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第2話【異世界少年と男3人旅】

「これで大丈夫だろうか」



 姿見を覗き込むショウは、今日の為に揃えた服装を確認する。


 袖が膨らんだ白い半袖の襯衣シャツに、腰の辺りで絞られた薄桃のスカートは裾が綺麗に広がっていて品性がある。細い腰を強調するように巻き付けられた太めのベルトはさながら着物の帯を想起させ、赤い組紐が飾られていた。

 艶やかな黒髪は結び目も癖もなく背中を流れ、動くたびにふわりと優雅に揺れる。頭の上には鍔の広い麦わら帽子を被り、強めの日光にも対策が施されていた。スカートの裾から伸びる華奢な足はレース素材の短い靴下で覆われ、ストラップ付きの革靴が足元を守る。品性と愛らしさが見事に同居した服装と言えよう。


 これらの服装は、以前ユフィーリアに買ってもらったものだ。大量に購入した衣類の中から、アイゼルネの助言を頼りに着替えやすくて可愛いものを選んだつもりだ。



「うん、よし」



 衣類の乱れもなく、少し大きめの鞄には財布や手巾ハンカチなど外出に必要なものも揃えた。最近、副学院長に開発してもらった通信魔法専用端末『魔フォーン』も忘れずに鞄へ忍ばせたし、魔力の充填も問題はない。

 これで出かける準備は完璧である。今日はせっかくの男3人旅なのだから、目一杯楽しむのが吉だ。


 少しずれてしまった麦わら帽子の位置を直してから、ショウは衣装部屋を出る。



「待たせてごめんなさい」


「待ってないよ!!」



 学外に外出するからか、ハルアもいつもの服装とは違っていた。


 無数の衣嚢ポケットが縫い付けられた黒いつなぎ姿とは打って変わって、今日は何だか色が多い。薄青の襯衣シャツは裾が長く、袖は適度に捲られて七分丈の状態になっている。襟元は大きく開かれ、その下には黒い肌着が僅かに覗いてお洒落さを演出していた。

 脛の辺りで絞られた明るい茶色の洋袴ズボンを合わせ、さらに足元は短めのブーツで飾る。ブーツには飾り釦やベルトがあしらわれ、格好いい印象があった。


 雪の結晶が刻まれた認識票を胸元で揺らし、ハルアは「可愛い!!」とショウの格好を手放しで褒める。



「メイドさんも可愛いけど、私服も可愛いね!!」


「ハルさんの私服姿も格好いいぞ」


「えへへ」



 いつもの黒いつなぎ姿とはかけ離れた服装なので、活動的な少年という印象が先行する。この姿で往来を歩けば女子にモテモテかもしれない。童顔とはいえ、ハルアもそれなりに顔立ちは整っているのだから。

 ショウに服装を褒められて嬉しいのか、ハルアは照れ臭そうに笑っていた。照れ隠しなのか、胸元で揺れる認識票を弄っている。


 そんな未成年組のやり取りを眺めていたエドワードは、



「はいはい、もうすぐ魔法列車が来ちゃうからねぇ。行くよぉ」


「はぁい!!」


「はい」



 エドワードの呼びかけに、ハルアとショウは短く応じる。


 学外に出かけるということもあり、エドワードもまた結構お洒落な服装に身を包んでいた。ざっくり編まれた灰色のニットは胸元が大胆に開かれ、鎖骨や立派に鍛えられた胸筋が覗く。細めの洋袴ズボンは背の高い彼によく似合い、股下がえらいことになっていた。床を踏みしめるブーツは膝下まで届き、ハルアの靴よりもベルトなどの装飾品が多いので厳つめな雰囲気があった。

 いつも首から下げている犬用の口輪は今日ばかりはなく、代わりに雪の結晶のモチーフが特徴的な首輪と重ねるように牙の装飾品が揺れる革紐が巻かれている。格好よさの中に野生的な印象も織り交ぜられた服装だ。


 エドワード、ハルア、そしてショウは用務員室へ振り返ると、



「じゃあ行ってくるねぇ」


「行ってきます!!」


「行ってきます」



 諸事情があってお留守番することになったユフィーリアとアイゼルネは、それぞれ手を振ってショウたち3人を送り出した。



「おう、気をつけて行ってこいよ」


「お土産よろしくネ♪」



 ☆



 正面玄関の脇に設置された関係者専用の扉を潜り、ショウは2度目のヴァラール魔法学院の外に足を踏み出す。


 賑やかな学院内とは違って、学外は驚くほど静かだ。

 それもそのはず、ヴァラール魔法学院は大自然に囲まれた辺鄙な場所に存在する名門魔法学校である。この場所まで訪れるには世界各地を転移魔法で移動する魔法列車に乗る以外の方法はない。学外から学院内へ転移魔法を使うには、何か色々な手続きが必要らしい。


 エドワードは「はいこれねぇ」とショウとハルアに切符を渡し、



「ユーリから預かっておいたんだよぉ。昨日のうちに申請しといてくれたんだってぇ」


「体調不良なのに申し訳ないな……」


「ちゃんと治るって言ってたしぃ、今日はアイゼにお任せしちゃおうねぇ」



 エドワードは「お土産はちゃんと忘れないようにしなきゃねぇ」などと呟いていた。


 ユフィーリアの体調不良の原因は、魔法の使いすぎによる神経が疲弊したことによる倦怠感と身体中の凝りだ。さすがに知識がまだ足りないショウでは、ユフィーリアを助けてやることが出来ない。ここはアイゼルネに任せてしまう方が得策だ。

 今日中に治癒できるのかどうか心配だが、アイゼルネは自信満々に「おねーさんに任せテ♪」と言っていたので問題ないだろう。美容などの知識があれば、その神経とやらを治癒できるのか?



「湯煙温泉郷はどのぐらい乗るの!?」


「極東地域まで乗るからぁ、大体2時間か2時間半ぐらいかねぇ」


「じゃあ暇だからトランプしよ!! オレ持ってきた!!」


「ハルちゃん、お財布はぁ?」


「見たら40ルイゼしか入ってなかった!!」


「その金額でよく日帰り旅行を提案したねぇ」



 やれやれと肩を竦めたエドワードは、



「まあ、俺ちゃんがお金を出すからいいけどさぁ」


「俺も出しますよ」


「いいのよぉ、ショウちゃん。ユーリからいくらか預かってるしぃ、俺ちゃんも大人なんだからねぇ」



 エドワードはショウの頭をポンと撫でて、



「だから大人に甘えときなさいねぇ」


「オレもエドに甘えていいの!?」


「ハルちゃんはショウちゃんの先輩なんだからぁ、甘えるだけじゃなくてちゃんとしなさいねぇ。格好いいところを見せなきゃ笑われちゃうよぉ」



 そんなやり取りを経てヴァラール魔法学院の校門を潜り抜ければ、すぐ目の前が魔法列車の駅である。ここは魔法列車の駅と併設されているので、出かける時は大変便利である。


 駅構内に足を踏み入れると、すぐに魔法列車が虚空から姿を見せた。線路の上を滑るように走る魔法列車は、乗客であるショウたち3人を認識してゆっくりと停まる。

 ぷしゅー、と気の抜けた音と共に魔法列車の扉が開いた。中から姿を見せたのは、舞踏会で見かける華美な仮面を装着した車掌の男性だ。白い手袋を嵌めた手を、ショウたちに無言で突き出す。



「3人分ねぇ」


「…………」



 切符を手元から奪われ、切符鋏で穴を開けられる。それから車掌は「乗れ」と言わんばかりの態度で扉の前から退き、ショウたちを魔法列車内に促した。

 相変わらず愛想のない車掌である。ユフィーリアとデートに出かけた時も同じような態度だった。もしかして、愛想のなさを補う為に仮面をつけているのだろうか?


 エドワードとハルアは気にせず魔法列車内に足を踏み入れ、



「ハルちゃん、今日はちゃんと乗ってなきゃダメだからねぇ。窓から飛び降りて『列車と並走する!!』とか言い出したら縊り殺すからねぇ」


「今日はそんなことしないよ!! だからトランプ持ってきたんだよ!!」」


「トランプは抑止力か何かなのぉ?」



 何気ない会話を交わしているが、内容が聞き流してはおけないものだった。



「あの」


「どうしたのぉ?」


「ショウちゃんどしたの!?」


「それって本当ですか?」



 ショウへ振り返ったエドワードとハルアは、何の話題か察知したのかポンと手を叩いた。



「本当だよぉ。この馬鹿タレは魔法列車が走ってる最中に窓から飛び出して、列車と並走するとかほざいたからねぇ」


「でも楽しかったよ!!」


「あれ以来ねぇ、ハルちゃんが魔法列車に乗る時は必ずユーリが氷漬けにしてから乗せてたんだよねぇ。そうでもしなきゃ『魔法列車の屋根に乗って風を感じたい!!』とか言い出しかねないからねぇ」



 遠い目をするエドワードは、



「ハルちゃんってばショウちゃんの前だと格好つけるからぁ、俺ちゃんがちょっと目を離しても大丈夫だと思うんだよねぇ。ハルちゃんの命の為にも抑止力として働いてねぇ」


「頑張ります」



 小さく拳を握って気合いを表明するショウの隣で、心外だと言わんばかりにハルアが「そんなことしないよ!?」と叫ぶ。


 しかし、エドワードは彼の言葉を信じていない様子だった。

 ハルアの毬栗いがぐりにも似た赤茶色の頭を大きな手のひらで鷲掴みにすると、5本の指にギリギリと力を込めて締め上げていく。その表情は怖いくらいに清々しい笑顔だった。



「文句言うんじゃないよぉ、お前さんには前科があるんだからこうでもしないと絶対にやるじゃんねぇ!! 今度は列車の車輪に挟まれたいとか言い出したら首を捻り切るよぉ!?」


「イダダダダダダダダダダごめんごめんごめん本当にやらないから!!」


「お客様、発車しますのでお席にお座りください!!」



 魔法列車の利用客に飲み物をお届けする給仕の少女に注意され、問題児3人は慌てて切符に記載された個室を目指すのだった。

《登場人物》


【ショウ】お出かけする時でも女装を忘れない。男の格好をするよりも女の子の格好をした方が可愛いということに気づき、女装に対する恥や躊躇いなどない。

【ハルア】実は私服も持っている。普段は真っ黒なつなぎしか着ていない影響で、私服姿は意外と爽やか好青年だが中身が伴っていない。

【エドワード】迷彩柄の野戦服以外にも私服を持っている。装飾品は少なめで身体の線が出るような男らしい私服をたくさん持っている。身長も相まって股下お化けになっている。


【ユフィーリア】お留守番1号。私服姿は意外と格好良さと色気に振り分けられている。私服の時ぐらいしか色のある服を着ないし、礼装を組み直さない。

【アイゼルネ】私服はワンピースやオールインワンなどの大人っぽい服が多い。小物などでお洒落さを演出する達人。気分が乗れば南瓜のハリボテも脱いじゃう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは!! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! ハルア君の暴走エピソードに大笑いしました。列車と並走して走ろうとしたり、列車の前輪に挟まれたいと言い出したり…
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