第3話【問題用務員と魔法威力計測】
ようやく魔力測定の仕事から解放された。
「楽しかった」
「楽しかったねぇ」
「楽しかった!!」
「楽しかったワ♪」
「楽しかったな」
問題児たちの表情は、どこかイキイキしていた。
魔力測定の水晶玉は壊れてしまった影響で在庫がなく、代わりに男性の象徴である【自主規制】の形に変えられた水晶を使ったのだが、これがまさに阿鼻叫喚の地獄絵図を生み出した。
まず魔力を測定するには水晶へ触れなければならないので、必然的に【自主規制】に触ることとなってしまう。この【自主規制】の形をした水晶を前に悲鳴が起き、さらに触ることを強要されて悲鳴が起き、終始悲鳴だらけの試験会場だった。
そんなことをしているせいで魔力測定の担当をしていた真っ赤な魔女、ルージュ・ロックハートは怒りながら問題児を試験会場から叩き出したのだ。「ふざけたことをしてんじゃねえですの!!」などと口調も少し崩れていた。
「いやー、楽しくて仕方がないわ。どうせならもう少し手伝ってやればよかったなァ」
上機嫌で雪の結晶が刻まれた煙管を吹かすユフィーリアは、
「お」
ちょうど校庭方面に差し掛かった時、やたら外が騒がしかった。
見れば校庭に案山子のようなものが立てられており、案山子の下には金盥が設置されている。妙な案山子の胸元には的が掲げられ、案山子と向き合う受験生はそれに向かって魔法を打ち込んでいる最中だった。
受験生が放った水の魔法が案山子にぶち当たり、魔法が解けて水が金盥の中に落ちる。多めの水を使用したのか、金盥から水が溢れそうになっていた。
「はい、B判定ッスね」
案山子の下に設置された金盥を覗き込み、目隠しをした邪悪な魔法使いが今しがた魔法を放った受験生に判定を下す。
「水の量をもっと少なめにすればA判定だったッスよ。着眼点は悪くないッス」
「あ、ありがとうございます……!!」
見た目が邪悪な魔法使いそのものだが、まともな評価を下した彼に受験生が感極まって涙を浮かべる。判定結果が書かれた羊皮紙を胸に抱き、嬉しそうに校舎内へ駆け込んだ。
なるほど、次は魔法威力計測か。
わざわざ入学試験に魔法の威力を計測する必要はあるのかと問われるが、ヴァラール魔法学院に入学する前にどれほどの魔法の知識があるのか判定するのだ。ただ強ければいいという訳ではなく、指定された条件を合格した上で強い威力の魔法を使えなければ意味がないのだ。
高みから魔法威力計測の試験会場を眺めるユフィーリアは、
「試験官は副学院長がやってんのか」
「本当だねぇ」
「案山子を倒すの!?」
「魔法の威力を計測するのヨ♪」
「魔法の威力は計測できるものなのか?」
あまり試験内容を理解していない未成年組の為に、ユフィーリアはこう提案する。
「じゃあ試験会場に行ってみるか。実物を見た方が説明が早い」
☆
「という訳でお邪魔します副学院長」
「よろしくねぇ、副学院長」
「見学しに来たよ、副学院長!!」
「こんにちは、副学院長♪」
「お疲れ様です、副学院長」
「魔力測定の会場を邪魔した次はボクのところッスか」
目隠しをした見た目だけ邪悪な魔法使いこと副学院長のスカイ・エルクラシスは、ヘラヘラと笑いながらやってきた問題児に苦笑した。
彼には『現在視の魔眼』と言って、この世のどこでも覗き見し放題という奇跡的な眼球を持っている。その為、魔力測定の会場で大いに邪魔をしてきた問題児の動向を見守っていたのだろう。
ユフィーリアは「今回の試験の合格条件は?」と問いかけ、
「毎年面白い内容なんだよなァ。むしろアタシがやってみてえわ」
「今年の試験内容はこれッスよ」
スカイが厚ぼったい長衣の下から取り出したのは、1枚の羊皮紙である。
使用魔法:水属性魔法。
合格条件:案山子の下に設置された金盥から水が溢れないようにすること。
特記事項:魔法の重ねがけは2種類まで使用可能とする。
簡素な文章が並べられた羊皮紙を眺める問題児一同は、
「お、今年の問題も面白そう」
「謎解き?」
「謎かけ?」
「なぞなゾ♪」
「入試問題の答えを探るべく、我々は密林の奥地へ向かった――」
「ショウ君は真剣な顔でどこに行こうとしてるんスか」
問題内容を理解できたのは魔法の天才と称されるユフィーリアだけで、他は疑問符で頭を埋め尽くして首を傾げる以外になかった。魔法の知識の有無でこれほどの差が出るのだ。
ヴァラール魔法学嫌の魔法威力計測は『きちんと指定された魔法が使えるか』という点と『最小の魔力消費で最大の威力を発揮できるか』という部分が重要だ。
最小の魔力消費で発動できる魔法などタカが知れているので、威力を増幅させる為には他の魔法を重ねがけする必要がある。その部分に気づいて指定された魔法を効率よく使用できるか、で判断されるのだ。
「頭のいい奴だったらすぐにやり方にも気づくだろうよ」
「ユフィーリアは出来るのか?」
「当然」
ショウの尊敬の眼差しを受け、ユフィーリアは自信満々に胸を張った。これぐらい魔法の天才と称される問題児筆頭が出来なければ情けない。
「邪魔しに来たんなら追い返しますけど」
「まあまあ、いいじゃねえか副学院長。ちょっと見学ぐらいさせてくれよ」
「見学だけッスよ」
副学院長に本気で追い出されたらまずいので、ユフィーリアたち問題児は大人しく試験会場の端で見学させてもらうことになった。
もちろん、邪魔をするつもりはない。魔力測定の会場で思う存分に楽しんだので、ユフィーリアとしてはもう大満足なのだ。出来ればあの案山子にも挑戦してみたいのだが、副学院長に説教されるのはさすがに精神的にもきついので止めておく。
さてスカイが「次の人どうぞッス」と声をかければ、
「あれは壊してもいいのか?」
そんなふざけたことを宣いながら、赤茶色のツンツン髪の少年がやむてきた。次の受験生は何と魔力測定の会場で「オレ、何かやっちゃいました?」などと馬鹿みたいなことを言ってのけた水晶玉破壊野郎である。
彼を覚えていたのか、エドワードもハルアもアイゼルネもショウも揃って「あ」と呟いた。水晶玉を破壊した事件は記憶に新しい。
特にショウはゴミでも見るような視線を彼へ向け、
「今風のライトノベルでいそうな主人公だ……あれでヴァラール魔法学院に入学すれば女子生徒からチヤホヤされるに違いない……爛れた学生生活を送るんだ……」
「ショウ坊はアイツに何か恨みでもあんのか?」
「恨みはないが腹が立つだけだ」
ショウは怨念を込めた赤い瞳でツンツン髪の少年を睨みつけ、小さな声で「ユフィーリアに目をつけたら許さない……」と言っていた。まさか浮気を疑われているのだろうか。
ツンツン髪の少年はショウの視線に気づくことなく、案山子から少し離れた位置に立つ。
真っ直ぐに案山子を見据え、彼は右手を前に突き出した。さて、どんな水魔法が飛び出してくるのだろうか。
――――ッッッッッッドン!!
案山子に向けて放たれたのは、爆発魔法である。
それもかなり高威力の爆発魔法で、盛大な火柱に案山子は見事に巻き込まれて消し炭となった。これには案山子も想定外だろう。水の魔法の対策はされていただろうが、まさか爆発魔法を使用されるとは誰が想定するだろうか。
しかも彼、呪文を唱えることを一切しなかった。一般的な魔女や魔法使いは詠唱をしなければ魔法が使えず、無詠唱で魔法を発動するのはかなり技術力が必須となってくる。ユフィーリアも基本的に魔法は無詠唱で使用しがちだが、それでも長きに渡って研鑽と挑戦を重ねた結果だ。
「何だ、呆気ないな」
ツンツン髪の少年は、消し炭となった案山子を眺めて鼻を鳴らす。
判定役のスカイは固まっていた。それどころではなく後ろに控えていた受験生もまた石像のように動きを止めていた。
別に彼の爆発魔法の威力が凄かった訳ではなく、試験内容と全く違うことをしでかしてくれやがったので呆気に取られているだけだ。
我に返ったスカイは、
「あのー、えーと、グレン・ダスティネスさんでしたっけ?」
「はい」
「論外ッス、帰って」
「なッ!?」
自分が『論外』という判定になるのが納得できなかったのか、グレンと呼ばれた少年はスカイに掴みかかった。
「何でだよ!! ちゃんと案山子は破壊できただろ!?」
「全く違う試験内容をやって合格できると思ってるアンタの脳味噌が知りたいッスよ。馬鹿なんスか」
辛辣な言葉を受験生に容赦なく浴びせるスカイは、
「魔力量の多さはS判定みたいッスけど、問題文を読んでいなかったんでただの馬鹿ッスね。そんな奴が魔法使いになったらその辺の国に単騎で戦争でも仕掛けそうッスわ。戦争犯罪者を出すような学校にはしたくないんで」
「も、問題なんて知らなかった……!!」
「申し込みを受け付けた時点で配布したし、何なら試験会場の至るところに立て看板を設置したはずッスよ。確認しなかったんスか?」
なおも食ってかかる受験生を無視して、スカイは案山子を魔法でさっさと直すと「はい次の人どうぞ」と声をかける。
取り付く島もない受験生の少年は、ガックリと肩を落として校庭から立ち去った。再試の余地を与えてやらないのは厳しいかもしれないが、試験内容は確かに試験会場の至るところに立て看板が設置されているので、確認を怠った彼がいけない。
可哀想なものでも見るかのような視線で、問題児5名は少年を見送る。
「毎年な、いるんだよなァ」
ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を咥えると、
「魔力測定でS判定を叩き出したのが嬉しかったんだろうよ、次の魔法威力計測で調子に乗る馬鹿野郎が何人かいるんだよ」
「…………そんなにいるのか」
「去年はどこかの国の第7王子が受験して、雷の魔法で案山子を消し炭にしたから門前払いされてたな」
去年も何か同じように喚いていたような気がするのだが、指定された魔法が使えなかった阿呆に敷居を跨がせる訳にはいかないのだ。変なところに戦争でも仕掛けたら、それこそヴァラール魔法学院の責任問題になってしまう。
可哀想だが、問題を確認していなかった彼が悪いのだ。前期試験が落ちても後期試験が秋頃に控えているので、そこで挽回すればいいだろう。
ユフィーリアは「飲み物でも買いに行こうぜ」と言い、
「何か飽きてきたわ」
「ついでに購買部でお菓子でも買おうよぉ」
「たまにはカフェ・ド・アンジュのパンクックが食べたい!!」
「それはいいわネ♪」
「今の時期は『紅玉ベリーのパンクック』が期間限定になっているんだ……絶対に食べたい……!!」
前期試験を邪魔することにも飽きてきた問題児は、早々に試験会場から離脱することを決めた。これ以上は面白くなりそうにないだろう。
「あ、お邪魔しました副学院長」
「頑張ってねぇ」
「またロザリアと遊ばせてね!!」
「お仕事頑張ってネ♪」
「お邪魔してすみませんでした」
「自由人ッスね、相変わらず」
お仕事中の副学院長にしっかり挨拶してから、問題児たちは今度こそ校庭から立ち去った。
《登場人物》
【ユフィーリア】魔法の知識はかなり蓄えているので、毎年勝手に魔法威力計測に参加しては怒られている魔女。今年の監督は副学院長だったので断念。最高記録は心臓を的確に爆発させる魔法を使って当時の監督を戦慄させた。
【エドワード】魔法は使えないけど、あの案山子だったら壊せそうな筋骨隆々とした巨漢。殴れば相手は弾け飛ぶ、多分。
【ハルア】魔法も使えず知識もないけど、高い身体能力で相手を的確に暗殺する系ダンスィ。暴走機関車野郎の異名は伊達じゃない。
【アイゼルネ】魔法の重ねがけが2種類まで許可されるなら、圧縮魔法と風の魔法で加速させて案山子を撃ち抜くことを想定している南瓜頭。知識は完璧ユフィーリア仕込み。
【ショウ】魔法は使えない代わりに神造兵器なんていうチートアイテムを使えるぐらいだから、案山子を焼き焦がすことなんてお茶の子さいさい。
【スカイ】ヴァラール魔法学院の副学院長。魔法威力計測をこなせるほどの知識は持ち合わせるが、やはり魔法兵器を組む方が得意。今回の場合は圧縮魔法を使うのが最適かもしれない。