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第2話【問題用務員と呪いの眼鏡】

 ――カチッ、カンカンカンカンカンカンカンカンカン!!



「んがッ」



 遠くで聞こえた鐘の音によって、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは目を覚ます。


 窓から差し込む朝日は薄暗く荒れ果てた用務員室を照らし、目覚まし時計は未だにカンカンカンと眠る馬鹿野郎どもを叩き起こす為に鐘の音を響かせ続けている。ユフィーリアは何故か用務員室の床で大の字の状態で眠っていたようで、口の端から垂れたよだれを手の甲で拭った。

 どうしてこんな場所で寝ているのか、皆目見当もつかなかった。というか昨日の夜中の記憶が全くない。覚えているのは給料日だったから大量に酒を買い込んで、長い付き合いがあるエドワードと一緒に飲んでいたぐらいだ。



「確か途中でアイゼも参加して……ふあぁ……」



 寝ぼけ眼を擦りながら起き上がり、ユフィーリアはボサボサになった銀髪を掻く。


 とりあえず、未だに鳴り続ける目覚まし時計は消さなければならない。酔っ払いの頭に目覚まし時計の鐘の音はうるさくて仕方がないのだ。このままでは頭痛で苛立ちが加速する。

 床に転がっていた雪の結晶が刻まれた煙管を引っ掴むと、眠たげに欠伸をしながら転送魔法を発動させる。手元に目覚まし時計が転送され、無言でぶん殴れば鐘の音が止んだ。



「…………ええー」



 ようやく意識が覚醒方向に進んだユフィーリアは、改めて用務員室を見渡す。


 まず最初に認識できたのは、呪術系の魔導書の山である。初級編から上級編の魔導書まで多岐に渡り、中には用務員室で見かけたことのない代物まで存在した。おそらくこれはヴァラール魔法学院の図書館から無断で持ち出してきたのだろう。

 その魔導書の山を枕の代わりにして死んだように眠るのは、筋骨隆々とした巨漢――エドワード・ヴォルスラムだ。目元が赤く腫れているのは、酔っ払うと泣き上戸になる彼がワンワンと泣いた証である。


 彼の鍛え抜かれた腹に頭を乗せて眠っているのは、南瓜頭の娼婦ことアイゼルネだ。ドレスも昨日のまま、葡萄酒の瓶を抱きしめた状態で規則正しい寝息を立てている。彼女が風呂に入らないのは非常に珍しい。



「うわ、酷え荒れ模様。何だこれ……」



 ただでさえ荒れている用務員室に、魔導書が散乱していた。山が築き上げられ、床を埋め尽くす勢いで散らばっている。様々な呪術系の魔導書ばかりで、中には錬金術や呪具の魔導書などが混ざっていた。

 おまけに、広げられた魔導書の下に大量の酒瓶が転がっている始末である。中身はどれも飲み干された状態だが、碌でもないことをしたのは間違いなさそうだ。


 ズキズキと痛む頭を押さえたユフィーリアは、



「え、一体何をしたんだアタシは……?」



 驚くほど昨日の記憶が抜け落ちている。エドワードとアイゼルネで酒盛りをした以降の記憶が思い出せない。


 まあこんな足の踏み場もないほど荒れ果てた用務員室では、気持ちよく本日の問題行動すら出来ない。図書館司書のルージュにも説教されることは確定されているので、無断で持ち出してきた魔導書は返却することにしよう。

 雪の結晶が刻まれた煙管を指揮者の如く振って、ユフィーリアは荒れた用務員室を片付け始める。魔導書が自然と浮かび上がってスカスカになった用務員室の本棚に収納されていき、図書館から無断で持ち出した魔導書は部屋の隅に積み上げられる。


 空っぽになった酒瓶を一纏めにしながら、ユフィーリアは未だに眠り続けるエドワードとアイゼルネをそれぞれ蹴飛ばした。



「お前ら起きろ、ちったァ片付けを手伝え」


「んえ? もう朝ぁ?」



 眠気を孕んだ銀灰色ぎんかいしょくの双眸を擦りながら起き上がるエドワードは、自分の腹を枕にして眠るアイゼルネの肩を揺さぶった。



「アイゼぇ、朝だよぉ」


「あラ♪」



 アイゼルネは「おはよウ♪」と軽やかに起き上がり、



「やだワ♪ おねーさんってばお風呂に入ってないワ♪」


「風呂は魔法で沸かしてやるからとっとと入ってこい」


「シャワーだけ浴びてきちゃうわヨ♪ エドも入ってないでショ♪」


「そうだねぇ、昨日はお風呂にも入らずに飲んじゃったしねぇ」



 絶対に見習ってはいけない大人組のアカン光景である。


 アイゼルネはパタパタと居住区画に引っ込み、エドワードはユフィーリアが纏めた酒瓶たちを紐で縛る。ゴミを出す際は必ずこうしなければならない謎の規則があるのだ。

 慣れた手つきで酒瓶を紐で縛るエドワードは「あれぇ?」と声を上げた。彼が拾ったのは銀縁眼鏡で、何の変哲もなさそうな眼鏡だ。かけるだけで頭の良さそうな雰囲気が出そうである。



「この眼鏡って誰のぉ?」


「お前のじゃねえの?」


「俺ちゃんは眼鏡に頼るほど視力悪くないもんねぇ。ユーリじゃないのぉ?」


「アタシぃ?」



 んー、と首を捻るユフィーリア。


 眼鏡に頼るほど視力の低下は見られないが、お洒落さを演出する為に眼鏡を作った可能性は大いにある。何せ昨晩の記憶が全くないのだから、意味不明な行動をしていても頷ける。

 錬金術とかの魔導書が転がっているので、錬金術などの魔法を利用して眼鏡を作成したのだろう。酔っ払いながらもそんな行動が出来る自分自身に才能を感じた。


 ユフィーリアは銀縁眼鏡を受け取ると、



「アタシが作ったかな……」


「錬金術の魔導書とかあるもんねぇ」



 銀縁眼鏡は特に何の細工も施されていないようで、ユフィーリアは試しに装備してみる。眼鏡自体には度数も入っていないもので、伊達眼鏡として作ったのだろうか。



「どうよ」


「頭良さそうに見えるねぇ」


「実際に頭はいいんだよ」


「でも大抵馬鹿な問題行動に使われちゃうんだよねぇ。結局行き着く先は馬鹿の世界」


「それはそう」



 反論できないし、自分が天才的な馬鹿であることは理解しているので早々に受け入れる。一言で矛盾できる言葉だと思う。


 銀縁眼鏡をかけた青い瞳を巡らせれば、近くにもう1つ眼鏡を発見した全く同じ形をした銀縁眼鏡である。

 魔法で引っ張り寄せれば、ユフィーリアが現在装備中の眼鏡と同じものだった。もう1つお洒落な眼鏡を作ったのだろうか?



「エド」


「何よぉ」


「同じのもう1個出てきた」


「本当だねぇ」



 銀縁眼鏡をエドワードに手渡したユフィーリアは、



「かけてみろよ。アタシと同じく頭が良さそうに見えるぞ、きっと」


「本当にぃ?」



 半信半疑でエドワードは眼鏡を装備した。銀灰色の双眸が硝子製の板の向こう側に隠され、知的な印象が出てくる。



「眼鏡ってかけたことないから分かんないねぇ。どうよぉ?」


「頭良さそうに見える」


「本当にぃ?」


「あといつもの強面が3割減に見えるな。どちらかと言うと頭の良さそうな暴力団組織の若頭に見える」


「普段はどんな風に見えてるのぉ!?」


「チンピラ」


「傷ついたぁ」



 しょんぼりと肩を落とすエドワード。これで色付きの眼鏡をかければ間違いなく殺し屋か暴力団組織の首魁になるのだから、まあ面白いことにはなる。



「おはよう、ユフィーリア……」


「おはよ!!」


「おう、おはようさん」


「おはよぉ」



 居住区画の扉が開き、寝ぼけ眼を擦る最愛の嫁――アズマ・ショウが顔を覗かせる。用務員の暴走機関車野郎と名高いハルア・アナスタシスも寝癖がついた髪を揺らし、居住区画から飛び出してきた。


 まだ眠たげな赤い目を擦るショウは、銀縁眼鏡を装備したユフィーリアを認識して動きを止める。それからゆっくりとハルアの後ろに隠れてしまった。

 寝起きの嫁に何かをした記憶はないが、昨日の酔っ払った際の記憶が全くないので寝ているショウに何かをやらかしてしまったのだろうか。嫌な予感がしてならない。彼の父親である冥王第一補佐官殿に土下座をしなければならない時が来たか。



「格好いい……」


「え?」


「眼鏡姿が格好いい……寝起きには眩しすぎる……」



 ショウはそんなことを言っていた。どうやら杞憂に終わったらしい。



「だったらかけてみるか? これ伊達眼鏡だから大丈夫だぞ」


「いいのか?」


「ハルちゃんもかけてみるぅ?」


「いいの!?」



 期待の眼差しを向けてくる未成年組に銀縁眼鏡を渡そうとするユフィーリアとエドワードだが、



「あれ?」


「ん?」



 取れない。

 眼鏡が取れないのだ。まるで肌に張り付いてしまったかのように。


 ユフィーリアは銀縁眼鏡を外そうと引っ張るのだが、



「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」


「ふぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」



 エドワードも同じように引っ張っても取れる気配がない。


 試しにエドワードの眼鏡を引っ張ってみるのだが、やはり取れない。同じくユフィーリアの眼鏡もエドワードに引っ張ってもらうのだが、全然取れない。

 髪に引っ掛かっている気配もなければ、眼鏡に接着剤とか糊がついていた訳ではない。何かおかしい。



「どうしたんだ、ユフィーリア?」


「おかしなことしてるよ!?」


「いや実は眼鏡が取れなくて――」



 ショウとハルアの方へ振り返ったユフィーリアは、彼らの姿を見て固まった。


 全裸だったのだ。生まれたままの姿である。

 下着すら身につけていないありのままの姿を晒し、しかも隠すことなくその場に立っている始末である。見てはいけないものを見てしまった。



「うおおおッ!?」


「ど、どうしたユフィーリア!?」



 突如として奇声を上げたユフィーリアに、ショウが驚きを露わにする。


 それどころではない、全裸なのだ。

 この眼鏡、もしかして見た相手の姿が全裸に見える素敵で面白い呪われた眼鏡ではないか?



「ちょ、やばいぞエド。これ面白いものを開発したな!?」


「それどころじゃないんだけどぉ!!」



 エドワードは眼鏡の上から手のひらで覆って視界を隠し、



「俺ちゃんはユーリが全裸に見えるんだけどぉ!!」


「いやそれはアタシも同じだからな!! いい身体してんな相変わらず!!」


「そりゃ毎日鍛えてますからぁ!? ユーリもお肌が綺麗だね!!」


「アイゼに管理されてるからな、そりゃな!!」



 2人揃ってヤケクソ気味である。面白くて仕方がないのだが、全裸に見えるのは洒落にならない。

 何とかしてこの眼鏡を外そうかと試みるのだが、視界に映り込む人物が全裸どころの騒ぎではなくなってしまった。徐々に皮膚が透けていくのだ。


 エドワードの彫像めいた肉体から皮膚が消え失せ、血管と筋繊維が剥き出しの状態となる。それは自分自身の身体にも適用されていて、手のひらや腹や胸元なども毛細血管や筋繊維などが見えてしまっていた。



「は?」



 混乱するユフィーリアだが、透明化は止まらない。


 皮膚の透過の次は、筋繊維や血管が透けていく。骨の内側に収まった内臓なども徐々に透明となっていき、残ったのは健康的な白さを持つ骨だけだ。

 それはエドワードも同じである。指の隙間から世界を眺めていた彼だが、ユフィーリアがさながら白骨化死体のような姿を晒すことになって、ワナワナと震えていた。いやまあ、見た目はユフィーリアと同じく骨なのだが。



「骨!?」


「骨ぇ!!」


「骨?」


「え、何のこと?」


「誰か叫んだかしラ♪」



 ユフィーリアとエドワードの視界には5体の白骨化死体が集合し、用務員室が阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

《登場人物》


【ユフィーリア】記憶をなくすまで酒を飲んだ馬鹿1号。スキンケアは大体アイゼルネに管理されている。酒飲みなのにお肌の調子は抜群。

【エドワード】記憶をなくすまで酒を飲んだ馬鹿2号。鍛えているので全裸になっても恥ずかしくないもん。お肌の調子はアイゼルネに管理されている。

【アイゼルネ】記憶をなくすまで酒を飲んだ馬鹿3号。問題児の中で1番のお洒落番長。スキンケア、美容の鬼。どんな相手でも綺麗にしちゃうわヨ♪


【ハルア】酒盛りに気づかなかったので、昨日はぐっすりすやすや快眠。寝相が悪いので寝癖が爆発している。

【ショウ】酒盛りに気づかなかったので、昨日はぐっすりすやすや快眠。寝起きに最愛の旦那様の眼鏡姿を見て萌えと不整脈が止まらない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 今回はいつもとは違い、ユフィーリアさんたちにも覚えがないというか、酔っ払っていて記憶がないのか、それとも彼女…
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