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第3話【問題用務員と魔フォーン】

「――それでボクのところに来たって訳ッスか」



 朝食を手早く済ませたあと、問題児たちが向かった先は副学院長の根城である『魔法工学準備室』である。


 魔法工学準備室と謳っておきながら、鋼鉄の扉を開いた先に広がっているのはどこまでも続く草原とポツリと立っている立派な樹木である。そこには副学院長が設計・開発した動物型の魔法兵器エクスマキナがいて、全身金属製であるにも関わらず動物らしい動きで待機していた。

 動物全般に強い拒否反応アレルギーを示してしまう体質だが、本人は動物がめちゃくちゃ好きなので苦肉の策で魔法兵器に動物の性質を落とし込んだようだ。研究時には鳥の形をしたマスクをしながらシュゴーッシュゴーッと呼吸していたとか、していないとか。


 そんな魔法兵器の設計・開発に於いては魔法の天才ユフィーリアを遥かに上回る実力を有した副学院長、スカイ・エルクラシスは「どんなのッスか?」と話を聞く姿勢は見せる。



「これ」


「板じゃねえッスか。そうじゃなかったらめっちゃ薄い手帳」


「それで通信魔法が使えるんだとよ、知らんけど」


「へえ?」



 スカイに『ケイタイデンワ』なる未知の物品を渡したユフィーリアは、



「その魔法兵器エクスマキナを5台作ってくれ。金は払わねえ」


「払わんのかい」


「アタシの財布を見るか? その板よりも遥かに薄っぺらだぞ」



 懐から取り出した財布をスカイが手にした通信魔法専用装置こと『ケイタイデンワ』の横に添えれば、その厚みは歴然だった。

 端的に言えば、ユフィーリアの財布の方が薄かった。金も入っていないような薄さだった。どうすればこんなに薄くなるのだろう、と小一時間は問いかけたいぐらいだ。


 さすがに薄っぺらな財布を目の当たりにして憐れんだ視線を寄越してくるスカイは、



「まあ、試作機になるんで金は要求しないッスけどね」


「え、作ってくれんの?」


「逆にこの未知なる魔法兵器エクスマキナを前に研究をしないと思わなかったんスか? ボク、これでも名門魔法学校の魔法工学を担当している教職員なんスよ」



 魔法兵器の設計・開発が主な授業内容とする魔法工学担当の教員でもあるスカイは、異世界の未知なる技術が詰まった『ケイタイデンワ』を前に若干興奮気味だった。実際、ユフィーリアもこの薄っぺらな板を前に驚きとワクワクと楽しさが込み上げてしまったので、彼の気持ちは分からないでもない。

 ただでさえ異世界は未知の世界なのだ。その異世界の未知なる技術を吸収しよう、そして解明してやろうという心意気はさすが魔法使いである。


 どこか嬉しそうに『ケイタイデンワ』なる板を預かるスカイは、



「とりあえず、本体にそれぞれ別個の魔法式を当て込めば通信魔法専用機器として扱えそうッスね。動力源は魔力の充填方式で――」


「あ、これ完全に世界に入っちまったわ」



 ベラベラと聞いてもいないことを語り始めたスカイに、ユフィーリアは肩を竦めた。個性豊かな生徒や教職員が集まるヴァラール魔法学院に於いて割とまともな分類に属するスカイが、ヤベエ方向に舵を切る瞬間を目の当たりにしてしまった。

 未知なる魔法兵器エクスマキナを前に興奮状態であるのは理解できるのだが、せめて口にする言葉はユフィーリアたち問題児の理解に及ぶ範疇に留まってほしいものである。ユフィーリアだってさすがにそこまで魔法兵器に詳しくないので、スカイが「個別に当てる魔法式が云々」とか「この魔法兵器を充填するには云々」とか言われてもついていけない。


 これは放置しておいた方がよさそうだ。問題児の精神状態を維持する為にも。



「副学院長、とりあえず完成したら読んでくれ。適当に時間を潰してるから」


「本体が小型だから充填する魔力が少ないとそれほど稼働できなくなっちまうし、かと言って充填する魔力を増やしちまうと今度は本体の方が大きくなって持ち運びが不便になる。こうなることを解決するには濃度の高い魔力を注入して」


「ダメだ聞いてねえわ、あれ」



 もう彼の中では設計の段階に到達しているのだろう、未知なる技術の塊である『ケイタイデンワ』を片手にブツブツと虚空に向かって語りかける副学院長の姿は実に滑稽だった。この状況を写真にでも撮れば面白いことになりそうだが、その為の道具がないので諦めることにする。

 正気に戻るまで、果たしてどれほどの時間が必要になるだろうか。そのまま作業に入るのであれば放っておいた方がよさそうだが、24時間もあのブツブツとお経でも唱えるように設計の案を纏めている段階では埒が開かない。


 ユフィーリアは「よし」と頷き、



「ロザリアー」


「ぎゃッ」



 スカイの厚ぼったい長衣ローブの裾を捲って、赤と青の魔石が眼球として埋め込まれた金属製のドラゴン――ロザリアが姿を見せる。金属製の翼をはためかせて主人の足元から脱出すると、小さなドラゴンはユフィーリアではなくショウの頭の上に乗った。

 常日頃からロザリアの面倒を見ているショウだからこそ、ロザリアは懐いているのだろう。たとえ姿が普段とは違ったメイド服じゃなくて詰襟だったとしても、ロザリアには関係がなさそうだ。


 頭にしがみついてはしゃぐロザリアに、ショウは「元気そうで何よりだ」と笑う。



「ロザリア、散歩に行こうか。お前のご主人様、今あんなだから」


「ぎゃぎゃッ」


「そうかそうか」



 お散歩、という言葉に反応を示したロザリアは、パタパタと金属製の長い尻尾を振ってご機嫌な様子だった。

 よし、これで人質完了である。ロザリアを返してほしければ指定のブツを用意しろ、ということだ。


 流れるように金属製のドラゴンを誘拐した問題児は、未だにブツブツと設計案を纏めている副学院長を華麗に放置して魔法工学準備室をあとにした。



 ☆



 それから昼食が終わり、午後の授業の邪魔をして、放課後に差し掛かった頃合いのことだ。



『作ったッスよ、5台』



 そんな言葉を届けにきた金属製の金糸雀カナリアのお導きに従って、ユフィーリアたち問題児は再び副学院長の根城である魔法工学準備室を訪れた。

 ちなみに、遊びに遊び尽くして疲れ果てたロザリアは、ショウの腕の中でぐっすりすやすやと眠っている始末である。金属製の舌をちょこっとだけ出して、すぴすぴとかすかな寝息まで立っている。


 広々とした草原のど真ん中で仁王立ちするスカイは、



「ふっふっふ、このボクの天才的な魔法兵器センスを褒めてほしいぐらいッスよ」


「で、ブツは?」


「これッス!!」



 バッと厚ぼったい長衣ローブを翻し、取り出したるはショウが元から持っていた薄っぺらな板と同じものだった。

 つるりとした表面、それから裏面には小さな魔法陣が刻印されている。よく見たらその小さな魔法陣は通信魔法の魔法式が盛り込まれていて、かなり精緻に作られていた。


 印籠のように薄っぺらな板を掲げるスカイは、



「これぞボクが開発した通信魔法専用機器、その名も『魔フォーン』ッス!!」



 ――どじゃーん、という効果音がどこからか聞こえてきた。


 よく見れば、彼の後ろに隠れた犬型魔法兵器(エクスマキナ)が大きな口を開けている。あの犬型魔法兵器が効果音を奏でたのだろう。魔法兵器なのに余計な機能が付けられているような気がしてならない。

 まあ、当の犬型魔法兵器はパタパタと楽しそうに尻尾を振っていた。効果音を奏でられて楽しいのか。あれはもしかして遊びの1種?


 呆気に取られて何も言えずに立ち尽くす問題児に、スカイは「ふふふ」と自慢げに胸を張る。



「本体ごとに通信魔法の魔法式を当て込み、それぞれの魔フォーンを識別できるようになったッス。まあこの辺は通信魔法の専用機器って聞いてたんで想定通りッスね。問題はこの本体の動力なんスけど」


「長え、3秒以内に説明できなきゃ帰るぞ」


「作らせておいてその反応はないんじゃねーッスか!?」



 説明の長さを指摘されてしまったスカイは、ユフィーリアの理不尽な要求に悲鳴じみた声を上げる。作らされるだけ作らされておきながら、この扱いはあんまりだと思う。



「本体の動力は魔法兵器エクスマキナと同じく魔力なんスけど、基本的な魔法兵器を運用する魔力よりも濃度は高めのものを使用してるッス。魔力を消費しながら長時間の運用するならそれなりに本体が大きくなる傾向なんスけど、それは持ち運び重視で小型化する必要があったから」


「へえー」


「そんな訳で充電装置も念の為に渡しておくッス。こっちは1台しかないんで交代しながら使うんスよ」



 はい、とスカイから渡されたのは注射器のようなものだ。

 シリンダー部分に緑色の液体が揺蕩たゆたっているのは、おそらく魔力だろう。濃度の高い魔力なので濃い緑色の液体が注射器内で揺れている。針みたいな部分には吸盤が取り付けられているので、魔フォーンと吸盤を接触させて充電する方式か。


 スカイは次いで作成したばかりの5台の魔フォーンを並べて、



「はい、好きな色を選ぶッスよ。早い者勝ち」



 並べられた魔フォーンは赤、青、緑、黒、銀の5色だった。色まで選べるとはお得である。



「じゃあアタシは黒。第七席の象徴だし」


「俺ちゃんは銀にしようかねぇ」


「オレ赤がいい!!」


「おねーさんは緑色ネ♪」



 ユフィーリアは黒、エドワードは銀、ハルアは赤、アイゼルネは緑の魔フォーンをそれぞれ選択する。塗り潰された色合いではなく、金属のような光沢感がある色味もあったので格好良さは桁違いだ。

 さて、残るは青色の魔フォーンである。まだ魔フォーンを手に取っていないのはショウだけだ。


 ショウはスカイが差し出す青色の魔フォーンを受け取り、



「青だ……」


「ショウ君は青が好きなんスね」


「はい、ユフィーリアの目の色で好きなんです」


「え、これ惚気のろけられた?」



 スカイは「まあいいや」と話を変え、



「あとボクの魔法式を登録してあるんで、何かあった時は通信魔法を飛ばしてほしいッス」


「何だ、副学院長も作ったのかよ」


「当然ッスよ、ボクも便利なものはほしいッスもん」



 ほら、とスカイは懐から橙色の魔フォーンを取り出してくる。意外とお好みの色は暖色系なのかもしれない。



「あとは紫と紺色が残ってるッスよ」


「何台作ったんだよ」


「全部で8台ッス。アンタら5人とボク、それからこの2台」



 さらに追加で紫色と紺色の魔フォーンを取り出すスカイ。自分のものは分かるが、残りの2台をどうしろと言うのか。誰かが2台持ちしろってことか。

 確かにそんな形式は考えられなくもないところだが、まだ使い方すらきちんと理解していないのに2台持ちはさすがにない。両方なくして終わりの予感がある。


 そんなユフィーリアの思考回路を読んだのか、スカイは「違うッスよ」と否定してくる。



「紺色は是非キクガさんに渡してあげてほしいッス。通信魔法なら冥府でも使えると思うんで」


「なるほど、そういうことか」



 ショウの実父であるキクガは、冥府にて冥王第一補佐官を務めている優秀な父親だ。仕事には手を抜かず、休日や有給を利用して地上に遊びにくることが多い茶目っ気のある親父さんである。

 彼と連絡を取るのは面倒なことこの上ないので、通信魔法専用端末があれば連絡も簡略化されて楽になる。実子であるショウとも連絡が取りやすいのはいいことだ。


 残る最後の1台は、



「これはグローリアの分ッス」


「え、アイツの分も作ったのか? 聖人君子か、副学院長」


「まさか」



 スカイは笑顔で否定すると、



「実はこの前、ボクが注文した希少な魔石を実験に使われちまいましてッスね。返してもらったのはいいけど、魔石に含まれていた魔力は残り滓みたいなモンになっちまって、せっかく設計した魔法兵器エクスマキナがおじゃんになったんスよね」



 ユフィーリアに紫色の魔フォーンを手渡したスカイは、やたら真剣な声音で言う。



「問題児の名を見込んで、あのクソッタレにこの魔フォーンを使って仕返しをしてほしいッス。責任はボクが取る」


「「「「「仰せの通りに」」」」」



 紫色の魔フォーンを受け取った問題児は、清々しい笑顔で即座に応じた。

《登場人物》


【ユフィーリア】色合いは赤が好きなのだが、選ぶのは黒ばかり。黒は第七席【世界終焉】の象徴でもあるから。

【エドワード】好きな色は灰色や銀色とかのグレー系。自分の髪色も好きだし、ユフィーリアの髪色もちょっといいなと思っていたり。

【ハルア】色は赤が好き。ヒーローの色だよね!

【アイゼルネ】色は何でも好きだが緑色や赤色が好きかもしれない。おい誰だクリスマスカラーとか言った奴。

【ショウ】色は青が好き。ユフィーリアの目の色なので好き。


【スカイ】色は橙色などの暖色系が好きな副学院長。逆に赤はあまり好きじゃない。故郷を思い出す。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 携帯電話を見て【魔フォーン】を設計し、その日のうちに開発をしてしまう副学院長先生の知識と技術に驚きました。ユフ…
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