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第2話【問題用務員と使い魔】

「にゃにゃ……にゃにゃにゃ……」(どうして……何でアタシが……)



 氷の鏡に映り込む自分の姿に、ユフィーリアはガックリと項垂れる。


 どこからどう見ても真っ白な猫である。もふもふとした純白の体毛とふわふわの尻尾、チョコンと揃えられた手足が可愛い猫である。

 色鮮やかな青い瞳を瞬かせ、上から下まで眺めてみるがやはり猫である。夢ではない。残念ながら現実である。


 見れば見るほど好みの猫なのだが、まさか自分がこんな姿になってしまうとは誤算だ。



「にゃにゃ……にゃんにゃむ、にゃむ」(どうせならショウ坊とか、せめてエドにやってもらえばよかった……)



 ショウは絶対に可愛い猫へ変身するだろうし、エドワードは身長が高いので大型の猫にでもなりそうだ。――いやだからと言って獅子や虎になられても困るのだが。


 深々とため息を吐いても言葉に変換されず、全て猫語となってしまう。

 ヴァラール魔法学院では動物言語学という授業があり、猫語や犬語などの動物の言葉を学ぶことが出来る。動物の言葉を学べば使い魔となる猫や犬、蛇などと容易に意思疎通が取れるからだ。


 当然だが、ユフィーリアも猫や犬との対話が可能である。ただこの動物言語学はかなり高い教養が必要になってくるので、おいそれと習得できるものではない。免許皆伝の道のりも遠い。



「にゃあ、にゃむぅなーん」(どうにかしねえと……)



 時間設定をしたので夕方になれば戻るはずだ。

 それまではどこかで時間を潰せばいい。黒装束はどうしようか。特殊な礼装なのでこの場に放置しておくのは嫌だし、戻った暁には全裸を晒すことになってしまう。その状態だけは何としてでも避けなければならないことだ。


 氷の鏡を放置し、ユフィーリアは床に落ちた黒い布の塊を咥える。「にゅ、にゅッ」と引っ張るがかなりの重労働だ。



「にゅ、にゅッ、んむー」(どうにかして隠れねえと、グローリアの奴に)



 そう、ユフィーリアは魔法薬学実践室を無断で使用している状態だ。

 この状況が学院長であるグローリア・イーストエンドにバレたら大目玉を食らう羽目になってしまう。猫の状態でも説教をされることになるとはツイていない。本当に不運である。


 自分の着ていた礼装を咥えてずるずると引きずるユフィーリアだったが、



「あれ、魔法薬学実践室の明かりがついてる」



 聞き慣れた声が扉の向こうから響く。


 ユフィーリアは思わず「にゅやッ!?」と変な声を上げて固まってしまった。咥えていた黒装束の端まで落としてしまった。

 だってその声は、学院長のものなのだ。爽やかで穏やかな印象があるけれど、実は結構腹黒で性格が悪い学院長がすぐそこまで迫っているのか。


 何とかして隠れなければならない。ユフィーリアは周辺を見渡すが、



「どうせ問題児だろうけどさ。誰かいるの?」


「ふしゃーッ!!」(開けんなこの野郎!!)


「イッタ!?」



 もう隠れられねえと判断したユフィーリアは猫の跳躍力を思う存分に活用して跳び上がり、扉から顔を覗かせた学院長の頬に遠慮なく猫パンチを叩き込んだ。顔を傷つけてはいけないという配慮が働いて爪は引っ込ませたが、それでもなかなかの衝撃だっただろう。

 唐突にぶん殴られた学院長はあまりの猫パンチの強さによろけてしまい、その場に倒れ込んでしまう。殴られた頬を押さえて目を白黒させている隙に、ユフィーリアは魔法薬学実践室から逃げ出した。


 魔法薬学実践室から逃げ出した白猫が、まさか問題児筆頭と名高いユフィーリアであることなどすぐに判断できない。学院長が猫をユフィーリア本人だと判断したのは、魔法薬学実践室の荒れ具合と残された衣類からだろう。



「ユフィーリア、君って魔女は!!」



 学院長の絶叫を背後で聞きながら、ユフィーリアは「にゃーん」と鳴きながら走り去るのだった。



 ☆



 さて、これからどうするべきか。



「にゃんにゃー……」(ちくしょー……)



 人気のない廊下をテクテクと歩くユフィーリアは、尻尾を項垂れさせて次の行動を考えていた。

 衣類は置いてきてしまったので、もし元の姿に戻ればユフィーリアは全裸を晒すことになってしまう。恥ずかしい衣装を着るのであれば面白そうなのでやる所存だが、さすがに全裸を晒すまで恥を捨てきれていない。酔っ払っている状況ならまだしも、である。


 しかし、ユフィーリアの礼装は学院長に押収されてしまった。つまり衣類を奪還するには学院長の説教を受ける覚悟で取りに行かなければならない。



「にゃんにゃにゃにゃー……にゃにゃー……」(エドたちのところで事情を説明するか……いや……)



 信頼に於ける4人の部下に説明と礼装奪還を依頼しようかと思ったが、ユフィーリアは思い留まる。


 動物言語学には高い教養が必要なので習得が難しく、免許皆伝など夢のまた夢である。ユフィーリアも猫語や犬語に関しては結構勉強した方だ。

 彼らの場合、動物言語学など全く触れていない。触れているところすら見たことがない。一朝一夕でどうにかなるような代物でもないので、彼らと意思疎通を図ることすらままならない。


 万事休すである。このまま夕方になって全裸を晒すしかないのか。



「にゃ?」(ん?)



 トボトボと廊下を歩くユフィーリアの耳に、誰かの話し声が届いた。

 現在は猫の状態だからか、聴覚がやたら鋭くなっているような気がする。足音を殺して声の方角に向かって歩いていけば、見慣れない女子生徒が廊下に這いつくばっているところだった。


 ヴァラール魔法学院の指定する長衣を埃塗れにし、スカートも盛大に捲れさせて何かを探している様子である。ひび割れた眼鏡の向こうにある緑色の双眸に涙が浮かび、小さな声で「ない、ない」と繰り返す。



「どこに行っちゃったの、シェリー……お願い出てきて……じゃないと動物言語学の授業が受けられない……」



 女子生徒の絶望した声に、ユフィーリアは納得した。


 動物言語学の授業で必要になってくるのは、自分の使い魔である動物だ。犬や猫、梟などの一般的な動物から蛇や蛙などの爬虫類、さらにはあらかじめ魔力を保有する魔法動物など多岐に渡る。基本的に魔法動物は調教が難しいので使い魔には向かず、大半は犬や猫などの調教に最適な動物を用意するのだ。

 どうやらこの女子生徒、使い魔に逃げられた様子である。調教が不十分だった場合、主人の元から使い魔が脱走する事件がままあるのだ。そのおかげで動物言語学の授業が出られなくなるという羽目になりかねない。


 事情を説明すれば担当教員を納得させられるだろうが、女子生徒の頭には担当教員に報告するという概念がすっぽりと抜け落ちている模様だった。視野が狭まっている証拠である。



(お、そうだ)



 ここでユフィーリアは妙案を閃く。


 あの女子生徒は使い魔を探している。そして動物言語学の授業を受けることが出来なくて大いに困っているのだ。このままでは動物言語学の単位を落として、最悪の場合は落第という状況になりかねない。

 ユフィーリアも困っているのだ。現在は猫の状態だが、夕方になれば人間の姿に戻ってしまう。それまでに学院長のグローリアに押収された衣類を取り返す必要があるのだ。


 つまり、ユフィーリアが使い魔として彼女に協力し、彼女にユフィーリアの衣類奪還を協力して貰えば万事解決である。平和的解決、万歳。



「にゃんにゃー」(おう、そこのお嬢ちゃん)


「え、わあ!?」



 廊下に這いつくばっていた女子生徒はユフィーリアの猫語を正しく理解したのか、弾かれたように顔を上げるなり驚いて尻餅をついていた。忙しない女子生徒である。


 素朴な顔立ちとひび割れた眼鏡、ややボサボサになった赤毛の三つ編みが特徴的な女子生徒だ。よく言えば普遍的、悪く言えば地味と言った印象である。一般家庭にいる子供か、もしくは貧乏家庭出身で奨学金制度を利用して入学した生徒かのどちらかだ。

 女子生徒はずり落ちた眼鏡をかけ直すと、



「ゆ、雪の妖精……!?」


「にゃ?」(はあ?)



 よく分からんことを言われた。


 不思議そうに首を傾げるユフィーリアに、女子生徒が興奮気味に「ほら、これです!!」と床に放置されていたボロボロの教科書を広げた。

 そこに記載されていたのは、純白の体毛を持つもふもふな猫だった。青い瞳が特徴で、ユフィーリアの今の姿と合致している。


 雪の妖精とは、猫の種類だったようだ。しかも非常に希少性の高い猫で、氷の魔法を得意とする魔法動物である。だから魔法が使えたのか。



「凄い、ヴァラール魔法学院って超希少な魔法動物までいるんだ……」


「にゃにゃー……」(お、おう……)



 女子生徒は感動のあまり、瞳をキラキラと輝かせたまま動かない。盛大に不安になる。


 とはいえ、ここで引いては問題児の名前が廃る。

 魔法が解けて全裸になるのだけは御免だ。許せる範囲は下着までなのだ。大事なアレやソレを赤の他人の眼前に晒す訳にはいかない。



「にゃにゃーにゃ、にゃーにゃ」(お嬢ちゃん、どうやら困ってるみてえだな)


「え、あ」



 ユフィーリアに指摘され、女子生徒は表情を曇らせる。



「そうなの……実は、私の使い魔がどこかに行っちゃって……」


「にゃにゃーん?」(使い魔は一体何だったんだ?)


「鼠よ。普通の鼠」



 鼠が使い魔だったとは想定外である。確かに床を這いつくばらないと探せない代物だ。



「どうしよう……私、魔法動物の研究がしたくて動物言語学の授業を取っているのに……落第したら……」


「にゃ」(なるほどな)



 魔法動物の研究には相手と意思疎通を図る為にも、動物言語学の授業は必須である。それを落としてしまうと本来の目的である魔法動物の研究が出来なくなってしまう。

 それはさすがに可哀想だ。たかが鼠1匹で人生終了など面白くない。


 ユフィーリアはふわふわな尻尾を揺らし、



「にゃんにゃ、にゃんにゃむ」(それならアタシが協力してやろうじゃねえか)


「本当!?」


「にゃにゃ」(ただし)



 毛むくじゃらの手で女子生徒の膝を叩くと、



「にゃにゃにゃ、にゃむにゃむにゃにゃーん」(授業が終わったら、アタシのお願いも聞いてくれよ)


「うん、うん!! 分かったわ、交渉成立ね!!」



 女子生徒はユフィーリアを抱きかかえ、



「私はリタ・アロット。貴女のことは何て呼べばいいの?」


「にゃーんにゃ」(好きにしろよ)


「じゃあユキちゃんにするわ。雪の妖精だから!!」



 よろしく、と互いに同盟を組んだユフィーリアと女子生徒――リタ・アロットは早速授業に向かうのだった。

《登場人物》


【ユフィーリア】間違えて猫化の魔法薬を浴びてしまって猫になった問題児筆頭。まさか希少種の猫になるとは思わなかった。もふもふしたいが自分の身体をもふもふする訳にはいかない。


【リタ】使い魔をなくしてしまった女子生徒。ヴァラール魔法学院の1年生。動物言語学が得意な様子で、猫化したユフィーリアと意思疎通は出来ている。

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[良い点] やましゅーさん、お疲れ様です! 新作、今回も楽しく読ませていただきました!! 新しく登場したリタ・アロットさんの純朴で大人しく気弱そうなキャラクターに新鮮さを感じ、真面目な彼女と学院最強…
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