第6話【問題用務員と携帯電話の行方】
「こんにちは」
試作機である通信魔法専用端末『魔フォーン』を受け取ってから次の日、申し合わせたかのように用務員室へ来客があった。
桜色の綺麗な着物に身を包み、臙脂色の帯と真っ白な組紐が細い腰を飾る。艶やかな黒髪には着物と同じ色の蜻蛉玉を使用した簪が挿さり、男性には見えない儚げな顔立ちには薄く化粧まで施してある。頭には綺麗な和装に似つかわしくない髑髏のお面が乗せられている。
漆の下駄をカラコロと鳴らし、優雅に用務員室へ足を踏み入れたどこからどう見ても『美人なお姉さん』としか言いようがない彼は、紅玉にも似た赤い瞳で用務員室を見渡してご挨拶。
「遊びに来た訳だが」
「父さん」
ちょうどハルアと一緒に絵本を読んでいたショウは、花が綻ぶような可愛らしい笑顔で実の父親であるキクガを出迎えた。
親子揃って女装癖とは言ってはいけない。似合っているのだから仕方がないだろう。エドワードやハルアが女装をすれば化け物になるだけなのに、何故ショウやキクガが女装をすれば可憐な美少女と美女になるのか謎である。深く考えてはいけない内容だ。
キクガは「これは手土産だ」とショウに鬼の絵が描かれた紙袋を手渡し、
「全員、息災な様子で何よりな訳だが」
「親父さん、久しぶりだな。最近は仕事が忙しかったか?」
「もうすぐ『冥府開き』がある訳だが。その準備に追われていて時間が取れなかった」
冥府開きとは、夏と冬の時期に執り行われる死者の魂を迎え入れる風習のようなものだ。冥府の門が開いて死者の魂が現世に還ってくるという内容であり、極東ではこの行事を『お盆』と呼んでいる。
ただ、魔女や魔法使いは冥府開きを重要視していない。魔女や魔法使いの家系は研究次第で不老不死も実現できるようになってしまったので、死者の魂が冥府から戻ってこられてもピンと来ないようなのだ。
極東地域では今もなお冥府開きの行事を執り行うので、冥府も冥府で忙しいのだろう。優秀な冥王第一補佐官であるキクガは与えられる役割も多そうだ。
「親父さん、今日は有給か?」
「有給を取得したのも理由だが、ボイコットだ」
「え?」
「ボイコットだ」
キクガは惚れ惚れするほど綺麗な笑みを見せ、
「あの腐れ冥王様が『冥府開きの申請が疲れた』とか抜かしやがるから、いつものようにしばき回しながら仕事をしていた訳だが」
「へえ」
「だがそのしばき方が冥王様のお気に召さなかった様子で『何か違うんだよなぁ』というお言葉をいただいたので放置プレイに処している」
「ああ、だから骸骨がガタガタ震えてんのか」
冥府との連絡を取り合う端末らしい頭蓋骨が、ガタガタと顎を鳴らしてキクガの応答を待っていた。だがキクガは巾着袋に無言でガタガタと震える頭蓋骨をしまい込むと、そのままハルアに巾着袋を手渡す。
訳が分からないまま巾着袋を手にしたハルアは「これどうすんの!?」と対応に困っている様子だった。暴走機関車野郎と名高いハルアを困惑させるとは、さすが天然親父である。
キクガはハルアの肩をポンと叩くと、用務員室の外を指差した。
「捨ててきてほしい、どこか遠くへ」
「分かった!!」
ハルアは「学院長に投げつけてくるね!!」と華麗な二次被害をあっさりと予告してから、用務員室を飛び出した。あの言い方だと実行する気満々のようだ。
「ああ、そうだ。親父さんに渡したいものがあったんだ」
「私にかね?」
「副学院長が作った試作機なんだけど、冥府でも使えるって言ってた。実際に使えるのか分かんねえけどな」
首を傾げるキクガに、ユフィーリアは自分の事務机から紺色の魔フォーンを取り出した。
どこからどう見ても紺色の板切れにしか見えない通信魔法専用端末を手渡され、キクガは不思議そうに「ん?」と首を傾げていた。使い方が分からなくて当たり前である。
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を吹かしながら、
「それは魔フォーンって言ってな、ショウ坊が持ってた『ケイタイデンワ』っていう通信魔法専用端末を参考にして作ってもらったんだよ」
「ショウが携帯電話を持っていたのかね?」
「え、おう」
キクガは紺色の魔フォーンに視線を落とし、
「……これが携帯電話? 私の常識にはないものだが」
「キクガさんの言う携帯電話はどんなものなのかしラ♪」
ちょうど紅茶を淹れたアイゼルネが、飴色の液体を並々と注いだカップをキクガに差し出しながら問いかける。
「私の知る携帯電話は2つ折りだった訳だが」
「あら、今の魔フォーンの形式よりも小さくなりそうネ♪」
「どうだろうか……縦に伸びるのではないだろうか」
キクガの言葉に、ユフィーリアの想像力が崩壊しそうだった。縦に伸びるとは一体?
お茶請けのお菓子を摘み食いしていたエドワードも同じ気分だったようで、互いに顔を見合わせてから自分たちの魔フォーンを取り出す。ユフィーリアとエドワードの魔フォーンを縦に並べて想像してみるのだが、キクガの言う「縦に伸びる」という魔フォーンが理解できない。
これを縦に並べたら使いにくくないだろうか。携帯できる訳ではない。衣嚢にも入らないし持ち運びも面倒になるだろう。縦に長いだけの魔フォーンはさすがに使いたくない。
「まあ、そんな問題は些細なことだ。ありがたく、この魔フォーンを受け取っておこう」
キクガは大切そうに紺色の魔フォーンを握り、
「今度からこれで連絡を取れるという訳かね?」
「ここにいる全員と、あと副学院長の識別式が登録されてるからいつでも連絡してくれ」
「なるほど。では訪問時には事前に連絡をすることとしよう」
朗らかに微笑んだキクガは、
「ところで、ショウ」
「どうした、父さん?」
「君がエリシアに持ち込んだ携帯電話はどこにある?」
「え?」
父から理由不明な質問を受けたショウは、正直に質問へ答える。
「ユフィーリアに譲ったが」
「ユフィーリア君?」
何故か冷ややかな視線がユフィーリアに向けられた。
義父予定の人間から温度のない視線を寄越されるのは肝が冷える。学院長に悪戯がバレた時以上に恐ろしいものを感じるのだ。いや、学院長に悪戯がバレた時は別にそこまで怖くないのだが、そのあとに待ち受ける減給が怖いだけである。
思わず居住まいを正して「な、何でしょう……?」と応じる。エドワードも強面に似合わず今にも泣きそうになっていた。コイツは小心者すぎる。
「あるのかね」
「えーと、ケイタイデンワの話っすよね」
「そうだが」
「あるけど……」
同じく事務机から、ショウの使っていたという『ケイタイデンワ』を取り出す。
手帳の形をした型枠に嵌め込まれたそれは、どこかずっしりと重たい。魔フォーンと比べれば重さが桁違いだ。昨夜は色々とこの端末をいじくり回していたのだが、ショウの元の世界について分かったことは少ない。
キクガは右手を差し出すと、
「その携帯電話を譲ってほしい」
「え」
「譲ってほしい」
「別にいいけど……」
ユフィーリアは『ケイタイデンワ』をキクガに譲る。ショウの持ち物が色々な奴の手に渡っているような気がする。
「感謝する、ユフィーリア君」
キクガは大切そうに『ケイタイデンワ』を着物の懐にしまい込むと、
「すまない、今日は急用が出来たのでこれにて失礼する」
「え、おいハルが捨てに行った巾着袋は?」
「そのまま骸骨ごと巾着袋を焼却処分してくれると助かる訳だが」
最後にキクガは実の息子であるショウの頭を撫でると、
「ではショウ、今度はこの魔フォーンとやらでいつでも連絡してきなさい」
「父さんも仕事頑張って」
「また来る」
ショウに見送られ、キクガはカラコロと下駄を鳴らしながら用務員室をあとにした。
一体何かあったのだろうか。重要な仕事を思い出したような雰囲気ではなかったのだが、表情がどこか険しいものだった。
特にショウの持っていた『ケイタイデンワ』とやらに対して、異常な反応を見せていた。どうしてもそれがほしいと言わんばかりの態度だった。
その場に残った用務員4人は、静かに首を傾げる。
「どうしたんだろうな、親父さん」
「何か思い出した様子だけどぉ」
「急なお仕事でも思い出しちゃったのかしラ♪」
「父さん……?」
急に冥府へ帰っていったキクガに僅かな疑問を残しながらも、ユフィーリアたち問題児はキクガの持ってきたお菓子でお茶会を開くのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】ショウの板みたいな携帯電話とキクガの言う折り畳み式の携帯電話に想像がつかない。
【エドワード】この魔フォーンが折り畳めるようになるのかと疑問に思い、あわや実行しそうになった。
【ハルア】ショウちゃんパパは今日も綺麗。
【アイゼルネ】ショウの使っていた携帯電話が気になっていたけれど、キクガに持って行かれて残念。
【ショウ】父さん、何か怒っていたような気がする。
【キクガ】息子の板みたいな携帯電話を獲得した冥王第一補佐官。これで何かを企んでいる様子だが?