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第5話【問題用務員と水責め】

 ――時刻は10分前ほどに遡る。



「黒猫シェイクが前期試験用にセールしててよかったな」



 黒猫の模様が刻み込まれた紙製の容器を両手に抱え、ユフィーリアはホクホク顔で中庭に向かっていた。


 黒猫シェイクとはヴァラール魔法学院の購買部で最も高い飲み物である。生徒や教職員も少し贅沢をしたい時に購入する商品だが、本日は前期試験が行われるにあたってお値段が半額セールを実施していたのだ。これは買うしかない。

 味は黒胡麻を基礎とした風味豊かな飲み物で、甘味と香ばしさが一緒に味わえるこれまた贅沢な1品となっている。ユフィーリアたち問題児も他人の奢りだったら黒猫シェイクを迷わず購入するのだが、こうして安くないと絶対に買わない代物だ。


 ちなみにお値段、普段は1,280ルイゼである。それが半額なのだから安いものだ。



「それにしてもぉ、前期試験にいたあの不合格確定の男の子はどうなったかねぇ」


「かなり落ち込んでいる様子だったものネ♪」



 黒猫シェイクをキュイキュイと啜るエドワードとアイゼルネが、昼間の前期試験に参加していた少年の話題を出す。


 赤茶色のツンツン髪が特徴的な少年は、魔力測定で最高成績を叩き出したにも関わらず次の魔法威力計測の試験でお馬鹿な間違いをやらかしてしまったことで「帰れ」と言われた阿呆受験生である。名前は、そう、グレン・何たらだったか。

 思えば腹が立つような真似しかしなかった奴だ。魔力測定用の水晶玉を触らずに叩き壊したら「オレ、何かやっちゃいました?」とヘラヘラ笑うものだから、ユフィーリアの聖なる右拳が炸裂した次第である。次にあのお綺麗なツラを見かけたら凹むまで殴る所存だ。


 自分用の黒猫シェイクを啜るユフィーリアは、



「別にいいだろ、あんなの。魔法が使えなかったんだから」


「ええー?」


「見事な爆発魔法だったわヨ♪」


「魔法単体で見りゃな」



 どこか納得していない様子のエドワードとアイゼルネに、ユフィーリアは魔法威力計測の試験の意義を説明する。



「お前ら、1人の犯罪者の周りを100人の無関係な一般人が囲んでいた場合、どうやってたった1人の犯罪者を殺す?」


「殴れば死ぬよぉ」


「暴力は考えないものとする」



 ユフィーリアが指定すれば、エドワードは「ええー?」と困惑した表情で首を捻った。魔法が使えない彼からすれば雲を掴むような話なのだろう。



「魔法で倒せればいいのだけど、その犯罪者の性質にも寄るわネ♪ 周囲の人間を巻き込んだらおねーさんたちまで犯罪者になっちゃうから、範囲を絞らないといけないシ♪」


「そこが重要なんだよな」



 魔法威力計測の試験はつまるところ、周囲の人間を巻き込まずに対象者を如何にして効率よく殺すかの試験である。

 対象者が苦手な魔法、性質などを考慮して魔法を使用する必要があり、さらに確実に殺す為には範囲を絞った状況で魔法を重ねがけして威力を上昇させなければならない。無関係な一般人を巻き込まない方法を考えるにはそれなりの魔法の知識が必要になってくる。


 相手が得意な魔法を使えば対抗されるし、かと言って不用意に威力の高い魔法を使えば周囲の無関係な人間まで殺してしまう。魔法威力計測の試験とは魔法の知識が備わっているかどうかを知る為の試験だ。



「まあ、魔法が苦手って奴も不合格になることはねえよ。他の分野で活かせばいいだけだしな」


「でも不合格になったあの子はぁ?」


「そりゃなるだろ。水の魔法が苦手な相手を殺すのに、周囲の人間ごとぶっ殺す勢いで爆発魔法をぶちかませば犯罪者の仲間入りになるだろ。問題文を読まないと問答無用で不合格だって」



 兄弟や姉妹で受験すると、どちらかが意地悪をして問題文を配布しないという事件が起こりやすいのだ。その為、対策として試験会場のあちこちに問題文を記載した立て看板を設置している。

 魔法が苦手でも、指定した魔法を使えれば通過できるような試験だ。不合格に陥った少年の敗因は、指定魔法すら無視して爆発魔法で薙ぎ払おうとした結果である。


 彼と同じような連中が毎回必ず1人はいるのだ。魔法の世界をあまり舐めないでほしいものである。



「まあムカつく奴だったから不合格でよかったかもな。ざまあみろ」


「お財布になったかもしれないのにねぇ」


「入学してもとことん虐めるだけよネ♪」



 根っからのいじめっ子気質である問題児たちに、不合格が確定されたあの少年を気遣ってやる気などサラサラなかった。落ちるなら自分の頭の足りなさを恨めばいい。



「オレはただ、どうして不合格になってしまったのか相談したかっただけで……!!」


「魔法威力計測の試験で調子に乗ったからだよバーカ!!」


「何でいちいち罵倒されなきゃいけないんだ!?」


「変態だからだよバーカ!!」



 中庭に差し掛かった頃、子供じみた罵声がユフィーリアの耳朶に触れた。



「何だ?」


「何かあったのかねぇ」


「揉め事かしラ♪」



 罵声に反応を示したユフィーリア、エドワード、アイゼルネの3人は中庭を覗き込んでみる。


 広々とした中庭には生徒の姿はなく、代わりにハルアとショウが赤茶色のツンツン髪少年と向き合っていた。主に叫んでいるのはハルアの方で、歯を剥き出しにして今にも飛びかからんともする勢いがある。

 ショウもショウで、足元からわさわさと腕の形をした炎――炎腕えんわんを揺らしながら相手を警戒している様子だった。初対面の人間にわざわざ炎腕を出してまで警戒心を露わにするとは、何かあったとしか言えない。



「オマエのような馬鹿は試験に落ちるってユーリも言ってたもんね!! 問題文を確認しないとかオレよりも馬鹿だよ!!」


「ば、馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ!!」


「うるせえバーカ!!」


「バーカ!!」



 こちらの存在に気づいた様子のないハルアとツンツン髪少年による言い争いが激化する前に、ユフィーリアはあえて首を突っ込むことにした。



「ハル、お前何してんだ?」


「あ、ユーリ!!」



 ハルアの琥珀色の双眸がこちらへ向けられる。ショウの期待に満ちた赤い瞳も投げかけられた。本当に何があったのだろうか?



「ハル、説明」


「あの馬鹿がショウちゃんの腕を掴んだ!!」



 その報告を受けたユフィーリアは、脳内が急激に冷えていく気配を感じ取った。

 なるほど、そういうことか。ハルアはショウを守る為に立ち塞がり、子供じみた罵倒で相手を遠ざけていたというのか。我が騎士ながらさすがの立ち回りである。称賛に値する働きぶりだ。


 悪意のある説明だろうが何だろうが、それはユフィーリアを止める理由にならない。最愛の嫁に触れた罪は重いのだ。



「この変態がァ!! ウチの嫁の腕掴んで何しようとしやがったァ!!」


「げふぁッ!?」



 ユフィーリアの飛び膝蹴りが華麗に決まり、少年は大きく吹き飛ばされて頭から噴水に突っ込むこととなった。



 ☆



「はい、じゃあウチの嫁さんに何しようと企んだのか言ってけ」


「がーぼぼぼぼぼごぼぼぼぼごぼぼ!!」



 ユフィーリアは満面の笑みで少年の頭を噴水の中に突っ込む。


 ゴボゴボと大量の泡が吐き出されているのだが、そのうち窒息死するのではないだろうか。土左衛門になる時が楽しみである。

 まあ残念ながら、これは処刑ではなく拷問だ。ユフィーリアの大切なお嫁さんに不埒なことを企んだクソ野郎に2度とまともに生きられないような苦しさを味わわせてやるのだ。


 少年の髪の毛を乱暴に掴んで噴水から引っ張り上げたユフィーリアは、



「腕を掴んだって? どこに連れていこうとした? ん?」


「だ、だから、不合格の理由が知りたくて……!!」


「話を聞いてほしそうに何度もため息を吐いて? 自分から『聞いてほしいんだけど』と頼み込む訳でもなく? 構ってちゃんにも限度があるだろうがよ」


「がーぼぼぼぼごぼぼぼぼごぼぼがぼぼぼ」



 再び少年の頭を噴水の中に突っ込んで水責めを決行する。


 なかなか強情な少年である。これだけ厳しく水責めをしているのに、頑なに「不合格の理由が知りたかった」と叫ぶのだ。

 不合格の理由なんて決まっている。指定された魔法を使えなかった彼の頭の足りなさが原因だ。そしてユフィーリアの最愛のお嫁さんに手を出してしまったのが処刑――失礼、拷問の理由だった。


 噴水の底でゴーリゴーリと少年の顔面をついでに擦ってやり、ユフィーリアは彼の髪の毛を掴んで噴水から引っ張り上げる。



「ほらよく見てみ?」


「がッ、ゲホッゴホッ」



 鼻水を垂らし、口から大量の水を吐き出す少年の首を無理やりひん曲げて、ユフィーリアは東屋の方角を向けさせる。


 そこには期間限定のパンクックを美味しそうに食べているショウがいた。先程まで見せていた警戒心剥き出しの表情はどこへやら、今はすっかり甘いパンクックに舌鼓を打っている様子である。

 少女めいた儚げな顔立ちが緩み、背後に花が咲かん勢いでパンクックを頬張っている。うん、今日も可愛い。世界で最高に可愛い。


 ユフィーリアは「可愛いだろ?」と同意を求め、



「お前はあの可愛い子をどこに連れ込んで何をしようとした? え?」



 喉元に雪の結晶が刻まれた煙管を突きつけて、ユフィーリアは綺麗な笑顔で問いかける。



「まあ許さないけどなァ、髪の毛1本どころか血の1滴までアタシのものですからァ」


「お、男に女の格好をさせて……変態だな……」


「おっとよほど死にてえようだな」



 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を一振りして、少年の足に太い氷柱を突き刺す。

 肉が抉れ、骨の折れる音が耳朶に触れた。少年の甲高い悲鳴が鼓膜に突き刺さり、苦悶に満ちた表情で中庭の地面に倒れ込む。


 うつ伏せに倒れる少年の背中を踏みつけ、ユフィーリアは「次はどこに刺されたい?」と聞く。



「お勧めは尻だけど、太いお注射イッとく?」



 雪の結晶が刻まれた煙管を一振りし、巨大な氷柱を作り出すユフィーリア。今度の氷柱は先端が丸まっており、特定の場所に突き刺すことを想定して作られていた。

 こんなものを突き刺された暁には、保健室に担ぎ込まれることは必須である。保健室に担ぎ込むことなんてせずに、全裸にひん剥いた上で校門の前に磔刑たっけいに処してやるのだが。


 顔を青褪めさせる少年の尻に、太い氷柱が襲い掛かろうとした瞬間だ。



「ユフィーリア、君って魔女は!!」


「げ、グローリア」



 紫色の瞳を吊り上げたグローリアが、大股で中庭にやってくる。


 早くも彼の存在を嗅ぎつけたか。叫ばれる前に殺してしまえばよかった。

 死んだら死んだで冥府の法廷にてショウの父親であるキクガの拷問が待っているのだから、さっさと手にかけてしまえばよかっただろうか。



「全く、彼は特別新入生になるんだから乱暴にしちゃダメだよ」


「何だよ、殺した方が早くね?」


「だから殺したらダメなんだってば!!」



 金切り声で「早く足を退けて」と言われてしまったので、ユフィーリアは仕方なしに少年の背中から足を退けた。


 グローリアはうつ伏せに倒れる少年に駆け寄ると、氷柱によって傷つけられた彼の足に回復魔法をかける。

 少年はあっという間に回復した足に驚きを露わにし、救世主であるグローリアに羨望の眼差しを向ける。ここで殺せないのが残念だ。


 少年を抱き起こしたグローリアは、



「大丈夫かい、君。ごめんね、ウチの問題児が」


「は、はい……」


「さあこっちだよ。彼らに構うことはない、僕があとで叱っておくから」



 ずぶ濡れになった少年を校舎に導き、グローリアは彼を伴って校舎内に姿を消した。


 学院長に連れて行かれた少年を見送って、ユフィーリアは不満げに雪の結晶が刻まれた煙管を咥える。

 グローリアの言っていた特別新入生という単語に聞き覚えがあった。おそらく、このヴァラール魔法学院でもごく一部の人間しか知らない制度だ。



「あーあ、殺した方が良かったのに」



 本当に、どこまでも不運な少年だ。

《登場人物》


【ユフィーリア】水責め等の拷問もお任せアレな問題児筆頭。別にヤクザではない。魔女である。

【エドワード】顔はヤクザみたいだけどヤクザではない。むしろ小心者。

【ハルア】ヤクザの鉄砲玉になりそうな暴走機関車野郎。後輩を守る為に今回は騎士に徹底。

【アイゼルネ】色仕掛けを主体とするスパイっぽいけど別に違う。

【ショウ】極道の妻ポジションな女装メイド少年。問題児のお姫様とは言わないで、ユフィーリアが絡むと途端に爆発するよ!


【グレン】可哀想なぐらいに拷問されていた受験生。踏んだり蹴ったり水に漬け込まれたり。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは。 今回も、楽しく読ませていただきました。 特別新入生、もうこの単語から嫌な予感しかしません。文中にユフィーリアさんの不穏な言葉や、どこまでも不運な少年と言われ…
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