第5話【異世界少年と秘密】
「ほらさっさとやる」
「ヴエエエエ」
「威嚇しないの」
「ヴエエエエ!!」
威嚇にも聞こえる奇声を上げながら、ユフィーリアは仕方なしに銀製の鋏をショキショキと鳴らしていく。
彼女の瞳は少し特殊で、人間や建物などを構成する『要素』を糸として認識できる能力を持っているらしい。だから魔力や才能、五感、過去や記憶、存在など様々なものを糸として認識し、対象の糸を切断することで該当する要素を奪うことが出来るようだ。
もちろん、ただ切断するだけではないらしい。断ち切れて消えるものもあれば、完全には断ち切れずにその場で残るものも存在するようだ。完全に断ち切れない要素は再び糸を結び直せば取り戻すことが出来るので、一時的に魔法を使えなくすることも可能だとユフィーリアは言っていた。
極光色に輝く瞳で全校生徒にかけられた銀縁眼鏡の呪いを解いていくユフィーリアの姿を眺めるショウは、
「…………」
そっと自分の銀縁眼鏡に視線を落とした。
これは早々にユフィーリアが解除してくれた呪いの眼鏡である。これをかければ相手が全裸に見える愉快な呪いがかけられているが、最終的に人体模型を華麗に通過して骨格標本に見えてしまうトンチキな眼鏡だ。
酔っ払ったユフィーリアが、少し不純な動機で作り出したものである。嬉しいのやら恥ずかしいのやら、自分の中の感情がゴチャゴチャになる。
「ショウちゃん」
「ハルさん?」
「嫌だったら言ってね」
頼れる先輩用務員のハルアが、やたら真剣な表情で言う。
「今回のはさすがに、ショウちゃんも嫌がっていいと思うよ。下手すれば犯罪だもん」
「確かにそれはそうなのだが……」
ショウは少しだけ言い淀むと、
「俺も同じだから仕方がないと言うか」
「同じ?」
「覗くのは、覗かれる覚悟のある奴がやればいいってことだ」
普段は女装をしているショウだって、ちゃんと男の子なのだ。好きな人の裸には十分に興味があるし、ユフィーリアのお風呂を覗けるならショウだって覗きたい。考えることは同じなのだ。
禁欲的で装飾品が少なく、露出する箇所は肩の部分ぐらいの格好しかしないユフィーリアが黒装束を脱いだところを想像するだけで居た堪れなくなる。最高にして最愛の旦那様に不埒な感情を抱いてしまうとは、やはりショウにもそれなりに男性らしい欲望があったのかと恥ずかしくなってしまうのだ。
ショウの態度で何となく状況を察知したハルアは、
「ショウちゃんも男の子だね」
「俺はいつだって男の子だ」
「ちゃんとえっちぃことに興味があるようでよかったよ。そういうの苦手だと思ってた」
「ユフィーリア限定になるけれど」
他の人だったら別にそういう欲望は駆り立てられないし、触れられたりするのさえ以ての外だ。そういうことを想像するのもユフィーリア限定である。
えっちぃことに興味があるのは皆同じ。由緒正しい男の子であれば当然の摂理である。中にはそういうことが苦手な人物もいるだろうが、ショウはユフィーリア限定であればむしろ積極的である。他の人物だったらゴミを見るような視線を寄越すことになるが。
ハルアは「じゃあその眼鏡は使うの?」と聞き、
「徐々に白骨化死体みたいにはなるけれど、最初はちゃんと機能するよね」
「…………そうだな」
ショウは反応に困った。
確かにこの銀縁眼鏡は、最初だけはちゃんと機能する。それから徐々に透過の範囲が広がっていき、最終的には骨格標本がヌルヌル動く世界に変貌を遂げるのだ。お化け屋敷も裸足で逃げ出す恐ろしい世界である。
しかも1度装備したら2度と外せない呪いもかけられている。2度と外せないのは怖いが、かけなければいいだけの話だ。
「ハルさん」
「なぁに?」
「ハルさんはユフィーリアの裸を見たことがあるか?」
「あるよ?」
ハルアは平然と答える。
「お風呂でバッタリとかね」
「ラッキースケベ的な……」
「一緒に過ごしている時間が長いからね、そういう時もあるよ。だからショウちゃん、目から光を消すのは止めようか。事故だよ事故」
「事故……」
誰よりも信頼できる先輩が、わざとユフィーリアの風呂を覗く訳がなかった。わざと覗けば間違いなく殺されるだろうし、実際ちょっとラッキースケベに遭遇しただけでも「あれは怖かった……」と震えるぐらいだ。何をやられたのか聞けない。
ブルブルと震えるハルアを横目に、ショウは銀縁眼鏡を覗き込んだ。
レンズを通して見える世界は変わらないが、見えた人間だけは衣類を身につけていない全裸の状態だ。肌色の割合がかなり多い。眼鏡から視線を外せば元の世界なのに、眼鏡を通じて見る世界は変態だらけである。
学院長のグローリアに腕を掴まれて引き摺られるユフィーリアを眼鏡で見ると、
「…………ついてる」
彼女についていたのだ。
その、何がとは言わないがナニである。随分とご立派なものが堂々とあったのだ。
豊かな双丘も括れた腰つきも、淡雪のような白い肌も、銀色の長い髪も、全体的に女性的な印象なのだ。なのに何故かそこだけ【自主規制】が存在しているのである。
「ハルさん」
「なぁに?」
「事故とはいえ、ユフィーリアの裸を見たと言っていたな?」
「うん、だから殺さないでくれる?」
「その、ハルさんはユフィーリアに、ついているのを知っていたのか?」
「その部分は見てないけど、話は聞いたことあるよ」
ハルアはあっけらかんとした調子で、
「アイゼが言ってたけど、そういう人種もいるんだってさ。2種類の性別を持っている人ってのが」
「いるのか……」
「世の中にはオレらの知らないことがまだまだたくさんあるんだよ」
しみじみと語るハルアに、ショウはどこか納得してしまう。
この世界はショウの知らないものだらけだ。魔法も、文化も、何もかもが元の世界であったものとは違っている。まだこの世界にやってきて3ヶ月ほどしか経過していないショウでは、知らないことの方が多い。
だから元の世界では絶対に存在しなかったものがこの世界での常識で存在し、逆に元の世界では常識的にあったものがこの世界では非常識なものとなる。そういうことが簡単に起こり得る世界なのだ。
(学院長に聞けば分かるだろうか……)
この世界を形作った七魔法王が第一席【世界創生】――学院長のグローリア・イーストエンドなら、何かを知っているのではないだろうか?
《登場人物》
【ショウ】好きな人の裸にはドキドキしてしまう。ちゃんと男の子である。
【ハルア】過去にユフィーリアの風呂上がり現場に突撃してしまい、氷漬けにされて死にかけた。今回はショウに焼かれないか心配。
【ユフィーリア】身体的に秘密を抱えている問題児筆頭。秘密の部分については仲間内にも知られている様子だが、何故そうなったのか理由は誰も知らない……はず。本人も「何か1粒で2度美味しい的な感じがする」と呑気。




