第2話【問題用務員と魔力測定】
脱走した問題児たちが発見したのは、大講堂から伸びる長蛇の列だった。
「うわ、何だこれ」
ユフィーリアは思わず足を止めてしまう。
長蛇の列を構成するのは、見覚えのない人間ばかりだ。ヴァラール魔法学院の制服を身につけていないので、前期試験を受けに来た受験生だろう。
ショウと同い年程度の少年少女から少しばかり腹回りが気になる中年男性、果てはヨボヨボのお婆ちゃんまで列に並んでいる始末である。種族も人間に限った話ではなく長い耳が特徴のエルフ族や動物の姿が特徴的な獣人族、歪んだ角が頭から生える魔族、昆虫のように透き通った翅が特徴の妖精族など多種多様な受験生の姿が見受けられた。
ヴァラール魔法学院の受験資格は15歳以上とされているだけなので、15歳以上で魔力を持っていれば誰でも入学試験を受けることが出来るのだ。種族も人間だけではなく妖精や魔族、エルフ族や獣人族、ドワーフ族や人魚族など「受けたい」と望めば受けることが出来る仕組みである。
「これほど多ければ倍率もかなり高いだろうな……」
長蛇の列を眺めながら、ショウがポツリと呟く。
毎年ヴァラール魔法学院には約2000人の生徒が入学するのだが、この長蛇の列を形成する受験生は2000人では通用しないほど並んでいる。ここから合格者を振り分けるのは至難の業かもしれない。
魔力があって、魔法の威力をきちんと計測できればほぼ合格は間違いないのだが、果たしてヴァラール魔法学院の合格基準はそれで正しいものなのだろうか。ユフィーリアも学院経営に関する情報は把握していない。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、
「大講堂で何やってんだ?」
「気になるねぇ」
「覗いてみる!?」
「それがいいワ♪」
「気になることは解消しなければ」
そんな訳で、長蛇の列が形成される大講堂を覗くことにした。
受験生で賑わう大講堂の扉から顔を覗かせ、広々とした室内を見渡す。
大講堂の舞台上に机が設置され、机には台座に置かれた水晶玉がある。魔力を測定する為の水晶玉であり、内部に溜まった靄の濃度によって魔力量を計測するのだ。
その水晶玉で魔力を計測するべく、受験生が長蛇の列を成していた訳である。なるほど、納得した。
「次の方、どうぞですの」
魔力計測を担当する魔女に促され、1人の受験生が水晶玉の前に立つ。
受験生が水晶玉に手を乗せると、ゆっくりと水晶玉の内側に白い靄が溜まっていった。徐々に真っ白く染まる水晶玉だが、やがて噴き出る靄がピタリと止まった。
完全な真っ白という状態ではなく、ところどころ靄の薄さが感じられる。あの程度の量は中の上ぐらいと言ったところか。
水晶玉に溜まった靄の量を確認する魔女は、
「A判定ですの。次の試験会場に向かってくださいまし」
「は、はい」
魔女が魔力測定の結果を記した羊皮紙を受け取り、受験生は「よかった……」などと安堵の息を漏らしながら舞台上から降りた。
何だ、あの【自主規制】の形に変えた水晶玉は使っていないのか。
あれはあれで通常の魔力計測器よりも多めに魔力が測定できるので、膨大な魔力を持った人物が触っても壊れにくい仕様となっている。ただし壊れたら弾け飛ぶので精神的に痛そうではあるが。
「何だ、つまんねえ」
「あの形で魔力測定をしていたら面白かったのにねぇ」
つまらなさそうに唇を尖らせるユフィーリアに、エドワードが同意する。
魔力測定に用事はない。たかが他人の魔力を測定するだけの場面など延々と眺めて何が楽しいのだろうか。
退屈な単純作業を黙々とこなす気力も起きなければ、この長蛇の列を解消する為の手伝いをする優しさもない。欠片もない。雀の涙ほどもない。
脱走がバレたら確実に手伝わされるので、ユフィーリアたち問題児はさっさと逃げようと顔を引っ込ませた。
「そこの問題児、出てくるですの」
やっぱり気づかれていた。
「無視しろ、無視」
「退屈なお手伝いなんてやだねぇ」
「手伝える自信がないよ!!」
「逃げるが勝ちネ♪」
「手伝う義理はない」
呼びかけに応じることなく無視して逃げようとする問題児だったが、
「分かりましたの。それでは問題児どもが魔導書図書館から借りたまま返却しないエロ本の題名を順番に言っていくですの、ご準備はよろしくて?」
「全然良くねえ!!」
「何で平然と恥を晒す方向に舵を切るのよぉ!?」
「言っちゃダメな奴!!」
主に心当たりのあるユフィーリア、エドワード、ハルアの3人は強く反応を示した。アイゼルネとショウはそんなことしないので無反応である。
返却期限をとうの昔に過ぎたエロ本の題名暴露を阻止するべく、問題児は仕方なく大講堂に足を踏み入れた。「出てこい」と言われたから出てきただけであって、仕事を手伝う気力は全くない。
ちなみにエロ本の題名暴露で脅された問題児たちに、受験生からの奇異な視線が集中する。彼らの冷ややかな視線が痛い。これぞまさしく針の筵である。
問題児たちを呼びつけた魔力計測担当の魔女は、舞台上からユフィーリアたち問題児を見下ろす。
「ご機嫌よう、問題児。いつのまに脱走したんですの」
「ルージュ……」
ユフィーリアは心底嫌そうな表情で、壇上に立つ魔女を見上げた。
肩口で切り揃えられた髪も、切れ長の双眸も、唇に引かれた口紅も、身につけたドレスも、手にした扇も全てが色鮮やかな赤に染まっている。全身を赤色に包み込んだその魔女は、大講堂の風景から異様なまでに浮いて見えた。
自動手記魔法で魔力測定の記録は任せ、自分自身は優雅に扇で煽ぎながら試験が終わるのを待っている様子だった。全体的に警戒心を抱かずにはいられない色合いをしているので、見た目だけで言えば問題児以上に迂闊には近づけない。
彼女の名前はルージュ・ロックハート。ヴァラール魔法学院の魔導書図書館司書を務め、七魔法王が第三席【世界法律】として知られる魔女だ。
「エロ本の……エロ本の題名暴露だけは勘弁してくれ……」
「言いませんわ。この程度の暴露で問題児が釣れるなら言わないで温存しておいた方がよろしいでしょうに」
コロコロと笑うルージュは、
「ああでも、貴女のお嫁さんにはお教えしましょうかしら? きっと面白い夜の話が期待できそうですの」
「是非」
「ショウ坊?」
食い気味にルージュへ詰め寄るショウに、ユフィーリアは軽く裏切られた感があった。エロ本には性癖が詰まっているので、恥ずかしい部分は最愛のお嫁さんに触れてほしくなかった。
「ところで、お暇なら手伝っていただけませんこと? 見ての通り、魔力測定を待つ受験生は山のようにいらっしゃいますの。わたくし1人ではとても追いつきませんわ」
「あ、そう。それじゃ」
「『メイドさんにご奉仕プレイ』」
「やりまーす」
うっかり最初のエロ本題名暴露が実行され、有無を言わさず手伝わされることになったユフィーリア。「よろしいですの」と満面の笑みで頷くルージュへ、若干の殺意を覚えた。
記憶の忘却を強く望むが、おそらくそれは無理な話になる。ルージュ・ロックハートという魔女は非常に記憶力がいいのだ。
この場にいる全員の顔も、ヴァラール魔法学院の全校生徒の名前も、問題児が今までどんな問題行動をやらかしてきたのかさえも彼女は記憶している。完全記憶能力と言っていたが、何時何分何秒までピタリと言い当てられるのだから凄いを華麗に通り過ぎて気持ち悪い。
ユフィーリアは「何すりゃいいんだよ」と言い、
「水晶玉に溜まった魔力の測定をしてほしいですの。わたくしはそれを記録していきますの」
「へいへい」
「他の方は列整理をお願いしますの。若干乱れてきておりますわ」
「うへぇ」
「うえー」
「あらー♪」
「手伝う義理はありませんが」
手伝いを拒否する部下たち4人に、ルージュは冷酷に告げた。
「『首輪に繋げてご主人様』と『山盛りおっぱいカーニバル』」
「はいやりまぁす」
「やります!!」
まずエドワードとハルアが真っ先に陥落した。
「アイゼルネさんには最新流行のお化粧雑誌を無償で貸し出ししますの」
「あらいいのかしラ♪」
「お嫁さんにはユフィーリアさんの借りる書籍の傾向をお教えしますの」
「話題作り……ユフィーリアに貢献……!!」
そしてアイゼルネとショウもあっさりと堕ちてしまった。これで手伝いから逃れられない。
ユフィーリアは仕方なしに「次の人ぉ」と呼びかける。
水晶玉の前に立ったのは、赤が混じった茶色いツンツン髪が特徴的な少年である。好みの顔立ちではないがまあまあ整っており、貴族の息子らしい身綺麗な格好をしていた。
彼はスッと音もなく右手を伸ばし、
――パリン!!
そして、触れる前に水晶玉が割れた。
水晶玉には急速に靄が溜まっていき、それから耐えきれずに爆発四散したようだ。白く濁った状態の水晶の欠片が散らばる。
砕け散った水晶玉を前に死んだ魚のような目で立ち尽くすユフィーリアへ、相手は悪びれもなくこう言った。
「あの、触れる前に割れちゃったんですけど」
へらりと少年は苦笑する。
「オレ、何かやっちゃいました?」
ぷちん、とユフィーリアの中で何かが切れた。
「『何かやっちゃいました?』じゃねえだろ、備品を壊しておいて何だその態度はァ!!」
「へぶぅ!?」
整った顔面に右拳が華麗に突き刺さり、ふざけたことを宣った少年が吹き飛ばされる。
大講堂の床を転がった少年は、鼻血を流しながら混乱していた。何故殴られたのか理解していないらしい。
吹き飛ばされた少年に掴みかかったユフィーリアは、その美貌に似つかわしくない口汚い言葉で罵る。
「こンのガキャァ!! まず最初に謝るだろうが、なァにが『何かやっちゃいました?』だ明らかにお前が原因で水晶玉が壊れてんだろうがオイコラごめんなさいの一言でも謝れねえのか今時3歳児でも悪いことをしたら謝るんだぞゴラァ!!」
「あばばばばばばば」
「謝れねえなら弁償しろ!! 腎臓でも肝臓でも心臓でも眼球でも売ってきて弁償しやがれコラァ!! 壊れた魔力計測用の水晶玉は簡単に直せねえんだぞ、どうしてくれんだコラァ!!」
「ご、ごめ、ごめんなさ、ごめんなさい」
「誠意が足りねえ!! 地べたに頭を擦り付けて詫びた上で弁償しろクソガキ!!」
罵倒に罵倒を重ねてふざけたことを抜かした受験生を土下座させたユフィーリアは、
「ッたく仕方ねえな、やり直しだやり直し。まともに魔力測定できてねえんだから」
すでに優秀な従者のアイゼルネと最愛のお嫁さんであるショウが割れた水晶玉の片づけをしてくれていて、ユフィーリアは代わりの魔力測定用の道具を取り出した。
机の上に置かれたものは、男性を象徴する透明な【自主規制】である。
もちろんこれも材質は水晶なので、魔力を計測することが出来る。ただし魔力測定の結果である靄は水晶の中に溜まらず、先端から霧みたいに噴出される仕様だ。
ユフィーリアは水晶で作られた【自主規制】を少年の目の前に突き出し、
「ほら」
「え」
「ほら、魔力計測だよ。とっととやれ」
「で、出来ないです。何ですかこの形は」
「お前が水晶を壊したんだから代わりがこれしかねえんだよコラ、文句あるなら壊した自分に言え!!」
「ごめんなさい!!」
それから受験生たちは【自主規制】の形をした水晶で魔力測定をする羽目になり、ユフィーリアたち問題児は当初の予定をこなすことが出来たので内心でゲラゲラ笑いながら魔力測定を手伝うのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】借りパクしたエロ本の題名暴露に脅された問題児筆頭。昔からメイドさん系のエロ本を借りる。失礼、借りパクする。
【エドワード】借りパクしたエロ本の題名暴露に脅された問題児2号。調教系のエロ本を借りパクする。
【ハルア】借りパクしたエロ本の題名暴露に脅された問題児3号。胸を強調したエロ本を借りパクする。
【アイゼルネ】別にエロ本には脅されていないが、強いて言うならSM系のエロ小説を読むぐらい。借りパクはしない。
【ショウ】エロ本よりも叔父に酷えことをされてきたので、エロ本を読んだだけでは別に心は動かない。このあとしっかりルージュからユフィーリアの借りパクしたエロ本のリストを貰った。
【ルージュ】魔導書図書館の司書を務めると同時に、第三席【世界法律】の名を冠する魔女。赤色が好き。