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第2話【問題用務員と叔父からの電話】

「なるほどなァ」



 最愛の嫁さんであるショウから事情を聞き出し、ユフィーリアは両腕を組んで納得したように頷いた。



「この板みたいなブツが通信魔法を受信して、それが叔父を名乗るクソゴミ野郎からの通信であれこれ思い出したと」


「ああ……」



 用務員室の隅に設置された長椅子に腰掛け、ショウは沈んだ表情で応じる。

 黒い詰襟姿という禁欲的な衣装は普段のメイド服という格好と一味違っていいとは思うのだが、今は状況が状況だ。ショウの珍しい格好に興奮している場合ではないのである。


 頼れる先輩のハルアから全力の抱擁を受けるショウは、



「異世界でも叔父から連絡が来るなんて……」


「それで『これは夢なんじゃないかと思った』ってことか」


「ハルさんが背骨を折る勢いで抱きしめてくるから現実だと認識できているが……」


「おいハル、一旦離れろ!! ショウ坊を殺す気か!?」



 痛みによって現実を認識してくれたのは幸いだが、このままでは彼の命が脅かされる可能性がある。背骨を折られて冥府行きなど笑い話にもならない。


 エドワードがハルアを強制的にショウから引き剥がしたが、ハルアはまだ後輩のショウが心配な様子で「やだーッ!!」と暴れていた。後輩思いのいい奴に育ってくれたのはいい傾向だが、過保護なのはよくない。

 叔父夫婦から虐待を受けた悪しき記憶が蘇ってしまったショウの表情は、ハルアの暴れようから柔らかくなっていた。心なしか小さく笑っている気がする。彼の馬鹿な行動が可愛い末っ子の精神を守ったようだ。


 ユフィーリアはあらかじめショウから預かった手帳型の型枠に嵌め込まれた板のようなものを指先で突き、



「で、これが問題の通信魔法専用の魔法兵器エクスマキナ?」


「ああ」


「通信魔法しか使えない?」


「基本的には」



 ショウの簡素な説明を受け、ユフィーリアは「便利だな」と返した。


 世の中に魔法の常識が浸透したとはいえ、魔法が使えない人間はまだ存在する。通信魔法ともなると魔法の腕前によって精度が関係してくるので、誰でも高い精度の通信魔法を使用できるのは非常に有用だ。

 通信魔法は鏡なり手紙なり水なり様々な媒体が必要になってくるので、これほど小さな媒体でいつでも通信魔法が使えるとは異世界の技術は目を見張るものがある。それも遠く離れていても通信魔法が使用できるとは羨ましい限りだ。


 通信魔法は離れれば離れるほど、座標特定が難しくなるので精度が落ちるのだ。全国どこでも通信魔法が使えると思わないでほしい。魔法には技術と知識が必要なのだ。



 ――――ピリリリリリリリリリリ、ピリリリリリリリリリリ。



 無機質な音が、手帳型の型枠に嵌め込まれた板から奏でられる。


 つるりとした板に表示されたのは意味をなさない数字の羅列だ。それと同時に赤い丸と緑色の丸も下の方に映し出される。

 数字の上部に添えられた文字は『叔父さん』とあった。どうやらショウを虐待していた張本人、叔父が通信魔法を使ってきたのだ。



「――――ッ!!」



 ショウの身体が強張り、音さえ聞きたくないとばかりに両耳を塞ぐ。これが原因で彼は恐慌状態に陥った訳か。


 ユフィーリアはピリリリリリリリリリリと無機質な音を奏でる板をじっと見つめる。

 通信魔法の開始方法が分からなかった。拒否する方法も不明だ。操作方法が分からない以上、ユフィーリアに出来ることはこの音が鳴り止むまで放置する他はない。


 ただ、この叔父を名乗るクソゴミ野郎には何かしてやりたかった。



「ショウ坊、ショウ坊」


「ゆふぃ……」


「これの使い方を教えてくれ。ちょっとお話するから」



 ユフィーリアが音を奏で続ける板を指で示すと、彼は今にも泣きそうな表情になりながらも使い方を指南してくれた。



「み、緑のボタンに触れば、でん――通信魔法が開始される」


「緑の……あ、これか」



 ユフィーリアは板に表示された緑色の丸を指先で触れた。


 すると無機質な音は鳴り止み、代わりに聞こえてきたのはボソボソとした声である。

 通信魔法の音量設定が悪いのだろうか。壊さないように板を慎重に持ち上げて耳元に添えれば、それまで聞こえなかった声が鮮明に聞こえてユフィーリアの鼓膜に容赦なく突き刺さった。



『聞こえてんのかクソガキ、俺が電話をかけたらすぐに出ろって躾けたよなァ!?』


「ああ゛!? 誰に向かって口を利いてんだこのダボが、ケツの穴に右腕を突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやろうかァ!?」


『間違えました』



 ぶつッと音を立てて一方的に通信魔法が切断される。



「あ、クソが逃げんじゃねえ腰抜け!! いぼ痔になる呪いと髪の毛が抜けて円形のハゲが出来る呪いで苦しめてやらァ!!」



 ユフィーリアは通信魔法が途絶した板に向かって怒鳴り散らすが、残念ながらうんともすんとも言わなくなってしまった。


 正直な話、第一声に罵倒を選んでくるゴミクズ野郎の常識が知れなかった。一体どんな教育を受けたら第一声に罵倒を選んでくるのか知りたいところだ。正座で5時間ぐらい説教することも辞さない所存である。

 しかもその罵倒の言葉は、ショウが通信に応じることを想定して吐かれたものだ。その事実が非常に許せなかった。コイツは生かしちゃおけねえ。


 反応をしなくなった板をエドワードに押し付けたユフィーリアは、



「アイゼ、今すぐ藁人形を作成しろ!! 声紋呪法で巻き爪になって苦しむ呪いをかける!!」


「ご用意してあるワ♪」



 恐慌状態に陥ったショウを安心させる為に紅茶を淹れていた南瓜かぼちゃ頭の娼婦――アイゼルネはクッキリと刻み込まれた胸の谷間から1枚のトランプカードを取り出す。ポンと間抜けな音を立ててトランプカードが藁人形に変化し、ユフィーリアに手渡された。

 呪術は藁人形を用いて呪いをかける方法が一般的とされているが、怨念などを込めた声による呪法も200年ぐらい前から確立されてきた。藁人形と針を使って、呪いをかける相手に小規模の嫌なことを仕掛けるのだ。


 もちろん呪詛返しなどをされれば自分に呪いが返ってくるし、そもそも呪いが通用しない人間もいる。問題児は聖人君子と真逆の方向に突き進んだ存在なので、相手が困ろうが何だろうが呪うと決めたら呪うのだ。



 ――――ピリリリリリリリリリリ、ピリリリリリリリリリリ。



 再び用務員室に無機質な音が鳴り響く。


 板を預けられたエドワードが、手帳型の型枠に嵌め込まれた板をユフィーリアに無言で見せた。

 そこに表示されていた数字の羅列は少し違っている。それもそのはず、先程の通信魔法は彼の『叔父』からだったが、今度は『叔母』と示されていた。


 エドワードの銀灰色ぎんかいしょくの双眸がユフィーリアに向けられる。「この通信魔法に出ていい?」と彼の視線が物語っていた。



「やれ」


「はいよぉ」



 ユフィーリアの短い命令に頷いたエドワードは、緑色の丸を指先で触れて板を耳元に当てる。

 相手が何を話しているのか分からないが、板からキンと甲高い声が聞こえてきたのはユフィーリアも認識できた。エドワードの表情が曇る。


 掴んだ板からメキという音を聞いた直後のこと、エドワードの口からその強面に相応しいドスの利いた声で言う。



「腎臓と肝臓だったらどっち食われてえか言えやゴラァ!!」



 一体何の話を聞いたのだろうか。いや見た目に似合わず温厚で平和主義者なエドワードが5秒でブチ切れるから相当なことを言われたんだと思うが。



「ユーリぃ、通信魔法が切れちゃったんだけどぉ」


「何て言ってた?」


「知らなぁい。ほとんど聞き取れなかったよぉ、叫んでるだけぇ」



 うんともすんとも言わなくなってしまった板を突き返してきたエドワードは、自分の耳を押さえて「うー」と唸る。



「頭がおかしくなりそうだよぉ。金切り声を耳元で叫ばれたら鼓膜が破れるじゃんねぇ」


「その割にはドスの利いた声で叫び返してたけど」


「だってうるさいんだもんねぇ。殺して食べた方がまだマシだよぉ」



 平然と言ってのけるあたり、さすが問題児歴が長いと言えようか。


 ユフィーリアは動かなくなってしまった通信魔法専用の板を眺める。

 非常に便利な代物である。相手の言葉遣いはともかくとして、通信魔法の声も鮮明だし操作方法もお手軽だ。持ち運びにも便利なものだし、これはなかなか使える魔法兵器かもしれない。


 世紀の大発見と呼んでもいいぐらいだ。通信魔法だから魔力を充填し、兵器ごとに魔法式を個別に振り当てれば代用可能だろう。



「お、いいことを思いついた」



 ユフィーリアはニヤリと悪魔のように微笑んだ。



魔法兵器エクスマキナの類なら、この世界でも再現は可能だろ。ちょうどよさそうなのいるし」


「副学院長のことかしラ♪」


「そうそう」



 アイゼルネに言われて、ユフィーリアは首を縦に振って肯定した。


 副学院長であるスカイ・エルクラシスは、魔法兵器エクスマキナと呼ばれる魔力を充填した強力な武器を設計・開発が得意な魔法使いである。根本にあるのは魔法が使えない人間でも魔法を使えるようにする、というのが魔法兵器なのでこの絡繰も彼の手にかかれば再現可能となる。

 まあ異世界の未知なる技術なので、まずは解明から始まるかもしれないので時間は必要だろう。魔法兵器の設計・開発に於いて右に出る者はいないと言われるスカイなら1週間もあれば十分か?


 自分の心的外傷トラウマを作る原因となった叔父夫婦がどうしよーもねえ大人2名に言い負かされた瞬間を目の当たりにしたショウは、



「副学院長に携帯電話を作ってもらうのか? それは可能なのか?」


「モノがこの場にあれば自分で勝手に解明して研究するだろうし、未知なる技術に副学院長も喜ぶだろうよ。――てか」



 ユフィーリアは手帳型の型枠に嵌め込まれた板を振り、



「これ『ケイタイデンワ』って言うんだな」


「ああ」


「携帯できるから?」


「名前の由来は知らないが……」



 困惑するショウは「そういえば」と言葉を続ける。



「結局、朝ご飯は遅刻してしまったな。俺が余計なものに気づいたばかりに……」


「気にすんな、ショウ坊。今日は居住区画にある食材で適当に作るよ」



 そう、まずは朝ご飯からである。

 時刻は8時30分を華麗に過ぎ去っており、今から食堂へ駆け込んでもゆっくり朝食を楽しむことが出来ない。面倒なので居住区画の食糧保管庫に貯蔵してある食材を使って朝食を作ることにしよう。


 しょんぼりと肩を落とすショウの頭を撫でるユフィーリアは、



「まずは朝飯を食って、嫌な記憶を忘れちまおうぜ」


「……ユフィーリア、ごめんなさい……」


「謝るな謝るな」



 泣きそうな表情で言うショウを慰めてやり、ユフィーリアは朝食を用意する為に居住区画の台所に向かうのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】「もしもし? 俺だよ俺」という通信魔法に対して「ハル、アタシの秘蔵の酒を持ってどこに行きやがった。すぐに帰ってこねえとぶっ殺すぞ!!」と怒鳴りつけて叩き切った問題児筆頭。5秒後にハルアが帰ってきて詐欺師だと気づいた。

【エドワード】「もしもし? 俺だよ俺」という通信魔法に対して「おンどりゃどこにかけてんじゃワレェ!!」とヤのつく自由業みたいに脅してみたら叩き切れた。

【ハルア】「もしもし? 俺だよ俺」という通信魔法に対して「誰? 誰?」と呼び続けて1時間が経過した。

【アイゼルネ】「もしもし? 俺だよ俺」という通信魔法に対して、声真似魔法で「もしもし? 俺だよ俺」と返し続けて相手を精神病棟送りにした。

【ショウ】「もしもし? 俺だよ俺」という通信魔法に対してわざと喘ぎ声を披露したら叩き切られた。ついでに用務員室も騒然とさせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 叔父夫婦にガツンと強烈な返しをしてくれたユフィーリアさんとエドワードさんに拍手喝采です。ショウ君を虐めてきた叔…
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