第4話【問題用務員とエテルニタ教会】
さて、時間は流れて結婚式当日である。
ヴァラール魔法学院の敷地内にはエテルニタ教会と呼ばれる場所があり、儀式『しあわせの花嫁』はその教会にて執り行われる。エリシアで最も神聖な場所と呼ばれるこの場所は、花嫁にとって憧れの地でもあった。
三角屋根が特徴的な純白の教会は、周辺を森に囲まれた湖の中心に存在している。湖の中心に設けられた浮島まで真っ白な桟橋がかけられ、湖には様々な形をした純白の花が咲き誇っている。薔薇に百合はもちろん、花言葉が『祝福』だの『幸せ』だの陽気な言葉を与えられた白い花ばかりが集められている。
純白の桟橋を渡る問題児どもは、さぞエテルニタ教会では浮いていることだろう。ヴァラール魔法学院創立以来の問題児と言われているのだから、最も神聖な場所であるエテルニタ教会を訪れれば浄化されかねない。
「ヴァラール魔法学院にこんな施設があったなんて知らなかった」
「ここはあまり開放されねえからな。厳重に施錠されてるし、入ってもつまらねえモンばっかりだから行かねえし」
先頭に立って桟橋を渡るユフィーリアは、興味深げにエテルニタ教会を観察するショウに言う。
学院の隅に位置するエテルニタ教会だが、普段は厳重に施錠されている。エリシアで最も神聖な場所にあるものは面白みのない教会と幸せの押し売りを体現した白い花の群れだけなので、好き好んで訪れるような場所ではない。
楽しめるものが眠っているのであれば労力をかけてでも侵入するのだが、ただ綺麗なだけの教会だけなら話は別だ。教会の外観にそこまで興味がある訳ではないので、年に1度ぐらいお目にかかればいい程度で終わってしまう。
湖に浮かぶ純白の花の群れを眺めていたエドワードは、
「もう結婚式が始まるのぉ?」
「いンや、これから七魔法王で打ち合わせ。結婚式でも役割が違うからな」
桟橋を渡り終えたユフィーリアは、エテルニタ教会の扉の前に立つ。
エテルニタ教会の扉は木製の観音開き式で、十字架の装飾がそこかしこに施されていた。エテルニタ教会を建てた第六席【世界治癒】が宗教関係者だからだろう、十字架だけではなく翼を広げた鳥の紋章まで使われていた。
教会の窓はどれも硝子絵図となっており、割れば何ルイゼの請求書が送られてくるか想像できない。ヴァラール魔法学院の窓にも使われる硝子絵図も結構な高額なのだ、エテルニタ教会の硝子絵図ともなれば目玉が飛び出るほどの金額となるに違いない。
扉を軽く押せば、施錠はされていなかったのか簡単に開いた。ギィと蝶番の軋む音が耳朶に触れる。
「遅いよ、ユフィーリア」
エテルニタ教会の扉を開いた瞬間に、そんな言葉が飛んできた。
教会の最奥に設置された祭壇を背に、真っ白な長衣を身につけた黒髪紫眼の青年――グローリア・イーストエンドが待ち受けていた。
今日この場にいるのはヴァラール魔法学院の学院長ではなく、第一席【世界創生】としてだ。その為、彼の身につける衣装は白い長衣といういかにも汚れが目立ちそうなものだった。
「何だよ、時間ピッタリだろ。文句言うんじゃねえよ」
「5分前行動ぐらいは心がけてよね。時間ちょうどにくればいいってものじゃないんだよ」
「いつもは遅刻するぐらいがちょうどいいって言ってたのに……」
ユフィーリアは不満げに唇を尖らせる。いつにも増して理不尽なことを言ってくるものだ。
集められた七魔法王の間に緊張感が漂う理由も分からないでもない。いつもならば絶対に成功させる『しあわせの花嫁』の儀式を、今回は絶対に失敗させなければならないのだ。人類から神の如く崇め奉られる魔法の天才集団『七魔法王』がわざと魔法の儀式を失敗させようと企むのだから、世界中が大騒ぎしても文句は言えない。
偉大なる七魔法王が全員集合した光景を眺めるショウは、
「……父さんも七魔法王だったとは驚きだ」
「本当は冥王様が担うべき立場なのだが、自由に動けない身なのでな」
冥王第一補佐官でありショウの実父でもあるアズマ・キクガは、やれやれと肩を竦めて答えた。
彼は第四席【世界抑止】の席に座る、暴徒に対する抑止力だ。本日は勤務中なので女装はしておらず、装飾品のない神父服と錆びた十字架が胸元で揺れる冥王第一補佐官らしい格好だ。顔全体は髑髏の仮面で覆われ、足首まで届くほど長い黒髪な背中を流れる。
一見すると不吉な存在に見えるが、七魔法王が第四席【世界抑止】だからこそ出席を求められるのである。ユフィーリア以上に結婚式の場が似合わない。
「ならば父さんはユフィーリアの正体を知っていたと?」
「まあ、そうなる訳だが。いつもは騒がしいユフィーリア君が、七魔法王の会議に出席すると途端に静かになるものだから驚いたがね」
「父さん嫌い」
「ショウ!?」
自分が知るより前にユフィーリアが第七席【世界終焉】であることを知っていた父に、ショウが拗ねてしまった。頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
可愛い拗ね方だが、息子に「嫌い」と言われたことでキクガは再起不能になるほどショックを受けてしまったようだ。膝から崩れ落ちたまま「私はダメな父親です」とブツブツ繰り返している。放置しておいたらキノコでも生えそうな勢いだ。
そんな傷心状態の第四席【世界抑止】を嘲ったのは、第三席【世界法律】である図書館司書のルージュ・ロックハートだ。
「ざまあねえですわ、今日この姿を目に焼き付けてお紅茶を5杯ほどいただきましょう」
「ちぇすと」
ハルアの指先がルージュの眼球に突き刺さった。見事な目潰しである。第二関節までズッポリだった。
「何しやがるんですの、この暴走機関車野郎!?」
「凄えね、第二関節までズッポリだったよ!!」
ハルアは血で染まった指先を掲げ、狂気的な笑顔を浮かべている。さすが問題児の暴走機関車野郎、手加減なしで相手の眼球を潰しにかかるとは本当に容赦の欠片もない。
おかげでルージュの眼球からは血の涙が止めどなく溢れていた。あれはもう無事では済まない。眼球に回復魔法でもかけなければ、きっと本当に失明しかねない。
本当に失明させようと再びルージュへ目潰しをしようと企むハルアを止めたのは、第六席【世界治癒】に籍を置く保健医のリリアンティア・ブリッツオールだ。
「ハルア様、それ以上は危険です。お止めなさい」
「チョークスリーパーもダメ!?」
「儀式の終了後にいくらでもどうぞ。今はまだ結婚式の出席を控えておりますので、乱暴なことをしては使い物にならないでしょう?」
「使い物にならないとは何ですの!?」
ルージュが金切り声で叫ぶ。
さすがに純白の修道服が特徴的な『永遠聖女』と名高いリリアンティアに注意されてしまい、ハルアも引き下がらざるを得なかった。「ちぇ」と不満げに唇を尖らせているものの、ルージュに目潰しをしたことで溜飲を下げたようである。
ちなみにリリアンティアだが、回復魔法や治癒魔法に長けた魔女である。純白の修道服と控えめな胸元から下がる磨き抜かれた金色の十字架は、まさに教会関係者と言ってもいいだろう。本人は魔女と言ったら怒るのだが、事実なのだから仕方がない。
リリアンティアはルージュの瞳に回復魔法をかけてやり、
「ショウ様、お父上に『嫌い』なんて言ってはなりませんよ」
「う……あれは、その、言葉の綾で……」
「貴殿と第七席様のお付き合いはまだ短いのです。知らなくて当然のことは山ほどあります。以前からこの世界にやってこられたお父上に嫉妬するのはお門違いでございますよ」
「…………はい」
弱々しげに応じたショウは、未だ膝をついて項垂れるキクガに「父さんごめんなさい」と素直に謝罪していた。聖人君子は病みメイドも制御できるとは今日1番の驚愕事項である。
「そろそろ儀式の打ち合わせをやるよ」
「今回の儀式は、絶対に失敗させなきゃダメッスからね」
グローリアの言葉に第二席【世界監視】に名前を連ねる副学院長、スカイ・エルクラシスが難しそうな表情で応じる。
「不幸せを望まれる花婿と花嫁も気の毒なものじゃのぅ」
第五席【世界防衛】に座る植物園の管理人、八雲夕凪は今回の『しあわせの花嫁』の花婿と花嫁に選ばれた彼らの未来を憂う。
今回の『しあわせの花嫁』は、花嫁と花婿の不幸が望まれているのだ。結婚式を失敗させ、花婿と花嫁が永遠に結ばれるのを諦めさせなければならない。
その為に必要なのが、ヴァラール魔法学院創立以来の問題児だ。普段から馬鹿な行動しかせず、結婚式を「ぶち壊したい」と心の底から望んでいるユフィーリアたちが今回の結婚式ぶち壊し作戦の要となっている。
「ユフィーリア、何か考えてきたのかな?」
「まあまあ、任せろ任せろ」
ユフィーリアは清々しいほどのいい笑顔で親指を立て、
「好き勝手にやればいいんだろ?」
「裸芸でもやろっかぁ?」
「ヴァージンロードを占領する!?」
「いっそ教会の爆破でもしちゃおうかしラ♪」
「花婿を全裸にひん剥けばいいですか?」
普段から問題行動に勤しむからこそ、次々と口から結婚式をぶち壊せる可能性のある作戦が飛び出てくる始末である。
まあ、言っておきながら実行はしない。何故なら今日の問題行動は彼らの望むことと真逆――すなわち結婚式の成功を望むのだから。
しれっと嘘が口から飛び出した問題児どもに気づかず、グローリアは「うわぁ」とドン引きしたような表情を見せた。
「提案しておいてアレだけど、やっぱり問題児って敵に回したくないなぁ」
「何だよ、グローリア。いつだってアタシらはお前を玩具にする気満々だぞ」
「逆に何で僕を玩具にする気なの? 他の人はどうなの?」
「いや他は敵に回したら、その、アレじゃん? ヴァラール魔法学院をクビになって学校爆破どころじゃなくなるじゃん? 最悪、ルージュに性癖改造されて全裸に首輪付きでお外を徘徊するようになるぞ」
「八雲のお爺ちゃんは?」
「すでに敵」
「何でじゃあ!!」
すでに問題児から敵認定を受けている八雲夕凪だけ、悲痛な声で叫んだ。コイツはどう足掻いても敵である。世界が終わる瞬間は真っ先にこのクソ狐の存在を消してやる所存だ。
エドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウも同じ認識なのか「敵だよねぇ」「敵だね!!」「敵だワ♪」「永遠に死んでほしいですね」などと言っており――ショウだけやたら辛辣だった。
ユフィーリアは「じゃあ早速」と踵を返し、
「新郎新婦様にご挨拶をしてきますかね」
《登場人物》
【ユフィーリア】問題児筆頭にして第七席【世界終焉】の席に座る魔女。エテルニタ教会にあるパイプオルガンでパンクな曲を奏でて怒られたことがある。
【エドワード】問題児2号にして魔女の忠犬。ウェディングケーキなら5台は食べられると思う。
【ハルア】問題児3号にして魔女の騎士。ウェディングドレスを着てみたいし、どうせなら花嫁を攫ってみたい。
【アイゼルネ】問題児4号にして魔女の従者。ブーケトスをするなら攻撃力の高い花を使って野郎の顔面に一球入魂する所存。
【ショウ】問題児5号にして魔女の花嫁。ユフィーリアのお嫁さんになる日を今か今かと待ち侘びる。気分はもう不動の正妻である。
【グローリア】第一席【世界創生】を名乗る魔法使い。今回は神父役を務める。
【スカイ】第二席【世界監視】を名乗る魔法使い。特にやることはないくせに、七魔法王だからという理由で出席を強要させられた。
【ルージュ】第三席【世界法律】を名乗る魔女。結婚とは契約に基づき実行されるので、割と結婚式には出席する。出来れば自分も結婚したい。
【キクガ】第四席【世界抑止】を名乗る冥王第一補佐官。妻とは神前式で結婚式を挙げたので、チャペルによる結婚式が新鮮。
【八雲夕凪】第五席【世界防衛】を名乗るクソ狐。湖に浮かぶ白い花たちを軒並み枯らして、キクガによる折檻を受けた。
【リリアンティア】第六席【世界治癒】を名乗る聖女。エテルニタ教会の管理人。その純粋なオーラは病みメイドのショウさえも浄化させる。