グローリア!! もう嗅ぎつけやがったか!!」


「嗅ぎつけたどころじゃないよ!! 校内はどこでもビチャビチャだし廊下も教室の床も水浸しなんだよ!?」



 校内に豪雨を降らせた問題児に説教をするべく、学院長のグローリア・イーストエンドが顔を真っ赤にしながら大股で豪雨の中を歩いてくる。よく見れば激しい雨粒は彼を避けているので、雨除けの魔法でも使用しているのだろう。


 残念ながら、ユフィーリアたち問題児は学院長や他の教職員が被害に遭わないことを許さない。自分たちがこれほどずぶ濡れになり、調子に乗った雨妖精の呼び込んだ豪雨に押し潰されているのに、学院長どもは雨除けの魔法で悠々自適に問題児へお説教など許容できる訳がないのである。

 そんなもんで、学院長にもぜひずぶ濡れとなっていただこう。雨除けの魔法は『雨』にしか対応していないのだ。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめると、



「〈波よ起きろ〉!!」



 膝下に届くほど溜まり始めた雨水に煙管を叩きつければ、廊下に津波が発生する。津波を回避できたのは防衛魔法に守られているショウとアイゼルネぐらいで、考えもなしに津波など発生させるからユフィーリアさえも巻き込まれて流される。ついでに雨妖精も、エドワードも、ハルアも押し流された。

 もちろん、グローリアも津波の餌食だ。雨除けの魔法しか展開しなかったのが運の尽きである。全身をぐっしょりと濡らす羽目になり、彼は「ユフィーリア!!」と叫ぶ。


 ユフィーリアは中指を立てて、



「お前も道連れだ馬鹿野郎!!」


「君って魔女は!!」


「ちょっとユーリ!? こっちまで犠牲になるなんて聞いてないんだけどぉ!!」


「凄えね!!」



 問題児が起こした津波によって教職員や生徒たちも犠牲となり、全身をずぶ濡れにするという大事件が発生することとなったのはもはや言うまでもない。

《登場人物》


【ユフィーリア】校内に豪雨を降らせたお馬鹿用務員1号。青銅林檎の毒のような不味さはしっかり食べて経験済み。そのあと腹を下して死ぬ思いをした。

【エドワード】校内に豪雨を降らせて楽しんだお馬鹿用務員2号。青銅林檎の毒のような不味さはしっかり食べて経験済み。しばらく吐き気が止まらずトイレと恋人になりかけたが、友達止まりで何とかなった。

【ハルア】校内に豪雨を降らせて楽しんだお馬鹿用務員3号。青銅林檎の毒のような不味さはしっかり食べて経験済み。あまりの不味さで校内をタップダンスしながら1周した。

【アイゼルネ】校内に豪雨を降らせ、結界の中から楽しんだ用務員4号。青銅林檎の毒のような不味さは未経験だが、ユフィーリアとエドワードはトイレに篭もるしハルアはタップダンスで校内を1周するぐらいだから経験したくない。

【ショウ】校内に豪雨を降らせ、結界の中から楽しんだ用務員5号。この豪雨があれば叔父夫婦を圧殺できたんじゃないかなと画策。


【グローリア】校内に豪雨を降らせた問題児どもを説教しにきたが、ウッカリ流された。全身はずぶ濡れになるので雨なんか嫌いだ!!

【レニー】豪雨を降らせた雨妖精。本人曰く、青銅林檎は「蕩けるような舌触りと芳醇な甘さがいい!」らしい。

【青銅林檎】グローリアが入手した妖精の能力制限を解除する魔法の林檎。栽培先はルージュ・ロックハート。たまに紅茶へ搾り入れるらしい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 今回もかなり派手にやらかしてしまいましたね。ここまで大きな事件になると、もう清々しい気持ちになり、笑いが止ま…
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