第1話【問題用務員と前期試験】
本日はヴァラール魔法学院の前期受験日である。
「ヴァラール魔法学院には初夏に前期、秋頃に後期の入学試験を執り行うんだよ。前期試験で不合格でも後期試験で合格なんてよく聞く話だな」
そんなことを言うのはヴァラール魔法学院創立以来の問題児と名高い銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルである。
創立当初から在籍する問題児、ではなく用務員なので学院の行事日程にも詳しいのだ。自分が邪魔できそうな面白い行事は全て確認済みである。本気でクビの1歩手前まで到達している頃合いだが、クビになった暁にはヴァラール魔法学院が爆風と共に消え去るだけだ。
ユフィーリアの次に用務員としての勤務歴が長い強面の巨漢――エドワード・ヴォルスラムは「もうそんな時期なんだねぇ」としみじみ呟いた。
「初々しい受験生の子にはぁ、毎年のように顔を見ただけで泣かれるんだよねぇ。心が折れそうになるよぉ」
「もう整形しろよ。アタシがやってやろうか?」
「ユーリは何で拳を構えてるのよぉ、引っ叩くよぉ?」
「『引っ叩くよ』と言っておきながらお前も拳を握りしめてるんだよな」
互いの顔面に拳が突き刺さる3秒前と言わんばかりの状況である。拳で整形とは斬新な発想だ。
「前期試験とは何をやるんだ?」
「魔力測定と魔法威力計測、それから少しばかりの問答がある。合格率はかなり高いぞ、指示されたことが出来れば大抵合格できるようになってる」
「なるほど」
そんな質問をユフィーリアに投げかけたのは、彼女の愛するお嫁さんであるアズマ・ショウだ。
本日も雪の結晶が刺繍された可愛らしいメイド服に身を包み、首元では赤い魔石があしらわれた大きなリボンが揺れている。艶やかな黒髪はお団子にまとめられ、赤いリボンが絡められていた。いつ見ても思うが眼福である。
ショウは首を傾げ、
「じゃあ不合格となる場合はどんな時だ?」
「まあ、言われたことが出来なかった奴じゃねえかな」
「魔法の才能とか必要になってくるのか?」
「今はそんなもので合否を判断するような時代じゃねえからなァ」
ヴァラール魔法学院の入学試験は、創立当初から変わっていない。変わったのは合格基準である。
昔は魔法の才能がなければ容赦なく不合格にされていたのだが、今では魔法の才能がなくても最後に待ち受ける問答で『ヴァラール魔法学院でやりたいこと』を明確に伝えることが出来れば合格できる仕組みだ。魔法の才能を重要視する教職員は入学試験に関わるどころか、ヴァラール魔法学院から追い出されている。
そんな訳でここ300年ぐらいは、ヴァラール魔法学院の内部に頭の固い魔女・魔法使いの存在はいない。頭のおかしな連中はその辺に嫌というほど転がっているが、その程度である。
「だからショウ坊もヴァラール魔法学院に入学できるんじゃねえかな」
「ユフィーリアも一緒なら入学してもいい」
「それってアタシも生徒になれってことか?」
ショウに「ダメだろうか……?」などと瞳をウルウルさせながら言われてしまい、ユフィーリアはグッと言葉に詰まる。
別にダメではないのだが、ヴァラール魔法学院の用務員として雇われているのでそれなりに大人なのだ。入学試験に合格して生徒になったところで、ヴァラール魔法学院の授業はタカが知れている。むしろユフィーリアが全教科を指導した方が早い気がする。
ユフィーリアは首を横に振り、
「アタシは今更新入生になんてなれねえから、ハルを代わりに差し出そう」
「オレ!?」
いきなり話題に出された黒いつなぎ姿の少年――ハルア・アナスタシスは、
「オレ馬鹿だから合格できないよ!!」
「ハルア・アナスタシス君、ヴァラール魔法学院に入学したら何をしたいですか?」
「覇王になる!!」
「ダメだな、不合格だわ」
ユフィーリアの至極真っ当な質問に対して「覇王になる」だなんて馬鹿な回答をするほどだから、不合格の未来は確定である。むしろ自分が不合格になるという自覚があるだけマシだろう。
「おねーさんはユーリに先生をしてもらうのが1番だワ♪」
「俺もそれがいい。ユフィーリアは教えるのが上手いから」
嬉しいことを言ってくれたのは頭を収穫祭でよく見かける橙色の南瓜で覆い隠した娼婦――アイゼルネだ。
問題児の中ではユフィーリアを除いて唯一、魔法の教養がある魔女の端くれである。教えれば教えた分だけ吸収するので、頭の良さはユフィーリアも舌を巻くほどだ。同じくショウもかなり頭がいいので、教えれば教えた分だけ魔法に関する知識量が増えていく。脳味噌が柔軟な彼らは頭脳面で優秀だ。
ユフィーリアは照れ臭そうに「へへッ」と笑い、
「嬉しいことを言ってくれんじゃねえか、この野郎」
「お世辞でも何でもなくて事実だからな」
「それでも褒められ慣れてねえからムズムズする」
「ユーリも可愛いところがあるじゃなイ♪」
「照れるユーリが見れるのは貴重だねぇ」
「ユーリも照れるんだね!!」
「…………君たちさぁ」
問題児たちの呑気な会話を聞きながら、ヴァラール魔法学院の学院長であるグローリア・イーストエンドは呆れたような口振りで言う。
「今の状況、分かってる?」
「「「「「現実逃避中」」」」」
「現実逃避中じゃないんだよなぁ!!」
グローリアは「君たちって問題児は!!」と憤りを露わにする。
ユフィーリアたち問題児は、中庭にある木に仲良く縄で縛り付けられていた。縄だけでは抜けられるとでも考えたのか、さらに上から魔法トリモチを設置して身動きを取れなくするというおまけまでついてきた。いらねえ。
ちなみに魔法トリモチだが、魔力が流れている限りは捕縛した相手を絶対に逃がさないという非常に拘束力の高い魔法兵器である。半液状となっている奇妙な形の魔法兵器は、捕まえた相手を傷つけることもなければ拘束によって苦しめることもない優れた捕獲道具だ。犯罪者だけではなく暴走した魔法動物も捕まえられるので便利である。
ユフィーリアは「じゃあよ」とグローリアを見上げ、
「謝ったら許してくれんのか?」
「給料を5割ぐらい減額して許すかな」
「ほら見ろ!! 簡単に許さねえじゃねえか!!」
「簡単に許す訳がないじゃないか!!」
叫ぶユフィーリアに負けじと怒鳴り返すグローリアは、
「これをやったのは君たちでしょ!! どうするのさ、今日の前期試験で使うんだよ!?」
そう言って彼が問題児の眼前に突きつけたものは、男性の象徴である【自主規制】を模した何かである。
形は【自主規制】そのものだが、色は綺麗な透明だ。硝子のような材質で作られた【自主規制】は何故かとても綺麗に感じる。多分、感性が終わっているのだと思われる。
グローリアが握りしめる半透明の【自主規制】に視線をやったユフィーリアは、
「え、お前の【自主規制】?」
「違うよ馬鹿!!」
「あー、暴言だ傷ついた慰謝料」
「前期試験に使う魔力測定用の水晶玉を全部【自主規制】の形にしちゃった君に慰謝料を請求したいくらいだよ!!」
怒りに身を任せてグローリアが半透明の【自主規制】を地面に叩きつける。半透明の【自主規制】は割れることなく、むしろ地面にちょっとアレな部分がグッサリと突き刺さっていた。
この半透明の【自主規制】は、ユフィーリアが変形魔法を使って遊んだ魔力測定用の水晶玉である。魔力を測定する場合、水晶玉ではなくこの【自主規制】に触れる必要があるのだ。
もちろん変えたのは形だけなので、機能自体はそこまで変更していない。ああでも少しばかり工夫したところはあるか。
ユフィーリアは「何が問題なんだよ」と唇を尖らせ、
「ちゃんと魔力測定の機能は残してるから十分に使えるだろうが」
「使えないよ!! これを本気で使おうものならヴァラール魔法学院の品位が下がるでしょ!!」
「ちなみに魔力測定の結果になる靄は先端から噴き出す」
「最悪だよ!!」
状況が悪化した。
何も問題がない訳じゃなかった。
この魔力測定用の水晶玉は、女子も触るのだ。つまりこれは完全にいかがわしいアレとなってしまう。ヴァラール魔法学院の品位も下がるどころか地面に突き刺さる勢いでどうにかなってしまうと思う。
「君たちは絶対に解き放ったら受験生に悪影響を与えかねないから、ここで大人しくしてて」
「おいふざけんな!! 何でこんなところで拘束されてなきゃいけねえんだよ、トイレも行けねえじゃねえか!!」
「漏らせばいいじゃないか。水晶玉をこんな形にしちゃうんだから、その程度の恥なんてないでしょ君たち」
そんな暴言とも取れることを宣って、グローリアは地面に突き刺さった半透明の【自主規制】を引っこ抜く。「うわ、形を固定化する魔法が3重にもなってかけられてる……何でこんな無駄な嫌がらせをするんだ……」などとぶつくさ言いながら、中庭から立ち去った。
困った、非常に困った。
魔法トリモチから脱出するのは困難だし、さらに縄まで巻かれている始末だから脱走はますます厳しいものとなっている。一般人であればこのまま漏らすまで拘束され続ける以外にない。
そう、一般人であればの話だ。
「魔法トリモチの解除方法は魔力の流れを逆流させて、乗っ取れば簡単だ」
ユフィーリアは自分の身体を拘束する魔法トリモチに意識を集中させ、魔法トリモチ内に流れる魔力を観察する。繊細な魔力操作が必要になる作業だが、魔法の天才と呼ばれたユフィーリアにとっては赤子の手を捻るようなものだ。
流れる魔力を観測し終え、その流れに沿って自分の魔力を流し込んで徐々に逆流させる。魔法トリモチの拘束力が緩まっていき、最後には手のひらに収まる程度の大きさがある青色の塊になって地面に転がった。
これにて魔法トリモチの問題は解決だ。続いて縄の問題だが、こちらは専門的な知識がなくても解決できる。
「気合と!!」
ユフィーリアは全身に力を込め、
「根性とぉ!!」
エドワードも全身に力を込め、
「愛と!!」
さらにハルアも全身に力を込め、
「勇気があれバ♪」
そしてアイゼルネも全身に力を込め、
「「「「何でも出来る!!!!」」」」
正義の味方のような台詞を叫ぶと、縄が千切れ飛んだ。
こいつら、腕力だけで縄を引き千切りやがったのだ。多分、大半は脳筋と称されるエドワードとハルアのおかげだろうが、そこはそれ、協力して脱出したということで終了である。深く考えてはいけない。
縄を引き千切るという怪力馬鹿じみたことをしでかした問題児どもは、
「よし逃げるぞ」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
「はぁイ♪」
「分かった」
自由の身になったのをいいことに、スタコラサッサとその場から脱走した。
《登場人物》
【ユフィーリア】ヴァラール魔法学院の問題児であり主任用務員。実技試験でも筆記試験でも優秀な成績を残す代わりにカンニングを疑われるような人物。
【エドワード】ヴァラール魔法学院の問題児2号にして用務員。実技試験が得意な筋肉馬鹿。体力測定とか大好き。
【ハルア】ヴァラール魔法学院の問題児3号にして用務員。勉学に割く頭脳を犠牲に身体能力を手に入れたゴリッゴリの体育会系。得意な試験科目は槍投げ。
【アイゼルネ】ヴァラール魔法学院の問題児4号にして用務員。イカれた見た目とは対照的に頭脳明晰で、教えたら教えた分だけ身につく。実技試験は少し苦手。
【ショウ】ヴァラール魔法学院の問題児5号にして用務員。教えたら教えた分だけ身につく頭脳派かと思いきや、自分でも興味のあることは勉強しちゃう秀才。
【グローリア】水晶玉を【自主規制】に変える馬鹿なんて君たちぐらいだよチクショウ! な学院長。実技も筆記もどんとこい。