第5話【問題用務員と洋服店】
さて、早速デートの開始である。
「ユフィーリア、どうだろうか?」
試着室から姿を見せたショウは、肩が大胆に開いた白いニットと青色のスカートを合わせた可愛らしい格好をしていた。ニットの袖部分には黒いリボンが飾られ、清楚さと可愛らしさを同時に演出している。
スカートの裾から伸びる足は膝上まで届く長いブーツで覆われ、少し恥ずかしそうにスカートの裾を引っ張ったりしていた。あまり短いスカートを穿かないからか、恥ずかしがっている様子が非常に可愛い。
試着室の前で待っていたユフィーリアは、
「可愛い、全部買おう」
「え、全部?」
「上から靴まで全部」
値段も何も見ずに即座に購入を決め、ユフィーリアは次の布の塊をショウに押し付ける。
「次はこれな」
「あの、ユフィーリア」
「着替えたら見せてくれよ」
シャッと試着室のカーテンを閉めれば、遅れて衣擦れの音が聞こえてくる。先程の格好も可愛らしかったが、次の格好も絶対に可愛い。そうに決まっているのだ。
デートということで、ユフィーリアがショウと一緒に訪れたのは洋服店である。男性向けから女性向けまで幅広い種類の衣服を揃えた専門店で、来店理由は『ショウの私服調達』である。
問題児のお洒落番長であるアイゼルネの服選びの才能は褒めるべきだし、本日のデート服も完璧に可愛い。だがそれをアイゼルネ本人が用意した訳で、ユフィーリアが用意した服ではないのが悔しかった。
そんな訳で可愛いお嫁さんを着飾るのも旦那の務めである。アイゼルネが買った洋服の金額はあとで金を払おう。
「ユフィーリア、どうだ?」
シャッとカーテンが開いて、新たな衣服を身につけたショウが姿を見せる。
先程の白いニットと青いスカートという組み合わせから打って変わり、肩や胸元が大きく開いた大胆なワンピースである。薄桃色のワンピースにはフリルやレースがあしらわれており、長いスカートの裾は前後で長さが違うというお洒落なものだった。
動くたびにふわりと広がったワンピースの裾が揺れ、白い長靴下で覆われる華奢な足が綺麗だ。黒いリボンが特徴的な靴と合わせれば上品さも上手く取り入れられる。
ユフィーリアは親指をグッと立て、
「可愛い、これも買おう」
「あの、ユフィーリア」
ショウは少し不安げな表情で、
「選んでくれた洋服が凄い量になっているのだが」
ショウの足元には試着済みの商品が山のように積み重ねられ、ユフィーリアの足元に置かれた籠にも同じように衣類が山と化していた。
これらは全てユフィーリアが購入を決めたものである。きちんとショウにも試着をしてもらい、大きさや丈なども確認している。これらの中から吟味するのではなく、大量の商品をまとめて購入するつもりである。
足元に放置された商品を抱えてユフィーリアに手渡してくるショウは、
「あの、とても嬉しい限りなのだが……ユフィーリアのお財布が心配だ」
「金のことなら気にすんな、ショウ坊」
ユフィーリアはショウから受け取った商品を籠に積み重ねながら、
「臨時収入があったからな」
「…………臓器でも売ったのか?」
「ショウ坊、いつからそんな怖いことを考えるようになった?」
臨時収入とは七魔法王の広告収入である。全ての魔女や魔法使いの指標となるべき存在だと言われ、不定期的に寄附的な収入があるのだ。さすが全人類から神様よりも崇拝されている七魔法王である。
今回の広告収入は第七席【世界終焉】の終焉の責務もちょっと影響があるのか、以前貰った金額よりも多かったのだ。そりゃもう目ん玉が飛び出るほどの金額に加えて目玉が飛び出るほどの金額が上乗せされ、目玉がどこかに飛んでいったかと思えるほどの収入になったのだ。しばらく遊んで暮らせそうである。
そんな訳で、いつもより財布は潤っているのだ。アホみたいにペラペラな財布とオサラバである。
「ユフィーリアがそう言うのであれば気にしないでおくが……」
ショウは衣類が山のように積み重ねられた籠を見やり、
「これ、持って帰るのが大変だな……」
「転送魔法で用務員室まで送ってもらうから大丈夫だ」
ユフィーリアは「すいませーん」とその辺を歩いていた店員の女性を呼び止める。
女性は明るく弾んだ声で「はーい」と応じるが、ユフィーリアの足元に作られた洋服の山を目の当たりにして石像のように固まる。1着か2着であればまだ分かるだろうが、これほど商品を乱雑に積み重ねた客はあまり見ないだろう。
石像よろしく固まった店員は、思考回路を切り替えたのか「少々お待ちください」と告げるや否や店の奥にすっ飛んでいった。さすがに買いすぎたのか、応援を呼んだか。
「えー、えーと、お客様?」
先程の女性店員が連れてきたのは、どこか困ったように微笑む男性店員だった。胸元の名札には『店長』の文字がしっかりと表示されている。
「こちらの商品は……」
「全部買うからヴァラール魔法学院の用務員室まで転送魔法で送り届けてくれ。あ、これ座標」
あらかじめ用意しておいた転送魔法に必要な座標の紙を店長の男に突き出せば、店長の男は「かしこまりましたぁ!!」と一気に元気な声で応じた。買わないとでも思われていたのか。
「お客様、お会計まで少々お時間を頂戴いたしますので、こちらでお飲み物をご用意させていただきます!!」
「え、いいのか? じゃあアタシは珈琲で、ショウ坊に甘い飲み物」
「かしこまりましたぁ!!」
大量の商品が積み重ねられた籠を抱えて、店長は店の奥に引っ込んでいく。遠くの方から「久々の上客だぁ!!」「丁寧にもてなせ!!」などの指示が聞こえてくるが、随分と気合の入った接客である。
ユフィーリアとショウは女性店員に案内され、やたらふかふかな長椅子に座らされた。すぐに魔法で珈琲と甘いココアが提供され、お会計まで待つように言い渡される。
何だか待遇がいい洋服店である。あれだけ大量の衣服を購入したにも関わらず、会計を面倒臭がらずに笑顔で接客できるとは凄い根性だと思う。ユフィーリアが店員の立場だったら「面倒臭えからもう買うな」と言いたくなる。
少し薄い珈琲を啜るユフィーリアは、
「どこの洋服店も似たような待遇をしてくれんのかな。あんまり洋服店に来たことねえから分かんねえわ」
「多分ユフィーリアがたくさん買い物したからだと思うぞ」
「そうか? じゃあもう少し買い物して店員を困らせてみるか」
「逆に喜ぶと思う」
「店員ってのは虐められたい系の奴らがなる職業なの?」
店の利益を考える店員たちの思惑は知らぬまま、ユフィーリアは会計できる環境が整うまで珈琲を啜りながら待つのだった。
☆
合計45万7,430ルイゼのお買い物である。
「ありがとうございましたぁ!!」
弾んだ声の店長に見送られ、ユフィーリアとショウは洋服店をあとにした。
大量に購入した衣類は転送魔法で用務員室まで送り届けることを約束してもらえたし、転送魔法に必要な座標も渡したので問題ないだろう。あれらの可愛い衣服を身につけたショウが楽しみだ。
次のデートの際は何を着てもらおうか。そもそもどこへ出かけるかが重要である。季節感度外視の衣類はショウにも負担をかけてしまうので、出かける場所を考えなければならない。
鼻歌混じりに歩くユフィーリアへ、ショウが申し訳なさそうな表情で言う。
「あの、ユフィーリア。俺ばかり買ってもらって、その、申し訳ないと言うか……」
「こういうのは旦那が出すんだからいいんだよ、気にすんなショウ坊」
「でも」
「そんな暗い顔するなって」
ユフィーリアはショウの頬を指先で突き、
「次のデートの時に、アタシが買った服を着てくれればいいから」
「…………次のデートがあるのか?」
「え? もうデートしてくれねえの?」
それはそれで悲しい出来事である。あれほど爆買いしたのが引かれてしまっただろうか。
ショウに「貴女とのデートは疲れる」とか言われた暁には、魔女の従僕契約を解除してから首を吊るしかない。いや首を吊っただけで魔女が死ねるか不明なので、学院長のグローリアに自殺幇助を依頼するしかない。多分、彼なら喜んで引き受けてくれると思う。
最悪の展開まで数秒のうちに予測を済ませたユフィーリアだが、ショウの反応は真逆の方向に突き進んだ。
「嬉しい」
ショウはユフィーリアの腕に抱きつくと、
「ユフィーリアと2人きりで出かけることが出来るなんて嬉しい。またデートしたい」
「ぎゃわ゛い゛い゛」
口から変な声が出た。
ついでに膝から崩れ落ちそうになるが、ショウが腕にしがみついている影響で見事に支えられる形となった。目と鼻と口から血が出るかと思うぐらいに可愛い。
何だこの健気で可愛い嫁は。値段も特に見ないで引くほど衣類を買った馬鹿野郎なのに、ドン引きせずに次のデートまで約束してくれるとは本当に出来た嫁である。
「ユフィーリア、体調が悪いのか!? 口から黒いものが出ているが!?」
「さっき飲んだ珈琲が出てきた」
「え、えと水、水を買ってくるから少し待っててくれ、絶対に死なないでくれ!?」
「うん頼んだ、あとアタシが死ぬ時はお前も道連れなことを忘れんなよショウ坊」
口の端から垂れる珈琲の残滓を手の甲で拭い、ユフィーリアは水を購入しにいったショウを見送る。近くにあった売店で水を購入する可愛いお嫁さんは天使か何かだろうか。
売店を経営するおばさんに金銭を手渡す可愛いショウを遠目で観察していたのだが、ここで邪魔が入ってきた。
やたらお洒落な格好をした若い青年2人組が、ユフィーリアの目の前に立ち塞がったのだ。これでは水の瓶を片手に戻ってくる可愛い嫁を見ることが出来ない。
ヴァラール魔法学院の女子生徒なら間違いなく黄色い声を送っていただろう顔の整った2人組の青年は、
「お姉さん、綺麗だね。1人?」
「暇なら僕らと一緒にお茶でも」
「――――俺の旦那様に何をしている」
青年たちの後ろに佇むショウが、絶対零度の声で唸る。
上擦った悲鳴を上げる青年たちに絡みついたのは、腕の形をした炎――炎腕である。腕や足を掴んだ炎腕はそのまま空中で背筋を強制的に反らされ、綺麗なロメロスペシャルを叩き込まれる。
父親直伝のロメロスペシャルの刑に処された青年たちの口から絶叫が響いた。何だか骨もミシミシだのメキメキだの嫌な音が聞こえてくるが、これは無事なのだろうか?
ユフィーリアへナンパをしようとした青年たちを一瞥したショウは、それまで見せていた恐ろしい無表情をパッと華やぐような笑顔に切り替えて、購入してきたばかりの水の瓶を差し出した。
「ユフィーリア、どうぞ」
「おう、ありがとう」
このお嫁さんの容赦のない部分がまた可愛いのだ。もう惚れた弱みである。
ユフィーリアはショウから受け取った水の瓶の栓を抜き、冷たい瓶に口をつけて喉を潤す。ショウに買ってもらったからか、いつもの水よりも美味しく感じた。
ちなみにロメロスペシャルの刑に処されている青年たちは、たっぷり10分間は炎腕による拷問を受け続けることとなった。
《登場人物》
【ユフィーリア】可愛い嫁の為なら洋服の爆買いすら何のそのな魔女。基本的に金銭感覚がバグっているのであればあるだけ使っちゃうので、給料日前日あたりになると膝をついて項垂れている。
【ショウ】素敵な旦那様のお財布が心配な出来た嫁(男性)なのだが、基本的に旦那様全肯定botなので旦那様の為にお金を貯める。自分自身の為にお金は使わないので貯金は得意。必要最低限しか使わない。