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第6話【異世界少年とお土産】

『あいー』



 魔フォーンから聞こえた最愛の旦那様の声は、何故かグデングデンにとろけていた。



『どしたー?』


「ユフィーリアか? 大丈夫か?」


『だいじょーぶー、あー』



 魔フォーンに表示された魔法陣から漏れ出てくるユフィーリアの声はデロデロに溶けていて、いつもの覇気とか凛とした空気はすでに瓦解している。百合の花を想起させる声の面影はどこにもない。

 衣擦れの音がすると同時に『イダダダダダ』などと呻き声も聞こえてくるので、まだ魔法を使う際の神経を修復している作業中なのだろう。修復作業とは想像がつかないが、ショウの元の世界で言うところのエステみたいなものなのだろうか。


 ショウは最愛の旦那様の状況が心配になりながらも、魔フォーンに質問を投げかける。



「あの、今はお土産を見ているのだが」


『あー』


「ユフィーリアは何がいいだろうか? 甘いものは好まないし……地酒とかがいいか?」


『えー?』



 魔フォーンの向こうで応じるユフィーリアは、



『いいのー?』


「ああ。エドワードさんがいるから買ってもらえる」


『じゃあ頼むわー。辛口で「後味すっきり爽やか」みたいな説明文があると嬉しいー』


「分かった」



 魔フォーンを片手に地酒の棚を見回し、ショウはユフィーリアの指定する地酒を選ぶ。

 辛口の酒は数多く存在しているし、さらに『後味がすっきり爽やか』みたいな説明文も多く見受けられる。未成年であるショウは酒の試飲が出来ないので、どの地酒がいいのか分からない。


 地酒の瓶が大量に並ぶ棚を眺めるショウの耳に、ユフィーリアの声が滑り込んでくる。それまでとろけ切っていた声ではなく、いつもの百合の花を想起させる凛とした声が耳元に触れた。



『ショウ坊』


「他に必要なものがあったか?」


『日帰り旅行は楽しいか?』



 魔フォーンの向こうでユフィーリアは声を押し殺して笑うと、



『何か、声が楽しそうだからな。旅行を目一杯楽しんでるなら、それでいい』


「今度はユフィーリアやアイゼルネさんも一緒に行きたい」


『5人一緒となると、長期休暇の時がいいだろうなァ』



 今回はあくまで日帰り旅行となるが、次に旅行をする際は5人で一緒に行った方が今よりずっと楽しいはずだ。5人一緒ならお泊まりも望めるし、遠くに出かけても罪悪感はない。

 それには5人の休みが一緒になるのが必須条件だが、その辺りは長期休暇の期間を利用すればいいだろう。ヴァラール魔法学院に長期休暇の概念が存在しているのか不明だが。


 ユフィーリアは『まあ、そうだな』と頷き、



『次は5人で一緒に、どこか遠い国に旅行しようか』


「その時が楽しみだ」


『どうせ長期休暇の際は何もすることがねえんだから、旅行するのもアリだな』



 すると、魔フォーン越しに喋っていたユフィーリアが再び『イデデデデ』と呻き始めた。修復作業が難航している模様である。


 お土産の注文も聞けたことだし、名残惜しいが通信魔法を切断して修復作業に専念してもらった方がよさそうだ。ショウも大量に並んだ地酒の中から最愛の旦那様の好みに合いそうな地酒を選ばなければならない。

 ついでに地酒を飲む際に使用する硝子杯も購入していこうか。色とりどりの硝子を削って作り出された酒盃の数々は、どれも綺麗で目移りしてしまう。



「じゃあユフィーリア、通信魔法を切るぞ」


『あいー』


「ああまた溶けてしまった」



 魔フォーンの通信魔法を切断しようと表示された魔法陣に指を伸ばすショウだが、



『気をつけて帰ってこいよ、ショウ坊』



 ちゅ、と。

 耳元で唇の音が触れた。


 気づけば通信魔法はすでに切断され、魔フォーンは真っ黒な画面を晒していた。魔法陣は消え失せ、魔フォーンの識別式を登録した表が映し出される。



「あ、あぅ」



 ショウは思わず耳を覆ってしまった。


 やけに生々しかった。電話では感じることが出来ない現実味のある質感まであったような気がする。

 最後の最後で特大級の爆弾を叩き落としてくるとは、さすが最愛の旦那様である。酸いも甘いも経験した大人の女性だ。こんなちんちくりんな子供なんて、逆立ちしたって彼女の魅力に敵う訳がなかった。


 顔を真っ赤にして地酒を販売する棚の前で立ち尽くすショウの肩を、背後から歩み寄ってきたエドワードが「ショウちゃん?」と叩いてくる。



「大丈夫ぅ? 顔が真っ赤だけどぉ」


「あうあう」


「え、ユーリと魔フォーンで喋ってただけだよねぇ? 何かやられたのぉ? もしかしてお酒を試飲しちゃったぁ?」



 赤い瞳を涙で潤ませるショウは、懸命に首を横に振る。



「ちが、違います……」


「じゃあどうしたのぉ?」


「ユフィーリアに、ユフィーリアに」


「はいはい」


「耳に、ちゅーされました……」


「…………」



 エドワードの首が思い切り捻られる。想像が出来ない様子で、彼の顔はどこか難しげな表情を浮かべていた。



「えーと、通信魔法を切断する時にぃ、こう『ちゅ』ってやられたのぉ?」


「はい……」


「ユーリも気障きざなことをやらかすんだからねぇ」



 エドワードの大きな手のひらが、ショウの頭をポンポンと軽く撫でてくる。「やられたらやり返すんだよぉ」と彼は助言してくれるが、どうやり返せと言うのだろうか。



「それでぇ? お土産は地酒に決めたのぉ?」


「はい。でも、種類が多くて何にしようか迷ってて……」


「ユーリは何て言ってたぁ?」


「辛口で、後味がすっきり爽やかだったらいいと」


「なるほどねぇ」



 エドワードは「んーとねぇ」と地酒の瓶が並べられた棚を見やる。

 地酒の瓶を比べて、値札の横に添えられた説明文も確認する。辛口で、後味が爽やかなものとなるとかなりの種類がある。どの地酒がいいのか、ショウでは判断がつかない。


 ショウもエドワードと一緒に地酒の瓶を吟味すると、



「これがいいねぇ」



 ひょい、とエドワードが1本の瓶を選んだ。


 瓶には『星屑ノ宴』と銘打たれており、瓶の首には星の形をした札が下げられていた。紺色の瓶には銀色に輝く砂のようなものが散らされており、星空を表現していた。

 値札の横に添えられた説明文にも『辛口』『後味がすっきりと爽やか』というユフィーリアの注文通りの言葉が並んでいる。瓶も綺麗でとても素敵だ。



「エドワードさんはどうしてこれを?」


「『迷った時は瓶が綺麗なものを選べ』ってユーリに教わったからだよぉ」



 展示されている地酒の瓶の裏から箱に収納された商品を取り出したエドワードは、



「よく知らないけどぉ、ユーリなりのこだわりみたいだよぉ。瓶が綺麗だと飲む時に気分がいいんだってぇ」


「そうなんですか」


「その瓶も綺麗だからぁ、きっとユーリも気に入ってくれるよぉ」



 地酒の瓶を抱えて「これは俺ちゃんが買ってあげるねぇ」と言う。未成年では酒を買えないので、ここはエドワードに代金の精算を任せるしかない。

 少し残念である。地酒はショウが選びたかったのだが、まだユフィーリアのことを何も知らなかった。勉強不足を悔いる。


 アイゼルネのお土産はどうするか、と他の土産物が並べられた店内に視線をやったショウだが、



「ショウちゃん」


「はい?」


硝子杯グラスを選んであげてぇ」



 地酒の棚のすぐ側に置かれた硝子杯の棚を指で示し、エドワードは言う。



「この前ねぇ、ユーリってば酔っ払って自分の硝子杯を叩き割ってたからねぇ。ショウちゃんが選んであげたのだったらきっと割らないと思うよぉ」


「…………はい!!」



 ショウは元気よく頷いた。


 硝子杯グラスは用務員室の棚にもありそうだったから必要ないか、と思っていたのだが叩き割ったのであれば仕方がない。新しいものを見繕って、美味しく地酒を飲んでもらうとしよう。

 いそいそと硝子杯の棚に近寄り、色とりどりの酒盃を眺める。色鮮やかな青い硝子杯の表面に雪の結晶に見立てた刻印が施されたものはユフィーリアそのものを体現している様子だが、ユフィーリアの好みに合致するのかまでは別問題である。


 どの硝子杯も綺麗なものばかりで目移りしてしまうが、ショウは棚の隅に展示された真っ黒な硝子杯に視線が留まった。



夜鴉ヨガラス……」



 どうやら商品名らしい。


 棚に掲げられた説明文には『夜の鴉の如き綺麗な黒の硝子と、硝子杯グラスの底に散りばめられた銀砂が特徴』とある。試しに硝子杯を手に取って底を覗き込んでみると、確かに銀色の砂が底に散りばめられていた。

 まるで夜空のようである。黒は第七席【世界終焉セカイシュウエン】の異名を取るユフィーリアの象徴であり、これはまさしく最適である。


 箱に収納された硝子杯を手に取ったショウは、



「エドワードさん」


「あらぁ、決めたのぉ?」


「はい。とっても綺麗なものを選びました」



 箱を片手にショウは微笑み、



「『夜鴉ヨガラス』って硝子杯グラスなんです。ユフィーリアの黒装束みたいに真っ黒な硝子杯なんですよ」


「え゛」


「俺、これ買ってきます。残り少なかったから、早く買わないと他の人に取られちゃう」


「え、あの、ショウちゃん? ショウちゃーん!?」



 エドワードが何かを言っていたが、ショウは気にせずお会計に直撃した。


 精算機の前に立ち、微笑ましそうにショウたち土産屋に立ち寄ったお客さんを眺めていた狐耳の男性店員に硝子杯グラスの箱を突き出すショウ。満面の笑みで「お会計をお願いします」と告げる。

 ショウから硝子杯の箱を受け取った男性店員は粛々と精算機に代金を打ち込み、



「代金5万3,800ルイゼです」


「はい」



 お財布から迷いなく紙幣を取り出したショウは、5万もする硝子杯を購入するのだった。



 ☆



 5万もする硝子杯グラスを購入するショウの背中を眺めるエドワードとハルアは、互いに顔を見合わせて囁く。



「え、あの高級硝子杯を迷いなく買ったよぉ?」


「ショウちゃん金持ちだね!!」


「自分の硝子杯を叩き割っちゃったから新しいものを買ってあげてって嘘を吐いちゃったよぉ……どうしようねぇ……」



 ユフィーリアが酔っ払って自分の硝子杯グラスを叩き割った、というのは嘘だ。


 可愛い末っ子用務員のショウが「ユフィーリアのお土産を選んであげたかった」と言わんばかりに落ち込んでいたので、硝子杯を選ぶように勧めた次第である。酔っ払って硝子杯を叩き割ることは実際に起こり得るし、現在使っている安物の硝子杯に思い入れもクソもないユフィーリアならすぐにショウから送られた硝子杯を使うことだろう。

 ただし、物事には限度がある。まさか高級硝子杯と有名な『夜鴉ヨガラス』シリーズを購入したとは予想外だ。あの硝子杯は1つ5万から8万ルイゼは飛んでいくので、選んだ地酒より何倍も高い。


 エドワードは魔フォーンを取り出すと、学院でお留守番中の南瓜頭の娼婦ことアイゼルネに通信魔法を繋ぐ。



『あらエド♪ どうしたのかしラ♪』


「アイゼ、頼みがあるんだけどねぇ」


『何かしラ♪』


「ユーリの今使ってる硝子杯グラス、すぐに叩き割ってきてぇ」



 魔フォーンの向こうから『はあ!? おいふざけんなエド!!』とユフィーリアの悲鳴が聞こえてくる。だが、それどころではない。


 だってショウがあっさりと高級硝子杯(グラス)を購入してしまったのだ。値段で踏み留まるかと思ったが、笑顔で万札を何枚も財布から取り出した時はエドワードの金銭感覚の方がおかしいのかなと思ってしまった始末である。

 アイゼルネも『まだ使えるのにどうしてヨ♪』などと言ってきたので、エドワードは真実を告げた。



「ショウちゃんがユーリのお土産に夜鴉ヨガラスシリーズの硝子杯を」



 ガシャーンッ!! と硝子が割れるような音が耳を劈いたのは、その直後のことだった。

《登場人物》


【ショウ】ユフィーリアの為なら高級な硝子杯さえ購入できる。基本的に自分のお金はユフィーリアの為にあり、お金を使う理由はユフィーリアが原因であることが多い。

【エドワード】可愛い後輩の為に嘘を吐いたが、その嘘がやべえ展開を引き起こすとは思わなかった。高級硝子杯を躊躇いもなく購入できる後輩に戦慄する。

【ハルア】所持金40ルイゼなのでお土産はエドワードにお金をたかることになる。お土産として購入したものは変な顔が印字されたお饅頭。


【ユフィーリア】エドワードの通信魔法が届いた途端、自分が今まで使っていた安物の硝子杯を叩き割った。

【アイゼルネ】エドワードの通信魔法を受けたユフィーリアが躊躇いもなく自分の使っていた硝子杯を叩き割ったのを見て「お、おう」としか反応できなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! ユフィーリアさんの気障でカッコいい大人の女性の振る舞いがとても色っぽくてよかったです。電話越しにキスをされて…
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