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第6話【少女と問題児】

 ユキちゃんが、あのユフィーリア・エイクトベルだとは思わなかった。



「はあ……」



 放課後のヴァラール魔法学院内をトボトボとした足取りで歩くリタは、重々しいため息を吐いた。


 今日は散々な1日だ。

 使い魔の鼠が檻から脱走し、授業に協力してくれたあの純白の猫は問題児であるユフィーリア・エイクトベルが猫の姿に化けたものだった。「ユキちゃん」などと呼んで可愛がっていた自分が馬鹿みたいに思える。


 きっと、あの問題児も内心ではリタを嘲笑っていたに違いない。彼らに関していい噂なんて聞かないのだ。



(料金が払えないからよく踏み倒して怒られているし)



 カフェ・ド・アンジュの天使たちに捕まって説教され、踏み倒した代金を返済する為に強制労働をさせられていた記憶がある。



(魔法薬で授業中の教室を突撃するし)



 子供化する魔法薬を浴びせて教職員を何名も子供の姿に変えてしまい、その日の授業が全く出来なくなってしまった記憶がある。



(よく色々な教室を占拠するし)



 被服室や調理室だけではなく魔法薬学実践室などが犠牲になり、その果てに授業で使うはずの素材を根こそぎ使って怒られていた記憶がある。



(それでも――)



 それでも、あの問題児筆頭が言ったことは間違いではなかった。


 動物言語学の授業で助けてくれたのは、紛れもない事実である。鼠の使い魔がいなければ授業を受けることさえ出来なかったリタに、協力を申し出てくれたのは彼女の方だ。ユキちゃん――ユフィーリア・エイクトベルが「協力してやろう」と言ってくれなかったら、今頃リタは動物言語学の授業を受けることが出来なかった。

 それに、猫の使い魔に対して半音上げて喋ることが礼儀であることなんて知らなかった。だからハロウィット女史は猫の使い魔を持つ生徒には厳しかったのか。


 彼女の「半音上げろ」という言葉を信じて、リタは最高評価のS判定を受けることが出来たのだ。教えられていなかったら、リタは微妙なB判定止まりだっただろう。



「…………あ」



 リタは手のひらに何かが残っている感覚がして、握りしめた手を開いてみる。


 手のひらに乗せられていたのは、青と黒のグラデーションが特徴的な金属製の指輪である。指輪の表面には雪の結晶が刻印され、ユフィーリア・エイクトベルらしい指輪だ。

 雪の結晶と言えば、彼女の象徴とも言える。雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、氷の魔法を得意とする彼女らしい。


 指輪だけ持ってきてしまったのだ。見るからに大切そうな、この指輪を。



「返しに行かなきゃ……」



 だが、学院長室に戻る気力がない。

 あの学院長と対峙しただけで圧倒されたのだ。魔法の実力で勝てるはずもなければ口で勝てる可能性すら皆無だ。「指輪だけ返しに来ました」とノコノコ戻ることが出来る勇気がない。


 リタは雪の結晶が刻印された指輪を握りしめ、



「どうしよう……」



 足を踏み出すことが出来ない。


 学院長に下手なことを言えば、リタの学生生命が危ない。両親が頑張って捻出してくれたヴァラール魔法学院の入学金も授業料も、決して安い訳ではないのだ。

 それに、せっかく魔法動物についての勉強が出来るようになったのだ。問題児に構わず、もっと魔法動物に関連する勉強がしたい。いずれは両親の研究を引き継いで希少な魔法動物に関する研究が出来ればいい。


 ――その為に必要な授業を指南してくれたのは、一体誰だったか?



「ああ、やっぱりダメだ」



 リタは悟る。


 見捨てられる訳がなかった。

 だって、問題児筆頭と名高いあの銀髪碧眼の魔女はリタを見捨てなかったのだ。


 物事を『面白い』か『面白くない』かで判断する彼女のことは有名だ。接点を持たないリタだって知っている。

 動物言語学なんて彼女からすれば全く面白くない授業なのに、ユフィーリア・エイクトベルという魔女は使い魔に脱走されたリタに協力してくれた。そこに下心はいくらかあっただろうが、それでも救われたのは事実なのだ。


 つまらなければ「あっそう、じゃ」とその場から立ち去ればいいのに、ユフィーリアは最後の最後までリタの授業に付き合ってくれた。



(無謀でも、無茶でも、何でもいい。ユキちゃんを助けなきゃ、助けてあげなきゃ)



 小娘が出来ることなどたかが知れている。

 でも、何か出来るかもしれない。小娘1人でも、学院長に立ち向かうだけの何かがあるかもしれない。使える魔法なんて少ないけど、でも立ち向かわなければあの白い猫を助け出すことなんて出来ないのだ。


 まずは考えろ、どうすればあの猫を助け出せるのかを。



「ユフィーリア、どこだ?」


「ユーリ、どこに行ったのぉ?」


「こっちにもいないよ!!」


「おねーさんも探しているけど見つからないワ♪」



 聞き覚えのある声がリタの耳朶に触れる。


 廊下を走り出そうとしたリタは、ふと声が聞こえてきた方向に視線を投げた。

 銀髪碧眼の魔女を探している問題児の仲間たちが、中庭に集合していた。彼らの表情は全員揃って険しいもので、息を切らせて成果の報告をし合っている。


 特に、魔女の恋人と囁かれるメイド服姿の少年は今にも泣きそうな表情だった。「どこに行ったんだ……」と絶望に満ちた声で呟く。



「1人にしてしまったのがいけないんだ。せめて、せめて俺がユフィーリアの側にいればこんなことにはならなかったのに」


「ショウちゃんだけの責任じゃないよぉ。俺ちゃんもユーリを購買部に連れて行けばよかったんだよぉ」


「もう校舎を爆破した方が出てくるんじゃない!?」


「ユーリまで犠牲になったらどうするのヨ♪」



 何かとんでもないことを話し合っているのは気のせいだろうか。



(そうだ……!!)



 リタは妙案を閃く。


 リタだけでは絶対に学院長のグローリア・イーストエンドに敵う訳がない。魔法の実力でも、魔法の知識でも、もちろん口論でも逆立ちしたって対等になる訳がないのだ。それは誰に協力を仰いでも結果は同じである。

 ただし、彼らは例外だ。学院長に引けを取らない魔法の実力と知識を併せ持つ問題児筆頭ユフィーリア・エイクトベルと長い時を過ごした、問題児の仲間たちだ。魔法の実力では敵わなくても、暴力で学院長を捩じ伏せることが出来るかもしれない。


 特にあの魔女の恋人であるメイド服姿の少年は、よく学院長の背骨を無理やり反らしていたり聞くに堪えない暴言の数々を吐きまくっていた。リタよりも学院長から白い猫を救い出せる可能性がある。



「あ、あの、あの!!」



 どうやって伝えよう?

 どうやって助けを求めよう?


 問題児たちの怪しげな視線が集中する中で、リタは学院長に勝てる確率の高いだろう相手に詰め寄った。



「えっと、アズマ・ショウさんですよね!?」


「はあ……あの、どちら様ですか?」



 警戒心を抱いてリタを見据える女装メイド少年――アズマ・ショウの手のひらを掴み、今まで握りしめていた指輪を押し付ける。


 手のひらの上に転がる雪の結晶が刻印された指輪を見て、彼の赤い瞳が零れ落ちんばかりに見開かれた。

 反応によってはリタの命が危ぶまれる。銀髪碧眼の魔女を誰よりも大切にしているのは、目の前の女装したメイド少年なのだ。下手なことを言えば死が近づく。


 湧き上がってくる恐怖心を押し殺して、リタは相手が行動を起こすより先に条件を提示する。



「事情はお話します、全部お話します!! ――だから!!」



 リタは、問題児に助けを求めた。



「ユキちゃんを――学院長に捕まったユフィーリアさんを助けるのに協力してください!!」



 その要請に対する問題児の回答は、



「その話、手短に済ませていただけますか」



 恐ろしいほど綺麗な笑顔を見せた女装メイド少年は、歪んだ白い三日月――神造兵器である冥砲ルナ・フェルノを呼び出しながらこう言った。



「早急に学院長をぶっ飛ばさなければならないので」



 リタは「は、はい」と頷くと同時に、胸中で安堵の息を吐いた。


 協力要請は受け入れられた。

 ただし、学院長の命は儚いものになるかもしれない。

《登場人物》


【リタ】魔法動物を愛する女子生徒。使い魔がいなくなった自分に代役の使い魔として協力してくれた問題児筆頭を助けるべく、他の問題児たちに協力を仰いだ度胸はある。


【エドワード】問題児2号。強面だから初対面の生徒には避けられるし泣かれる。

【ハルア】問題児3号。暴走機関車野郎の名に相応しい破壊神っぷりは健在。

【アイゼルネ】問題児4号。基本的に女子生徒には優しい南瓜頭。

【ショウ】問題児5号。問題児の中でも比較的常識人……の皮を被ったヤベエ女装少年。旦那様が関わると暴走する。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やましゅーさん、こんにちは! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! やはりこうなったかというか、学院長の命運が尽きた瞬間のシーンには笑いました。やましゅーさんがすでに「学院長の命…
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