第3話【問題用務員と面隠しの薄布】
面隠しの薄布とは、第七席【世界終焉】の専用装備である。
第七席【世界終焉】は、性別不詳の無貌の死神と有名だ。その為、顔を隠さなければならない。
顔を隠さなければならないのは第七席【世界終焉】の本人であるユフィーリアだけではなく、従僕であるエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの4人も顔を隠す必要があるのだ。ユフィーリアだけが顔を隠したところで、他の4人が顔を隠さなければ第七席【世界終焉】が誰なのか判断できてしまう。
そんな訳で、面隠しの薄布を仕立てなければならないのだ。
「面隠しの薄布ってどんなのぉ?」
「こんなの」
針と糸で黒い布を縫っていくユフィーリアは、雪の結晶が刻まれた煙管を一振りする。
すると、袖のない真っ黒な外套だけが形状を変える。
剥き出しになった肩の部分が黒い布地で覆い隠され、外套の裾も足首に届くほど長くなる。そして銀髪で覆われたユフィーリアの頭を隠すように真っ黒な頭巾が背後から出現し、人形を想起させる美貌を頭巾の下に収納される。
ユフィーリアは「どうよ」と胸を張り、
「顔が見えないだろ?」
「第七席【世界終焉】の格好でユーリの声がすると混乱するよねぇ」
「何だとこの野郎」
エドワードにバッサリと切られ、ユフィーリアは唇を尖らせる。頭巾によって顔を隠しているので、残念ながら不機嫌顔を見せることはない。
「それって顔見えないのぉ?」
「改良したからどんなことをしても見えねえぞ」
「本当にぃ?」
「おうよ」
「ふぅーん」
エドワードは大きな手のひらをユフィーリアの頭にポンと乗せると、
「えい」
「イダダダダダダダダダダお前ちょ何してんの何してんの!?」
遠慮なしに頭巾を引き剥がそうという暴挙に出たエドワードの手を振り払い、ユフィーリアはあまりの痛さに絶叫した。頭皮すら持っていこうと言わんばかりの手つきだった。
この『面隠しの薄布』だが、改良をしたことで自分自身の手でしか解除できない仕様になったのだ。ユフィーリアが自分の意思で頭巾を取り払わない限り、自然の条件でも人為的条件でも絶対に脱げることはない。
詳しく言えば、風で外れることもないし他人が無理やり脱がそうとしても無駄に終わる。頭巾の中を覗き込んでも、礼装の効果で顔を見ることが出来なくなった。
顔を見られない状態であれば、あとは声を出さなければいいだけの話である。そうすれば性別不詳の死神が降臨する。
「あれぇ?」
「どうしたよ」
「ユーリ、身長伸びたぁ? 何か身長がおかしなことになってなぁい?」
「ああ、それも『面隠しの薄布』の効果だな」
ユフィーリアは黒い頭巾を指先で摘み、
「『面隠しの薄布』は顔を隠すだけじゃなくて、性別とかも曖昧にする効果があるからな。外から見ると身長も適度に高くなってるし、性別も女だって分からねえだろ」
「そうだねぇ」
「まあ適用されるのはアタシの姿を見る他人だけなんだがな。アタシ自身の目線はいつも通りだし」
礼装『面隠しの薄布』は、幻惑魔法の粋を集めた逸品だ。制作方法もユフィーリアしか知らず、他の誰も再現不可能である。
ちなみに余談だが、葬儀の際に身につける黒い薄布はユフィーリアの面隠しの薄布を参考にしていると言われている。「涙を隠す為」という意味合いがあるようだが、葬儀に参加する機会はないので詳しくは知らない。
ユフィーリアは「ッたくよォ」と頭巾を取り払いながら、
「ほい、1着目」
「おおー」
エドワードに渡された外套は、頭巾が縫い付けられたユフィーリアとお揃いのものである。
ただし真っ黒で装飾品がないユフィーリアの外套と違って、ベルトなどの装飾品が多少ある。ただ真っ黒だけに終わらず、ちょっとしたお洒落さも演出されていた。
ユフィーリアは順調に2着目の外套を作成しながら、
「お前とハルは外套だけだ」
「中はいつも通りでいいのぉ?」
「ちゃんと前は閉じておけよ。面隠しの薄布の効果が半減するから」
「んん?」
エドワードは外套を羽織りながら、
「ユーリは前を閉じてないよねぇ?」
「アタシは黒装束にも性別を曖昧にさせる魔法を組み込んであるからな。面隠しの薄布の効果をより高めさせる為に」
「なるほどねぇ」
普段着である迷彩柄の野戦服の上から外套を羽織ったエドワードは、試しに頭巾を被ってみる。すっぽりと彼の強面が黒い頭巾の下に隠されると同時に、見上げるほど高かったエドワードの身長が揺らぐ。
瞬きをすれば、エドワードの身長が縮んでいた。成人男性の平均的な身長になる。真っ黒な外套の裾をひらひらと揺らし、エドワードは自分の格好を確かめるようにくるくるとその場で回った。
上手く効果は発揮されている様子だった。これなら式典に参加してもエドワードであることがバレない。
「どぉよ」
「完璧」
「今の俺ちゃんってどんな感じなのぉ?」
「喋らなけりゃエドだってバレねえな」
それどころか第七席【世界終焉】と誤認される可能性もある。なかなかいい出来栄えだと自画自賛する。
ユフィーリアはハルア用の外套を仕立て終え、アイゼルネとショウに着せる為の面隠しの薄布をどうするか考える。
問題児きってのお洒落番長であるアイゼルネには、やはりドレスが似合うだろうか。彼女は魔女の従者として従僕契約の際に役割を与えられたので、従者らしい服装の方が式典の場に相応しいかもしれない。
問題はショウだ。魔女の嫁として従僕契約の時に役割を与えられた彼だが、式典の場でも女装をさせる訳にいかない。常識に従って、背広などのちゃんとした服装がいいだろうか。
「うーむ」
「どうしたのよぉ、ユーリ」
「その格好でエドの声が聞こえてくると頭がおかしくなるな」
「それは俺ちゃんも思うけどぉ」
エドワードは頭巾を取り払い、
「何をそんなに悩んでるのぉ?」
「アイゼとショウ坊には何を着せようかと思ってな。やっぱりドレスかな、式典だからちゃんとした格好の方がいいか?」
「何だぁ、そんなことねぇ」
何でもないような調子で言うエドワードは、
「じゃあ聞いたらいいじゃんねぇ。ショウちゃんだって自分の意思ぐらい持ち合わせてるでしょぉ」
☆
そんな訳で、問題児が被服室に全員集合である。
「凄え!!」
真っ黒な外套を着込み、頭巾を目深に被ったハルアが楽しそうにくるくるとその場で回転する。「これどうなってんの!?」と叫んでいるが、黙っていれば第七席【世界終焉】に見える。
面隠しの薄布は効果を発揮し、ハルアの姿を曖昧にしている。頭巾をした状態で黙り込まれれば本当に誰なのか判別がつかない。顔はもちろん、性別や身長なども曖昧になっている。
そして問題のアイゼルネとショウだが、
「これって凄いわネ♪」
更衣室に見立てた衝立の向こうから現れたアイゼルネは、床まで届くほど長い真っ黒なスカートを摘む。
彼女の格好は『魔女の従者』らしく地味なワンピースだ。袖やスカートの裾には黒いレースをあしらい、細い腰を強調するように革製の胴着を巻いている。黒いレース編みで構成された手袋でお洒落さを演出し、従者らしい大人しめな服装だ。
そして頭頂部には黒い造花を使ったヘッドドレスを乗せ、そこから黒い薄布が顔を覆い隠す。ユフィーリアやエドワード、ハルアの使う頭巾形式とは違って正式な薄布の形を採用した。
華麗にくるんと1回転するアイゼルネは、
「おねーさん、ちゃんと顔が見えてないかしラ♪」
「見事にぼかされてるねぇ。南瓜のハリボテを被ってないんでしょぉ?」
「そうヨ♪」
いつも橙色の南瓜で頭部を覆い隠しているアイゼルネだが、面隠しの薄布が持つ効果によって顔の輪郭や部品さえも曖昧になっていた。顔が判別できるほどヘッドドレスから垂れ落ちる薄布は頼りないのに、形はおろか髪色や性別さえも分からなくさせる効果は目を見張るものがある。
アイゼルネの礼装は、性別の部分を曖昧にする効果を弱めたつもりだ。よく見れば女性だと判断できるが、それだけでは正確な部分まで分からないはずである。
顔を覆い隠す薄布を持ち上げるアイゼルネは、
「これってヘッドドレスを頭に装着しただけでお着替えできたのヨ♪」
「着替え魔法も礼装に組み込んでおいた。アイゼとショウ坊の衣装は着替えるのが大変だからな」
「顔も曖昧になっちゃうからお化粧も控えた方がいいわネ♪」
アイゼルネがそんなことを言うと、遅れて更衣室の代わりにした衝立の向こうから「あの」とショウが顔を覗かせる。
「ど、どうだろうか」
衝立の向こうから姿を見せたショウは、真っ黒なドレス姿だった。
首元から鎖骨、肩から両腕を複雑なレース素材が覆い隠し、胸元から足にかけてスカートがふわりと広がった清楚で可愛らしい意匠となっている。前後で長さの違うスカートは何段も重ねられた影響でふわふわとしており、さながら魚のヒレのような可憐さがあった。
ドレスには透明な宝石があしらわれ、まるで星空の如く綺麗なものである。スカートの裾から伸びる華奢な足は黒い長靴下で覆われ、足元は磨き抜かれたストラップ付き革靴が飾る。黒だけで纏められているにも関わらず、お嫁さんのように綺麗なドレス姿だ。
さらに彼の艶やかな髪には銀色の鎖で構成された髪飾りが絡みつき、頭頂部に乗せられた小さな冠から薄布が垂れ落ちる。薄布にも花柄が描かれており、力の入った礼装となっていた。
「俺の我儘でドレスを仕立ててもらったが、似合っているだろうか」
「…………」
ドレス姿のショウを目の当たりにしたユフィーリアは、膝から崩れ落ちた。
「ユフィーリア!?」
「綺麗だ……本当に綺麗だ……こんな綺麗な子がアタシのお嫁さんとか幸せすぎて死ねる……2回ぐらい死ねる……」
「し、死な、死なないで死なないでッ、ユフィーリア死なないでくれッ!!」
「うん生きる、頑張って生きる……」
懇願されてしまったので、ユフィーリアは頑張って生きることにした。ショウと結婚するまで死ぬ訳にはいかない。
さて、これで『しあわせの花嫁』の儀式出席も準備が整った。
あとは儀式を成功に導くだけである。周囲からは結婚式をぶち壊して中止に誘導することを期待されているが、期待を裏切るのが問題児の常だ。
「ところでユーリぃ、布地って勝手に使ってもよかったのぉ?」
「必要経費だから大丈夫だ」
「学院長にバレないかな!?」
「これから式典出席には必要になるから許してくれるはず」
「色々と使ったみたいだけド♪」
「いつものことだよ、いつものこと」
「本当に大丈夫だろうか……?」
「怒られたらいつものように土下座で『ごめんなさいの歌』でも高らかに歌ってやるさ」
被服室に置かれている資材を勝手に使って礼装を仕立てる問題行動など日常茶飯事である、今更怒られたところで別に心に響かない。
怒られたら怒られたで土下座の大安売りをすれば、学院長だって見捨ててくれるだろう。「君たちって問題児は!!」と怒り狂って胃痛を加速する羽目になるだろうが、そこはそれ、問題児なのだから仕方がない。
儀式『しあわせの花嫁』を確実に成功させる為、ユフィーリアは脳内で作戦を描くのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】七魔法王が第七席【世界終焉】の名前を冠する魔女。普段は問題ばかり起こしているが、実は凄い奴。第七席の責務は真面目にこなすものの、大抵はフードの下で変顔をしている。
【エドワード】第七席【世界終焉】の従僕。魔女の忠犬を担う筋骨隆々の巨漢。フードを被ると周りから身長が低く見られる魔法にちょっと興奮。
【ハルア】第七席【世界終焉】の従僕。魔女の騎士を担う少年。フードを被ったら身長が伸びて見える魔法に感動。ちなみにユフィーリアが仕立てた外套は裾がちょっと短めで軽い素材で作られている。
【アイゼルネ】第七席【世界終焉】の従僕。魔女の従者を担う南瓜頭の娼婦。頼りない薄布でも顔を隠せる便利さに感動したが、これを普段の生活では使えないと気づく。
【ショウ】第七席【世界終焉】の従僕。魔女の花嫁を担う女装メイド少年。真っ黒なドレス姿だが、本当にユフィーリアのお嫁さんになった気分で嬉しい。