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第8話【問題用務員と契約実行】

闘技場コロシアムのアレコレはスカイに任せてあるから安心して従僕契約が結べるね、ユフィーリア」


「チクショウ」



 学院長室まで連行されたユフィーリアは、笑顔で魔法薬調合用の大釜を用意するグローリアに吐き捨てた。


 現在、ユフィーリアは逃げられないようにエドワードから両腕を拘束されている。その姿を見たショウがポツリと「宙吊りにされた宇宙人……」と言ったことは一生忘れない。

 どうにかしてクソ不味い魔法薬の飲用を避けたいところだが、エドワードに拘束されてはもう逃げられない。泣き落としもどうせ通用しないのだ、この筋肉ダルマには。


 グローリアは学院長室で管理している自身の魔法実験用の素材を取り出すと、



「薬品の調合はすぐに出来るから、それまでユフィーリアを逃さないでね」


「はいよぉ」


「あいあい!!」


「分かったワ♪」


「了解した」


「何でお前ら、今日だけはグローリアに従順なんだよ!?」



 いつもだったらユフィーリアの命令に従順な彼らも、今だけはグローリアに従っていた。悲しい事実である。それほどユフィーリアが苦手とする魔法薬を飲ませたいのか。

 従僕サーヴァント契約はそれほど魅力的な契約だったか、とユフィーリアはエドワードに拘束されたまま考えてみる。何をどう考えても『契約者である魔女と寿命を同期し、魔女が死んだら従僕も死ぬ』以外の利点しか思いつかない。


 グローリアは魔法薬の材料となる白蛇の皮を粉々に砕きながら、



「往生際が悪いなぁ、ユフィーリア。そんなに魔法薬を飲むのが嫌?」


「お前、今絶対に楽しいだろ」


「うん」



 ユフィーリアが恨みがましそうに睨みつけるグローリアは、満面の笑みで頷いた。



「いつもは煮え湯を飲まされているからね、君には。たかが魔法薬だけでこれほどビクビクしている君を見ると楽しくて仕方がないよ」


「絶対に仕返ししてやるからな、絶対に」



 ユフィーリアはグローリアに対して地味に嫌な悪戯を50連発してやると心に決める。まずは牛乳に浸した雑巾が頭から落ちてくる魔法からだ。


 思いつく限りの嫌がらせを頭の中で描いているうちに、魔法薬は徐々に完成の方向へ近づいていく。

 白蛇の皮を粉々に砕き、グローリアは水で満たされた大釜へ投入する。それから一角獣の鬣、天馬の羽根、クラーケンの墨、ニジイロトンボの翅の粉末、ダイオウバッタの足、人魚の鱗、青色珊瑚などの非常に貴重とされる魔法薬の素材を遠慮なく次々と大釜に放り込んでいった。問題児があれらの素材を使えば、間違いなくグローリアからの雷が落ちる。


 材料を全て投入したことで、大釜の中身が緑色に変化する。薬として飲むには怪しい緑色だ。絶対に不味い奴である。



「〈混ざれ〉〈混ざれ〉〈等しく〉〈混ざれ〉」



 グローリアはグツグツと煮える大釜に手をかざし、ぐるぐると大釜の上で手を回す。手の動きに合わせて大釜の中身も揺れ動き、材料が混ぜ合わされていく。



「〈境目はなく〉〈境界は曖昧に〉〈等しく〉〈混ざれ〉」



 大釜の中身が一際強く輝いたかと思えば、ポンという軽い音を立てて白い煙が噴き上がる。

 ついに魔法薬が完成してしまった。鼻孔を掠める濡れた雑草のような臭いが何とも言えない。色鮮やかな緑色の魔法薬は飲む気力を徐々に削り取っていき、最初からない『魔法薬を飲もう』という意思をマイナス方面へ振り切る勢いでなくなってしまった。


 ユフィーリアが嫌そうな顔をするのを横目に、グローリアが「ユフィーリア」と何かを差し出してくる。袋に入った液体のようで、表面には可愛らしい熊の絵が描かれていた。



「魔法薬が苦手な君の為に用意したんだよ」



 エドワードから解放されたユフィーリアは、観念したようにグローリアから袋を受け取る。

 それは子供用の魔法薬飲用補助剤だった。いわゆるゼリーのようなものに魔法薬を混ぜて魔法薬本来の味を誤魔化し、子供にも簡単に魔法薬を飲ませることが出来る代物だ。


 商品名は『まほうやくのめるね』である。馬鹿にしてんのか。



「グローリア、アタシが何歳に見えるんだ?」


「5歳ぐらいかな」


「少なくともお前より年上なんだわ、28歳!!」


「薬を嫌がるし、普段からみみっちい嫌がらせばかりしてくるから大きくなった5歳児だと思っていたよ。『心は少年』ってアレ?」



 グローリアは色鮮やかな緑色の魔法薬を紅茶を飲む用のカップに注ぎ入れ、



「ほらユフィーリア、補助剤と君の血液をここに入れて」


「絶対に変な味になるじゃねえか、嫌だよ!!」


「飲まないとキクガさんに『ユフィーリアがショウ君のこと嫌いだって』ってないことを吹き込むよ」


「飲みます」



 観念するしかなかった。

 ユフィーリアにとって、ショウの父親であるアズマ・キクガは天然でありながらヤベエ思想を持ったグレートファーザーなのだ。またの名を息子溺愛お父さんである。


 最優先とされるのは息子であるショウの幸せであり、ユフィーリアは『息子を幸せにしてくれる恋人』という認識だ。それをグローリアの嘘で崩されてしまったら、冥府に連行されて罪人1日体験どころでは済まなくなってしまう。



「覚悟が出来たようで嬉しいよ」



 グローリアは満面の笑みで、緑色の魔法薬が並々と注がれたカップと銀製のナイフをユフィーリアに手渡した。


 カップを受け取ったユフィーリアは、二の腕まで覆う黒い長手袋ドレスグローブを脱いで白い指先を晒す。傷ひとつない綺麗な指先にナイフを押し当てて横に滑らせれば、簡単に指の皮が裂けた。

 切り口から溢れ出す赤い血を緑色の魔法薬が揺れる紅茶のカップに垂らせば、魔法薬の色が緑から紫に変化する。雑草の臭いも強くなった。これで契約用の魔法薬は完成である。


 カップを片手に嫌な顔をするユフィーリアは、



「……これ本当に飲まなきゃダメか? 書類じゃダメ?」


「ダメだよ、観念して」



 グローリアは、ショウたちにも同じく緑色の魔法薬を紅茶のカップに入れた状態で手渡した。



「君たちも血を垂らしてから飲んでね。ナイフはいるかな?」


「いらなぁい」


「いらない!!」



 エドワードとハルアは必要ないことを即答し、2人揃って躊躇いなく親指を噛み切った。野生的な血の出し方である。



「おねーさんはトランプカードがあるから大丈夫ヨ♪」


「アイゼルネさん、俺にも貸してもらえますか」


「いいわヨ♪」



 豊満な胸の谷間から取り出したトランプカードを使って指先を切るアイゼルネと、彼女からトランプカードを借り受けて同じく指先から血を流すことに成功したショウも、遅れることなく紅茶のカップへ自らの血液を投入し終えた。



「まずはエドワード君からね、呪文を教えるから間違えずに唱えてから飲んでね」


「はいよぉ」



 神妙な面持ちで頷くエドワードに、グローリアは従僕サーヴァント契約で必要な呪文を教える。



「『我、エドワード・ヴォルスラムは』」


「我、エドワード・ヴォルスラムはぁ」


「『主人、ユフィーリア・エイクトベルに忠義を誓い』」


「主人、ユフィーリア・エイクトベルに忠義を誓いぃ」


「『此処に従僕サーヴァントとなることを宣する』」


「ここに従僕となることを宣するぅ」



 何か間伸びしている口調の影響で間抜けに聞こえるが、何も起きないということはこれで契約作業が進行しているのだ。


 さて、次はユフィーリアの番である。

 従僕サーヴァント契約は初めて結ぶが、呪文を知らない訳ではない。何度か書籍で読んだことはあるし、頭の中にも呪文は叩き込まれているのだ。



「我、ユフィーリア・エイクトベルは彼、エドワード・ヴォルスラムの忠義を受け、主人として従僕契約を認める」



 規定の呪文を唱えてから、ユフィーリアは紅茶のカップに注がれた魔法薬を一息に飲み干した。

 えぐみと酸っぱさと苦さが一気に押し寄せてきて、思わず吐き出しそうになる。ここで吐き出したら従僕サーヴァント契約が無駄になってしまうので、ユフィーリアは無理やり嚥下した。


 エドワードもユフィーリアに倣って紅茶のカップの中身を飲み干し、あまりの不味さに「うえええ」と呻く。その気持ちは大いに分かる。



「はいあと3回」


「地獄か!?」


「やだな、普通に契約だよ」



 空っぽになったユフィーリアのカップへ新たに魔法薬を注ぎ入れるグローリアは、



「このあとも従僕サーヴァント契約の手順が詰まっているんだから早く飲んでね。飲まなきゃ『ユフィーリアは浮気を繰り返すようなダメ人間です』って嘘を吹き込むからね」


「どこまでも地獄じゃねえかァ!!」



 泣きたくなるユフィーリアをよそに、グローリアは2度目の魔法薬をカップの中に投入してきやがった。これがあと3回も続くと考えただけで憂鬱になる。



 ☆



 腹の中がおかしいような気がする。



「おえ……」


「口の中にえぐみがまだ残ってるよぉ」


「まっずい!!」


「こぷッ♪」


「ぷえ……」



 死屍累々といったような感じで学院長室の床に転がる問題児たちをよそに、学院長のグローリアは清々しい笑みで「飲み終わったね」と言う。



「お疲れ様、次は契約詠唱だよ。聞いているだけでいいからね」


「4回も本当に飲ませやがって……あとで絶対に殴ってやるからな……」


「殴れる元気があるならいいよ」



 4度も不味い魔法薬を強制的に飲まされたユフィーリアは、青白い顔で不穏なことを呟く。今が元気ではなくても、あとで元気になれば助走をつけて思い切り殴ってやることを決める。


 グローリアは右手を掲げ、いつも魔法を使う際に使用している真っ白な魔導書を手元に呼び出した。

 魔導書に巻き付けられた頑丈な鎖が弾け飛び、勝手にパラパラと頁が捲られていく。グローリアが手を翳せば頁を捲る動きは自然と止まり、彼は従僕サーヴァント契約の締結に必要な呪文を唱え始めた。



「第一席【世界創生セカイソウセイ】の名の下に従僕契約の締結を認定する」



 彼の持つ白い魔導書に青色の光が灯る。青く輝く文章が魔導書の頁から抜け出てきて、それらがユフィーリアたち問題児を取り巻き始めた。



「〈従僕4人〉〈主人1人〉〈従僕は忠義を誓い〉〈主人は是を承諾した〉」



 青く輝く文字の群れがエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの身体に張り付く。従僕サーヴァント契約を締結する為に、彼らの寿命やその他諸々をユフィーリアと同期しているのだ。



「〈寿命同期〉〈位置情報更新〉〈従僕の役割は自動設定〉〈契約締結完了〉」



 網膜を焼かんばかりの眩い青色の光が学院長室に溢れて、



「――〈契約・魔女の従僕契約〉――」



 従僕契約が、無事に終了を告げた。

《登場人物》


【ユフィーリア】約束を笑顔で破りそうな性格をしているが約束は破らない主義である。意外と義理堅い。

【エドワード】契約書を交わさない契約方法ってあるんですねぇ、俺ちゃん知らなかったぁ。

【ハルア】約束は忘れるし、契約内容はよく確認しないで承認しちゃいそうになる馬鹿野郎。この前は布団を買わされそうになってユフィーリアに殴られてた。

【アイゼルネ】契約って言葉にゾクゾクしちゃうのは緊縛されたい趣味があるからか。

【ショウ】契約や約束事にユフィーリアや他の先輩用務員が絡んでいなければ絶対に忘れるし何だったら意図的に忘れてやる自覚はある。


【グローリア】普段は煮湯を飲まされている問題児が魔法薬だけでここまでゲロゲロになるのが面白くて仕方がない。

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