第4話【異世界少年と不合格者】
期間限定のパンクックをお持ち帰りしてご機嫌である。
「ぱーんくっく、ぱーんくっく♪」
紙製の容器を大切そうに抱えて、頼れる先輩のハルアは自作の歌を大きな声で歌う。
期間限定のパンクックは今が旬の果物である『紅玉ベリー』と呼ばれるものを使用し、酸味と甘味の相性が抜群のパンクックとなっている。口溶けが軽い生クリームと混ざることで至高の逸品と表現してもいいだろう。
正面玄関の掲示板に張り出されていたが、いつ食べようと決めあぐねていたのだ。今日は最高の日である。
ショウも一緒に「ぱーんくっく♪」と歌いながら、
「今日は中庭も空いているだろうか」
「今日は学校もお休みだから空いてるよ!!」
本日はヴァラール魔法学院の前期試験ということもあって、学院はお休みの日である。生徒たちは学生寮で自由に過ごしているはずだ。
いつもは大人気の中庭も、この日ばかりは問題児の独占状態である。天気もいいし、日当たり抜群の場所で食べるパンクックは最高に美味しいことだろう。やはり今日はいい日だ。
弾んだ足取りで中庭へ向かうショウとハルアだったが、
「あ」
「あれ?」
中庭には先客がいた。
中庭に設置された長椅子に項垂れた様子で腰掛ける、赤茶色のツンツン頭が特徴的な少年だ。ショウと同い年か、少し年上ぐらいだろうか。
ヴァラール魔法学院が指定する制服を身につけていないので、前期試験を受けにきた受験生の1人だろう。そういえば、魔力測定で最高評価を叩き出したにも関わらず、調子に乗って魔法威力計測で見当違いな魔法を使用して副学院長に「帰れ」と言われた阿呆ではないか?
どんよりとした空気を背負う背中を眺めるショウとハルアは、
「ショウちゃん、どうする?」
「東屋の方は空いているからそっちで食べよう。日陰も心地いいし」
「そうだね!!」
触らぬ神に何とやらである。面倒なことは避けたい。
特に彼は、その、厄介な人間のようなのだ。ショウの元の世界で流行していた異世界冒険系の小説は、大体彼のような人物が主人公だった。周りには彼自身を称賛する人間しか配置されず、人生何でも思い通りで困難なんてないとばかりの振る舞いが鼻につくというか何というか。
不思議とああいった人物に女子はコロッとやられてしまうので、ユフィーリアに近づこうものなら絶対にぶっ飛ばしてやる所存である。ショウにとって世界で1番綺麗で魅力的な女性はダントツでユフィーリアだからだ。
「ユーリたちはいつ来るかな!?」
「飲み物を買って行くと言っていたから、もう少しかかるのではないか?」
ユフィーリアたち大人組は人数分の飲み物を購入してから向かうとのことだったので、ショウとハルアは場所取りと称して先に中庭へやってきたのだ。あの項垂れた不合格確定の受験生以外に人影はないので、ちょうどいい頃合いに来たものだ。
先に場所を取っておけば、誰かが他に利用することもない。特に問題児であるショウとハルアは、生徒や教職員から避けられる方向性がある。一定の距離を置かれて接されるので、場所取りの際は楽だ。
2人揃って「ぱーんくっく♪」と陽気に歌いながら中庭へ足を踏み入れると、
「はあー……」
何か盛大なため息が聞こえてきた。
「……何か聞こえたね」
「……何か聞こえたな」
わざとらしいため息だった。
まるで「自分はこんなにも落ち込んでいるから話を聞いてほしい」と言うかのように。
ショウとハルアは互いの顔を見合わせて、
「無視しよう」
「そうしよっか!!」
何度も言うが、触らぬ神に何とやらである。
あの人物は絶対に関わりたくない人間だ。割と本気で思っていることである。関わりを持ったら絶対に後悔する人間である。
ショウとハルアは足早に項垂れた少年の前を通り過ぎるが、
「はあああー……」
「…………」
「…………」
背中に突き刺さる視線が痛い。
「ハルさん……」
「ショウちゃん、無視だよ無視。絶対に反応しちゃいけないよ」
頼れる先輩にそう諭されて、ショウは「あ、ああ」とかろうじて頷く。
そう、絶対に反応をしてはいけない。関わりたくないのであれば反応しない方がいいのだ。
たとえ背中にチクチクと嫌な視線が突き刺さろうとも、相手に反応したら負けである。自分の身を守る為にもここは無視を選択しよう。
「孤独だな……誰も助けてくれないなんて……昔は慕われていたのに……」
ポツリと少年が呟いた言葉に、ショウは「幻想じゃないですか?」と言いかけた。実際、ちょっと喉から言葉が出かけた。
悲劇のヒロインならぬ悲劇のヒーロー気取りである。何だろう、ごっこ遊びが好きなのだろうか。好きなだけ近所の子供たちと遊んでいてほしい。
というかわざわざ中庭で落ち込むとか何事だろうか。他人に話を聞いてほしくて仕方がない構ってちゃんの究極形態だろうか。精神的に大丈夫か、あの少年。
ショウは無視した。完全に無視した。これは無視するしかなかった。
「誰も使ってないね、東屋!!」
「そうだな。ちょうど日陰になっているから涼しくていいな」
中庭に建てられた東屋は誰も利用しておらず、問題児の独占状態に出来た。燦々とした日当たり抜群の場所で食べるのも乙なものだが、日陰で食べるパンクックもいいだろう。そよぐ風も心地がよく、むしろ日向よりも最高の場所かもしれない。
さて、ユフィーリアはいつ帰ってくるだろうか。先にパンクックを食べていてもいいだろうか?
東屋の椅子に腰掛け、膝の上にパンクックが詰め込まれた紙製の容器を置いた瞬間だ。
「はあああああああー……」
「ッ!?」
「にゅや!?」
ショウとハルアは同時に飛び上がってしまった。
何と、ショウの隣にいつのまにかあの少年が座っていたのだ。動いた気配を全く感じ取れなかった。
わざとらしいため息を吐いて、いかにも「オレ落ち込んでいますけど」みたいな空気を醸し出してくる。話を聞いてほしそうにこちらにチラチラと視線を投げかけてくる。
不合格者ではなくて不審者だろうか。誰だ、この変態を学院内に招き入れた奴は。
「ショウちゃん、行こう」
「あ、ああ」
こうなったら東屋でも食事は出来ない。せっかくの美味しいパンクックが無駄になってしまう。天気がいいから外で食べようというユフィーリアの提案もよかったのに、変態がいるせいで台無しだ。
ショウはハルアに促されて東屋から離れることにした。
もうこうなったら用務員室に戻るしかない。こんな変態がいるのであれば、1番安全な場所はあそこだけだ。ユフィーリアとエドワード、アイゼルネには迷惑をかけてしまうかもしれないが、先に用務員室へ戻った方がいいだろう。
ため息を吐く少年を無視して用務員室へ戻ろうとするショウとハルアだが、
「はーああああああ……」
「わッ」
唐突に腕を掴まれてしまう。
掴んできた人物はもちろん、あのため息を吐く少年だ。
話を聞いてもらえないからと強硬手段に出たのか。絶対に離さないとばかりに強い力で腕を握ってくるので、ショウは少年の手を振り払うことが出来なかった。
相手の事情など毛ほども興味がない。むしろどこかに行ってほしいしこの手を離してほしかった。
「テメェ、ショウちゃんに触ってんじゃねーッ!!」
「げふぁッ!?」
ショウの腕を掴む少年の顔面へ、ハルアの華麗な膝蹴りが炸裂した。心の底から「綺麗だ」と感じる閃光魔術だった。もしかして実父であるキクガ直伝だろうか?
強烈な膝蹴りを顔面に受けたことで、少年はショウの手を離してしまう。
その隙にショウは少年の手が及ばない場所まで離れ、わさわさと足元から腕の形をした炎――炎腕を生やして相手の出方を待つ。ため息を吐くだけで触れてこないと思っていた自分の甘い考えを殴ってやりたかった。
ショウを守るように立ちはだかるハルアは、中指を立てて「この変態が!!」と普段では考えられない乱雑な言葉遣いで相手を罵倒する。
「ため息ばっかり吐いてんじゃねーよ!! 話を聞いてほしいならちゃんと言えや!! どうせオマエが全面的に悪いんだろうけどな!!」
「お、オレは何も悪くないだろ!?」
「急にショウちゃんの腕を掴んでくる時点で変態だよ!! もげろ!!」
「どこを!?」
少年は「ち、違うんだ!!」と言い訳じみたことを叫び、
「オレはただ、どうして不合格になってしまったのか相談したかっただけで……!!」
「魔法威力計測の試験で調子に乗ったからだよバーカ!!」
「何でいちいち罵倒されなきゃいけないんだ!?」
「変態だからだよバーカ!!」
ハルアの子供じみた罵倒は少年の心を抉ることはないだろうが、それでもじわじわと効いてきている様子である。少年の瞳に涙が浮かび始めた。
変態認定されてもおかしくはない。ため息を吐きながら腕を掴んでくるとか、不審者と表現してもいいぐらいだ。この場にユフィーリアがいたら氷の魔法で殺されていたことだろう。
歯を剥き出しにして野生動物のような威嚇をするハルアは、
「オマエのような馬鹿は試験に落ちるってユーリも言ってたもんね!! 問題文を確認しないとかオレよりも馬鹿だよ!!」
「ば、馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ!!」
「うるせえバーカ!!」
「バーカ!!」
もう子供同士の罵り合いになってしまった。これで互いに殴り合いが始まれば、多分ハルアが勝てると思う。
ショウは「ユフィーリア、早く来てくれ……」と祈るばかりだった。
この最悪の状況を解決できるのは、魔法の天才と称された最愛の旦那様だけだ。ハルアの守りもいつ崩れ去るか分からない、相手へ殴りかかるより先に出来るだけ早く来てほしい。
その時だ。
「ハル、お前何してんだ?」
「あ、ユーリ!!」
ちょうど購買部で飲み物を買い終えたらしいユフィーリア、エドワード、アイゼルネの3人が不思議そうな表情で中庭までやってきた。両手には黒猫の模様が特徴の容器を抱え、3人揃って首を傾げている。
よかった、ハルアが少年へ殴りかかる前に間に合ってくれた。ショウは密かに安堵の息を吐いた。
ユフィーリアは青い瞳を瞬かせ、
「ハル、説明」
「あの馬鹿がショウちゃんの腕を掴んだ!!」
明らかに悪い方向へ持っていくような言い方だった。
その報告を受けた途端、ユフィーリアの纏う雰囲気が変わる。
青い瞳に絶対零度の光を宿し、それからどこか怯えた様子の少年を見やった。「嫁に触りやがって……」と小さな声も聞こえてきた。
あ、これは終わった。ご愁傷様である。
「この変態がァ!! ウチの嫁の腕掴んで何しようとしやがったァ!!」
「げふぁッ!?」
ユフィーリアの飛び膝蹴りが華麗に決まり、少年は大きく吹き飛ばされて頭から噴水に突っ込んだ。
《登場人物》
【ショウ】実はな○う系小説もちゃんと読破している。あの時は他人事で読めたが、実物を前にすると嫌悪感よりも先にユフィーリアに近づいて欲しくないという強い意思が先行する。
【ハルア】頼れる先輩用務員。口より先に拳が出るのだが、後輩の前では暴力的な場面を見せない紳士。この場にショウがいなかったら冥府に送り込んでいた。
【グレン】いわゆる「オレ何かやっちゃいました」系主人公(笑)。残念ながらこの世界ではその常識は通用しない。そもそも作者都合でこういう主人公を書いたことがないので、ない知識とない経験を捻り出して産み落とされた経緯を持つ。