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第5話【問題用務員と捕獲】

「ゆ、ユキちゃん待って。どこに行くの?」



 廊下を迷いなく突き進んでいくユフィーリアを追いかけるリタが、不安げな声で問いかけてくる。


 行き先は当然決まっている。

 ユフィーリアの目的は衣類の奪還だ。あの性格がクソほど悪い学院長のことだから衣類は学院長室に保管されていそうだし、ユフィーリア1人だったら捕獲される為の罠が施されているかもしれない。


 ただ、現在はこちらにも味方がいる。しかも生徒だ。裏切られる可能性は大いにあるが、衣類を奪還することが出来ればこちらのものである。



「にゃんにゃ、にゃん」(ここに用事があるんだよ)


「え、ここって」



 リタは目の前に現れた扉を見上げ、



「が、学院長室だよね? ユキちゃん、学院長の猫ちゃんだったの?」


「ふしゃーッ」(あの鬼畜外道に飼われるとか絶対にあり得るか!!)


「あ、ご、ごめんね……ユキちゃん、学院長のことが嫌いなんだな……」



 嫌いというか、ユフィーリアは問題児なので学院長からよく説教されているだけである。好悪の判断など超越した存在だ。

 悪戯に関する反応は面白い限りだが、その次に待ち受ける説教は本当に嫌だ。正座で何時間もクドクドと説教を垂れるグローリアに、ユフィーリアは何度か「お前も他人のことを言えねえじゃねえか」と思ったことだ。


 ユフィーリアは学院長室の扉をガリガリと引っ掻くと、



「にゃにゃーにゃ」(この扉を開けろ)


「え、ええ……あの、学院長と何てお話をしたら」


「にゃにゃ、うなーんなおーんにゃん」(どうせアイツは授業が終わって、生徒の質疑応答にでも答えてる頃合いだよ)



 特にグローリアが受け持つ授業は内容が重たいので、授業終わりに生徒が質問攻めにするのは毎度の恒例行事と化している。多分、グローリアの教え方が下手くそなんじゃないかなと思っている。

 生徒に取り囲まれて質問攻めにされているグローリアの姿を想像するのは大変滑稽だが、あの状態ではしばらく帰ってこれないだろう。教育者として魔法を学ぼうとする生徒たちを見捨てることはないはずだ。


 リタは「ええ……」と困惑しながらも、



「ええと、じゃあ開けるね?」


「にゃ」(おう)



 学院長室の扉をゆっくりと押し開け、リタは細い声で「し、失礼しまーす」などと呼びかける。そんなことをしても学院長室に部屋の主であるグローリアはいないのに、律儀な生徒である。


 広々とした学院長室はやはり無人で、猫の視点からすると何もかもが高いような気がする。紅茶と紙の匂いが混ざったような室内の空気を嗅ぎながらユフィーリアは学院長室を見渡して自分の衣類を探す。

 棚や本棚に隠されてはいなさそうだ。やはり箱のようなものに収納されているだろうか。学院長室の備品を片っ端からひっくり返す他はなさそうだ。


 すると、リタが「あれ?」と不思議な声を上げた。



「何だろう、これ。――洋服かなぁ」


「にゃ?」(え?)



 リタが眺めているのは学院長の執務机である。


 ユフィーリアは猫の跳躍力を駆使して執務机に飛び乗ると、ようやく目当てのものを発見した。

 丁寧に畳まれた状態の黒装束の他、ユフィーリアの身につけていた下着や装飾品などが重ねられている。特に青と黒のグラデーションが特徴的な金属製の指輪は大切なものだ。なくしていなくてよかった。


 ユフィーリアは畳まれた黒装束をポンポンと叩き、



「にゃあ、にゃあ」(これ持ってけ)


「ええ? でも、誰のものか分からないよ」


「にゃにゃ」(いいから)


「ゆ、ユキちゃんが言うなら分かったけど……」



 リタは「指輪もかな……」などと言いながら、黒装束を抱える。


 さて、これで任務は達成だ。あとはどこかの教室で衣類に着替えれば猫生活も終わりである。

 変身が解ける前に衣類を奪還できてよかった。これで全裸を晒すことにならないで済む。一時はどうなることかと頭を抱えたものだが、最終的に心優しい生徒の協力を得られたのは僥倖だった。


 ユフィーリアは執務机から飛び降りると、



「にゃにゃ、にゃあにゃにゃ」(よし、それじゃあさっさと退散するぞ)


「させると思う?」


「にゃ?」(あ?)



 この部屋にいるはずのない人物の声が、ユフィーリアの耳に触れる。



「〈捕獲せよ〉」


「にゃーッ!?」(何だーッ!?)



 呪文が唱えられたと思えば、目の前に鉄格子が出現した。よく見れば自分を捕獲するように檻が取り囲んでいたのだ。

 ユフィーリアは檻を破壊しようと体当たりをするが、頑丈な鉄格子はガシャンと耳障りな音を立てるだけで破壊される気配がない。ならばと噛みついてみるものの、鉄格子には傷ひとつつけられなかった。


 ユフィーリアの危機的状況に、リタが悲痛な声で叫ぶ。



「ユキちゃん!!」


「全く、君って奴は。善良な生徒を騙して楽しいかな?」



 ユフィーリアを捕まえる檻を持ち上げたのは、黒髪紫眼の青年――学院長のグローリア・イーストエンドだ。

 檻の向こうからジト目で睨みつけてくる彼の顔面を引っ叩いてやろうと手を突っ込むが、グローリアの顔面に触れることさえ敵わない。ガシャガシャと耳障りな音が増えるだけだ。


 グローリアは怯えた様子のリタへ視線をやり、



「リタ・アロットさんだね。学院長室に何か用事かな?」


「あ、あ……」



 リタはガタガタと震えながら、グローリアから距離を取る。



「あの、学院長……」


「君はまず、その手に持っているものを机に置いてくれる?」


「は、はいぃ!!」



 リタはグローリアから放たれる圧に耐えられず、慌ててユフィーリアの衣類を机の上に置いてしまった。奪還に成功したと思ったらこれである、チクショウ。



「さあ、君は今すぐここを出ていくんだ。大丈夫、君を学院から追い出すような真似はしないさ。彼女に唆されたんでしょう?」


「あ、あの……」



 リタは学院長の顔を見上げ、



「ユキちゃんを……その猫をどうするつもりですか?」


「どうするも何も、このまま放置さ」



 グローリアは「あははははは」と笑いながら、ユフィーリアが閉じ込められる檻をガシャガシャと揺らす。檻の中を転げ回りながらユフィーリアは不機嫌そうに鳴いた。


 魔法動物を愛し、将来は魔法動物の研究を望むリタからすればグローリアの所業は許せなかったのだろう。ユフィーリアを閉じ込める檻を揺らすグローリアを睨みつける瞳が厳しくなる。

 妙に正義感の強い生徒だ。よしその調子で助けてくれ、早急に。



「ゆ、ユキちゃんに乱暴なことをしないでください!!」


「ユキちゃん?」



 グローリアは不思議そうに首を傾げると、



「君は何を言っているの?」


「え、あの……」


「この猫がユキちゃん? まさか君は、彼女の正体が分かっていないまま一緒にいたの?」



 戸惑うリタに、グローリアは無情にも真実を告げてしまう。



「この猫はユフィーリアだよ、ユフィーリア・エイクトベル。よく知っているでしょ? このヴァラール魔法学院が始まって以来の問題児さ」



 ああ、とうとう言ってしまった。



「……え?」


「え、て何さ。本当に知らなかったの?」


「でも、だって……そんな雰囲気なくて」


「きっと君に衣服を取り返すことに協力してほしいから、文字通りに猫を被っていたんだろうね。夕方になれば彼女の魔法は解けて元の姿に戻るから、それまでに脱げてしまった衣類を取り返したかったんだと思うよ」



 ひび割れた眼鏡の向こうにある瞳を見開くリタは、



「ほ、本当なの? ユキちゃん……」


「…………」



 ユフィーリアは何も言えずに、そのまま視線を逸らすことしか出来なかった。


 本当のことだ。リタには元の姿に戻る前に衣類を取り返したかったので、それに協力させていただけだ。全裸を晒すことだけは避けたかったが故である。

 ヴァラール魔法学院を騒がせる問題児であることを隠したのは、その方が都合がいいからだ。問題児に関わると碌な目に遭わないということが生徒にも刷り込まれているからか、ユフィーリアたち問題児はある意味で学院中から嫌われている。生徒たちからは避けられるし、教職員からは睨まれ続ける毎日だ。


 リタも関わりはないだろうが、問題児の悪名がどんなものであるのか理解しているのか何も言えなかった。何も言ってくれなかった。



「さあ、リタ・アロットさん」



 グローリアは震えるリタへ詰め寄り、



「今すぐに出て行って。ここは君のいる場所じゃないんだよ」


「…………ッ」



 リタは学院長にペコリと頭を下げると、早足で学院長室を飛び出してしまった。


 ああこれで全裸晒し確定である。

 ユフィーリアは檻の中で絶望した。もうこれで色々と終了である。



「残念だったね、ユフィーリア」



 檻をガシャガシャと揺らしながら嘲笑うグローリアは、



「これで君の協力者は誰もいなくなったよ」


「にゃあにゃ、にゃあ」(もういいだろ、出せよ)


「え?」


「にゃ?」(え?)



 思いもよらない反応に、ユフィーリアは首を傾げる。

 協力者が消えた以上、ユフィーリアを檻に閉じ込める必要はないはずだ。ここでさっさと解放して衣類を取り上げれば、ユフィーリアは学院長の眼前に恥を晒すこととなる。それだけで十分ではないのか?


 グローリアもまた不思議そうに首を傾げると、



「君が元の姿に戻るまでこのままだよ」


「にゃあ!?」(はあ!?)


「だってそうでしょ、君は魔法薬学実践室の素材を勝手に使っちゃったんだから。変身の魔法薬とはいえ、貴重な素材が混ざっているのは当然でしょ?」



 グローリアは朗らかに微笑みながら、



「君が元の姿に戻るのが楽しみだなぁ」



 まずい、非常にまずい。

 この馬鹿野郎はユフィーリアが檻に閉じ込められた状態で元の姿に戻る瞬間を楽しみにしているようだ。齧っても傷ひとつつけられない檻はかなり頑丈なもので、ユフィーリアが元の姿に戻っても破壊されないだろう。


 つまりこの小さな檻の中ミチミチに、ユフィーリアが元の人間の姿に戻ったらとんでもないことになる。このままではユフィーリア・エイクトベルの細切れになってしまう。



「ヴヴヴヴー、ふしゃーッ!!」(出せここから、ふざけんじゃねえぞグローリア!!)


「あーあー聞こえなーい」


「ふしゃーッ!!」(クソがーッ!!)



 語彙力の限りを尽くして暴言を吐くユフィーリアは、何とかこの檻から脱出しようと檻に体当たりを続けるのだった。猫になると碌なことがない。

《登場人物》


【ユフィーリア】捕獲された白猫に変身中の魔女。罠に釣られる場合は最愛のお嫁さんが関係している。ショウちゃん写真集とか、ショウちゃんブロマイドとか、ショウちゃん抱き枕とか。

【リタ】純粋な1年生。授業でも助けてくれたユキちゃんがまさかあの問題児だとは思ってもいなかったが、実のところ問題児とあまり接点はない。


【グローリア】ヴァラール魔法学院の学院長。猫は好きだが猫に変身した問題児には容赦しない。魔法の実験に使える希少な素材などが罠に仕掛けられると釣られるし、実際に釣られた経験がある。あの屈辱は忘れない。

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[良い点] やましゅーさん、こんにちは。 新作、今回も楽しく読ませていただきました! 今回はほっこりとしたいい話で終わるかと思っていたら、やはり最後の最後でどんでん返しが入り、笑わせていただきました。…
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