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第1話【異世界少年と招待券】

 がらんがらーん、がらんがらーん。



「大当たりですニャ!!」



 ヴァラール魔法学院購買部を切り盛りする猫妖精ケットシー、黒猫店長が大きめの鐘を鳴らして当選を告げた。


 手回し式の抽選箱から転げ落ちたのは金色の小さな球体である。球体を受け止める赤い天鵞絨ビロードが張られた受け皿に転がる球は確かに金色で、1等が当選したことを示していた。

 その手回し式の抽選箱を回したのは、毬栗いがぐりを想起させる赤茶色の短髪をした少年である。身につけた黒いつなぎには無数の衣嚢ポケットが縫い付けられ、琥珀色の双眸が爛々と輝いて受け皿に転がった金色の球を見つめていた。


 黒いつなぎ姿の少年――ハルア・アナスタシスは「見て!!」と勢いよく振り返ってくる。



「当たった!!」


「凄いな、ハルさん」



 一緒に購買部へ買い物に来ていたショウは、ハルアの1等当選を祝福した。


 ジメジメとした暑さのある季節なので、本日は涼しげに半袖のメイド服である。随所に雪の結晶が刺繍され、さらに生地も冷感素材で仕立てられているのでサラリとした肌触りが特徴的だ。髪型も「今日は暑いから」と言ってポニーテールに結んでもらい、鈴が括り付けられた赤い紙紐が動きに合わせてチリンと音を立てる。

 最高にして最愛の旦那様であるユフィーリアお手製のメイド服と装飾品である、文句なしに完璧だった。もう女装に対する羞恥心などなくなっている。


 金色の球を回収した黒猫店長は、可愛いお手手で『1等景品』と書かれた封筒を会計台の下から取り出す。



「こちらが1等の賞品ですニャ」


「これ何!?」


「湯煙温泉郷の3名様ご招待券ですニャ」



 温泉、という単語にショウは瞳を瞬かせた。



「この世界にも温泉はあるんですか?」


「極東地域では珍しくないですニャ。最近暑い日が続きますのニャ、温泉に浸かって英気を養うのニャ」



 黒猫店長は「またのお越しをお待ちしておりますのニャ」とショウとハルアを送り出した。


 今回の籤引くじびきは、購買部の在庫セール的なアレである。2等や3等は商品券や飲み物の引換券になるのだが、その下にある4等から7等ぐらいになってくると『缶詰』『洗剤』『石鹸』などの日用雑貨が目立ってくる。

 籤引きは購入金額が3,000ルイゼごとに1回引けるので、購入金額が5,380ルイゼだったショウとハルアは1回しか引けなかった次第である。ギリギリ2回目までは届かなかったが、1等に当選しただけ運がいい。


 1等の景品を掲げるハルアは、



「これどうしよう!?」


「そうだな……」



 1等の景品は『湯煙温泉郷のご招待券3人分』である。

 ショウたち問題児は全員で5人なので、必然的に2人だけ仲間外れになってしまうのだ。いつも仲良しな問題児が分裂してしまうきっかけを作ることになってしまう。


 ただ、これを使わないのはもったいない気がするのだ。せっかくの温泉なのだから行ってみたいところである。



「そうだ!!」



 ハルアが妙案を思いついたように口を開き、



「エドも誘って3人で行く!?」


「エドワードさん?」


「オレとショウちゃんとエド!! 男3人!!」



 なるほど、確かに妙案である。


 ヴァラール魔法学院で働き始めて3ヶ月余り、先輩用務員のハルアと行動する場面はままあれど、用務員の男性陣で行動を共にすることはなかった。これは絶好の機会なのかもしれない。

 ちょうど招待券も3名様分なので、エドワードとショウとハルアの3人で使ってしまうのも悪くはないだろう。最愛の旦那様であるユフィーリアを含め、女性陣には申し訳ないがお留守番をしてもらうしかない。



「確かに、それはいい考えだな」


「でしょ!?」


「ユフィーリアに相談してみよう」


「うん!!」



 すでにハルアは温泉気分なのか、1等の景品を天高く掲げて「温泉だ、温泉だ」と陽気に小躍りしている。実に愉快な先輩である。


 ただ、心配なことがある。

 最愛の旦那様であるユフィーリアは果たして、男3人旅に許可を出してくれるだろうか。魔法が当たり前となった世界に於いて、ショウたち男3人旅の面子は魔法が全く使えない人間ばかりである。「危険だ」と言われてしまう可能性は大いにあり得る。


 小躍りから激しい踊りに昇華したハルアのダンスを眺めながら、ショウは密かに心配するのだった。



 ☆



 用務員室に戻れば、上半身裸の筋肉ダルマが暑苦しいことに筋トレの真っ最中だった。



「あれぇ?」



 逆立ちしながら親指だけで指立て伏せをしている途中だった筋骨隆々の巨漢――エドワード・ヴォルスラムは、用務員室へ帰還を果たしたショウとハルアへ視線をやる。



「ショウちゃんとハルちゃんじゃんねぇ、お帰りぃ」


「エドワードさんだけですか? ユフィーリアは?」


「今はいないよぉ」



 筋トレを中断したエドワードは、自分の机に積まれていたタオルで玉のような汗を拭う。

 彫像の如き均整の取れた肉体美を惜しげもなく晒し、同性のショウも思わず見惚れてしまうほど綺麗だ。一体どれほど鍛えればあのような肉体を手に入れることが出来るだろうか。ショウが同じような筋トレをやってもペラッペラな身体には筋肉が全くつかず、鶏ガラのように見栄えも悪い。


 あらかじめ用意していただろう水筒で水分補給をするエドワードは、



「何かねぇ、朝から体調が悪かったらしくて保健室に行ったよぉ。女の子の身体だからアイゼも一緒にねぇ」


「え、それって大丈夫なんですか?」


「大丈夫だとは思うけどねぇ。保健の先生は回復魔法や治癒魔法を得意とする先生だしぃ」



 飄々とそんなことを言うエドワードだが、ショウは心配になった。これは温泉なんて行っている場合ではない。


 思い返せば、ユフィーリアは朝から疲れている様子だった。顔色もどこか優れないようだったが、振る舞い方はいつも通りだったので油断していたのだ。もし体調が悪ければ看病しなければならない。

 購買部で買ってきた品々を置いて看病の為の薬やら健康用品やらを見に行こうかと考えるショウの耳に、聞き覚えのある声が滑り込んできた。ちょうど保健室に行ったらしいユフィーリアとアイゼルネが帰ってきたのか。



「ん、ショウ坊とハルか。お帰り」


「あら2人とモ♪ お帰りなさイ♪」



 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えた銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルが、どこか疲れ切ったようにショウとハルアへ笑いかける。


 用務員室に戻ってきたユフィーリアを支えていた南瓜頭の娼婦ことアイゼルネは、彼女を部屋の隅に置かれた長椅子ソファに座らせる。それから「お茶を淹れるわネ♪」などと言って、茶器や茶葉などを収納した戸棚に向かった。

 当のユフィーリアは無言で煙管を吹かせるだけだ。時折、肩を揉み込んだり頭を振ったりしている。体調が優れないのは明らかだった。



「ユフィーリア、大丈夫か? 何か必要なものはあるか?」


「平気だ、ショウ坊。気にするようなことじゃねえ」


「だが」


「お前は優しい奴だなァ」



 ユフィーリアは「心配してくれてありがとうな」とショウの頭を撫で、



「エド、ハル、そんでショウ坊」


「何だ?」


「どうしたのぉ?」


「何!?」


「お前ら、悪いけど明日はどこかに出かけててくれ。それで夕方まで帰ってくんな」



 体調不良のユフィーリアからとんでもねーお願い事をされてしまった。



「体調不良のユフィーリアを置いて出かけるなんて」


「いや、出かけててくれた方が助かるんだよ」



 自分の肩を「イデデデデ」と呻きながら揉み込むユフィーリアは、



「実は最近、魔法を使いすぎてな。魔法を使う神経がボロボロなんだわ。それを修復するのに大掛かりな作業になるから、風呂場を占領することになっちまう。夕方までには終わるだろうから、出来れば出かけててほしいんだよ。急な願いで悪いんだけどな」


「なるほどねぇ」



 納得したように頷くエドワードは、



「それはちゃんと治るのぉ?」


「おねーさんなら完璧に治せるワ♪」



 ちょうどお茶を淹れている最中だったアイゼルネが、どこか怒った様子で「全くもウ♪」などと言う。



「ユーリったら神経の調整をずっとおサボりしてたのヨ♪ この機会に色々と調整してあげなきゃいけないワ♪」


「何で保健室でも説教されてここでも説教されなきゃいけねえんだよォ」


「自業自得ヨ♪」


「そりゃそうだけど」



 アイゼルネがここまで言うのだから、その魔法を使う為の神経を調整すればユフィーリアの体調不良も解消されるのか。こればかりはショウではどうにも出来ないので、大人しく引き下がることにする。


 しかし、ちょうどいい機会だ。

 ショウとハルアの手元には湯煙温泉郷の招待券が3枚あり、男3人旅を密かに計画していた。ユフィーリアに「明日は夕方まで帰ってくるな」と命じられてしまったので、これはもう湯煙温泉郷でのんびりお風呂時間に洒落込むしかないのでは?



「じゃあユーリ!! これ行ってきていい!?」


「あん? 何だこれ」


「購買部の籤引くじびきで当てた!!」



 ハルアがユフィーリアに、1等賞品である『湯煙温泉郷の招待券』を見せる。招待券を眺めるユフィーリアは、



「へえ、湯煙温泉郷か。極東有数の温泉街の招待券なんてよく当てたな」


「オレとショウちゃんとエドで行ってきていい!?」


「ちょうどいいじゃねえか、楽しんでこいよ」



 ユフィーリアからも許可は出た。ズッコケ男3人旅の実現である。


 ハルアは「わーい!!」と招待券を頭上に掲げて、再び小躍りを開始した。用務員男性陣による3人旅が嬉しいのか、いつもよりご機嫌な様子だ。

 予定は急遽決まってしまったが、明日は極東有数の温泉街である湯煙温泉郷でのんびり過ごそう。いつもは問題行動ばかりで怒られているし、たまにはこうやって羽を休めるのもアリかもしれない。


 迷彩柄の野戦服を着直すエドワードは、



「それって俺ちゃんも行っていいのぉ?」


「行くんだよ!!!!」


「圧が凄いんだけどぉ」



 背後から飛びついて強制参加であることを主張するハルアに、エドワードは「分かったよぉ」と応じる。



「じゃあ、明日は野郎だらけの日帰り旅行を楽しもうじゃんねぇ」


「やったね日帰り旅行だ!!」


「楽しみだな、ハルさん」


「うん!!!!」



 そんな訳で、明日は日帰り旅行である。

 温泉なんて人生初めての経験なので今からワクワクが止まらない。どんな場所なのか、どんなものがあるのかなど想像しただけで楽しくなってしまう。


 ハルアと一緒になって「温泉だ」と喜ぶショウは、早くも温泉郷に思いを馳せるのだった。

《登場人物》


【ショウ】異世界出身の女装メイド少年。異世界で温泉を初体験。お風呂で必ずやることはエドワードに教えてもらいながら手でやる水鉄砲。

【ハルア】頼れる先輩用務員1号。暴走機関車野郎と名高いが、後輩の前では頼れる先輩を演じる。お風呂で必ずやることはバタ足。

【エドワード】頼れる先輩用務員2号。筋骨隆々とした巨漢。お風呂で必ずやることは歌を歌うこと。はー、びばのんのん。


【ユフィーリア】ショウの旦那様であり問題児筆頭な魔女。魔法を使う際の神経がボロボロで疲れ気味。お風呂で必ずやることは手足のマッサージ。

【アイゼルネ】お洒落や美容に詳しい南瓜頭のおねーさん。自分の身体を管理していないユフィーリアに怒り気味。お風呂で必ずやることは入浴剤選び。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、おはようございます!! 新作、今回もすごく楽しみです!!男三人組で初めての温泉旅行、何が起きるのか、どんな事件を起こしてくれるのか、今からドキドキワクワクしています!! …
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