第3話【問題用務員と失われた記憶】
お洒落眼鏡だと思ったら呪いの眼鏡でした。ちくしょう。
「何これ何これ何これ何これ何これ!?」
「知らねえ知らねえ知らねえ知らねえ知らねえ!!」
錯乱状態に陥ったエドワードがポコポコと叩いてくるものだから、ユフィーリアも彼を正気に戻すべくゲシゲシと蹴飛ばしまくる。骨と骨同士の喧嘩である。
眼鏡を通して見た人物が全裸どころか人体模型を華麗に通り過ぎて骨格標本に見える呪われた眼鏡など、誰が好き好んで開発するだろうか。せいぜい全裸止まりである。もしくは衣服のみを透過して下着姿ぐらいである。
人体模型も裸足で逃げ出すリアルな筋繊維と血管、内臓などが徐々に透過していき、骨だけが残った感覚は今後も忘れられそうにない。とんでもない呪われた眼鏡を開発したものである。しかも1度装備したら2度と解除できないおまけ付きだ。
用務員室に集合したのはいつもの面子だが、眼鏡を通じて見える世界は白骨化死体がヌルヌルと滑らかに動く不気味な世界だ。お化け屋敷も真っ青の光景である。
「ユーリどうにかしてよぉ!! 開発者じゃんねぇ!!」
「知らねえよ、覚えてねえんだもん!! どんな方法でこの馬鹿眼鏡を作ったのかアタシが知りてえぐらいだわ!!」
ユフィーリアは頭を抱えた。
酒に酔っ払ってこんな馬鹿な代物を作り出すとか、本当に何をしているのだろうか。被害が学院長やその他の教職員、全校生徒であれば腹を抱えて笑っていたところだが、自分に被害が及ぶのは話が違う。問題児の問題行動は、本人たちが高みの見物をしてこそだ。
それなのに、自分で蒔いた種を自分で回収してしまうとか馬鹿の極みである。何が「知的に見えるかもしれねえぞ」だ。この発言ですでに馬鹿の匂いしかしねえのだ。
顔に張り付いたかのように離れない銀縁眼鏡を引っ張るユフィーリアは、
「とりあえず『絶死の魔眼』で呪いを断つか。解呪方法を探すより確実な方法だろ」
「出来るのぉ?」
「馬鹿野郎、ゴリラの呪いも解いたんだぞ。アタシの魔眼で解けない呪いはねえんだよ」
ユフィーリアの持つ『絶死の魔眼』は、人物や建物などこの世に存在する全てのものが構成する要素を糸として認識できる優れた魔眼だ。現状、この特殊な魔眼を有する魔女や魔法使いはユフィーリア以外に存在しない。
そんな訳で自分自身にかけられた呪いも、糸として認識してしまえば切断できる。切断できれば簡単に解呪できるのだ。昨晩の自分に打ち勝てたような気がする。
早速とばかりにユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握り直すと、
「――ユフィーリア!!」
その時、唐突に用務員室の扉が叩き開けられた。
飛び込んできたのは白骨化死体である。声から判断してヴァラール魔法学院の学院長を務める青年――グローリア・イーストエンドのものだろうが、やはり視界に映り込むのは綺麗な骨を晒し続ける骨格標本だ。普段の中性的な顔立ちや紫色の双眸など、面影は全くない。
用務員室にズカズカと足を踏み入れるグローリアの背後から、また別のヌルヌル動く骨格標本が顔を覗かせた。覗かせたものは可愛い表情の人間らしい顔ではなく、夜中に出てきたら確実に気絶する類の髑髏である。今の状態で可愛いと思ってんのか。
怖いものが苦手なエドワードは「ぴぎゃあ!!」と汚い声で叫び、
「骨格標本が用務員室に襲撃してきたぁ!!」
「餅つけ、エド!! アイツは学院長だ!!」
「ぺったん」
「間違えた。落ち着け!!」
言葉を間違えたらショウから可愛らしい合いの手が入れられた。ユフィーリアも慌てすぎて呂律が回らなかった節がある。
「君って魔女は!! こんな馬鹿な眼鏡を開発して、しかも寝ている間に全校生徒と全教職員に装着させる!?」
「え、ヴァラール魔法学院全体でこのトンチキ眼鏡の被害に遭ってんの? やったぜ、面白いことになってきたァ!!」
「興奮しないの!!」
被害は自分自身だけではなく全校生徒・全教職員にも影響があったということを知り、ユフィーリアは拳を突き上げた。これで被害者はユフィーリアとエドワードだけだったら、死なば諸共精神で全校生徒・全教職員用の呪われたトンチキ眼鏡を開発していたかもしれない。
酔っ払って記憶をなくした頃の自分を褒めてやりたいぐらいだ。こんな面白い事件を起こした挙句、ちゃんと学院長や全校生徒を巻き込んで被害に遭わせるとは拍手で絶賛されるべきである。ただ自分も罠にかかってしまったのは考えものだが。
ユフィーリアは「じゃあさ」とグローリアに詰め寄り、
「お前も呪われた眼鏡を装備済み?」
「装備済みだよ、君のせいでね」
「うははははーい♪」
「喜ぶな!!」
グローリアも見る人間全てが骨格標本として認識される呪いの眼鏡を装備済みなら、もうこれ以上に喜ばしいことはない。今日は最高の1日になりそうだ。
「惜しいなァ、眼鏡姿が拝めないなんて惜しいなァ!! どうせなら眼鏡姿を拝んでみたかったけど、今の状態じゃ骨格標本がヌルヌル動いているだけだしなァ!!」
「喜ぶんじゃないって言ってるでしょ、ユフィーリア!!」
「ショウ坊、ショウ坊。グローリアの眼鏡姿ってどんな感じ? どんな感じ?」
ワクワクと最愛の嫁であるショウに振り返るユフィーリア。彼は幸いにも呪いのトンチキ眼鏡による被害を回避した数少ない人物である。この骨格標本が視界を埋め尽くすヤベエ世界ではなく、誰もがお揃いの銀縁眼鏡を装備したいつもの世界を見ているはずだ。
話題を振られたショウは「えっと……」と言い淀む。
首を僅かに動かして用務員室全体を見渡すような素振りを見せた彼は、正直に答えた。
「白骨化……」
「ん?」
「みんなが白骨化死体に見える……」
何てこった、頭脳明晰な嫁も好奇心には勝てなかったか。これでめでたく彼もトンチキ眼鏡の被害者の仲間入りである。
「誰が誰だか分からない……」
「みんなお揃いの白骨化死体だね!!」
「もしくは骨格標本のパーティだワ♪」
何てこった、被害者が増えてしまった。これでヴァラール魔法学院は、酔っ払いが作成したトンチキ眼鏡に支配されてしまった。
「何でお前らも装備しちゃうんだよ、白骨化死体だらけの世界なんて見ても面白くねえだろ」
「だって楽しいことは率先してやらなきゃ問題児じゃないでショ♪」
「仲間外れはよくないよ、ユーリ!!」
「ユフィーリアとお揃いの眼鏡……!!」
「さすが問題児だな。若干1名はおかしいけど」
お揃いの眼鏡をかけたいのであれば、こんな1度装備したら2度と外せない呪いの眼鏡に手を出さなくてもよかったのに、とユフィーリアは思う。
「ッたくもー、早く呪いの眼鏡をどうにかしてくれないッスかね。度数が入っていない伊達眼鏡だから、魔法兵器の設計時が不安になるんスよ」
「え、その声は副学院長?」
「そッスよ。もれなくボクのところにも被害は及んでるッス」
どうやら用務員室の外で待機していた骨格標本は副学院長だったらしい。骨だけとなった手をひらひらと揺らして存在を主張してくる。
まずいことになった。学院長のグローリアには毎日のように怒られているユフィーリアたち問題児だが、副学院長のスカイは怒られ慣れていない。場合によっては命が危ない。
問題児5名は揃って静かに土下座すると、
「殺さないでください」
「命だけは助けてください」
「食べても美味しくないです」
「せめて説教だけで済ませてくださイ♪」
「腕1本で許してください」
「アンタら、ボクのことを冥府の役人か鬼畜外道とでも思ってるんスか?」
副学院長は「心外な」と不満を露わにする。表情も見えていたらきっと唇を尖らせていただろうが、生憎と骨格標本みたいに綺麗な骨しか見えない。
「グローリアみたいに鬼畜外道じゃねえッスよ」
「い、命は助けてもらえますか?」
「命を奪うような真似をする奴だと思われている時点で不本意ッスよ。そんなことしないッス」
スカイにキッパリと断られて、ユフィーリアは安堵の息を吐いた。
学院長であれば減給とか減給とかたまに説教で減給とかの罰に処されるが、副学院長は何をしてくるのか分からない。この眼鏡を作った経緯以上に副学院長の罰則が不明なので、出来れば逆鱗に触れたくないのだ。
ほわほわと呑気に「そうッスよ」などと言うスカイは、
「ただボクの開発したエロトラップダンジョンに放り込むだけッスよ」
「ごめんなさい」
「勘弁してください」
「許してください」
「申し訳ありませン♪」
「今後は2度とやりません」
「え? 何が不満なんスか? 触手系の魔法植物や媚薬の出てくる壁の仕掛けとか【自主規制】に【自主規制】で【自主規制】【検閲削除】【表示できません】【言語不能】【表現不可】【いい加減にしろ】」
「「「「「すみませんでしたぁ!!!!」」」」」
ツラツラとエロトラップダンジョンとかいう拷問の内容を語られて、問題児は本気で謝罪をした。これもうダンジョンを乗り越えたら人間として終わる気がする。
その罰則の内容を語るスカイから、グローリアはそっと距離を取っていた。下手をすれば自分も巻き込まれかねないとでも思ったのだろう。正しい判断だが、問題児が道連れに選ばない訳がないだろう。
スカイは「冗談ッスよ」などと明るめに言い、
「まあ次やったら本気で作るッスけど」
「その構想は永遠に捨ててどうぞ」
「次にやったらって言ったッスよね。やらなきゃいいだけッスよ」
「ぐぅ」
副学院長に正論で言い負かされてしまい、ユフィーリアは思わずぐうの音が出てしまった。今後は絶対に副学院長を問題行動に巻き込むことだけは止めようと心に決める。
「とりあえず、下手人どもに眼鏡を作った経緯を聞いた方がいいね」
「あの、だから覚えてねえんだよ。酔っ払った時にトチ狂って作ったから」
「誰が君に聞くって言ったのかな? 覚えていない君を逆さに吊し上げても記憶が降ってくるのかな?」
声の調子は穏やかなグローリアだが、絶対に目は笑っていない。今が白骨化死体の状態でよかったかもしれない。冷ややかな視線を浴びれば肝が確実に冷える。
グローリアは右手を掲げて、真っ白な魔導書をどこからか呼び出す。慣れた手つきで何も書かれていない頁を開くと、紙面を指先でなぞった。
頁に滲み出てきたのは、複雑な魔法式で構成された魔法陣である。それを指先で弾くと魔法陣が魔導書の頁から滑り落ち、用務員室の床全体に広がっていく。
「物体記憶時間遡行魔法さ」
「早口言葉か?」
「要するに、物体の持つ記憶を読み取って映像として再生する難易度の高い魔法さ」
グローリアはどこか自慢げに胸を張ると、
「まあ僕が開発したんだけどね」
「グローリア、とっとと魔法を発動させないとエロトラップダンジョンが待ってるッスよ」
「何で僕を犠牲にしようとするの!?」
苛立つ副学院長に急かされるまま、グローリアは物体記憶時間遡行魔法とやらを発動させる。
「――〈展開・記憶の遡行〉――」
そうして、ユフィーリアたち酔っ払いの失われた記憶が再生された。
《登場人物》
【ユフィーリア】トンチキ眼鏡の犠牲者が全校生徒・全教職員にも及んでいると知って喜んだ馬鹿。踊る骨格標本の噂を作った張本人で、実際魔法で操っている。
【エドワード】踊る骨格標本の噂をユフィーリアから聞き、実際に遭遇してぶん殴ってバラバラにした。怖かった。
【ハルア】自らトンチキ眼鏡の犠牲になりに行った馬鹿。踊る骨格標本の噂をユフィーリアから聞き、実際に遭遇してダンスバトルを仕掛けた。
【アイゼルネ】自らトンチキ眼鏡の犠牲になりに行った馬鹿2号。ちゃんと南瓜のハリボテの下からかけてます。踊る骨格標本の噂をユフィーリアから聞き、特に遭遇することもなかった。
【ショウ】ユフィーリアとお揃いの眼鏡がかけたくてトンチキ眼鏡の犠牲になった女装メイド少年。この世界にも踊る骨格標本の噂があるとは驚いた。まだ遭遇はしていない。
【グローリア】踊る骨格標本と遭遇して泡吹いて気絶したことのある学院長。ビックリする系のお化けはあまり好きじゃない。
【スカイ】踊る骨格標本の噂に対抗して踊る人体模型の魔法兵器を作ったら学院長から正座でお説教を受ける羽目になった。