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第7話【問題用務員と救出】

「にゃー……」(出せー……)


「聞こえなーい」



 執務机で事務仕事に勤しむグローリアは、檻の中に閉じ込められた白猫のユフィーリアの訴えを無視する。


 抵抗することにも疲れたユフィーリアは、小さな檻の中でグッタリと寝転がっていた。

 何度も檻に体当たりしても壊れる気配はないし、噛みついても無駄に終わる。もう檻の中で元の姿に戻って細切れになる運命しかない。


 細切れになったら死者蘇生魔法ネクロマンシーは適用されるだろうか。損耗率3割を超えてしまえば死者蘇生魔法は適用されないので、細切れになっちゃったら多分もう生き返ることが出来ない。檻の中から脱出できない時点でユフィーリアの死刑宣告は済んでいた。



「哀れだね、ユフィーリア」



 羽根ペンを羊皮紙に滑らせながら、グローリアは言う。



「君の大切なお嫁さんも、君の信頼する仲間たちも、君がこんなことになっているなんて知らないから助けに来ないね」


「にゃにゃー、にゃー……」(うるせえクソが、禿げろー……)


「口だけは悪いなぁ」



 やれやれと肩を竦めるグローリア。


 猫化に関して言えば、ユフィーリアも悪いところはある。せめて誰かに「こういう悪戯をしてくるから」と言えばこんな事態にはならなかった。

 いやなったとしても、きっと誰かが助けに来てくれるはずだった。今更、後悔しても遅いのだが。


 頼みの綱は猫化したユフィーリアと今まで行動を共にしていたリタ・アロットぐらいだが、彼女が再び学院長室に戻ってくる可能性は望み薄だ。他の問題児に協力要請する姿も想像つかない。



「ん?」


「にゃ?」(ん?)



 ユフィーリアとグローリアは、揃って顔を上げた。


 視線の先には閉ざされた学院長室の扉がある。その扉の向こうから慌ただしい足音が幾重にもなって聞こえてくるのだ。

 誰か用事のある教職員が学院長室に急いでいるのかと思えば、物凄い勢いで学院長室の扉が蹴り開けられると同時に相手からの罵声が飛んできた。



「死ね学院長!!」



 その罵声を浴びせた人物の正体は、歪んだ白い三日月――冥砲めいほうルナ・フェルノに乗った女装メイド少年のショウだった。

 艶やかな黒髪をポニーテールにし、頭頂部で輝くホワイトブリムには黒猫の耳が縫い付けられている。雪の結晶が随所に刺繍された古式ゆかしいメイド服の背後では狸みたいに膨れ上がった黒猫の尻尾が揺れており、怒れる猫耳メイドさんがここに爆誕した。


 キッと赤い瞳を吊り上げて怒りを露わにするショウは、右手を掲げて冥砲ルナ・フェルノに合図を送る。歪んだ白い三日月にごうごうと燃える紅蓮の炎が矢として番えられ、



「焼き払え!!」



 放たれる。


 冥砲めいほうルナ・フェルノに番えられた炎の矢が、グローリアに襲いかかる。

 寸分の狂いもなくグローリアは飛んでいった炎の矢だが、慌てて発動された防衛魔法に阻まれて掻き消されてしまった。執務机の隅に追いやられたユフィーリアもかろうじて防衛魔法の内側にいることが出来たが、外れていたら完全にユフィーリアも丸焦げである。


 絶対に学院長を焼き払うという強い意思を見せつけるショウは、第2射を冥砲ルナ・フェルノに番えた。



「ちょ、ちょっと待ってショウ君!! 話し合おう!?」


「貴方と話し合う余地なんてありません!!」



 取り付く島がないショウは、素早く第2射を放つ。炎の矢は再び防衛魔法で阻まれて消されてしまうが、懲りずに第3射が連続で放たれた。

 これはもう完全に学院長を殺害する気満々である。冥府の底に叩き込んで冥王様の説教耐久5時間コースまっしぐらだ。冥王様の側にはショウの実父であり冥王第一補佐官のキクガもいるので、折檻もおまけで付いてきそうだ。


 さらに、学院長への暴挙を働くのはショウだけではなかった。



「カチコミじゃーッ!!」


「ケツから右腕を突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてやろうかぁ!!」


「怒れる問題児の逆襲ヨ♪」



 両手に大振りのナイフを装備したハルアと堅気の台詞ではないブツを叫ぶエドワード、そんな彼に抱えられるアイゼルネもまた学院長室に飛び込んでグローリアに牙を剥いた。

 もうしっちゃかめっちゃかである。ハルアとエドワードの脳筋コンビが結界をぶち破ろうと躍起になっているし、アイゼルネの幻影魔法が発動されて学院長室は鳥塗れだし、ショウは言わずもがな冥砲めいほうルナ・フェルノで攻撃続行だ。防衛魔法で防ぐ以外に手はないので、グローリアもまた懸命に防衛魔法で問題児による暴挙を防いでいる。


 だがまあ怒りで我を忘れている問題児に、学院長が敵う訳がない。防衛魔法を強いられる彼は、



「あーもう、埒が開かないなぁ!!」



 そう叫んだグローリアは、即座に転移魔法を発動させて学院長室から逃走した。


 簡単に獲物を逃がすような問題児ではない。

 学院長が部屋から逃げ出した時点で攻撃の手を止めると、



「追え!!」


「どこだ!!」


「どこに行った!!」


「捕まえて火炙りにしてあげるワ♪」



 おかしいな、可愛いお嫁さんのショウまで戦闘民族みたいなことを叫び出した。


 ショウはハルアを冥砲めいほうルナ・フェルノに乗せ、エドワードはアイゼルネを担いで学院長室から飛び出していく。

 彼らは助けに来てくれた訳ではなく、学院長に対する怒りをぶつけに来ただけのようだ。どうしてこちらに気づかない。少し悲しい気持ちになる。


 檻の中で「にゃあ……」と寂しげに泣くユフィーリアだが、



「ユキちゃん!!」


「にゃ?」(リタ嬢?)



 開けっ放しにされた学院長室の扉から、リタが顔を覗かせる。


 彼女は慌ててユフィーリアを閉じ込める檻に駆け寄り、懐から少しばかり歪んだ杖を取り出した。杖で檻を軽く叩いて「〈開け〉!!」と解錠呪文を唱える。

 檻の施錠は簡単に解かれ、ユフィーリアは自由の身になる。ようやく檻から解き放たれたユフィーリアを、リタが泣きながら抱きしめてきた。



「ごめん、ごめんね。見捨てようとしてごめんね……」


「…………にゃあ」(気にすんな)



 ぽふ、と毛むくじゃらな手でリタの頬を撫でたユフィーリアは、



「にゃあにゃにゃ、にゃにゃーにゃうなーん」(助けに来てくれただけで上々だ、ありがとうな)


「うん、うん……!!」



 リタはユフィーリアを抱き上げると、



「あ、お洋服も持って行った方がいいんだよね?」


「にゃにゃーにゃ、なうん」(煙管キセルもあるから、それも頼む)


「うん、分かった!!」



 棚にしまわれたユフィーリアの衣類と持ち物を手にしたリタは、ユフィーリアを肩に乗せて学院長室から退散した。



 ☆



 中庭で学院長の丸焼きが行われていた。



「うわあ……」


「にゃー……」(ええー……)



 縄で縛られたグローリアが逆さ吊りにされ、めらめらと燃える焚き火に炙られている。すでに髪の毛がチリチリに焦げてしまっており、大変なことになっているのは明らかだった。

 白目を剥きながら気絶している学院長を見張っているのは、ユフィーリアのお嫁さんであるショウと狂気的な笑顔を絶やさないハルアによる未成年組だ。アイゼルネとエドワードは食器を片手に焼けるのを待っている最中である。


 リタは「あ、あのー」と声をかけ、



「あの、ご協力してくれたおかげで救出できました……ありがとうござ」


「ユフィーリア!!」



 先程まで死んだ魚のような目で学院長の丸焼きが完成する時を待っていたショウは、花が咲くような笑顔で振り返ってくる。別人格でも宿っているのだろうか。



「うわあ……本当に猫ちゃんになってる。可愛い……」


「にゃあ……」(視線が痛い……)



 キラッキラの瞳でリタの肩に乗るユフィーリアを見つめるショウは、



「ゆ、ユフィーリア、抱っこしてもいいか? いいか?」


「オレも!!」


「おねーさんモ♪」


「えー、じゃあ俺ちゃんもぉ」


「にゃあにゃにゃ、にゃーん」(何でエドは嫌々そうなんだよ)



 両腕を広げて待機するショウに、ユフィーリアは仕方なしに抱っこされることにした。

 リタの肩から抱き上げられ、ショウに「ふわあ……」と背中に顔を埋められる。生温かい息まで吐きかけられている。あとちょっと吸われているような気配がある。


 せめて匂いを嗅ぐ行為だけは止めてほしいと意味を込めて「にゃあ」と鳴くと、



「ふふ、にゃんにゃん、にゃあ」


「に゛」(え゛)



 彼は綺麗な笑顔でとんでもねーことを言ってのけた。


 当然、ユフィーリアは猫語を履修済みだし現在は猫の姿をしているので、何気なく「にゃん」と鳴けば猫語に変換されてしまう。

 ショウは本当に何も考えず猫語を使ったのだろう。猫語を知っていれば絶対に使わない言葉である。


 ビシッと固まるユフィーリアの雰囲気を察知したのか、リタが「あの」と口を開く。



「そんなことを言ったらダメだよ」


「何がですか?」



 自覚が全くないショウは不思議そうに首を傾げる。



「猫語を知らないのに猫の言葉を使ったら、変な言葉として変換されちゃうよ。今の言葉、猫ちゃんを傷つける言葉だったよ」


「…………そ、それは一体何と変換されてしまったんですか?」


「『死ねクソババア』だよ」


「ッ!?!!」



 ショウの顔から血の気が失せていく。今にも泣き出しそうな表情になると、猫の状態が継続中であるユフィーリアを鷲掴みにした。



「ゆ、ユフィーリア、ごめんなさいそんなこと思ってないから絶対に思っていないから猫の言葉を知らなくてごめんなさい酷いことを言ってごめんなさいごめんなさい嫌いにならないで」


「にゃあ」(落ち着け)



 ぽふ、とショウの唇に毛むくじゃらな手を当てて黙らせると、



「にゃあにゃ、にゃあ。うなーん」(わざとじゃねえことは知ってる。嫌いにならねえよ)


「?」


「にゃー」(ダメだこりゃ)



 猫語を習得していない彼に猫語で話しかけるのが馬鹿みたいだ。早く人間になりたい。

 ボロボロと涙を零して「ごめんなさい」と謝罪を続けるショウに自分の気持ちを伝える手段を持っていないので、ユフィーリアはもう黙っていることにする。人間に戻った時に思う存分伝えることにしよう。


 ショウに涙で濡れた顔面を背中へ押し付けられるユフィーリアは、



「にゃあ、にゃにゃうなーん」(リタ嬢もありがとうな)


「ううん、ユキちゃ――貴女の力になれてよかったです」



 リタは恥ずかしそうにはにかみ、



「だって貴女は私を助けてくれたのに、問題児だからって貴女を見捨てていい理由にはならないから」


「にゃにゃあ、にゃーん」(珍しいことを言い出す奴だなァ)



 本当に奇特な考えを持ち合わせているものだ。

 問題児なんて一緒にいても自分の負の遺産にしかならないのだから、さっさと見捨てればよかったのだ。リタ・アロットという少女は随分と優しい生徒である。


 さてこれにて平和で終わり――とならないのが問題児の常だ。



「そろそろいい加減に下ろしてよ!! いつまで火炙りの刑にされなきゃいけないのさ!!」



 気絶から回復したらしいグローリアが、宙吊りにされた身体を揺らして解放を訴えてくる。しつこい学院長だ。



「焚き火の上にそのまま落としますか、顔面から焼けますね」


「焼き肉はまだ!?」


「調味料の準備は出来てるよぉ」


「食器の準備も万端だワ♪」


「にゃにゃあにゃあ」(1番美味いところをくれ)


「何で猫の君まで便乗してるんだよぉ!!」



 そのまま学院長を火炙りの刑に処したままゲラゲラと笑う問題児の様子に、リタがドン引きしていることを彼らは知らない。

《登場人物》


【ユフィーリア】怒れる問題児の襲撃に巻き込まれた白猫の魔女。焼肉はタレ派。

【リタ】動物をこよなく愛する女子生徒。動物が関わるのであれば学院長相手にも毅然と意見が言えるし、問題児を味方につける度胸はある。焼肉は塩派。


【エドワード】怒ると明らかに堅気ではなくなる筋骨隆々とした筋肉馬鹿。焼肉は塩派。

【ハルア】怒ってもいつも通りだが行動が容赦なくなる暴走機関車野郎。焼肉はタレ派。

【アイゼルネ】怒りの境界線が分からないので人知れず地雷を踏み抜いているかも知れない南瓜頭。焼肉はお酢派。

【ショウ】ユフィーリアに関連することになると怒り出す女装ヤンデレメイド少年。ユフィーリアをおかずに焼肉を食う派。


【グローリア】怒れる問題児の標的にされた可哀想な学院長。焼肉は胃もたれするからあまり食べない。

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